29_スターと変態は紙一重です
つまり、事の顛末はこうだ。
タマゴ・スピリットなる者は、元々『ビーハイブ』と名乗る集団に所属していた、ただの戦士だった。彼はビーハイブの狙いに気付き、一人ビーハイブを離れ、戦士選抜に参加していたというのだ。
俺が見た銀髪の翼の生えた男は『インキュバス』というらしく、ビーハイブの中では幹部的なポジションらしい。
インキュバスて。逸話の通りだとしたら、女性が多い俺のパーティは結構危険だと言わざるを得ない。
タマゴはビーハイブと対抗するべく、仲間を探しているとのことなのだ。
しかし、だからと言って露天風呂で全裸待機はあんまりしないと思う。
「君たちは、ルナ・セントを守るために戦士選抜に参加しているんだろう?」
「……まあ、そんなとこだ」
「なら、俺様と組もう。一緒にビーハイブを倒そうぜ」
差し出されたタマゴの手を、俺は握り返さなかった。
――あまり、信用はできない。何しろ、話の通りならこいつは元ビーハイブ、なんだからな。
エルメスやゾウ、ビストロと同じチームだとしたら、俺達を騙すために一度寝返った振りをするなんていうのはよくある話で、そのために情報をいくつか開示するというのもまた、常套手段だ。
あえてインキュバスと戦っている振りをしたという可能性もある。
「今は、お前の話が信じられない。共闘はできない」
「なるほど。それなら仕方ないね」
俺がそう言うと、タマゴは多少残念そうにしていた。
ま、今のところは悪い奴ではなさそうなんだけど。用心するに越したことはあるまい。別に支援系でもなさそうだし、俺のトーナメントに協力できるとも思えないしな。
「いずれ、トーナメントで君と当たるだろう。その日を楽しみにしているよ」
え、お前も参加してるの?
嫌だなあ、強そうで。
「では、さらばだ!!」
言うと、タマゴはすらりと立ち上がり、部屋の窓に向かってダッシュ。そのまま、身を投げた。なんて身軽な奴だ。
「うわーお、思ってたより高――――」
確認してから飛べよ!!
声はそれとなくフェードアウトしていった。
……さて。部屋に残ったのは、未だ顔を赤くして金髪をいじり倒しているルナ、未だ服も着ずにがたがたと震えているトゥルー、シモンズから顔を出して、謎のポーズを取って遊んでいるミヤビの三人だ。
あいつのせいで俺のパーティ、半壊。
別にあいつは何もしていないと思うんだけど。
「マッチョマッチョ……マイチョップ……」
駄目だ、トゥルーはバスタオルを身体に巻き付けて思考が明後日の方向に飛んでいる。そんなに嫌いだったのか、マッチョ。
まあ、あの全裸は確かに結構強烈だったが。
「おーい、トゥルーさん?」
「マッチョマッチョ……恋のマイチョップ……」
「しっかりしろー」
怯えるトゥルーに俺は寝間着を投げる。風呂場に置いてあったのだ。
仕方がないのでこいつは放置。俺はルナの元に歩いた。ルナは俺を見ると仰天して、背を向けて屈んでしまった。
……こいつも、また。
「お前は別にマッチョ大丈夫だろ? どうした」
マッチョ大丈夫だろ、って我ながらどんな質問だよと突っ込まざるを得ない。
「わっ……私のことは気にしないで!! ちょっとそう、のぼせただけだから!! ののののぼせただけだから!!」
言葉が既に大丈夫じゃない。
「アルトさーん、見てください!!」
呆然とルナを見ていると、ミヤビに呼ばれた。一体なんだろうか。
ミヤビは一度シモンズに隠れた。ただの何もないトイレが俺の視界に入る。だがそれは自動で扉が開き――いや、ミヤビが自分で開いているんだが――神々しい態度で、ミヤビはゆっくりと浮上した。
「あなたが落としたのは、金の魔法瓶ですか、それとも銀の魔法瓶……」
「いや今お前の遊びに付き合ってる暇ねーから!!」
……あれ? そういえば、じゃあ本物のプレゼントさんはどこに行ったんだ?
ミヤビの髪をどうにかしていた頃は、まだ居たはず。ということは、トゥルーとミヤビが風呂に向かった辺りで入れ替わったってことだ。
つまり、きっとこの辺に隠されているのだろうが……
俺は耳を澄ました。何者かがギャーギャー騒いている声とか、聞こえて来ないのだろうか。聞こえて来ないな。
「なあルナ、プレゼントさんがどこかに隠されてると思うんだが」
「……へ? 誰?」
えっ……
「プレゼントさんだよ。プレゼント・ヘヴン」
「そんなメイド、うちには居ないわよ?」
じゃあミヤビの髪を切ったのは、インキュバスだったってこと……? え、何それ、無駄なミステリー残していかなくて良いよ。
そんな感じで、特に俺は何の必殺技も習得することなく、戦士選抜の決勝トーナメントを迎えた。
迎えて良かったのかとか、ちょっとは鍛えておくべきだったのではないかとか、そんな事はこの際いい。どうせ俺とトゥルーではまともな組み手にもならないことだし、俺は自主練くらいしかできなかったんだよ。
シモンズに入っている――今までよりは遥かに可愛く進化したミヤビは今日はツインテールで、上機嫌に鼻歌を歌っている。その様子、さながらトイレの妖精である。
……あまり可愛くないな、それは。
「アルト、きっと勝ってね」ルナが俺に微笑みかけた。
「おう、なんとかやってくる」
「ちょっと、今回からはラビット・ダンスでの支援は厳しそうだけど……」
そうだった。トゥルーの支援のため、俺の監視は厳しくなっている恐れがある。バレたら、即退場になるかもしれないからな……
本当に勝てるのだろうか……? 複雑な気分だぜ……
「アルト、きっと勝ってね!!」トゥルーが腕に抱き付いてくる。ルナがそれを見て、嫌そうな顔をした。
「ハブアブレイクとか言ってやらないからな」
「は? 何それ?」
「いや、なんでもない」
美味しいよね、某チョコレート菓子。