53_現実世界の掟です
もはや、学校なんて行ってる場合じゃない。俺たちはタマゴを連れて家まで戻ると、とにかく一同を俺の家に押し込んで鍵を閉めた。
タマゴのおかげで、俺が異世界を行き来する住人だとバレた恐れも――いや、今はそんな事を考えたって仕方がない。イ・フリット・ポテトの誤魔化しがまともに効いている事を期待しよう。
リビングのテーブルに三人を座らせ――ミヤビは自分で座らないので、俺が持ち上げて座らせてやる――あ、少し嬉しそうにした。こういう不意打ちは良くない。ちょっと可愛いと思ってしまうじゃないか。
茶を出した。
「みかんある?」
トゥルーが聞いた。お前はみかん好きなのかよ。セントラル・シティにバナナジュースだけがあったのは、ただの偶然なのか。
「やっぱり、冬はこたつでみかんだよねえ」
タマゴ、今は春だ。どうしてお前は唐突に言動が所帯染みてるんだ。
ミヤビだけが珍しく真面目に、みかんをブヨブヨ転がしながら何かを考えていた。中身が崩れる……じゃない、一体どうしたんだろう。
「ミヤビ? どうした?」
「えっ、ああ、はい。少し、考えごとを」
「どんなだよ」
聞くと、ミヤビは暗い表情になった。一体なんだと言うんだ。
気が付けば、タマゴも真面目なモードになっている。トゥルーだけが意味が分からないようで、きょろきょろと辺りを見回していた。
「マリンクイーンは、海辺の守り神と呼ばれるモンスターです。人を強く恐れ、滅多に人前に出ることはありません」
――そう、なのか。それじゃあ、さっき見たマリンクイーンは一体。
なるほど、守り神なのか。道理でスッゴイデッカイシリーズじゃないはずで、名前もまともなはずだ。
適当じゃないもんな。名前が。
「どうしてそれが、人前に出ているのか。それは、俺様から説明しよう」
ミヤビが顔を上げて、タマゴを見た。タマゴはミヤビにリンゴのアップリケを見せ付け、笑う。いや、そのモーションいらねえだろ。
そうして、俺に向き直った。
「今、世界は『トーヘンボクの悪魔』に支配されようとしている。それはアルトくんも知っているね」
「……あ、ああ」
どうでもいいが、ここでは有人と呼んで貰いたい。俺がまるでキラキラネームみたいじゃないか。
「ビーハイブの連中は、トーヘンボクの悪魔に加担しようとしているんだ。そうして、世界を滅茶苦茶にするつもりだ」
そこまでは、俺も聞いた。問題なのは、ここからだ。
「トーヘンボクの悪魔は、魔物を統べる者だ。すなわち、トーヘンボクの悪魔に加担している『ビーハイブ』は、ある程度の魔物を自分たちの思いのままにコントロールできるのさ」
「……それは、マリンクイーンのような、守り神みたいなポジションでもか」
「そうだね。伝説の書物に上がるような魔物を除いて、魔物にも魔物のネットワークがある。その頂点に立つ『トーヘンボクの悪魔』は、立場的に魔物には強いんだよ」
さすが元ビーハイブ、詳しいな。
どうしてタマゴがビーハイブを抜けて来たのかもいまいち謎だが、まあ世界平和とか好きそうな感じだし、特に聞かなくてもいいか。
気付かぬうちに、俺はタマゴ・スピリットに気を許し始めているようだ。
「それじゃあ、親元を叩かなければ、この世界に魔物が出現することは防げないというわけだな」
「そうさ。でも、野放しにしておく訳にも行かない。そこで、俺様を始めとする元『ビーハイブ』は、この世界に来た魔物を退治しているんだよ」
なーるほど。ビーハイブ対ビーハイブの構図だったのか。もはやこれは内乱だな。
だからといって、何が出来るわけでもない。もしもこの問題をどうにかしようと思うならば、トイレの世界にもう一度行って、『ビーハイブ』の親玉か、『トーヘンボクの悪魔』を倒さなければ収拾はつかないということに――……
あれ。なんか気付かないうちに、どんどん冒険に引き摺り込まれているような……
「そうだ。ところでタマゴ、お前はどうしてこの世界で自由に動けるんだ? 俺もトゥルーも、この世界ではうまく動く事ができないんだ」
「それはもちろん、根性だよ!!」
何の役にも立たない回答をありがとう。
……まあ、いいや。原因が分かったら、俺が倒さなくても他の連中が倒してくれるみたいだし……。問題は、ミヤビとトゥルーを家に放置しておくと、今日みたいに大変なことになるということか。
ルナを地球に連れて来る方法も、まだ分かっていないことだし……
うーむ……
「それじゃあ、俺様は自分の世界に戻るぜ。また会おう」
「お、おう」
タマゴは立ち上がり、庭に出た。最後に顔だけ振り返り、タマゴは俺に向かって親指を立てて笑う。
「俺様の名前は、タマゴ・スピリットさ!!」
だから名前。もういいや。
タマゴが居なくなると、静寂が訪れた。トゥルーは事態に付いて行けていないようだったし、ミヤビは何かの考えごとをしている。少し居心地の悪い空間だな――……。
ふと、インターホンが鳴った。玄関先まで行くと、月子の顔が見えた。
おや。
「月子か」
「有人。大丈夫だった?」
……なんて説明しよう。
「ああ。学校の方に行ったみたいで、俺の所には影響なかったよ」
「……そう。良かった」
月子は少しだけ安堵した表情を浮かべ、穏やかに笑った。
俺が戦うために一度学校に戻ったことは、月子には黙っておこう。
「今日は学校、途中で帰っちゃったから。明日また、一緒に行こうよ」
「……お、おう」
俺が学校に行くことを承諾すると、月子は嬉しそうにした。
――相変わらず、何を考えているのか分からない奴だ。