32_おっさんの正体たるや、です
ステージ端まで追い詰められた俺は、ルナにラビット・ダンスの支援をして欲しいオーラを出した。だが、ルナは苦い顔をしている。
ちくしょう。確かに、ここで応援したら急に強くなりました、なんて言ったらバレバレだよな。
この短剣でおっさんの斧攻撃を受け止められるとも思えんし……
とか考えていたら、水平におっさんの斧が振られた!!
「ひいええ!!」
思わず情けない声が出てしまったが、そんなこと気にしてられるか!!
俺は屈んでおっさんの攻撃を避けると、真横に転がり込んでステージ端を走った。
「どうした。逃げてばかりでは戦いにならんぞ」
俺よりも小さいおっさんの癖に!! ばーかばーか!!
心の中で文句は言うが、現実に口にできる訳ではない。
モンクだけに。
アホな事言ってる場合じゃないぞ。マジでどうしよう。
「俺はこういう戦いは苦手なんだよ!! くらえ!!」
「むっ!?」
立ち上がると、おっさんを強く指差した。えらく落ち着いていて、おおよそ弱点は見当たらない。こうなりゃ、当たりが出るまで引くだけだ!!
ニヒルな笑みを浮かべると、俺はおっさんを差した指をそのまま、鼻の下に向ける。
「――ある日、目が覚めたら鼻毛がフラワーになっていた」
……静寂が訪れた。
「参る!!」
ごめ――――ん!!
この作戦は失敗だ!! 他の手を考えるしか!!
なんとか隙を作らなければ。俺は逃げながら次の台詞を考える。
「ハア、ハア…………聞け、おっさん!!」
「むっ!?」
俺は再び不敵な笑みを浮かべると、右手の人差し指の第二関節を折り曲げ、おっさんに見せた。
「これを見ろ」
「……な、なんだ」
「ただの指に見えるだろう」
「どう見てもただの指だが……」
おっさんは戸惑っていた。俺はその様子を鼻で笑い、小馬鹿にしたように蔑んだ目で見詰めた。
左手の人差し指と親指でリングを作ると、指の第二関節を丸く隠した。
「――こうすると、おしりに見える」
……静寂が訪れた。
「参る!!」
うわあああ、全く何の効果もねえ!! 当たり前か!!
ひええ、斧が背中かすった!! ちょっとタンマタンマ、洒落にならねえから!!
戦闘で勝てないことは明白だ。どうにかして、勝つ機会を作らなければ……!!
「ゼエ、ゼエ……聞け、おっさん!!」
「……むう」
……いかん、段々と聞く気が無くなってきている気がするぞ。
ここは絶対に隙ができる、究極のネタでいかなければ……!!
よし、俺が一瞬考えて、その後虚しい気持ちになった、あのネタでいこう……!!
おっさんが考えたらその隙を見逃さず、場外に蹴り飛ばすんだ!!
「ある八百屋さんで、リンゴを三つ、みかんを四つ買いました」
「……ん? お、おう」
「さて――」
俺はおっさんに向かって走り出した。
「八百屋さんの家族は全部で何人――――っ!?」
今だ!! おっさんは問題を一瞬考え、その間に隙が出来るだろう!!
俺は両足を強く踏み締め、ジャンプして大上段に蹴りかかった!!
ドローップキーック!!
そして――
俺は思い切り、斧で殴り飛ばされていた。
だーよねー……。
べちゃりとステージに転がると、痛みに悶える俺。この圧倒的な戦力差。どうやって勝てば良いんだ。
「おおっと――!? モンク選手、アルト選手の呪いの言葉が一切通用しませ――ん!! もしや、アルト選手この選抜始まって以来の大苦戦か――!?」
苦戦どころか、そろそろ音を上げたい所だ。まったく戦いになってない。
おっさんもそれに気付いているのだろう、残念そうな――そして、少し悲しそうな目で俺を見た。
やめて!! そんな目で俺を見詰めないで!!
これでも真面目にやってるんだよ!!
「ううむ……どうやら、見込み違いだったようだな」
「いーや!! 見込み違いじゃないぜ。俺はもうちょっとデキる子だ!!」
くそ、今の一発でHPを半分くらいもっていかれた。避けることも難しくなりそうだ。
身体が言うことを聞かない……
何か、何か弱点はないのか!! トゥルーの時みたいな……!!
もはやスピリチュアルな弱点を見出さなければ、勝てる見込みのない俺。可哀想に。
「そろそろ、終わりにさせてもらおう……」
おっさんは斧を構えると、必殺技っぽいポーズに入った。
まずいぞ……溜め系の覚醒必殺技が来る。俺に対抗の手段はない。何しろ、溜めを止めることさえ難しそうだ。
どうしよう。一体、どうしたら勝てるんだ……
今のところ俺がこのおっさんに勝っている所と言えば、俺の方が身長が高いということくらいだ。
絶望的である。
「<アックス・ダイナマイト>……!!」
大上段に構えた斧は、俺の方に向かって来る様子ではない。
……やばい、これつまり、あれだ。範囲攻撃ってやつだ。俺はステージの一番端まで走り、精一杯おっさんと距離を取った。
「せいやァ――――っ!!」
駄目だ、止まる気配なんかねえ!!
「アルト――!! フレー!! フレー!! ア・ル・ト!!」
ルナ!!
そうか、このタイミングなら応援してても何ら不思議じゃない!!
うおおおおっ!!
俺は全力で真上にジャンプし、おっさんの攻撃を避けた。
――瞬間、
ステージは驚異的な爆発を起こし、モンク・コーストのいる半径何十メートルかの地面が破壊された。
おいおい、マジかよ。有り得ねえ。
「出た――!! モンク・コーストの必殺技――!! アックス・ダイナマイト――!! これはさすがのアルト選手もここまでか――!?」
あれ、もしかしてステージ上にみんなの意識が集中していて、俺が飛んだことに誰も気付いてない感じですか?
当のモンク・コーストさんも必殺技で俺が消し飛んだと思っているのか、特に上空の俺を探している気配がない。それどころか、ふう、と一息ついて汗を拭っている様子だ。
――俺、あなたの真上に居るんですが。
あれ、少し軌道、間違えちゃったかな。場外になることを嫌って前に飛び過ぎただろうか。今更コースも変えられないが――……
ぐんぐんと地上が近付いてくる。俺はおっさんの真上に降りて行く――……
「おおっと――!?」
ようやく司会者が俺を発見して、驚いた声を出した。
そして俺はそのまま、おっさんに激突した。
「きゃんっ!!」
なんか、変な声が漏れた。
俺はおっさんに馬乗りになり、身の丈ほどもある斧が大きな音を立ててステージに落ちる。
俺は思いがけず、おっさんの胸に触れた。
「あっ…………!!」
えっ…………?