44_勇者の血、です
とてつもない轟音が鳴り響き、会場内は閃光に包まれた。暫くするとムサシを中心に取り囲んでいた光が薄まり、会場内の人々の視界が復活する。
さすがにこの至近距離じゃあ、ダメージは免れない。
だが――……、一番ダメージを受けるのは、俺じゃない。
ムサシの長剣だ。
「……あっ……」
俺は立ち上がり、袖で汗を拭った。一瞬、会場内が驚愕にどよめく。
司会は口をぽかんと開けたままでいたが――……、やがて、
「無傷だ――――!! アルト選手、防ぎようの無かった完全無欠の魔法攻撃を防ぎました――――!!」
観客は俺に声援を送った。俺はほんの少しだけ安堵した。
予想が当たっていて、本当に良かった。
「避雷針か」
ムサシが言った。俺は笑おうと思ったが、頬が引き攣って笑えやしない。
黒焦げになった剣を抜いて、俺は言った。
「お前の閃光技は、雷属性だ。地面に居る相手に向かって、雷を直撃させる技。もちろん魔法攻撃で、詠唱もある。それを誤魔化すために、わざと隙を作って相手の攻撃を誘った」
つまり、奴が最強に見えたのは、何の小細工も無かった訳ではない。ムサシは最強に見せるのと同時に、『黒の閃光』の弱点をカモフラージュすることに成功していたんだ。
俺はムサシに向かって、親指を下に。もちろん、『地獄に落ちろ』の意味だ。
「――俺よりも背の高い金属がありゃ、先にそっちに流れるだろ」
同時に、詠唱を途中で中断さえさせてしまえば、奴は『黒の閃光』を撃てずに強制終了する。あとは、ムサシの周りを覆っているバリアの正体さえ分かれば、とりあえずは互角に戦えるはずだ。
そして、ゆっくりと奴の弱点を――
「……ぷっ。……くはは、あっはっはっは!!」
……ん?
「もう我慢しなくても良いかな? 良いよなあ。馬鹿共、『黒の閃光』だけで勝てるって本気で思ってたんだもんな。破られたぜ、決勝だったけどなあ!!」
沈黙を守っていたムサシ・シンマは唐突に饒舌に喋り出したかと思うと、口調も態度もころりと変わりやがった。先程までの『正体不明の魔法剣士』っぽいムードはどこにもなく、代わりに狡猾で残忍な笑い方をしていた。
それにこの態度、どこか新真小次郎に似ているような……
「良いぜお前。気に入ったよ。お前の後ろに居るルナ・セントは、もらってくぜ」
「……俺を倒してから言えよ」
むっとして、俺はムサシに言い放つ。だがムサシは両手を斜め上に――なんだ? 詠唱か? 掲げた。
何をしようとしている……?
「別に、お前を倒さなくてもお前は勝手に倒れるし?」
言うと、何やら呟き出した。詠唱が速い――何を言ってるのか、全然分からねえ!
「おおっと――!? ムサシ選手、急に態度が変わったぞ――!?」
「黙れよ」
――やばい。
俺は走り出そうとしたが、間に合わなかった。ルナの支援がもう切れている――それ以上に、ムサシの攻撃が速すぎた。
ムサシは司会者に向かって人差し指を向けると、歯を見せて口の端を吊り上げた。
瞬間、司会者がムサシの人差し指から発された銃のような攻撃に撃たれ、司会者席からステージ端へと落ちる。
ステージ端に落ちた司会者は、爆発した。
「きゃ――――!!」
観客が騒いでいた。――当たり前だ。何だこいつは、さっきまでと全然違うじゃないか。
「やめろ!! 戦士選抜で勝とうとしていたんじゃなかったのか!?」
「俺はそもそも、そんなまだるっこしいやり方は嫌いなのだよアルト君。初めから全部ぶっ潰せば済む話じゃねえかよ」
――こういうタイプか。苦手だぜ、こういうの。
レベル一の俺がどうにかするような展開じゃない。ほんと、勘弁してくれ。
思ったが、俺はムサシ・シンマに向かって短剣を抜いた。今、武器はこれしかねえんだよ。
ムサシに突き出すが、さらりと避けられてしまう。
「んー。そよ風」
何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
俺はステージ端にめり込むほど激突し、身動きが取れなくなった。
「アルト!!」「ダーリン!!」
ルナとトゥルーが同時に叫ぶ。……そうか、俺、蹴られたらしい。あいつの長剣は俺が駄目にしてしまったし、物理攻撃は格闘しかないか。
大丈夫、まだ動ける。HPは尽きていないが――もしかしたら、手加減されたかもしれないな。
「<ハイヒート・ウォーター>!! です!!」
ミヤビがシモンズから攻撃魔法を――そうか。もう、戦士選抜がどうのという話ではなくなっている。会場は逃げろ逃げろのごった返しで、まともに機能していない。
だが、駄目だ。ミヤビの攻撃はムサシの手前で止まると、まるで球体の中でムサシが守られているかの如く、その攻撃は当たらずに通り過ぎていく。
ムサシの後ろで熱湯が湯気を立てた。
「お嬢さん。初めて見た時から気になっていたが、そいつはもしかして、三大魔導器具のひとつかい?」
「<モモンガ中段の拳>!!」
トゥルーが猛スピードでムサシに近付き、今度は物理攻撃を繰り出した。確かに、物理攻撃なら魔法攻撃と違い、直接的なダメージを与えられる可能性はあるが――
めり込んでいる場合じゃない。俺はすぐにステージ端から復帰し、ムサシに向かって走った。
「モモンガ流のお孫さんだねえ」
あっさりとトゥルーの腕は掴まれる。そのまま、俺に向かってトゥルーは飛んできた。
俺はトゥルーを受け止めるために両腕を開き――再び、ステージ端に向かって飛んで行く。
「<ハイヒート・ウォーター>!!」
……もしかしてあいつ、それしかできないのか。
ミヤビの攻撃は、もちろん何度やったってムサシに届くことはない。ムサシは半笑いでミヤビに近付くと、
ミヤビの頭を掴んで持ち上げた。
「――あっ。――痛、――痛いです!!」
「首の骨抜けちゃうかなあー? なあルナ・セント、お前は逃げなくていーの?」
ルナは顔を青くして、がたがたと震えていた。俺は気を失ったトゥルーをステージ端に寝かせると、鞄から『それ』を取り出していた。
理由はたった一つ。そいつは、光っていたからだ。
「とりあえず、お前は連れて行くよ。このパーティー壊したらね」
その時、俺が何を叫んだのかは、覚えていない。
ただミヤビがシモンズから持ち上げられている様子を見て、怒りが頂点に達したのかもしれない。
――なんで、俺が怒る必要があるんだ?
この世界には、そこまで肩入れするつもりじゃなかったんだけどなあ……
『封印が邪魔だ』
何かの声が聞こえた。俺は『勇者の血』を取り出すと、ムサシに向かって掲げ、
思い切り、振った。