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42_バナナジュースは紫色です

 ミヤビ達と合流してからも、俺は思考の渦に沈んでしまった自分を引き上げられず、誰とも会話することはなかった。ルナが最初心配していたが、今となってはそっとしておく結論に達したのか、話し掛けてくる事もない。

 こんな時は誰よりも気付きの早いトゥルーは、いつになく俺に抱き付いて来ることをしなかった。

 明日は決勝戦。相手はムサシ・シンマ。

 俺は、ミヤビを台車に乗せて転がしながら、セントラル・シティを歩いていた。ルナにはトゥルーが付いているので、大丈夫だと思う。

 ……そういえば、あの二人ってコンビとしては大丈夫なんだろうか。

 今更ながら少し心配になったが、起こしてしまったものは仕方がない。


「……アルトさん」

「ん?」


 ミヤビはさっきからずっと、俺の顔をまじまじと覗き込んでいた。


「ワドリーテさんに、何か言われたのですか?」


 普段おちゃらけているくせに、こいつも妙に勘付く奴だな。

 俺は何事もなかったかのように首を振る。ゴロゴロと音のする台車が、妙に間抜けだ。


「ミヤビ、バナナジュース売ってるけど飲むか?」

「飲みます」


 ルナからある程度のお小遣いを貰っているので、一人で買い物も出来るようになった俺だ。

 国道有人くん、はじめてのおつかい。

 こんな夜中にどうして出店が出ていて、何故バナナジュースが売っているのかという件については、もはやツッコむ余地が残されていない。

 ずっと思っていたが、基本的にツッコむ余裕ってないよな、この世界。

 俺が無理にツッコむくらいしか手段がない。


「バナナジュースまいど」


 ……なんか、紫色の液体が出てきた。


「……なんすか、これ」

「バナナジュースだよ」

「……原材料は?」

「バナナ」

「だけ?」

「だけ」


 嘘だろ。この世界のバナナはこんな色してんのかよ。

 ミヤビは俺の手にしている紫色の液体を見て、よだれを垂らしている。

 嘘だろ。これが美味しそうに見えるのかよ。


「ありがとうございます、アルトさん」

「……お、おう」


 美味しそうに飲んでいるので、まあいいか。

 さて、話を戻そう。

 ワドリーテ・アドレーベベは、俺のことを知っていた。

 しかも、地球での俺の存在について知っている。

 これは、由々しき事態だ。俺が地球の人間だと、もしかしたら『ビーハイブ』の連中にバレているかもしれないということだ。もちろんトイレの世界でも地球から人間が来るということは噂になっているはずだし、ルナも興味を抱いていた。

 もしかして、地球での知識を持っている俺が真っ先に標的にされるということは――……

 ……まいったなあ。


「アルトさん、次の試合で勝てば戦士選抜で優勝ですよ」

「……ん? ああ、そうだな」

「ようやく、私と一緒に旅ができますね!」


 嬉しそうな笑顔を見せるミヤビ。まるで、俺がムサシ・シンマに負けるという可能性を考えていないようだった。

 ――今は、二人だ。


「あのさ、大変言い難いことなんだけど」

「なんですか?」

「……俺、さ。『勇者の血』に選ばれてないんだよ。だから、サムライさんの思い違いで。優勝しても、たぶん俺じゃなくて、『勇者の血』に選ばれている誰かとミヤビは旅に出る事になると思う」


 ミヤビは目を丸くして、俺を見ていた。


「――ふえ?」

「王女の口付けを貰って勇者の血を武器にしないと、冒険しても意味、ないんだろ?」

「……それはまあ、『トーヘンボクの悪魔』を倒すのに必要ですから」

「だから、やっぱり俺は」


 ミヤビはきょとんとした声で、言った。


「アルトさんは、『勇者の血』に選ばれていますよ?」


 ――何を言われているのか、さっぱり分からん。

 俺は頭を掻いて、ミヤビから目を逸らした。


「選ばれてない人間が振ると、アホ踊りをする剣なんだろ?」

「ええ、まあ」

「俺、選ばれてないんだよ」

「選ばれていますよ?」


 ……なんだ、この訳の分からない信頼は。

 ちょっと話すのが辛くなってきたぞ。


「アルトさんは、勇者の装備に選ばれている人間です。私のシモンズを押せるのは、アルトさんだけですから」


 ……ま、いいか。

 決勝戦に運良く勝てたら、王女の口付けを貰って実際に証明することとしよう。


 部屋に戻ると、なんというか、案の定って感じだった。

 ルナとトゥルーは一言も言葉を交わさないまま一時間以上経過していたようで、両者ぶすっとした顔で背を向けていた。

 俺が帰って来るなり、トゥルーがぱあ、と表情を明るくして走って来る。


「ダーリン!! まってた!!」

「おう、ただいま」


 トゥルーが腕を絡めてくる。ルナを見ると、とても不機嫌な様子だった。

 俺はルナに近付き、肩を叩いた。


「どうした、ルナ」


 ルナは振り返ると、死んだ魚のような目で俺を見ている。


「……べつに?」

「……なんだよ」

「いいんです。明日アルトが勝てば良いだけだから」


 どうした、本当に。

 ベッドに寝転んでしまったので、後ろから俺もベッドに侵入する。そういえば、トゥルーっていつもどこで寝てるんだろう。ミヤビはトイレの中だが。

 ああそうか、自分の部屋に戻っているのかもしれない。そういえば、彼女は参加者だったな。


「きゃっ、……ちょっと」

「ん?」

「入って来ないでよ」

「無茶言うな。ここは俺のベッドだろ」

「……じゃあ、私出るよ」


 今までは気にしないで眠っていたくせに、いきなり様子がおかしい。ルナはベッドから出ると、トゥルーを睨み付けた。


「あんた、さっさと自分の部屋に戻りなさいよ」

「……わ、わかったわよ」


 予感、的中。

 最近疲れる事が多いので、寝るの早いからなあ。

 ルナはトゥルーを追い出すと、何を思ったのか再びベッドに潜り込んできた。

 ――後ろから抱き締められると、さすがに俺もドキドキする。


「……明日、勝てる?」

「お、おう。努力する」

「……絶対、勝ってね」


 あー、ね。

 こいつも不安だっただけかな。




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