21_君は戦場に咲く一輪の薔薇だ、です
ステージに乙女座りをして赤面し、呆然と俺を見るトゥルー・ローズ。こいつの弱点はつまり、男を男だと認識した瞬間だ。
トゥルーはジェンダーフリーだ。男も女も子供も老人も魔物も関係ない。だから圧倒的に強いし、挑発的だ。
ならば、その斜め上を行けばいい。
俺の背後で咲いている薔薇が輝きを増した。
「美しい。――君のようなひとを、俺は初めて見た」
「ちょ、ちょっとやめてよっ。……あ、あわわ」
形勢逆転。トゥルーは一転して戦闘力を失い、ただ赤い顔で俺を見ている。
――周囲の観客に呑まれ、ここが戦場であることを思い出させてはならない。トゥルーは今、俺と二人きりの空間にいる。
そう、こいつの弱点はつまり、乙女チックシナリオだ!!
「トゥルー、もう朝ごはん食べたのかい? ……ははっ、寝坊した? 仕方ないな、俺が買って来てやるよ」
爽やかな笑顔で、俺はトゥルーのデコにデコピンをした。
あふっ、と小さな呟きと共に、トゥルーが可愛らしい吐息を漏らした。
――なんという違いだ。こいつ意外と可愛いじゃないか。
俺はそのまま、トゥルーの左手を握って立ち上がらせる。
「……け、形勢逆転か――!? アルト選手、よく分からないがトゥルー選手を手駒にしています!!」
なんとでも言え。トゥルーには、実況の声なんて届いていないに違いない。俺は制服を着て(いるような態度で)、学校の桜道を(歩いているような気持ちで)トゥルーの手を引いた。
おずおずと、トゥルーは俺に付いて来る。俺たちは、足並みを揃えた。
「今日、英語だぞ。ちゃんと教科書持って来てるか?」
「……忘れた」
「なんだよ、仕方ないな。俺がお前にピッタリの英語、教えてやるよ」
俺はステージ中央に立ち、トゥルーを真っ直ぐに見詰めた。
(まるで)イケメン(のような)笑顔で、繋いだトゥルーの左手に――
――キスをした。
「I love you」
ぼすん、とトゥルーの頭から湯気が噴出した。
へなへなと、崩れ落ちる。そして俺の手を離すと、仰向けに倒れた。
おお。顔が完全に放心している。目の焦点が合っていない。まさか、これほどの影響があるとは。
戦意喪失。それはつまり――
俺は右腕を高らかに掲げ、拳を握った。
「…………あ、ああ」
あまりの驚きに、実況も混乱しているようだ。
そうだろうな。俺もびっくりだぜ。
「アルト選手だ――!! よ、よくわからないが、勝ったのは、アルト・クニミチ――!!」
まさか、本当に勝てるとは微塵も思っていなかったというのは秘密だ。
どうにかこうにか、俺はトゥルー・ローズとの戦闘を勝ち上がって四回戦に突入しようとしていた。
弱くても勝てるということが証明されたが、俺自身もどうして勝てているのか全く不明なため、今後の事は不安しかない。
そして、もう一つ大きな問題があった。
「……あの、ルナさん」
ルナは俺のことを完全に無視して、ベッドに寝転がって壁の方を向いている。
「ルナさん?」
ああ、なんでしょうねこういうの。嫉妬ってやつでしょうかね。可愛いな。俺がトゥルー・ローズに肩入れしたと思っているのか。
金髪美女は拗ねるのも大変可愛らしい。
「ルナさん、お腹すいちゃいましたか?」
ミヤビがシモンズから顔だけ出して、ルナを見ていた。
お前はどうか、いつまでもそのままでいてください。
俺はベッドに腰掛けると、ルナの髪を優しく撫でた。
「なんだよ、嫉妬してるのか?」
「し、してないわよバカ!! 別にあんたが誰を口説こうが私には関係ないわよバカ!! バカ!! ほんとバカ!! 死ね!!」
めっちゃ嫉妬してはりますがな。
あまりにその態度が面白かったので、俺はつい吹き出してしまった。
「アルト!!」
俺は微笑んで、ルナと目を合わせた。
「――なんか、ついこの間会ったばかりなのに、他人って感じしねえな」
ミヤビが透き通った目で俺とルナを見ていた。
こいつも、何かを考えたりするんだろうか。
「……そうね」
「別に、トゥルーのことは勝つためにやったことだ。あいつの弱点がイケメンだったから、演じただけだよ」
「……ほんと?」
「もちろんだ。お前を守ることは忘れていない」
「アルト……」
おお、なんだか良いムードだぞ。しかも、幸いにもここはベッドだ。
俺はそっと、ルナと顔を近付け――
むにゅ。
背中に、そんな感触が訪れた。
――それは、春の訪れのようだった。
「あ、トゥルーさん」
ミヤビが呟いた。
――え?
俺は振り返り、背中にしがみ付いている人物の正体を暴こうと見た。だが、背中に張り付いているため、俺が振り返れば彼女も位置を入れ替える。
俺は苦笑いをした。
「……なんで、ここに?」
「あっ、あのっ。あたし、あたしも、このパーティーに混ぜてください」
「――は? なんで?」
「わー、トゥルーさんお顔が真っ赤です」
そうなのか? どんな顔なんだ一体!! そして、大変残念だがお前はタイミングが悪すぎる!!
後にしろ後に!! 空気読め!!
「あの、あたし、アルトのこと好きになっちゃった……かも」
ストレートだな!! 元気系は告白もド直球で大変潔い!!
「だめ――――!!」
ルナが思わずといった様子で身体を起こし、俺の腕を掴んだ。
「なんだよあんた、アルトのなんなんだよ!!」
「だ、だめ!! それだけは絶対だめ――!!」
……波乱の予感がする。