25_オナゴ達とは毎日欠かしません
ビストロの動きが止まった。トゥルーが俺の真後ろに立って、憲法を唱えたせいだ。初めて体験する奴には、何のことを言っているのかなんて分からず、対処の仕方も分からないだろう。
本当は、ただモモンガって言えば良いだけなんだけどね。間抜けにも。
「アルト!!」
「……お、おう」
俺は言われた通りに横に避けた。トゥルーが離れると魔力の効力が無くなり、ビストロは地面に激突する。
何が起こったのか分からないといった様子で、ビストロは青ざめた表情でトゥルーを見ていた。
そして――俺も、苦い顔をしていた。何故なら、
「……おおっと――!? アルト選手のセコンドに付いていたトゥルー・ローズ選手が、アルト選手の補佐をしました!! これはどうなんだ!? ルールとしてまずいんじゃないのか――!?」
そりゃあ、そうだ。ルナが俺の支援をしていたのは、応援に見せかけた方法があったからだ。声の届かない実況と観客相手なら、騙せる。そう思っていた。
だが、トゥルーのこいつは別だ。これは規格外の能力で、誰が見ても明らかにトゥルーがやったものだと分かる。
つまり、弁解ができないのだ。
「ちょっと!!」
トゥルーが司会者――兼実況を指差して、言った。
「あたし、ステージの性質を変えただけなんだけど。アルトも『モモンガ』って言わなければビストロ・クワトーロに攻撃出来なかったし、これは支援じゃないでしょ?」
――なんて、強引な。思ったが、実況は審判? 審査員? と思われる人を集めて、何かを話し合っている。
ビストロが気を持ち直して、スケートボードを構えた。――何かあれば、すぐにこちらに突っ込んでくるといった様子だ。
分かっている。一発や二発、こいつの攻撃を避けた所で、何かが起こる訳ではないということは――……
「……お姉ちゃん。そんな反則まがいの事したって、この兄ちゃんは勝てっこないから無駄だよ」
トゥルーは強気に笑った。
「そうかな? あたしには――そんなコトないと思ってるんだけど?」
なんという無類の信頼だろうか。
トゥルーに穏やかに微笑まれ、ビストロの顔が赤く染まった。
――それだよ。そういうのを待っていた。
ありがとうトゥルー。お前のお陰で、この勝負――どうにか、勝てそうだぜ。
「……ただいまの行為は、両者にとって片方に有利となる展開ではないため、罰則はなしとします!! ただし、トゥルー・ローズ選手の行為が本来の戦士選抜から掛け離れた行為であることには違いが無いため、今後同じような手段に出れば、アルト・クニミチ選手を棄権させ、退場も止むを得ないということになりました!!」
観客は――当然、良い顔はしないか。トゥルーの我儘が一本通った形になる。だけどまあ、勝てないとか顔が砕かれるとかよりはマシか。
俺はルナとミヤビのいるステージ端に戻った。トゥルーも走って戻って来る。トゥルーの問題外の行動に、ルナはかなりお怒りだ。
「ちょっとトゥルー!! あんまり目立つことすると、私まで怪しまれるでしょ!!」
「良いじゃん、あたしダーリンのためにやったんだもんねー?」
満面の笑みで対抗されると、俺も怒るに怒れない。実際、俺の顔が救われたのはトゥルーのお陰な訳だしな……。
「あ、ちょっとアルト!! ちゃんと言ってよね!!」
「悪い悪い。……でも、実は本当にトゥルーのお陰でこの勝負、どうにか勝てそうだぜ」
「……え?」
俺はルナとミヤビに軽く手を振ると、ビストロに向き直った。ビストロは既に俺の顔を潰す気満々といった様子で、殺気立っている。怖い怖い。
……とりあえず、後ろの女性陣に聞かれる訳にはいかないな。俺は前に出た。
「良かったね、兄ちゃん。寿命が五分くらい伸びて」
「そうだな。どうにかお前も倒せそうだしな」
「はっ、上等!!」
ビストロは俺の方に向かってくる。……ジャンプされたら、もう止まらなさそうだな。少し早めに仕掛けるか。
俺は腕を組み、ビストロの前に仁王立ちした。ビストロが俺の格好に驚き、加速する。
「何、真正面から受ける気!? ぶっ潰す!!」
「ビストロよ」
俺は言った。
「俺が後ろのオナゴ達と、何もせずにここまで来たかと思うか?」
ビストロが驚愕の表情になり、思わず動きを止める。俺は凛々しい顔で、ビストロに向かって歩き続けている。
さあ――ショータイムの始まりだ。
「で、出た――――!! アルト選手の呪いの始まりだ!! この勝負、分からなくなってきたぞ――!?」
盛り下げないよう実況ありがとう、司会の方。こうなったら、先程の汚名を返上するだけの圧倒的戦力差を見せ付けてやるしかない。
そう、『あたかもやられそうな空気を醸し出していただけで、俺はさっきの勝負でも、いつでも勝てた』ということを証明しなければ――!!
卑怯ではない!! 断じて卑怯ではないぞ!!
子供相手にムキにもなってない!!
「……な、なに?」
「ビストロよ。お前は知らないだろう。夜な夜な俺達が愛を育むために勤しんでいることを」
凛々しい顔で、若干小声で(後ろの女性陣に聞かれない為)。ここは、大人と子供という立場を有効活用しなければ。
鉢巻が風に揺らめく。俺はビストロの目の前に立つと、再び仁王立ちになった。
まるでビストロには、俺が巨漢のように見えることだろう。
「ま、毎日だと……!?」
「そうだ。毎日だ」
「欠かさずか……!?」
「そうだ。欠かさずだ」
ビストロは多少目尻に涙を浮かべ、俺を見た。
俺はあくまで凛々しい顔を続け、ビストロ・クワトーロに引導を渡すべく、見下ろした。
「な……なんて奴だ……」
「お前とは次元が違うんだ。知らないだろう、夜、俺達が寝る間も惜しんで何をしているのかを」
「……くっ、し、知らないけど!! それがどうしたって言うんだ!!」
俺は腕を組み、言った。
「エロいぞ。それはもう、エロい。お前なんかが想像など付かないほどに、エロい」
「な……そ、そうなの!? 何してんの!?」
「知らないだろう? ……つまり、お前はまだその程度の男だということだよ」
「……ぐっ……」
聞かれて、ないよな。うん、大丈夫なはずだ。こんな事を俺がこいつに言ってると気付かれたら、今後の俺の人生がやばい。かなりやばい。
だが、無駄に焦るわけにもいかない。俺はビストロに手を差し出すと、穏やかに微笑んだ。
「大丈夫。お前はまだこれからだ。だから今は、俺に席を譲ってくれ」
「席を……?」
「決勝トーナメント進出への、席だ――」
俺は笑った。
「必ず、勝つからよ。そうしたら、お前にも見せてやるよ。その――エロの頂を」
「――本当?」
「ああ」
ビストロは俺の手を握った。
すかさず俺は、ビストロを場外へ投げた。
「えっ」
どすん、と音がして、ビストロが場外に尻餅をついた。
俺は――
不敵に笑って、右腕を掲げた。