三詠唱目 再会の回想
「さてと、俺達は丈二さんからの連絡待ちだから、とりあえず、どっかでお茶でもするか…」
森を離れ、街に戻ってきた咲夜がどこかお茶ができるところがないか探す。
「さ…咲夜〜…」
美桜が顔を赤くしながら、咲夜を呼ぶ。
「ん?どこかいいところあったか?」
「手…」
「あ…わ…悪い……ついそのまま、忘れてた…」
美桜の指摘を受け、慌てて握っていた手を咲夜が離す。
「い…いやじゃないんだけど……ほら…周りの目もあるし…」
美桜はちょっと名残惜しそうに、呟く。
「あ、あぁ…そうだな………と…とりあえず、あそこの店に入って落ち着こう…」
咲夜が軽く動揺しつつ、近くの喫茶店に向かう。
((はぁ…前は全く気にしなかったのにな…))
お互い同じことを考え、内心ため息をつくのだった。
「そういえば、何でわたしを連れてきたの?」
オーダーしたロイヤルミルクティーを飲みながら、美桜が咲夜に聞いた。
「あぁ…何かあったときの保険だ……今回は結構厄介な事件になる気がする…」
コーヒーを飲みながら、やれやれと答える咲夜。
「そっか…咲夜と一緒に行動するの久しぶりだから、頑張るよ!」
「よろしくな!」
「それで、わたしたちはどうするの?」
「現場調査は【白麗】に任せて、俺達は別件からあたる。さっき、丈二さんに調べてほしい件を伝えてあるから、早ければ今日明日に連絡が来る。それま…」
ピピピ……
咲夜が「まったりしよう」と言おうとしたとき、携帯が鳴る。
「もしもし…」
『俺だ!例の件だが、結構出てきたぞ!』
「いくつある?」
『18』
「多いな…とりあえず、一回そっち行く!」
『デートの時間はもういいのか?』
咲夜が飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる。
「そんなこと調べてんなら、もっと詳しく例の件について調べとけ!」
そう言って、咲夜は携帯を切った。
「全く……」
咲夜が呆れているところに、美桜が声をかける。
「今の電話、丈二さんから?」
「あぁ…これから、あっちに顔出しに行くぞ!」
「うん」
残った飲み物を飲み干し、二人は喫茶店を出て、丈二の店に向かった。
「おう!来たか、お二人さん!」
丈二が書類をまとめながら、咲夜と美桜に目線を向ける。
「さっそく、動こうと思うんだけど…一番新しいやつはどれだ?」
咲夜がカウンターに腰掛けながら、尋ねる。
「最新のはこいつだな!」
丈二が手に持っていた書類を渡す。
咲夜の後ろから、美桜が覗き見る。
「これって…」
「あぁ…俺と美桜が再会した事件だな…」
書類には“テロギルド【マモン】の殲滅”と書かれていた。
テロギルド【マモン】
七つの大罪の一つ、強欲の悪魔の名前を名乗るテロギルド。
咲夜と美桜が再会するきっかけになった事件の主犯。
およそ一年前に世界的に、大きなテロを起こし、世界中に混乱と恐怖を与えた犯罪組織。
その組織の殲滅を複数のギルドが協力し、解決した事件が…
テロギルド【マモン】の殲滅
である。
後に“強欲払い”とも呼ばれ、歴史的にも大きな事件とされた。
その事件の最中に咲夜と美桜は再会を果たした。
「みんな…どこにいるんだろ…?」
携帯が通じない場所。
犯罪組織の拠点周辺の森。
まだ、ギルドで仕事して一年ほどしか経っておらず、これだけ大きな事件に参加するのが、初めての美桜は仲間とはぐれたことで、不安で泣きそうだった。
ガサッ
葉が揺れる音に、ビクビクしながらその方向を見る。
鳥が飛び立っていったのを、確認し、美桜はホッとため息をつく。
「《アシッドランス》…」
暗く静かな魔名の声が聞こえ、美桜は咄嗟にその場を飛び退いた。
その瞬間、先程までいた場所に槍が飛来し、地面に突き刺さり、地面を溶かした。
「ほう…反応は悪くない…」
グレーのフードを被った、小太りの男が草むらから姿を表す。
「あ…あなたは……【マモン】の一味……ですか?」
出来れば、違って欲しいと願いつつ、美桜は確認する。
「如何にも…ネズミが何匹かチョロチョロしているから、その駆除をしていたが、どうやら若いリスもいたらしい…」
男の口元が嫌らしく歪む。
それを見て、美桜は背筋がゾクッとし、後退りする。
「こ…来ないで!」
美桜が術式を展開しようとする。
「《アシッドウィップ》」
しかし、男は美桜の術式が展開される前に先に魔術を放つ。
美桜の左足に酸の鞭が当たる。
「あぅ…」
美桜の展開しようとした術式が、霧散し、美桜はその場に尻餅をつく。
「これで逃げられねぇな!」
男は醜悪な笑顔で美桜に近づいていく。
「い…いや……助けて…さくちゃん…」
涙目で、昔助けてくれた幼なじみの愛称を呟く。
「ここには誰も来ねぇよ!大人しく…」
「そうでもないぞ!」
草を掻き分け、横から伸ばした銀髪を後ろに束ねた青年…咲夜が不適な笑みを浮かべて、現れた。
「お前は…誰だ?」
男は警戒体制をしつつ、咲夜に聞く。
「ん〜…ピンチの姫を助けるヒーロー?かな?」
何故か疑問系で答える咲夜。
「それはお呼びじゃねぇな!退散願おうか!《アシッド…」
「遅い…」
ドンッ
いつの間にか男の目の前にいた咲夜が、男の鳩尾に掌底を叩き込む。
「ごはっ!い…いつの間に!?」
十数メートル離れていた咲夜が、一瞬にして目の前にいた事実に驚きを隠さずに、男は疑問を口にする。
「ん?別に教えることじゃないな……ということで、死んでくれ!」
軽い口調で咲夜は男に告げた。
「ちっ…簡単に死ぬわけにはいかねぇな!」
男が何かを地面に叩きつける。
「あ…」
咲夜の小さな声。
その時には、周りは煙により視界が封じられていた。
そして、煙が晴れたときには男はいなかった。
「ふむ…なかなか、賢い…」
咲夜がその状況に感心する。
「さく…ちゃん?」
美桜が未だ頭が混乱する中、目の前に現れた幼なじみを見る。
「久しぶりだな…みぃちゃん!」
咲夜は九年ぶりに再会した幼馴染みに、笑顔で答えたのだった。