108_捻くれ者の悪魔です
俺は扉を開いた。
瞬間的に、白い光が俺とミヤビを包み込む。
――ここから先へは、トゥルーを連れて行く事はできないか。
俺は振り返り、トゥルーの頭を撫でた。
あんま、怖がんなよ。心配しなくても、何も起こらないって。
目を覚ました時、ちょっとだけびっくりするかもしれないけどさ。
トゥルーが不安そうな顔のまま、透明になって消えて行く。俺はそれを、微笑んで見送った。
最後にトゥルーは、満足そうに笑った。
俺は歩く。
ただ、真っ直ぐに。突き進んだ。
俺の目の前に、見覚えのある顔が現れた。
「……ワドリーテ・アドレーベベ」
ワドリーテ・アドレーベベは俺の事を険しい顔で睨んでいた。腕を組んで、唇を突き出す。
「申し訳程度に決着付けちゃって。……これで、終わりにしようと言うの?」
俺はワドリーテの言葉を聞いて、笑った。
何を、バカなことを。
元々、申し訳程度の決着しか付けられない世界じゃないか。俺の態度に気付いたのか、ワドリーテは諦めの混じった溜め息をついて、頭を掻いた。
「……やれやれ」
そして、ワドリーテはミヤビを見る。
「あんたは、もういいの?」
ミヤビは、びくん、と身体を硬直させた。
ワドリーテはミヤビに向かって歩いて行く。ミヤビはただ、それを見た。まるで悪い事を叱られた子供のように小さくなって、ワドリーテの反応を待っていた。
「『幻想の泉』の力は、もう保たないよ?」
ミヤビは頷く。
まあ、どうせもう時間も無いだろう。この世界での『鍵』は、俺が斬ってしまったからな。
ワドリーテはミヤビの頭を撫でた。
「――じゃ、後は頑張んなさいよ」
そうして、ワドリーテは消えて行く。
消えて、どこへ行くのだろう。
ワドリーテ・アドレーベベには、帰る場所が無い。だってあれは、ミヤビの分身だから――……
何故か、そうだと思えた。
俺に掛かった『魔法』も、これで終わりなのだろうと思った。
俺は歩く。
さらに、その先へ。
「アルトさん!!」
ミヤビに呼ばれた。
だが、俺は振り返らない。
この、出来損ないの二つの世界には、必ず同じ、二人の人間が居た。
ルナと月子。
二人のシンマ。
そして、元の姿を取り戻していく人達。
キーワードは、シンプル。たったそれだけだったのだから。
「心配すんな」
振り返らず、俺はミヤビに声を掛けた。
「何も起こらねえから」
そもそも、俺の村が焼かれたのが全ての始まりだった。
あれをやったのは、魔族だろう。それは間違いない。
ミヤビが消える。
俺は真っ白な世界で、ただ一人立っている『そいつ』に、声を掛けた。
「よう――俺」
そいつは振り返り、俺の目を見る。
なんということだろう。その男は、俺と同じ顔をしていたのだった!!
――はっ。
どんな事を言い出すのか、楽しみだぜ。
「――よくぞここまで来た、台車よ。その『勇者の武器防具』を私に寄越したまえ。さすれば、世界の半分をお前にやろう」
なーるほどね。
そうして、ミヤビは『俺に俺を殺させる』予定だったわけだ。トイレの世界は消滅し、地球だけが残る。魔力を失った俺達は永遠に平和な世界で、学生として生きる――……
もしかしたら、そんな世界もどこかにあるかもしれないな。
いつか、こいつを小説として語る日が来たりとか――するかもしれない。
俺は笑った。
「んん、最後くらい、まともに戦って終わろうかとも思ったんだけどねー?」
俺は手にしていた『勇者の武器防具』を、『トーヘンボクの悪魔』に渡した。あいつには、俺がこんな風に見えていたのかよ。正直、かなり心外だぜ。
まあ、俺も復讐の悪魔に取り憑かれていたのだから、あながち外れてもいないのかもしれないけどさ。
俺の行動が予想外だったの、トーヘンボクの悪魔は眉根を寄せて、俺を見た。
俺はその腕を掴む。
「こいつは、お前にやるよ。だけど、俺が貰うのは世界の半分じゃない」
顔を近付ける。――いやーしかし、生意気な顔してるな本当。これが俺だとは、ちょっと思いたくないね。
「――俺が貰うのは、お前の全てだ」
そうして、俺は『トーヘンボクの悪魔』を、俺の中に取り込んだ。
同時に、真っ白だった世界の向こう側が、少しずつ見えてくる。全てを取り戻した俺は、その向こう側に居る人物に声を掛けた。
ミヤビ。――艶やかな黒い髪を、雅と称した。――まあ、そんな所だろうか。
背はいくらか高くなり、黒いマントと二本の角を持った少女。紛れも無い、『魔族』の姿が、そこにはあった。
全てを諦めたような顔をして、俺を見ていた。
俺はその小さな身体を、黙って受け止める。
「んだよ、意外と女の子の身体してんじゃねえか」
「……あ、あれ……? アルトさん……?」
そう簡単に、俺が捻くれ者の悪魔なんかに負けると思ったのか。
ここまでされたら、俺だって目を覚まさずにはいられないって。俺は彼女の頭を撫で、笑い掛けた。
まだ、戸惑っている様子だ。
「あ、あれ……? 大丈夫だったんですか、アルトさん」
「おかえりって言って、おかえりって」
「……お、おかえり、なさい……?」
「お前の予定通り、『みちづれに』されてやったよ」
さあ。
元に戻るぜ、世界が。
「ただいま、『魔王』」




