26_決勝トーナメント進出です
俺は右腕を高らかに掲げた。
会場が静寂に包まれた。あまりに唐突の事過ぎて、誰も反応できなかったようだ。もちろん、ビストロも。
そして――会場に、騒ぎは起こった。
「あ、あ、アルト選手の勝利だ――!! 決勝トーナメントへと駒を進めるのは、アルト・クニミチ――!!」
……やはり、良い反応だけではないか。声の中にはいくつか、ブーイングも含まれている。トゥルーのやったことが効いているのだろう。
え、いや、俺のせいじゃないよね? 鮮やかに勝ってみせたよね?
「お、お前――!! だ、騙したな!!」
俺は場外で情けなく尻餅をついて叫ぶビストロに、不敵な笑みを浮かべた。
「勝負とは非情だ。お前は俺の言葉を信じた瞬間から負けていたのだよ」
「や、やっぱり嘘なんだな!! このダメ人間!! 卑怯者!!」
「ふっ、お前は何か大きな勘違いをしている。俺はダメ人間でも卑怯者でもない」
「……なに……」
「俺は、ハイパーニート引き篭もり格ゲーマーだ……!!」
そう言い放ち、俺はビストロに決めポーズを放った。ビストロが悔しそうに呻く。
「……あんま格好良くない」
……断じて大人気なくはないぞ。断じて。
俺、駄目な大人になったなあ。
あのままでは負けていたにせよ、少し今後の事は考えなければならないな……。俺はステージ端で俺を待つ三人の元へと戻り、ふう、と大きく息を吐き出した。
「信じてた!! 信じてたよダーリン!!」
戻るなり、トゥルーが俺の腕に抱き付いてくる。こいつの場合この殺人的な胸のせいで、俺は気がおかしくなりそうなんだが。
だが、まあ助けられたのも事実だ。
「……まあ、何と言っていいのかわからんが……ありがとうトゥルー、ひとまずは助かった」
俺の言葉に憤慨して、ルナがずい、とトゥルーの前に立った。胸に手を当てて、咎めるような表情になる。
ルナの胸はトゥルーと比べるといくらか控えめだが、形は良さそうだよな。
ミヤビは――……俺はミヤビを見た。
うん。女の子の魅力は胸の大きさじゃないよ。俺、分かってるから。
「無謀よ。私達の監視は自ずと厳しくなる、もう滅多なことはできないわ」
トゥルーはじっとりと絡みつくような視線で、ルナを見た。何を言われるのか察しが付いたのだろう、ルナは少し身を引いた。
「ふーん。だったら、ルナはダーリンがあのまま潰されても良かったんだ?」
「なっ……それとこれとは話が違うでしょう!!」
……まあ、あれがなきゃ負けていたのも事実、そうでなくても監視が厳しくなったことも、また事実だ。今は現状を受け止めるしかあるまいよ。
各々が思いのままに動いた結果だ。トゥルーも単なる悪戯でやったわけではないことだし、これからを考えていくべきだ。
「一旦戻ろうぜ。決勝トーナメントの面子発表がこの後あるんだろ?」
その後。
どうやら決勝トーナメントまでは三日ほどの猶予があるようで、俺はセントラル・シティ内にいればどこをうろついても良いことになった。現在は、ルナの王宮に来ている。これが大した豪邸なのだが……
相変わらず、家には帰れないのが悲しいところだ。もうすぐ一週間くらい経つのか。向こうの人たち、元気かな。
俺はバルコニーから空を眺めていた。見たこともない星が沢山あり、俺の世界のようなオリオン座やカシオペア座のようなものは見えない。
星の周期も、違うのかな。惚けたことを考えながら、俺は静かに風の吹くバルコニーに居た。
「お風呂、空いたわよ」
ルナが肩にタオルを掛けて、俺の隣に現れた。湯上りのルナは微かに頬が蒸気していて、普段よりも色っぽい。メイクをしていないのも、俺にとっては高評価だ。
というか、メイクしてなくても可愛いんだから普段のままで良いんじゃ……
「なっ……な、何言ってんの? むむむ無駄に褒めすぎよ」
あれ、口に出していたらしい。
ルナは顔を真っ赤にして、頭から湯気を出していた。あれか、のぼせたんだな。可哀想に。
俺の様子に気付いたのか、ルナはすぐに気を取り直して、俺の横顔を見ていた。
「どうしたの?」
「……ああ、まあ、ちょっとな」
当然、すべての試合が終わってから、決勝トーナメントのメンバーは発表された。俺はAブロックで、優勝するためには結局勝たなければいけないという事実は変わらないので、それはいい。
だが――Eブロックで、勝ち抜いてきた相手。逆立てた短髪は太陽に眩しく、健康的な肉体と活力のありそうな瞳は不健康的な肉体と死んだマグロのような目をしている俺と正反対と言っていい。
ムサシ・シンマ。
何かのギャグとしか思えない。
「何かあったなら、相談、乗るよ?」
「――ああ、いい。大丈夫だ。ちょっと今の段階では、相談するにできなくて、な」
間違いなく、新真小次郎と同一人物だ。ムサシとか言ってるが、多分偽名だろう。
いや、それとも、この世界にも新真小次郎に当たる人物が居るのか――……
『ええ!! マジで!! お前、異世界行って来たのかよ!!』
あの様子から考えて、とてもではないがこの世界に足を踏み入れていたとは思えない。ならば、やはりそっくりな別人、なのだろうか……?
いやしかし、ムサシ・シンマなんて名前はあまりに……
「ダーリン!! お風呂入ろお風呂!! すっごい広かったよ――!!」
「こっ、こらトゥルー!! 先に入りなさい先に!!」
「背中流してあげるー」
……振り返らない方が良いだろうな。いや、本当は振り返りたい。一緒にお風呂。なんて優雅な響き。
だけど、それをするとルナが怖そうだ。かなり。