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魔女と軟弱男  作者: こめ
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魔女と軟弱男と旅立ちの朝


 ああ、うっとおしいねえ。


 魔女はただいま不愉快極まりない様子だった。

全身を覆うローブの裾から不愉快オーラがにじみ出てきている。そのオーラだけで人間一人くらい呪い殺せそうだった。

 いらいらしているためいつもより乱暴に壁にかかっている蝙蝠のミイラから羽をもぎ取る。

 するりと扉を潜り奥の部屋へ戻るとその羽をすり鉢ですりつぶす。ゴリゴリと小気味良いリズムですっていく。

 薄暗い部屋に背中の曲がった魔女のシルエットが浮かび上がりなんとも不気味である。が、感極まった声が部屋の隅から聞こえてきた。


「ああ、レイザン。蝙蝠の羽をすりつぶす君の姿も素敵だ(はぁと)」


 ああ、いらいらするねえ。


 魔女は同じすり鉢に活きのいい丸々太った芋虫も入れた。ぶちゃりと嫌な音を立てて芋虫は潰され、蝙蝠の羽と混ぜられていく。

 干した猿の手から指を一本捥ぎ取るとまな板の上で叩き潰す。それもすり鉢に加えてさらにごりごりとすっていく。


「レイザン、俺に出来ることならなんだって言って欲しい。俺は君の役に立ちたいんだ」


「なら今すぐ出て行け」


 魔女は即答だった。


「それは出来ない。俺は一瞬たりとも君と離れたくないから」


 まだ若い男は熱で浮かれたような目で魔女のローブに隠れた顔の辺りを見つめた。


 限界だった。


 魔女は大きなため息をつくと、壁に立てかけてあった大きな鎌を、その年老いて曲がった背中に担いだ。

そしてとても婆とは思えない軽い足取りで家を出て村に向けて歩き始めた。

 この鎌は魔女の背よりも大きい。重さも大の男ならまだしも、若い娘や年老いた者であれば持ち上げることすら難しいと思われる代物だ。それを魔女は軽々担いで、村への道を歩いていく。

 途中、幾人かとすれ違ったが、皆、恐れ戦いて十字を切り神に祈るばかりで、凶器を持った魔女を止めようとする命知らずは現れなかった。


「どこに行くんだい、レイザン」


 魔女は無視した。


「そんな重いもの、俺が持つから。レイザンは持たなくていいよ」


 魔女は無視した。


「レイザン、君にはそんな鎌よりこの花の方が似合うと思うな。見てごらんよ、この可憐に咲く野薔薇を。まるで君のように気高く美しい」


 魔女は横にくっついて、目を開けながら寝言を言っている青年を無視し、周りの通行人をドン引きさせつつ目標の地に辿り着いた。


 そう、そこはグレンの家。


「開けるんだよ!」


 魔女はしゃがれた声で怒鳴りながら扉をドンドン殴りつけた。

 応答なし。

 周囲の悲鳴を無視して魔女は持ってきた大鎌を扉に振り下ろした。

 耳障りな破壊音がして、扉はあっという間に吹き飛んだ。

 この婆のどこにこんな力が……さすが魔女、と遠巻きに野次馬している何人かは思ったであろう。

 今まで扉であった穴から魔女は目標物を見つけて、にやぁりと笑った。実際はローブに隠れていてその表情は見えないのに、野次馬達は魔女が笑ったことを悟った。

 部屋の中にはグレンがいた。驚愕の表情を浮かべ、部屋の隅にうずくまっている。


「どうにかするんだよ!」


 ひいぃと情けない声がその口から漏れた。


「どうにか、って言っても……」


「とりあえず、これをどこかあたしの視界に入らないところに縛り付けておいておくれ!」


 齢十八の男グレンは魔女に完全に気おされていた。


「これ、って俺のこと?」


 ずたずたに破壊された扉の向こうからジャンがひょっこり顔を出した。実ににこやかな笑顔である。


「とにかくどうにかしておくれ。いいかい。もう我が家に来させないようにするんだよ!足の一本や二本切ってでもこいつを家に近づかないようにしておくれ!」


 魔女は怒鳴った。


「あ、ああ、あああんたが、作った薬だろう。解毒剤でも作ればいいじゃないか!!」


 グレンは恐怖で舌をもつれさせながらも言い返した。

 ひゅっと風を切って大鎌はグレンの股間すれすれの床にめりこんだ。グレンの口は壊れた笛のような音を出した。

 魔女はグレンの目の前にしゃがんだ。


「いいかい?あの惚れ薬には解毒剤なんてないんだよ。薬が切れるのを待つしかないんだ。瓶の中身をあのバカに飲まれたのはあんたの過失だよ。だから」


 魔女は鎌の切っ先をグレンの首に据えた。


「薬が切れるまであのバカをあんたが管理するんだよ」


「そんなこと言われても……」


 いきなり後ろで金切り声が響いた。

 魔女は迷惑そうに振り向き、グレンは一瞬のうちに顔を輝かせた。


「やめてください、レイザン! その人は悪くないわ! ジャンが薬を飲んじゃったのは事故だったのよ」


 小鹿のような黒目がちの大きな目をした小柄な女性がひらりと淡い色のスカートをなびかせながらグレンとレイザンの間に割って入った。後ろにグレンを庇いながら、真直ぐレイザンを見る。


