99_多重台車鎮魂曲(デュアルスタンドギアレクイエム)です
『勇者の目』を撫でていた自称教祖様は、扉をぶち壊して登場した俺達にぎょっとした顔を見せるが、すぐに持ち直して『勇者の目』をポケットに入れ、立ち上がった。
そういえば『勇者の血』は短剣だったし、『勇者の輝き』はネックレスだった。今回の『勇者の目』は額を覆い隠すようなリング状の装備品で、例えるなら金属のバンダナみたいな感じだった。
勇者の装備品シリーズって、わりとコンパクトなものが多いのかもしれない。
「……さて、迷える子羊共よ。我が『オレツエー邸』に何の用かな?」
「『子羊共』ってお前、性格隠せてねーよ。全然隠せてない」
ぶんぶんと左手を振ると、どうやら教祖様とやらの逆鱗に触れたのか、ハゲの額に青筋が立った。
いや、だっておかしいでしょ。『子羊達』でしょ。ふつう。
「……んん。君達は何も見なかった。そういう事にしてはくれないかね」
「いや、その『勇者の目』は俺が欲しいんで。そういう訳にはいかねーな」
パスタが首を傾げていた。どうして勇者の装備品とやらを俺が欲しがっているのか、まだ俺達と日の浅いパスタは分からないだろうが。さっきの突進では、見せ付けるタイミングは無かったな。
俺は教祖様を指差し、高らかに叫んだ。
「行くぞ!! シルケット!! シーフィード!!」
さあ、今度こそ俺のチート臭い強さの戦闘が始まる――――!!
前回のゴールドナイト・ドラゴンはあまりのでかさに風の力が役立つ場面が少なかったが、今回こそはそんな事はないはずだ!!
俺がネックレスに手を触れると、ネックレスは輝き出す――……
「なっ!? まさかそれは……『勇者の輝き』!?」
「そう!! 俺は勇者の武器防具を使う事ができるのさァ!!」
俺の周りに、緑髪の双子が現れた。パスタが驚いて、目を大きく見開いてその双子を見ている。
「え……勇者の装備品が使える……!? うそ……!!」
何だコレ。途方もなく気持ち良いじゃないか。教祖様は愕然とし、宙へと浮かぶ俺を見ていた。前は『勇者の血』もあったんだけど、どこかに行ってしまったから今の俺の装備はこれだけだ。
だが、お前如きならばこの風の力で十分……!!
「さあ!! ケルベロスにでもなんでもなってみろってんだ!! まあ俺には勝てねーだろーけどなァ!!」
俺は完全に調子に乗っていた。
「ぐぬぬ……そこまで手の内がバレているのであれば、最早生かして帰す訳にはいくまい……」
教祖様が俺と戦う気満々でいることを、あっさり聞き逃す程度には。
「無茶は承知!! 私は勇者の装備品を全て集め、この世界の『王』になるのだああ!!」
みるみるうちに、教祖様の身体が大きくなって――……いや、大きくなり過ぎだろ。ケルベロスってほら、もっとこう、さあ。猛獣としてって感じのサイズは保ってなかったっけ。
この広い空間はまさか、万が一の時に戦うための場所ってことか……?
いやいやいや。ゴールドナイト・ドラゴンなんかより遥かにでかいぞ。
……あー、ね。
「その武器防具の価値、小僧には分かるまい。……それさえあれば、世界を統べる事も可能!! この世の全ての金という金を巻き上げ、世を更なる格差社会にしてくれる!!」
出来損ないの映画の敵役みたいな台詞吐きやがってからに。……いやしかし、これでは風の力など何の役に立つのかさっぱり分からん。……どうしてくれよう、この状況。
戦うって言っても、これでは……
「よし!! 行けミヤビ!!」
「そんだけ大口叩いといて戦わないの!?」
パスタが白目になってツッコんだ。仕方ないだろ、これじゃ勇者の防具がどうこうとかいう話じゃねえよ。
ミヤビは頷いて、台車の持ち手を叩いた。……そうか。俺はやっぱり、ミヤビの移動係なわけね。
せつねえ。
「どうした!! 怖気付いたか、勇者よ!!」
――仕方ねえ。ここは俺の、本当の台車としての力を見せてやるしかねえな。
俺はパスタに手招きをして、一同を一箇所に固めた。
そして、腰のボールに手を伸ばす。
「分からねえか!! お前如き、俺が出るような相手でもねえんだよ!!」
「いやそこは戦おうよ!!」
俺はパスタの目を見ると、にやりと笑った。
「――戦うぜ? 俺は、俺の役目としてな」
「俺の、役目……?」
「ありがとうよパスタ!! この世界での、俺の役割は『台車』!! 台車としてのレベルが上がることが、俺の役目なんだよ!!」
頑張って格好つけてみたが、あんまり格好良くはならなかった。
よし、技名とか付けてみるか。
どんなにふざけた状況でも、技名さえ付ければちょっと格好良くなるっぽい感じするしな。
「<台車・奥義>――」
ボールを構え、スイッチを押す。すると、ソフトボール状の機械は瞬時に巨大化し、ミヤビを乗せている台車と同じものをもう一つ、俺の目の前に出現させた。
今日は、風が騒がしいな……。目を閉じ、俺自身から発される強大なそれっぽい何かを感じた。俺は漆黒の導きと共に、その最終奥義の名を口にした。
「<多重台車鎮魂曲>」
――――決まった。
場の空気は固まり、俺のあまりのセンスの良さに何も言えなくなる一同。ケルベロスと化した教祖様は、三つ首の全ての瞳で俺を見て固まっている。
俺は蔑むように教祖様を一瞥すると、鼻を鳴らして嘲笑した。
「どうした……? 泣いて助けを乞うなら、許してやらん事もないぜ……」
瞬間。
教祖様は堰を切ったように動き出し、俺に怒りを露わにした。
「何がすごいのかさっぱりわからんわあああああ――――!!」
……あれ。
あんまり効いてないじゃないか。
名前の問題かな……