19_モモンガ流『憲法』です
俺はタイミングを誤った。
ステージの端から端まで、およそ五十メートル。普通よりはかなり広いステージだというのに、トゥルーは憤怒の表情になったかと思うと――真っ直ぐに俺に向かって、走って来た。
その間、三秒。
マジか。世界記録じゃねーか。
「<モモンガ中段の拳>!!」
俺は咄嗟に横に飛び、少女の突撃を避ける。
ブン、と風を切る音がした。
そして――地面が割れる。
「おおっと――!? トゥルー選手、既に全力だ――!! 二回戦でも見せた、ステージ割り攻撃――!! でもホールが壊れるのでちょっと控えてください!!」
死ぬ。俺は今日、死ぬ。
口をぱくぱくと動かし、俺はトゥルーから全力で距離を取った。トゥルーは振り返ると、俺を見て――
やばい。目が血走っている。どうして偽名如きで怒ったのか分からんが、とにかくやばい。
「――殺す」
「やめてごめんなさい許して!!」
何しろ三秒で端から端まで来るのだから、どれだけ距離を取ったって抗いようがない。
トゥルーの姿が消えたかと思うと、俺の目の前に現れた。
――あー、こりゃ無理だわ。
「<モモンガ下段の脚>!!」
「<ラビット・ダンス>!!」
向こうから掛け声が聞こえる。ナイスだルナ!! もう俺一人の力では絶対に無理だ!!
「フレー!! フレー!! ア・ル・ト!!」
瞬間、俺の足元に力がみなぎる。トゥルーの攻撃は足元から。俺は全力で跳躍し、マンモスの時同様ホールの遥か上まで飛び上がった。
観客が俺を見て、歓声を上げる。
「これは――!! 二回戦でも見せた大跳躍だ――!! アルト選手、金髪美女の応援もあってパワー全開か――!?」
金髪美女て。少なくとも運営側はルナのこと知ってるだろう。
もしかしたら、ルナが運営側に口止めしているのかもしれないな。あまり認知度はないみたいだし。
とにかくこれで、暫くは考える時間が――
「どこ見てんのさ」
――ステージに、トゥルーがいない。
後ろから声が聞こえ、俺はがたがたと震えながら後ろを振り返った。
――――マジか。
「<モモンガ中段の拳>!!」
ガツンと大きな音がして――俺の頬が殴られる音である――そのまま、気が付くとステージまで吹っ飛ばされていた。
「おお――!! なんとなんと、トゥルー選手、アルト選手の大跳躍の上をいった――!!」
HPがとても大きく減るのを感じる。――というか、それ以前に、ものすごく痛い。
何故だ……? 羊の時は激しく吹っ飛ばされたけど、そこまでじゃなかったのに……!!
頭の上を星が周り、俺は身動きが取れずにいた。
やばい……トゥルーが降りてくるのに……!!
「さーて、どう料理しようかなー」
トゥルーは俺の目の前に降りた。
駄目だ。語尾にハートマークが付いている。
俺はどうにか立ち上がると、目の前のトゥルーと向き合った。
――立つのがやっとだ。
「モモンガ流!! 憲法第一条!! 『モモンガと言わなければ攻撃できない』!!」
トゥルーがなんか言っていた。
って憲法ってそっちの憲法かよ!! 拳の方じゃないのかよ!!
トゥルーの両手が紅に光り、残虐な笑みと共にトゥルーの手が――消える。
「モモンガモモンガモモンガモモンガ……」
なんだろう。今俺は、何をされているんだろうか。
とにかく痛い。腹が痛い。胸が痛い。脚も痛い。ああそうか、これ今、ものすごい勢いで殴られて――……
「モモンガァ――!!」
――俺は吹っ飛んだ。
ガツン、べちゃりと醜い音がして、俺はホースコーナー側に転がった。
顔がすごく腫れているのが分かる。ステージ端に転がって空を見ると、とても青かった。
あー。こんなに空は青かったんだな。まるで俺の心が洗われていくようだよ。
ありがとう、お父さんお母さん。俺を産んでくれて――
「アルト!! 大丈夫!?」
青い空の代わりに、ルナが屈み込んで俺を見た。
ありがとうルナ。お前も俺の心のオアシスだよ。
「アルトさん、しっかりしてください!!」
ミヤビは――……まあ、ありがとう。
「女に支えられちゃって、ほんとカッコ悪い」
トゥルーがステージ中央で俺に毒付いた。……ああ、なんとでも言うがいいさ。そもそも俺はまだレベルが一桁なんだからな。
RPGで主人公が強くなっていくのは、大体二十前後。俺はまだヒヨッコレベルなのに、こんな大会に参加してるんだ。
本当、やんなっちゃうぜ。
「ミヤビ。……ポーション、持ってるか」
「は、はいです!! でも、今使っちゃって大丈夫ですか!?」
「間違いなく、今の俺にとっては最強の相手だ。どうにかして勝たないといけない……くれ」
俺はミヤビからポーションを受け取ると、口に含んだ。
……うえ。青汁となめこ汁を足して二で割ったような味がする……
HPが回復していくのを感じる。……あ、そういえば頭の上にバーとか出るんだ。HPバーは、七割ほどを指していた。
俺、死ぬとこだったじゃん。危ない危ない。
――あれ? そういえば、羊の時は確かバーは減ってなくて……
……あれか!? 街の中のイベントだったから、体力減らなかっただけか!?
そういうシステムか!!
「ルナ、ラビット・ダンス以外に支援系で出来ることは?」
「え、あ、あるけど……あんまり目立つのは、バレちゃってまずいかなって……」
え、もしかして踊りなのか。どんな踊りなんだ。見たい。
思ったが、ルナが赤い顔をして恥ずかしそうにしている以上、俺が支援をせがむ訳にもいかないか。
ふー。結局、俺はこのままで戦うしかないのだ。
「さあ、どうするの? 得意の呪いでもやってみる?」
トゥルーが再び、挑発的な顔になって言った。俺に向かって、手招きをしている。
――くっそ。やってやろうじゃないか。俺は短剣を抜いた。
「受けてみるかよ、俺の攻撃!!」
「気なよ」
人をおちょくりやがって。ろくな大人にならんぞ。ポーション飲んでる間も、舐めて掛かっているからか全くこっちに来ないし。
俺はトゥルーに向かって走り、その短剣をトゥルーに向かって突き付ける。
「ふんばりっと!!」
俺から変な掛け声が漏れたのは気のせいだ。
瞬間、俺の短剣はトゥルーの目の前で止まり――――
「言ったろ? 憲法だって。あたしも使えるんだよ、『呪い』」
俺は動けなくなった。