105_これがアルトの本気です
別に、大した話ではない。俺の前に揃ったシルケット・シーフィード、ノー・マルド、ウェン・ディーネが、たった一人残った、イ・フリット・ポテトの居場所を知らせた。
それはまるで、磁石が引き合うようだった。何も無くても、『勇者の血』の存在を感じる。
そして、俺は少しずつ――気付き始めていた。
これまでの俺達の旅路が、何だったのか。
これからの俺達は、どうなるのか。
「『勇者の血』を、返してくれ。ミヤビ」
「……嫌です」
おそらく、ミヤビも分かっていたのだろう。ならばどうして、この世界に『勇者の武器防具』が存在しているのか、俺には分からなかったけれど。
海の街ボウモアに人はおらず、静寂に満ちていた。
俺はミヤビの頭を撫でると、穏やかに微笑む。
「返してくれ」
その表情を見て、ミヤビは仕方なくシモンズの中へと手を伸ばした。
程なくして、『勇者の血』が姿を現す。
俺はただ、それを握った。
「さて――『ビーハイブ』の主格は、お前達二人だったのか?」
――懐かしい。
その短剣を手に取った瞬間、俺の中に勇者の武器防具が揃った。全身の感覚が研ぎ澄まされ、俺は何かの推測をしていた。
そうだ。この世界に、レベルなどない。
あるいは、始めからそれは存在しなかった。
「な、なんだこの魔力は……!!」
インキュバスと呼ばれる魔物は、俺の存在に驚いていたようだ。それはそうかもしれない、ついこの間まで、俺はこんな力を持っていなかった。
――いや、分かっていた。始めから、何かがおかしいとは気付いていたんだ。
俺たちの知っている現実は、そんなに曖昧なもんじゃない。もっと重力の法則ばりにがちがちで、科学で証明できない現象は起こらないものだった。
そう、俺は『思い込んでいた』んだ。魔力の存在をすっかり忘れていた。
どうしてか分からないけれど、俺には『世界の変化』とかいうものによる、記憶の消去や改変は行われなかったらしい。
――――そう、信じた事によって。
「インキュバス!! 逃げた方が良いんじゃない!?」
サキュバスが叫ぶ。
ああ、そんな事を言ってももう遅い。俺の中に居る四種類の神が、既にお前達を特定している。俺の魔力は跳ね上がり、あるいは元の姿を取り戻しつつあった。
イ・フリット・ポテトと、『両壁のオッサン』と対峙した時のような。
シンマは、ただ真剣な様子でそれを見ている。
ミヤビは、どこか辛辣な表情をしていた。
トゥルーが呆然と、俺の魔力を感じている。
パスタは――……微笑んでいた。
「そ、そうだな。一旦体制を――」
俺は瞬間的に、インキュバスの後ろに現れた。
反応できないインキュバスに対して、俺は背後から叩き落とすように蹴る。声もなく、インキュバスはそのまま地面に叩き付けられた。
はっとして、サキュバスが息を呑む。
「安心しろ、この世界で死んだって死にゃしねえよ」
シンマは言った。その言葉で、俺は自分の中の推測を、ある種の確信へと変えていた。
「ホホホ――イ!! ご主人!! 久しぶりだなァ!!」
イ・フリット・ポテトが叫ぶ。
「おじさん、うるさい」「おじさん、ちょっと静かにするべき」
シルケットと、シーフィードがポテトに口答えをする。
「そんな事より、目の前の相手に集中するべきだ」
ノー・マルドが、一同を窘める。
「さ、始めますよ」
ウェン・ディーネが、一同をまとめた。
その光景を、懐かしいと思う。どうしてそう思ったのかは分からないが――……
――いや、もう、良いだろう。
俺は『勇者の血』を振り被り、サキュバスへと一直線に飛んだ。
「――えっ――」
切り刻む。
迷いはなく、塵になるまで剣を振った。それは一瞬の出来事で、誰の目にも見えはしなかっただろう。サキュバスは光の粒になり、その場から消え去った。
俺は使い慣れた魔法を、インキュバスに向ける。まだインキュバスは、地面で俺の攻撃に悶え苦しんでいた。
――<メテオ・インパクト>。
『勇者の血』が変化し、巨大な隕石となった。――そうだ、火の玉なんていうレベルではなかった。俺の使う<メテオ・インパクト>は、こういう魔法だった。
黙ってそれを、インキュバスに向かって放った。
ごうごうと渦巻く隕石は、高速でインキュバスに激突する。
「――――がっ」
大爆発が起きた。
全員、その場で目を覆って、煙を避けるように動いた。
空中に居る俺と、家の上に立っているシンマを除いて。
つまり、こういうことか。
俺の力は、成長していなかった訳じゃない。抑制されていたんだ。何者かの手によって――勇者の武器防具が集まった時、そのリミッターは解除された。そもそも、抑制は不安定だった。俺が激昂するタイミングで壁を乗り越える事もあった。
その状況から、俺に抑制を掛けた相手というのは、おそらく俺よりも弱かったであろう事が分かる。
そいつが弱かったのではない。
俺が、強過ぎた。
例えるなら、俺は初めからレベル九十九だった。
『みちづれにきました?』
あの日から、ずっと。
キーワードになっているのは、『二つの世界』、『ギャグみたいなRPG』、『二人のシンマ』、『十個の呪い』、『四種の神器』、『ルナ・セント』、『三大魔導器具』、そして『トーヘンボクの悪魔』。
「……そうか」
キーワードは、『初めから無かった』。ここにあるものの全てが冗談みたいなモノで、全てが夢。幻だ。
分かってしまうと、なんて寂しい結末なんだろうか。
俺は、シンマと目を合わせる。
きっと、シンマも同じ事を考えている気がした。
――この、シンマ・ウォーリアも、きっと。
「ミヤビ。――茶番だ」
ただミヤビだけが、この状況に納得していないようだった。
終わりにしよう。
全てを。




