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03_なんと、水を流すと魔法が使えます

 というわけで、俺はぐるぐるとうねる虹色のトイレに入り、異世界へと訪れた。トイレに足を突っ込むのはかなり勇気の要る行為だったが、入るというよりは落下している感覚に近い。

 ふわりと身体が浮くような感覚があって、その後は虹色の空間の中を落下していく。

 まったく緊張感の欠片もない冒険の始まりだったけど、その時は少しだけ興味が湧いた。


 ――そして、今。


 俺は、この世界の冒険に一筋の望みも持てないことを改めて把握した。


「……なに? これ」

「シモンズです!」

「……あー、ね。やっぱりそうなのね」


 トイレだ。

 古井戸の隣にトイレが設置してある。しかも、剥き出しだ。俺はそのトイレから出てくると――苦痛なことこの上ない――新たな世界に降り立った。

 おお、ちゃんと運動靴を持って来て正解だったな。ろくに舗装もされていない道のようで、今時のコンクリート製な道路や軽量鉄骨アパートのようなものは一切無いようだ。

 三匹のこ○た的な、それっぽい木造の家が並んでいる。


「じゃじゃーん!! 有人さん、これがシモンズです」

「うん、知ってた」

「……あまり、驚きがないですね」

「うん、まあね」


 ミヤビは一旦トイレ――もとい『シモンズ』から出ると、水を流す。虹色の空間はどこかに消え去り、ただの箱と化した便器になってしまった。

 ……いや、便器じゃないのか。シモンズね。



「このようにですね、なんと水を流すと魔法が使えます!」


 ――もう、やめてくれ。魔法使い。



 こんなのが三大魔導器具ってどういうことだよ。え、『三大』ってことは他にもあるのか。トイレット的なものが。

 ミヤビはただの箱と化したトイレ――じゃないんだよ。シモンズ。シモンズに入ると、俺を自慢気な顔で見た。

『ドヤア!!』と言っているように聞こえるが、全然迫力ないぞ。悪いけど。

 ……こんなもので倒されていいのか、トーヘンボクの悪魔。


「さあ、有人さん。私を運んでください!」

「……どうやって?」

「あ、そこに立て掛けてある台車を使ってください」


 ふと見ると、先程確認した木造の家に台車があった。なるほど、これに乗せて運べば良いというわけか。

 ……マジで。これを運ぶの、俺。

 恥ずかしいっていうレベルじゃないんだけど。


「……お嬢さん、どこまで?」

「ひとまず、お父さんのいる道場に向かいましょう!」



 ミヤビをシモンズごと台車に乗せると、俺は本当にそれをゴロゴロと転がして、ワノクニ――国というよりは、村に近い――を歩いた。よく考えてみれば、このくらいの文明体系の国に温水洗浄便座などある筈もないわけで、そりゃあみんな知らないわけだ。

 そして、驚くべきことがもう一つある。


「おい、見ろよ。あれ……」

「キャー! ついに来たのね!!」


 何だか知らないが、俺が有名人なんだが。

 国――もう村でいいや――村の人々は俺を見ると、まるで日本に訪れた海外ミュージシャンのように驚愕と感嘆の入り混じった表情で何かを呟いていた。

 俺も出世したもんだな。トイレが魔導器具の世界で。


「誰?」

「バカッ!! 知らないのかよ。かの有名なアルトさんだぞ」


 ――人違いだった。


「大人気ですね、アルトさん」

「何なんだよ。誰だよアルトって」

「え? あなたのことですよ?」

「俺は有人だ」

「こっちの世界での名前が必要だろうということで、有人さんのお母さんが付けました」


 あ、有人だからか。あれね。キラキラネームってやつね。

 シモンズを転がしながら、後ろを振り返って楽しそうに話すミヤビを眺め、辺りの人々を眺める。

 ……シュールな光景だなあ。


 暫く木造の家の集合体を歩くと、ひときわ大きな――道場、らしい。これまた色も塗られていない木造で、筆字で『ようこそふんばり剣術』と書かれた看板がでかでかと門の上に設置されていた。

 ――ふんばり剣術。

 トイレ、イコールシモンズ、の流れもあって、もはやそういうイメージしか湧いてこないんだが。

 ふんばり剣術、ね。


「お父さんが、アルトさんに剣術を教えたくて仕方がないといつも言っていました」


 え、俺、ふんばり剣術をマスターするの。

 やめてよ。お願いだから。

 いくらなんでも、格好悪すぎるよ。

 台車のまま侵入する訳にはいかなかったので、俺はミヤビをシモンズごと抱えて、どうにか門をくぐった。身体で押すように扉を開くと、中には――……

 眉が太い。

 一目見て、まずそれがとても気になった。ガタイの良い中年男性が、座禅を組んで俺を見ていた。

 あれか。これはもしかして、『待っていたぞ勇者よ』の流れか。

 眉が太い。にっこりと笑うと、前歯を見せた。


「待っていたぞ、台車よ」


 嬉しくねえ――――!!


 まず、普通は最初に会うのって王様じゃないの!? どうして先にミヤビ父なの!? そして、どうして親子ともに髪がアホほど長いの!?

 突っ込みどころは山ほどあったが、その全てを俺は水に流して――シモンズに流した事にして、引き攣り笑いを浮かべながらミヤビ父に向かう。


「……こ、こんにちは。母がいつもお世話になっております」

「ああいや、ご丁寧にどうも。大きくなったね、アルトくん」


 うわ、慣れねえ。なにこれ。別に有人でいいじゃん。

 親戚に久しぶりに出会ったような感覚だが、どうやらこれが旅路のスタートなようだ。


「ここに来たからには、是非シモンズの仕組みと、ふんばり剣術についてマスターして、それからトーヘンボクの悪魔を倒して欲しい!!」


 後回しかよ、トーヘンボクの悪魔。

 まあ俺もただの一介の高校生なわけで、そのままでは危険かと言われたらやっぱり危険なんだろうけど……


「まずは、小剣術から始めよう!! アルトくん!!」


 あ、やっぱりそういう流れなんだ!? てことは大剣術もあるのね!?

 もうやだこの国!!


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