02_あなたは『台車』です
ひとまず家にあった、人が入れる程度のダンボールを組み立てて、ミヤビが入ることのできる程度の箱を用意してやった。
なにぶん、何か入るものがないと落ち着かないんだという。
みかん箱にあどけない少女が(しかも背が低い)入っている様は、どことなく拾ってください的な猫のそれを彷彿とさせるものがあるのだが。
リビングの椅子にダンボールを置く訳にいかないので、俺は和室に移動し、ダンボールを用意してミヤビを突っ込んだ。
うーん。これで、にゃーとか言ってくれたら嬉しいのだが。
俺はコタツに入ると、トイレ少女……もとい、ダンボール少女を見た。
「……君さ、みかん、食べる? そのダンボールに入ってたやつなんだけどね」
「私、ミヤビです」
「あのさ。それは最初に言わないといけないことなのかなー。君の国の決まりだったりするのかな」
「キミではありません」
……なるほど。そうきたか。
名前で呼ばないから、名前を覚えてもらえていないと思っているんだな。
良いだろう。呼んでやろうじゃないか。
「ミヤビもみかん、食べるかい」
「食べません」
食べないのかよ。さっきバナナはうまそうに喰ってたじゃないか。
何故、日曜日の朝から俺はこんな出来事に遭遇しているのだろうか。平日じゃないだけまだマシか。平日だったら、このトイレから出てきた少女とトイレの面倒を見ている間に登校時間になってしまうだろう。
俺はため息をついた。
「……それで、なんなんだよ。何を迎えに来たんだ。何が台車なんだ」
「実は、私の国は今、たいへんな危機に陥ってしまいまして」
「たいへんな危機?」
俺はみかんの皮を剥きながら、ミヤビの話を聞く。
「『トーヘンボクの悪魔』と呼ばれる魔法使いが、世界を支配しようとしているのです」
「……そりゃまた、随分と気の利かない悪魔だな」
偏屈だから世界征服か。なるほど、それは変わっている。
この、目の前にいるやたら髪の長い少女、ミヤビもかなり変わっているが。
俺の知っているファンタジーは、もっと優雅でかっこいい感じの名前ばっかりなんだけどな。一体、どこで何を間違えたんだろう。
「時として、私の国ではある言い伝えがありまして」
ああ、出た出た。あるよね、そういうの。異世界から来た主人公が、世界征服を目論む連中を退治するっていうやつ。
すごくベタな展開だな。あれ、そしたら俺は勇者的なポジションなのか。それで、トイレから少女が出てきて俺を異世界に連れて行くのか。
おお、それは結構燃える展開だな。トイレじゃなかったら。
「うちの古井戸から汲んだ水でシモンズを発動させると、異世界の国道さんのお宅に繋がる」
「随分庶民的な言い伝えだね!? ていうか、国中でそんな言い伝えを連携するなよ!! うちってどこだよ!!」
「トーヘンボクの悪魔を倒すため、国道有人さんを連れて来いというお話なのです」
「どうして俺の事知ってるんだよ」
「あ、お母さんと私のお母さんが知り合いなのです。ミク○イもスカ○プもやる仲です」
「幼馴染!?」
前言撤回。俺の知っているファンタジーな世界とは完全に違う。
しかし、その言い伝えには俺の知る限りでは聞いたことのない単語が混ざっていた。
「……シモンズって、なに?」
「シモンズとは、うちにある『三大魔導器具』と呼ばれるもののひとつです。百年に一度しか扱うことのできる魔法使いは現れないと言われています」
「……へー。だからうちってどこだよ」
意外とそれっぽくなってきたのか? あまりに話がぶっ飛び過ぎていて、驚くこともあまり出来なくなってきたのだが。
そうか。それで、俺が勇者になるという構図なんだな。
「そして、その魔法使いとは私なのです」
ほらほら。それっぽくなってきた。このミヤビという少女は魔法使いで、すなわち俺は異世界から現れる伝説の勇者。あまりネーミングセンスは無いというか皆無と言っていいが、トーヘンボクの悪魔を倒すためのコンビというわけか。
それはわりとワクワクするぞ。
「唯一トーヘンボクの悪魔に対抗できるのは、私の魔法だけというわけです」
「うんうん。で、俺はどんな能力を持ってるの?」
「私を移動させるための手段です」
――――ん?
「……なんだって?」
「あなたはシモンズを移動させるための手段です。台車です」
――――あー、ね。
台車って、そういうことね。
「実は、シモンズには触れられる者と触れられない者が居るのです。あなたは触れられる方です」
「……へー」
なるほど。
あまり嬉しくない。
つまり何だ、俺はトーヘンボクの悪魔を倒すとかいう目的のため、異世界でミヤビを運ぶための荷物持ち的なポジションというわけか。
ああ、そう考えるとまったく嬉しくない。
今日はあれだなー。新真でも誘って、ゲーセンでも行こうかな。
あれ、ということはシモンズって、結構大きいのか。魔導器具って聞いたから、てっきり魔法の杖的なものを想像していたのだが。
……あまり大きいものは、困るな。しんどい。
「シモンズって、大きいものなの?」
「箱みたいなものです」
ああ、だから箱入り娘なのか。筋金入りというわけだな。
じゃあ、俺は台車持ってミヤビをゴロゴロ運ぶ係というわけだ。
……バイト代、出ないんだろうか。
「……それで、いつ行けばいいの?」
「今日からです! うちで訓練をしないといけませんから」
「……別に夏休みでもないし、明日学校なんだけど」
「学校の時は、学校に行ってください。放課後、冒険しましょう」
……あー、ね。
「シモンズから有人さんの家に繋がるので、どこにいてもすぐ帰れますから」
なるほど。それなら確かにまったく何の問題もないね。
冒険してる感はゼロに近いけどね。
あれか。つまらないゲームを家に帰ってせっせこやる代わりに、異世界に行って似たようなことをコツコツやれば良いと。
……あれだな、アルバイトとか始めようかな。それとなく言い訳しようかな。
「お母さんも公認ですから!」
保護者承認ってわけか。素晴らしいね、世界を支配する悪魔を倒すのがそんなにアットホームでいいんだろうか。
恨むぞ、母よ。
「あー、ね」
「それでは、参りましょう!」
「あのね、だから俺、学校」
「今日、日曜日ですよね?」
ああ、俺の生活習慣も、こっちの事情もだいたい分かってるってわけね。
すげーな現代ファンタジー。スリルもドキドキもないよ。
「それで、どこから行くんだ」
「下のシモンズから向かうことができます!」
……結局トイレには入るのね。
あれ? ってことは、シモンズって……