46_キスした女性の言うことを聞いてしまう呪いです
セントラル・シティに集まっていたヒーラーが司会者を数人掛かりで治癒した結果、司会者は無事、息を吹き返した。一時はどうなることかと思ったが、なんだか無事に戦士選抜は終わろうとしていた。
ムサシ・シンマが雲隠れしたお陰で、決勝戦は終了。結果は俺の不戦勝。
あれだけの激しい戦いをしたのに不戦勝とはこれいかに、という思いはあるが、まあ結果オーライだろう。
というわけで、皆に讃えられながらの『王女の口付け』授与は始まったわけであるが。
ステージに用意された階段の上には、いつもの水色のドレスを着て、長い髪をゆるやかに降ろしたルナ・セントが立っている。
『王女の口付け』とやらが何なのか分かってしまった以上、俺は緊張を抑えることはできない。
「それでは――、優勝者のアルト・クニミチさん、前に出てください」
言われた通りに俺は前に出て、階段を上がった。やがて、観客席をよく見渡せる位置まで、俺は上がっていく。
つまり、向こうからも俺の姿は丸見えってわけだ。
――どうしよう。ちょっと腹痛くなってきた。
「優勝者のアルト・クニミチ選手には、この世界を探索するための『パーティーリーダー』という称号が与えられます。パーティーリーダーは同時に四名までのパーティーを組み、どの国の間でも行き来することができるようになります」
そうか。戦士選抜に勝たないと冒険ができないってのは、他の国に入国を拒否される恐れがあるためか。
ワノクニから出してもらえないっていうより、他の国に入ることができないんだな。
悪魔がどうとか言ってる世界で入国拒否とは……当たり前か? わからん。
ルナは俺の胸に、金色のメダルを付けた。光り輝くメダルが俺の胸に装着されると、ルナは穏やかに微笑んだ。
「――似合ってる」
「お、おう。ありがとう」
どうしよう。ルナが可愛い。
ちょっと半端無く可愛い。
「『王女の口付け』の授与です!! どうぞ!!」
ルナはごくんと唾を飲み込むと、俺の腰に手を回してきた。
ひええ。真面目にキスなんて、したことないぞ。
勇者の血を覚醒させる時は、夢中で一瞬の出来事だったし。
「……目、閉じて」
「うわああああはいわかりました」
何かぶつぶつと呟いていた俺に、ルナはそっと唇を近付ける。
そして――前と同じ、柔らかい感触が口元に訪れた。
セントラル・シティの鐘が鳴る。なんだこれは。結婚式か。
「ちょっと、儀式でしょ――!! さっさと離れなさいよ――!!」
約一名、暴言を吐いている者がいるが。
もちろんそれは、トゥルー・ローズだったが。
五秒ほどの長い口付けのあと、ルナは顔を離した。
「……ふああ」
……なんか、熱病に侵されたような顔をしている。
俺だって、恥ずかしくて死にそうだ。
真正面からルナと抱き合う格好になっていて、それを全観客に見られているという事実。
赤面なんてレベルじゃない。
「うわあ、なんか見てるこっちが恥ずかしくなってきちゃうよ……それでは、祈りの言葉をお願いします」
司会者も随分フランクになったな。何故だろうか。
「……あなたは、これからきょうだいなあくまをたおすための……、せきにんあう、せんしの、ひとりとなりまふ」
おい呂律回ってないぞ大丈夫か。
「わたくしは、せかいを……、まもうための、ゆうかんなへんひのひおいとひて、あうと・くにみちを……すいせん……しまふ」
……勇敢なへんひって。
ルナが脱力した。自然と、俺はそれを支える格好になる。
おいちょっと色々柔らかいけど大丈夫かこれは。
俺、変な所触ってないだろうな。
「お、おめでとうございまーす!!」
いつもよりも若干あたたかい拍手なのは、多分優勝者が決まったせいではないと思う。
俺はルナを抱きかかえると、階段を降りる。盛大な拍手と共に、戦士選抜は終了した。
「ちっ……ポイント稼ぎやがって」
……舌打ちも含めて丸聞こえだぞ、トゥルー。
ミヤビの隣に戻る頃にルナはどうにか気を取り直したらしく、自分で立ち上がった。
ミヤビは嬉しそうに拍手をしている。
「……大丈夫か?」
「うん、だいじょぶ。ありがと」
まだ少し、怪しい感じはするが。
ルナは俺の袖を掴むと、茹で蛸のようになった顔を頬で抑えて、ぽつりと呟いた。
「しちゃった。ほっぺたでいいのに。……私」
そりゃあそうか。ルナがキス魔になってしまう。
……聞かなかった事にしよう。
こうして地味に長かった戦士選抜は無事終了し、俺とミヤビはサムライさんの希望通りに優勝することになってしまった。まさか本当に優勝するなどとは欠片も考えていなかった俺は、随分長いことトイレの世界に滞在してしまったことになる。
何日だ……? ちょっとあまりに長すぎて、考えたくないな。
まあ現実世界に俺が数日居なかったくらいで、何が起こるとも思えんが。
無事に優勝して、何故か『勇者の血』も土壇場で覚醒したことによって、トイレの世界での俺の今後の生き方は自ずと決まってくる。
――そう。
無事ルナ・セントも救出できたことだし、俺はこいつを地球に連れて帰って、どうやってサムライさんからトンズラこくかっていう。
そういう問題だ。
分かってるんだよ、伝説の武器っていうのはだいたい期間限定とか、ブースト掛かった時とか、そういう時にしか使えないもんなんだ。つまり俺は相変わらずの必殺技なしで、レベルは一桁。精々ミヤビの台車代わりにしかならない、なんていうことは。
それと、もうひとつ。
「そういえばアルト、これからどうするの?」
「ひとまずお前の王宮まで戻って、俺の世界に行く筋道を立てよう。招待するよ、なんもない世界だけどな」
「本当!? やった!! じゃあ、ワノクニまでエスコートしてね、アルト!!」
「はい分かりました」
どういう訳か分からないけれど、俺は反射的にルナにそう言った。意識して発言した言葉ではないので、あまりの速さにルナも驚いていた。ミヤビが「……あ」と意味深な呟きをして、俺が理由を聞いた時のことだ。
「思い出しました、アルトさんの呪い二つ目。『唇にキスした女性の言うことを聞いてしまう』です」
あー!! ありましたね、そんな設定!! 呪いは十個だったっけ!!
だからそういうのは一番最初に教えることだろっての!!
「ほんと!? ダーリン、あたしにもキスしてー!!」
トゥルーはそう言うなり、俺を追い掛けてきた。俺はミヤビの台車を離すと、一直線にトゥルーから逃げる。
俺は叫んだ。
「死んでも嫌じゃ――!!」




