09_ポーションなんて気休めです
金髪美女は俺の姿をみるや否や、話をしたいなどと言ってきた。まだ戦士選抜の開会式までには時間もあるらしいので、俺は彼女の意志に従い、シモンズとミヤビを転がして近場の喫茶店に入った。
もしかして、ようやくまともに話せる人間登場、といったところだろうか。まさか異世界に来る事になるなんて思ってもみなかったが、まともに話せる人間なら情報は共有したい。
始めての出会いはミヤビさんだったわけで、意思疎通は少し諦めていた。
「……じゃあやっぱり、この世界の人じゃないのね、あなたは」
金髪美女はヘルナッツ・ジュースを飲みながら、そう言った。残念なことにコーヒーも紅茶もなかったので、俺は水を飲んでいる。
今更ながら、ミヤビがバナナしか食べない理由がわかった。露店には何故かバナナは売られていて、みかんは売られていなかったのだ。
何故、バナナだけが。そう思ったが。この際どうでもいい。
「どうして、一発で分かったんだ」
「だって、その格好おかしいじゃない」
おかしいのか。ただのシャツとジーンズなのだが。
思ったが、周りは一昔前のRPGで見るような格好ばかりだったので、何も言わないでおく。
「俺達の世界には魔法がない。従って、摩訶不思議な出来事も魔物もいない。だから、この不可思議な空間連結はお前達の世界で起こったもんだ」
「なるほどねえ。……って言うけど、トーヘンボクの悪魔がそうしたとは限らないじゃない? あなた達だってほら、そういうの使ってるじゃない」
美女はそう言って、俺の携帯電話を指差した。
……なるほど。こいつ実は頭良いぞ。ミヤビとは大分違う。そういえば、ミヤビは……相変わらず、すぐ寝る奴だな。寝る子は育つ。
「これは科学って言って――だあ、もういい。とにかく、そういう現象は起こらない」
「……ふーん。まあ、私達の世界でも聞いたことない魔法だけどね、あったとしたら」
言いながら、美女はジュースを飲み干した。
「で、それじゃああなたはその謎を解き明かしに――」
「行かない」
当然の展開だったので、俺は即座に否定した。
「……え、そうなの?」
「今、俺達の世界で何がどうなっていようが、いつかは誰かが元に戻す。だから、俺は面倒なことには首を突っ込まない。断じてやらない。戦士選抜だって、ワノクニのオヤジのために一回参加するだけだ」
「……あ、そう」
美女は微妙な顔をした。まあ、そうだろうな。だが、俺は事なかれ主義なんだ。こういうのがやりたければゲームでいいと思う人間だ。
「――俺は面倒臭いのが嫌いなんだ」
「――そ、そうなの。それなら仕方ないわね」
はっきりと目を見て言うと、美女は曖昧な顔で頷いた。納得はしていないが、俺の説得力に止むを得ず共感した、といったところだろう。
そもそも、格好悪すぎる。どうせ異世界なら、もっと恰好良い感じにして欲しかった。
シャイニングフォースブリザードとかだったら、ちょっとはやる気になった。
すまん、それは嘘だ。
「でも、戦士選抜は参加するんでしょ?」
「……ま、一応な」
俺は水を飲みながら答えた。
「もうヒーラー、決めた?」
「――ん?」
「だから、ヒーラーよ、ヒーラー。戦士選抜には各自一人、専用のヒーラーを指定することができるの。聞いてない?」
何も聞いてないぞ。ベレー帽の奴……もしかして、適当に端折った部分に大切なことがいくつか含まれていたな……
今度会ったら、まず殴ろう。話はそれからだ。
「だって、回復用にポーション貰ったぜ?」
「あんなの気休めよ、気休め。戦闘中に使えるのはあれだけだけど、戦闘の合間合間に回復することは必要でしょ。だから、みんなヒーラーを指定するの」
……なるほど。確かにそれは、必要かもしれない。
見たところ、こんな話をしてくるということは、こいつはヒーラーっぽいな。話し方もまともだし、腕も立ちそうだ。やっとか。ここまでの道程は長かったぜ。
「私と組まない?」
予想通り、俺に彼女は話を持ちかけてきた。
「……言っておくが、俺は勝つ気ないぞ」
「いいよー。記念参加で死んじゃったら困るでしょ」
「お前のメリットは?」
「一度、あんたの異世界とやらに連れて行ってもらう。それで、どう?」
「保証はできない。聞いた話でちゃんと調べた訳じゃないが、どうも人を選ぶみたいでな。まあでも、試すよ」
「やった!」
俺は席を立った。そろそろ、防具も買いにいかなければならないだろう。記念として。
彼女も立ち上がったので、俺は彼女に向かって手を差し出した。
「アルト・クニミチだ」
「ルナ・セントよ。よろしく、アルト――ぷっ」
――やっぱりあれか。そのスラング、本当に広まってるのか。
俺は、少し強めにミヤビの頭をはたいた。
「くか――はくっ!?」
「行くぞ」
「痛いです!! 何するんですか!!」
……半分マスコット化してるけど、大丈夫かなこいつ。
それとなく装備を揃えて、俺は開会式に参加していた。広い戦闘用と思われるステージには、屈強な男どもが我こそはといった顔でそれぞれ立っている。やがて司会用と思われる少し高い壇上に、背の高い男が立った。あいつが司会なのか。
円形のホールには、見物客と思わしき人間がこれでもかというほどに座っている。取り囲むように客席は配置されているのに、その客席は縦にも一段、二段、三段……八段か。
とにかく、すごい人の数だ。
戦士選抜で出て、王女の口付けとやらを貰い、『勇者の血』を伝説の武器に変える。
だが、俺はその武器を使えない。
……ほんと、本末転倒なイベントだよなあ。
背の高い男は光る棒を――おそらく、あれは拡声器だろう――持ち、すう、と息を吸い込んだ。
「リッチーズにっ!! 行きたいかー!!」
「「イエー!!」」
どこだよ!! なんでみんなノリノリなんだよ!!