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13_回復役ですが、魔法は使えません

 どうやら、俺は重大な勘違いをしていたらしい。

 事の始まりは、戦士選抜で俺が当たった相手、エルメス・ジョーズが試合後に言い放った言葉だった。


『ああ、良いぜ。そこまで言うなら教えてやるさ! 既にこの戦士選抜は王女の捕獲のため、多数の戦士によって取り囲まれている!! 運営側にも紛れ込んでいる、今更止めることなど不可能だ!!』


 もちろん、その後はミヤビのハイヒート・ウォーターでとても熱い目に遭ってもらった。

 ルナ・セント。そしてセントラル・シティ。後になって思えば、会った時に気付いても良かったな、『セント』は『セントラル』の『セント』であることに。

 つまるところ、ルナこそが『セントラル・シティ』の王女だったのだ。

 初めて出会った時、ミヤビの『パクって逃げる』発言に異様に怯えていたのも頷ける。ルナはおそらく、戦士選抜の優勝者に与えられる『王女の口付け』を抱えているのだろう。

 そして、王女は今。


「……ここ? ここがいいの?」

「おー」


 俺のマッサージをしている。

 なんだろう、これは。よく分からないが、素晴らしいご褒美だ。戦士選抜に出ることで、こんなご褒美があるなら俺は喜んで勝ち抜くかもしれない。

 ルナ・セントはヒーラーだが、回復魔法を使う――いわゆるヒーラーではないらしい。魔法の杖も持っていなければ、魔法も使えない。


『えっと、マッサージ、針、お灸、あとはオイルとかポーションスープなんかも作れるけど――どれがいい?』


 すげえ物理的回復手段。ヒーラーって、どこか魔法っぽいのを想定していたよ。まあ、これはこれで悪くない気がするが。

 さて、残念なことがもう一つある。

 ミヤビの持っていた魔法瓶の中身が、空だったのだ。

 俺の家のトイレとミヤビのシモンズを繋げる手段は、ミヤビの家の古井戸から水を組んでシモンズを発動させること。大変残念なことに、セントラル・シティでは古井戸の水を携帯していなければ帰れないということだ。

 つまり、戦士選抜に出ている間はセントラル・シティを出られないので、俺は家に帰れない。

 そして、ミヤビは今。


「……アルトさん、もう、いいですか」

「駄目だ」


 俺のベッドの隣で正座。

 もちろん、シモンズからは離れている。さすがに下半身丸出しはアレだったので、ルナの持っていたスカートを履かせた。

 これからは、ちゃんとこいつに服を着せようと思う。


「恥ずかしくて死にそうです」

「そっちかよ!! そもそも、ずっとシモンズに入ったままっていうのがおかしいんだよ!! それが本来の姿だ諦めろ!!」

「はう……足が痺れてきました……」


 ルナに背中をマッサージされつつ、俺はミヤビを睨んだ。お前のお陰で、こっちは暫く家に帰れないんだ。母さんは事情をある程度知っているみたいだったから、別に何も言わないだろうが。月子がどう思うか。

 ……ま、学校なんて行ってないんだから、あんまりあっちの世界に影響はないのかもしれないけど。


「聞いていいか?」


 ふと、俺はルナにそう言った。


「なに?」

「どうしてルナは、城を抜け出してこんな所にいるんだ。そもそも、なんでセントラル・シティの催し物にお前が参加する側で居るんだよ。本来は、上で見てなきゃ駄目だろう」


 素朴な疑問だった。ルナ・セントはセントラル・シティの王女。姫ではなく王女なのだから、本来は王様の隣で座って見ていないといけないはずだ。

 それが治安管理にもなるはずだからな。何かおかしな連中が現れた時に、王位が空席じゃあ止める者が居ない。

 ルナは無言で俺の背中を押していたが、ふと言った。


「――何か、おかしいのよ」


 俺は耳を澄まして、ルナの言葉をちゃんと聞こうとした。


「なにか?」

「私は、セントラル・シティの王女で、ヒーラー。それは分かるし子供の頃の記憶もあるんだけど、王様は不在で私は一人で王女をやってるの。そもそも、どうして私はこんな年齢で王女をやってるの? 不思議じゃない?」


 ――なるほど。王様は不在なのか。

 確かに、俺の世界でも現代の人間は謎のモンスターの襲来に対して問題を感じていないし、異世界から人間が来ても誰も驚かない。俺自身も今更トイレから人が出てきて、それが居世界に繋がっている、なんて言われても驚かなくなっていた。

 だが、何かがおかしい。


「今だって、HPの回復がどうのとか言って、私はアルトのマッサージをしているけど――どうして、これをすると回復するの? 説明はあるだろうし、歴史もあるかもしれない。でも、なんか変」


 こっち側の人間達の記憶が書き換わっていないとは、限らないか。

 分かっている。本来俺達の居た世界とは、何かが違う。何かがおかしい。それは俺もずっと思ってきた。こんなに、適当ではなかったような気がする。だが、本来の姿が思い出せない。

 ルナは、気付いている方だ。


「――俺の世界では、人々は異世界と繋がった時、世界の記憶を書き換えられた」

「え?」

「誰もが、元の世界のあり方を忘れている。不自然な記憶を植え付けられても、驚きも焦りもしない。それが本来の姿だと思っているからだ」


 俺は立ち上がり、窓へと歩いた。セントラル・シティの町並みを見下ろすと、いかにもファンタジーのそれであることが分かる。

 俺は知っている。こんな世界は、元々はゲームの中でしか見たことが無いものだ。俺の飛躍的な運動性能の向上にも、ある日使えるようになった魔法とかなんとかも、元々は――少なくとも俺の世界には、あったものではない。

 いつからか、ゲームの世界がもう一つの『現実世界』として浮上し、それぞれの存在を肯定しやがった。

 俺の記憶も消えかけているのかもしれない。それがいつだったのか、もう思い出せないからだ。


「アルト。あなた、何か知ってるの?」

「俺の世界の話だが――俺は、俺の世界が元はどういう世界だったのか、僅かに覚えている」


 ルナは、怪訝な瞳で俺を見詰めた。


「じゃあやっぱり、あなたは世界を救う、勇者――」


 俺は再び、ベッドに寝転がった。いつの間にか俯いているミヤビの顔を見て――眠っている、正座したまま。器用な奴だ。


「ちげーよ。俺は別に、この魔法が飛び交う世界では選ばれてない。別の誰かだ。あるいは、ミヤビだ」


 そう言って、ルナに『勇者の血』を見せる。選ばれていない者がこれを振ると、思わずアホ踊りを踊ってしまうという。

 魔力の暴走だったか。まあ、もうどうでもいいや。これは俺にとって、アホ踊りを踊るための道具でしかない。


「……ね、あなたの世界に、いつ連れて行ってくれる?」

「帰れなくなっちまったから、戦士選抜が終わってからだな。招待するぜ、なんもない世界だけどな。お前が選ばれれば、だけどな」

「行けたらいいなー」


 ルナは嬉しそうにはにかんだ。




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