37_勝敗は一瞬です
――何が、起きたんだ?
あまりの速さに正直な所、何も分からなかった。
気が付くと、サラミはステージ外に倒れていた。
観客も何も言えない。司会者ですら、何も言えなくなっていた。
何か、黒い光のようなものを放った気がする。
たったそれだけで、サラミ・サンドイッチは黒焦げになり、うつ伏せになって意識を失っていた。
「……か、勝ったのは!! ムサシ・シンマ――!!」
遅れて、司会者がムサシの名を勝利者として宣言する。
さすがに、これは冗談じゃない。勝てるとか勝てないとかじゃなく、完全に規格外だ。おいおい、こういうのはラスボスで出てくるもんだろ。
ルナもトゥルーも、モンクでさえ、その場で固まったまま動けなくなっている。
「アルトさん!! サラミさんが!!」
ミヤビの声で我に返り、俺は目を覚ました。
ステージ上では、ムサシ・シンマが鋭い目で――俺を、睨んでいる?
俺はムサシを無視して、サラミの元へ駆け寄った。
「おいあんた!! 大丈夫か!?」
抱き起こすと、緑のローブはボロボロになっていた。
「……ん……」
良かった、息があるようだ。俺はほっとして、少女を抱きかかえた。
「ルナ!! 俺たちの部屋に連れて行こう!! この子、ヒーラーを連れていない!!」
「……あ、はい!! 分かりました!!」
遅れてルナが俺のもとに駆け寄った。
緑のローブが破けて下着が見えるほどに、強烈な攻撃だったようだ。普段の俺なら少し恥ずかしくもなっただろうが、この痛々しい焦げた肌を見てしまっては、そんな悠長な事を考えている訳にもいかない。
くっそ、ここで見るのをやめてしまったら、ワドリーテ・アドレーベベの戦闘が見られないじゃないか……。対戦相手誰だっけ。あ、オヤジか……。まあ、見られなくてもいいか。
とにかく、彼女を助けることが優先だ。
結論から言うと、ルナのヒーラーとしての能力は本当に頼りになるものだった。
本人の治癒能力を一定時間飛躍的に高めるという、『ヒール・マッサージ』。魔法こそ使わないものの、術者本人の魔力を高めて治癒を行うのだという。
つまり、魔力が少ない者ほど効果が薄いということだが――……このサラミという少女にとっては、かなり良い技なのではないだろうか。
みるみるうちに傷は塞がり、サラミは俺のベッドで寝ていた。
……いや、だから変な意味じゃないってば。
「……なんなんだ、あいつ。あたしでも全く見えなかった」
トゥルーが不気味な顔をして呟いた。確かにそうだよなあ。トゥルーだって馬鹿みたいに速いのに、速いとかいう次元ではなかった。
それだけの一瞬で、勝敗は決着してしまったのだから。
「あれは、『黒の閃光』だね」
どうしてお前はここにいる、タマゴよ。でも、なんかシリアスムードなのでツッコむにツッコめない。
いつになく真剣な様子でサラミの頬を撫でながら、言っていた。確かに、閃光っぽい感じではあったが。
「何なんだ? ……その、閃光なんとかってのは」
「黒の閃光。……ビーハイブの幹部が総じて使う技だ。あんなにキレた速さは俺様も見たことがなかったが」
……ちくしょう。ってことはやはり、ムサシ・シンマってやつは完全な規格外だ。
優勝するためには、本当にあいつを倒さなきゃならないのかよ……。
ルナがヒール・マッサージを終え、ふう、と一息付いた。だが、全員緊張の糸は切れないようだった。
「……アルト、大丈夫? あんな奴と戦って」
ルナが言う。俺は渋々だったが、頷いた。
「勝たないと、結局壇上でルナとあいつが接触するってことだろ。ってことは、連れ去られる可能性も高いってことだ」
そう。ムサシ・シンマはビーハイブだ。当然、今回のテロの一員――もしかしたら、リーダーかもしれない。
どうやって勝つんだろう。俺は何を持って相手したらいいんだろうか。
武器、もうちょっと見直してみようかな……
「小僧、お主の呪いというもので、ムサシ・シンマをどうにかできんのか?」
モンクが聞く。……いつの間にか呪い自体が結構使える技みたいな話になってるけど、あれただのその場のノリに任せた口から出任せだからね。別に大した技とかじゃないからね。
ムサシ・シンマに通用するかと言われたら、あんなシリアスキャラに俺の言葉など通用しないんだろう。
うーん、毎回やばいけれど、どんどんやばいレベルが上がっている気がするなあ……。
「アルト君、俺様に任せて棄権しても、誰も責めないぜ?」
タマゴが言った。……まあ、確かに前回の戦闘を見ている限りだと、俺よりもタマゴの方が運動神経は高そうだが。
差し出された左手を、俺は払った。こいつが信用できる人物かどうかはさておいて、個人的にここまで来て棄権というのはあまり許せない。
……意地っ張りだからとかじゃないぞ。断じて。
「俺だって挑戦者だ。お前と真剣勝負して、勝ったほうがムサシ・シンマと戦う。それでいいだろ」
俺の返答に満足したのか、タマゴはにっこりと笑った。
「それでこそ、俺様の認めるスーパー野菜人だよ。君にもいつか、閃光技を伝授しよう」
まるでベ○ータのバーゲンセールだな。
間違えた。