「シュナ・・・危ないから来てはダメだ」


 女性の腕を引いて、グレンは抱き寄せる。


「だって……グレンは悪くないわ」


 手を取り見つめあう二人。

 破壊された床やテーブル、真っ黒い大きな鎌を持った魔女など眼中にないように、そこだけ空気が甘くなる。


 さくっ。


 魔女の大鎌がグレンの耳元すれすれの壁に刺さった。


「お譲ちゃん、あんたはちょっと下がっておいで。今、あたしがグレンと話しつけているんだよ。だいたいあんたは何なんだい」


「私はグレンの恋人よ」


 少女は魔女を見据えた。

 威勢が良さそうに見えるが、声は恐怖で掠れ、膝も笑っている。

 この不気味な魔女を前にしたら、か弱い女性は怯えて当然である。だが少女は勇気を振り絞り、魔女に立ち向かっていた。


「グレンは……グレンは私の為に、私のことを思うあまり、惚れ薬なんて馬鹿な物をあなたに依頼したようだけど、本当はいらなかったのよ。だって……」


 花を散らすように、ふわりとグレンに向き直る。


「だって、そんなものなくても、私はあなたのことが好きだったから」


「ああ、ごめんよ、シュナ。俺に君のような美しく聡明な女性に振り向いてもらえる自信がなかったばかりに、こんなことを引き起こしてしまって……」


「いいの。あなたがそこまで私を愛してくれていたことがわかって、うれしかった……」


 見つめあう二人。またもや甘い空気が流れる。


「……」


 魔女は沈黙した。この娘は何か脳に障害でもあるのだろうか。それなら、最近開発した『これ一本で脳みそスッキリ☆元気・正気・博愛ドリンク』の服用を勧めるべきであろうか。

 このドリンクは近年の最高傑作、どんなに脳みその活動の衰えた老人でも、これ一本で記憶力・想像力・言語能力・理解力などが若い頃と同程度まで回復する魔法の薬である。多少の身体依存性があって、慢性の中毒症状を引き起こすくらいの問題は効能に比べれば安いものであろうし……。五回目くらいの服用から、ショック症状を起こす確立が八十パーセントくらいになるという問題も効能に比べれば安いものであろうし……。多分、若年の脳みそにも有効であろうから……。


「いいねぇ、ラブラブで! レイザン、俺達もあれくらいラブラブしようよ!」


 いつの間にかジャンが魔女に後ろから抱き着こうとしていた。


 娘の問題の前にやるべきことがあった。

 魔女は大鎌の柄の部分を力いっぱい振り上げた。大鎌の柄は見事にジャンの股間にのめりこんだ。低いうめき声とともにジャンは床に沈む。

 泡を吹いて気絶したようであった。


「あんたもこういう目に遭いたいのかい?」


 グレンは必死で首を横に振った。


「嫌だったら早くこの阿呆を縛り上げて、どこかに閉じ込めておくんだよ! いいね!」


 魔女はそれだけ言うと、泡を吹いて白目をむいている青年に一瞥もくれることなく、穴と化した玄関から出て行った。



◇◆◇



 魔女の生活に平穏は戻らなかった。グレンは一応、ジャンの手足を縛って、一室に鍵をかけ監禁していたにもかかわらず、翌日には魔女の元に戻っていた。


「恋の力って偉大だね(はぁと)」

 というのが脱出法らしい。


 魔女も対策に躍起になっていた。

「足腰の立たなくなる薬」「目が見えなくなる薬」「ぼうっとする薬」その他いろいろ飲ませてみたが、何一つ効き目がなかった。

そう、効き目がなかったのである。

「解毒剤がない」というのはあらゆる薬の作用を無効にしてしまう、という一種の副作用であったようだ。

 病気にして殺してしまえ、と様々な病原体を打ち込んでみても全く効き目がない。病原菌さえも無効にしてしまうとは、この惚れ薬、むしろ惚れるという作用が副作用の万能薬なのではないか、と魔女は惚れるという効果を恨めしく思った。


「レイザン~、そんなローブ脱いで、俺に顔を見せてよ~」


 しゃがれ声から察するに、魔女の年は若くて七十歳。そんな婆の顔が見たいと言う青年は十八歳。びっくり年の差カップルである。


 やはり、殺すか。

 

 毒殺はそれほど嫌いじゃないのだが、物理的に殺すのはあまり好きではない。殴殺、絞殺、射殺、撲殺、何でいこうか。溺死か。どちらにしろ、物理的な方法で殺ると、血だの内臓だのが飛び出して見栄えが悪いから嫌なのだ。


 はあ。ため息をついて魔女は傍らでにこにこしている青年を見た。


 浅黒く日焼けしたしなやかな青年だ。この地方には珍しい黒い髪を後ろで一つにくくっている。

 顔は少年の幼さを残しており、目立たないが整った顔立ちをしていた。

 目が異常に青かった。海のようだ、と町の人々は彼の目を褒める。

 黙って立っていれば、そこそこ見栄えがするのだが、しゃべりだすとすぐにへたれだとばれる。そんな情けない青年だった。


 かわいそうに。こいつの命も今日までか。


 魔女は決行する気満々で青年をローブ越しに見た。異常なほど青い澄んだ目が魔女を見つめている。まるで親を見つめる子犬のような目だった。

 子供を殺すのは、苦手なんだよ。

 もう一度、大きなため息をついて、魔女は別の解決策を考えた。


お時間を割いて、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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