51_行けよ学校、呼べよタマゴです
マリンクイーンとかいう八つ首の蛇は、陸地に上がってきているようだった。とにかくでかい。スッゴイデッカイ・ゾウと同じくらいはある。
パワーは見たままなのだろう。問題は、動きがどれだけ素早いかということだが……
あれで速かったらもう、確実に俺達の手には負えないだろうな。
また、不明な戦士が登場してやっつけるんだろうか。鍵を開くと叩き付けるように家の扉を開き、靴を脱ぎ捨てて中へと入った。
「ミヤビ!! トゥルー!!」
リビングには……いない。和室……いない。
母さんの洋室には居ないだろう。だとするならば、二階の俺の部屋か。
階段を駆け上がり、扉を開いた。
「大丈夫か!?」
……そこでは、
ミヤビがトゥルーに着せ替えをさせられている真っ最中で、ミヤビの上半身はブラだけになっていた。
俺はあまりの展開に、口を開けて固まった。
「……何してんの?」
トゥルーは目を白黒させて、俺を見ている。ミヤビは――石像のようになっていた。
「……いや、ちょっとサンシャイン・ブルーの服が戸棚にあったから、着てみようっていう話に、なって」
んん、とりあえずあれだ。なんというか。
そんなお色気イベントはあまりに必要なさすぎた。馬鹿か。
俺は人差し指を二人に突き付けると、深呼吸をした。
「一分で出て来い。悪いが場違いだ」
そう言い放つと、扉を閉める。ドタバタと、中から慌ただしい音が聞こえた。シリアスな空気の真っ最中に、本当にこいつらはもう。
家を出ると、俺は再びマリンクイーンの居場所を確認する。
対象は俺たちではないようで――当たり前か――マリンクイーンは、学校の方へと向かっていた。……って学校!? それはやばいだろ!!
今の俺じゃあ、マリンクイーンの所まで走るのも一苦労だぞ。……どうする。
扉が開き、ミヤビとトゥルーが顔を出す。
「お待たせ!!」
「しました!!」
トゥルーはいい。……ミヤビ、お前はなんだ。
どうしてみかん箱に台車が付いていて、お前はトゥルーに押されているんだ。
「何してんの」
「――箱入り娘ですから」
ドヤ顔をやめろ。
「馬鹿なこと言ってんな。敵襲だよ」
俺は巨大なヤマタノオロチ、マリンクイーンを指差した。二人はそれを見て、みるみるうちに顔色を変える。いや、地鳴りみたいな音はずっとしてただろ。どうして気付かないんだよ。
俺はミヤビの台車を取り――慣れたものだ――トゥルーに合図した。
「学校に向かってるんだ。なんとかして、止めないと」
「学校? って、出掛けに言ってたやつ? 気になってたんだけど、何してるトコなの?」
「ええい、それを説明している暇はない!! とにかく付いて来い!!」
トゥルーの手を引くと、少しトゥルーは嬉しそうにした。……なんて呑気な奴等だ。これが俺のパーティーで良いのかよ。
しかし、シモンズと違ってミヤビのみかん箱はもろい。これじゃあ余計に急ぐ事ができないじゃないか。
もう、マリンクイーンは学校のすぐそこまで近付いて来ているというのに……!!
「……あれ? なんか、身体が重い……全然うまく動けない」
やはりか。俺と同様、トゥルーの肉体にも制限が掛かるみたいだ。こっちの方がトイレの世界よりは動き辛いというのは、万人に通用する理屈みたいだな。
それはデメリットにしかならないのだが。
とすると、トゥルーの武闘家らしい動きには期待できないということになる。憲法の方はどうなんだ……? そもそも、魔法って使えるんだろうか。
いや、ニュースで現れる謎の戦士は魔法を使っていたような気がする。もしくは、何か開放するためのものがあるとか、そんな所だろう。
俺は勇者の血を取り出した。
「おい、イ・フリット・ポテト!! ちょっと力貸せや!!」
叫ぶと、中からずるずると顔が登場する。その表情は不満に満ちていた。
「えー。あたくし今から、ピエロのコスプレする予定だったのにー。ツマンナイツマンナイツマンナイ」
「冗談言ってる場合じゃねえんだよ!!」
「なんだいマスター。さっきアホ踊りを踊らせた事をそんなに根に持っているのかい? ドゥビドゥバー?」
「やはりアレはお前の仕業か!!」
言いながら、ついに学校付近まで戻って来た。マリンクイーンを正面に構える格好になり、俺は恐怖心を隠す事ができない。こっちじゃあトイレの世界のようには動けないし、俺の身体も弱いんだぜ。
一度でも攻撃が当たれば即死――なんてことも、あるかもしれない。
ちびりそうだ。
「ポテト!! 今は俺がお前のマスターだ!! やる気出せ!!」
「私の名前は『イ』ですー」
「呼び辛すぎるわ!!」
やがて、『勇者の血』はぐんぐんと大きくなり、ムサシと戦った時に見せた長剣にまで巨大化して見せた。
――よし、この格好ならそれなりに戦えるのでは……
そう、思った瞬間だった。
「それには及ばないぜアルトくん!!」
どこかで聞き覚えのある声がして、俺は辺りを見回した。
どこだ……?
「げっ!!」
トゥルーが屋上の方を見て、嫌な顔をした。釣られて俺も屋上を見る。
あれは――!!
「輝く!! リンゴの!! アップリケ!!」
――タマゴ・スピリットが、そこにはいた。