47_ただいま!です
『ありがとう!! アルト君、本っっっ当にありがとう!!』
ワノクニに帰るとサムライさんは俺の胸に付けられたパーティーリーダーの証を見て、涙を流して喜んだ。まあ結果的には、サムライさんの希望通りになったということか。
俺としては、このままもうトイレの世界に来ることはない、というシナリオまで考えているんだが。
まあ、ここは意見を合わせておこうと思い、俺はこう言った。
『これでワノクニ町興し、できますかね……』
『アルト君が冒険をして好成績を納めれば、あるいは。いけると思うんだ』
知ったこっちゃねえ。
というわけで、一度ルナの王宮に戻って打ち合わせた後、俺とミヤビとルナとトゥルーは準備をして、ミヤビ宅の近くの古井戸までやってきていた。
驚きだったのは、トゥルーも俺が地球の人間だと知るや、興味津々といった様子で俺の話を聞いていたことだ。
本当はトゥルーともこれでお別れの筈だったのだが、ここまで付いてきていた。
「はーい、それじゃあシモンズを発動させますので、少し離れてくださいね」
俺の左腕には、相変わらずトゥルーがへばり付いている。ルナは少し離れて、それを腕を組んで見ていた。
怖い。怖いぜ。
「ダーリン、ダーリンの世界にも結婚制度ってあるの?」
「え? あるけど……え、トイレの世界……げふん、こっちの世界にもあるのか」
「あるよお。結婚するとね、お互いの居場所を知ったり、呼び寄せたりする魔法を使えるようになるんだ」
なるほど。ということは、俺はトゥルーとだけは結婚しちゃいかんということか。
俺の意思ではなく、いつでもこの娘に呼び出されるということだ。
俺はもうちょっと平穏な生活がしたい。
ミヤビがシモンズを発動させると、便器……げふん、いつもミヤビが入っている場所から虹色の光が現れる。相変わらず、何の希望も感動もないエフェクトだ。
三大魔導器具、カッコ笑ってとこか。
「はい、それじゃあ入ってください」
「トゥルー、お前先に行けよ」
「え、いいの?」
仮に移動ができない奴が現れたら、俺が先に行ってしまったら判別が付かない。ここはトゥルーとルナを先に通すべきだ。
ビーハイブの連中に見付からなきゃいいが……一応、周りを確認する。特に誰も居ないようだ。
優勝してしまったので、一応俺は有名人だ。尾行されないように気は使ったつもりだが。
「それじゃあ後でね、ダーリン」
「おー」
トゥルーがシモンズに消えるのを見送る。続いて、ルナが前に出た。
「……また、このメンバーかあ」
「まあ、ビーハイブの連中に見付からないためでもある。トゥルーは付いてきただけだけど、お前は行かないといかんだろ」
ルナは頷くと、シモンズに入った。姿が消え――……
「……あれ?」
ない。ルナはシモンズの上で、呆然と立ち尽くした。俺は眉をひそめて、ルナを見た。
……駄目、なのか? それはまずいな。トゥルーが駄目で、ルナがオーケーという展開はまだ良かったが。
ルナが移動できないとなると、今後のルナに危険が付き纏う可能性もある。
「アルト……これ、駄目ってことなのかな」
「……みたい、だなあ」
「うー」
ルナが悔しそうな表情をした。
どうしよう。俺もちょっと、これは困るなあ。ルナが来られないとなると、俺のトンズラ作戦にも支障が……
「……サムライさん、ルナの面倒、見てやってくれませんか」
「ああ、君が戻るまでの間だね」
……俺がルナを地球に連れて行くまでの間だよ。こんな訳の分からん世界で冒険なんかできるか。
そう思ったが、口には出さないでおいた。
ルナは諦めてシモンズから出ると、俺の手を握った。柔らかい感触に、一瞬胸が高鳴る。とびきり切ない顔で、ルナは俺の目を真っ直ぐに見た。
「……すまん、ルナ。協力させただけになっちまったな」
「ううん。私こそ、守って貰っちゃって」
「暫くはサムライさんに目を掛けて貰うから。『ビーハイブ』には捕まらないようにしてくれよ」
「うん……」
やめてくれ。そんな顔をするな。
ちくしょう、なんとしてもルナを地球に連れて行く手段を探さなければ……
「また、誘ってくれる?」
俺が死ぬ。
主に萌える方で。
なんだろう、このトゥルーとは違う純粋さというのか、あざとくない感じというのか……そういう何かが、俺のハートがをしっかりと掴んで来るんだよなあ。
「……ああ、なるべく早く、戻って来る」
「わかった。……トゥルーに気を付けて」
最後にルナは、シモンズを睨み付けると言った。
俺はミヤビに目配せすると、先に虹色の光の渦に向かって飛び込んだ。
ああ、便器の形が遠ざかり、虹色の光に包まれていく……。暫く虹色遊泳を楽しんだ後、もう一度見慣れた便器の形が目に飛び込んできた。
その向こうには丸い電球と、白い壁。
手を掛けた。
「……ただいまー」
それとなく呟いて、俺はトイレの扉を開いた。何の変哲もない廊下も、今では懐かしく思える。
階段の上は、俺の部屋だ。真正面のリビングでは、トゥルーが目をキラキラと輝かせて周りの物を物色している。
「わー!! へー!! 外国に来たみたーい!!」
外国だからな。それとなく言うと、世界すら違うからな。
随分と長いこと帰っていなかったからか、新鮮だ。自分の身体がやけに重く感じられる。重力が一回り違うような気分だ。
そうだ、こんな感じだった、と再確認。
「アルトさん、手を貸していただけませんか」
お前は一人で便器から上がることもできないのか、ミヤビ。まあ、そんなシチュエーション中々無いもんだけどさ。
俺はミヤビの身体を持ち上げた。
……そういえば、ルナのスカートをこいつは身に着けたままだ。どこかで返さなければな。
「母さん!! ただいま!!」
返事はない。こっちの時間は今、何時頃なんだ……? 時計を確認する。夜の七時だ。そろそろ帰って来ていてもいい頃だ。そういえば、時間は向こうの世界と大して違いはないんだったか。
そもそも、カレンダーが日曜日じゃないか。今日は母さん、仕事じゃないはず。
買い物にでも行っているんだろうか。
「ん? なんか、臭い……」
見ると、テーブルのバナナが腐っていた。げえ、まじか。どんだけ放置されていたんだよ。
大至急バナナを生ゴミ入れに投下し蓋を閉め、窓を開けた。
「うええ、すさまじいニオイだな……」
「あれ? ダーリン、何か飛んだよ」
トゥルーがリビングのテーブルを見て、そう呟いた。振り返ると、リビングをメモのようなものが舞っていた。
何だ一体。俺はそのメモを片手で捕まえると、内容を見た。
そこには、こう書いてあった。
『世界の謎を解き明かしに行ってきます サンシャイン・ブルー』
口を開いたまま、俺は固まった。
「わあ、日空さん、どこか行っちゃったんですね」
――――誰。




