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魔女と軟弱男  作者: こめ
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魔女と軟弱男と恋する青年



 この村には魔女がいる。


 魔女は小汚い真っ黒いローブで全身を覆っているから、誰もその顔の全貌を見たことがない。

 時々ローブの影から覗く指先はからからに干からびた小枝のようで、口元と首はしわだらけの鶏がらのようだった。

 背は小さく、背中は曲がっている。

 声は非常にしゃがれていて、曲がった背中からも1世紀は生きているのではないかと村人達は囁きあう。

 不気味なしゃがれ声でうひゃひゃひゃと笑い、いつも恐ろしい薬を作っている。


 魔女の家はよく爆発する。


 村はずれに一つぽつんと立っている小さな小屋が魔女の家だ。

 一番近い家でさえ魔女の家から三百メートルは離れているのに、魔女の家が爆発したときは村にまで、家の破片が飛んでくる。

 多分、というか絶対、怪しい薬を作るのに失敗して家を吹っ飛ばしてしまったのだろう、と村人は言う。

 だが魔女はその瓦礫と化した家から出てきたというのに、真っ黒いそのローブは破れるどころか、焦げてすらもいなかったらしい。

 この話は村の少年トリジが見たことだという。


 こんな怪しい魔女だが、村の人々は魔女を追い出したりはしない。

 魔女の作る薬は本当に良く効くからだ。

 この付近一帯にペストが流行ったときも魔女の薬でこの村からは死人が一人もでなかった。

 その時は魔女の元に連日物凄い数の人間が国中から押し寄せていた。

 喉元過ぎれば暑さを忘れる。それ以降は魔女の怪しい言動が功を奏して(?)人々は離れていったが、今でも他の薬師で治せない病気を持つ者が時折訪れる。

 どんな傷でも魔女の作った薬を塗れば化膿せずに綺麗に治る。

 確かに言動は怪しいし、時々家が吹っ飛ぶけど、それ以外害はない。

 それどころか医者のいないこの村では彼女だけが頼りである。





「絶対、絶対やめとけって!!」


 ジャンは必死で友人グレンの腕にしがみついた。ええい、と友人はその腕を振り払った。


「うるさい! これしか方法がないんじゃい!」


 ジャンは食い下がった。


「あの『魔女』だぞ? うきうきしながら作るに決まってるだろ! とんでもない副作用のある薬を!」


「多少の副作用は承知の上だ」


 グレンは叫んだ。


「叶うなら俺自身は副作用でどうなっても構わないし、相手に副作用が出て不細工になったり少々耳がもげるくらいのことなら、むしろ競争相手が減って願ったり叶ったりだ」


 グレンは理性を無くした、危ない目で笑った。恋は人を狂わせるというが、グレンは本当に狂喜に足を一歩踏み出しかけているようだった。


「やめろって~!」


 ジャンは必死に喰らいついたが、着いてしまった。魔女の家に。


 からん。


 扉にかかった頭蓋骨が揺れて、頭蓋骨の中に入っている大腿骨がぶつかり合って、来客を知らせた。

 ジャンは息を呑んだ。

 相変わらず気色の悪い部屋だ。真昼間だというのに薄暗い部屋には壁中に蜥蜴だの蝙蝠だののミイラがぶら下がっており、棚には訳のわからない生き物達のアルコール漬けの瓶が所狭しと並べられている。

 何気なく手を置いた先を見て悲鳴をあげた。

 この世のモノとも思えない変な生き物のミイラの首に触っていたのだ。


「壊したら八つ裂きだよ」


 いきなり声をかけられ、ジャンの心臓は八つ裂きにされる前に危うく止まるところだった。

 無愛想で気味の悪い声で魔女は言う。


「ほれ。約束通り作ったよ。惚れ薬」


 小汚く、薄汚れて、ところどころほつれたようなローブで隠れているのに魔女が不気味に笑っているのがわかった。

 ローブで隠れた手にはガラスの小瓶を握っている。


「おお! 出来たのか!」


 グレンの目がギラギラ輝いた。はっきり言って目がイっちゃっている。

 魔女はしゃがれた声で笑った。


「そうがっつくな。薬は逃げないからねえ。うひゃひゃひゃひゃ」


 魔女は青年二人に椅子を勧めた。

 中央の小さな木の机に小さな木の椅子があるのだが、そこに座ると机の上に行儀良く鎮座していらっしゃる頭蓋骨と間近で見詰め合うことになるのでジャンは遠慮した。

 グレンは惚れ薬で頭がいっぱいで髑髏など眼中にないようだ。猪のような勢いで椅子にどっかり腰を下ろした。

 まずは、と魔女は説明を始めた。


「これはお前さんが注文したとおりの惚れ薬だよ。よく効くはずだよ」


 試すのは初めてだがね、と魔女はさらりと付け足した。


「使い方を説明するよ。二度は言わないからよ~く覚えておくんだよ」


 ローブの下で魔女の目がぎらりと光った気がした。


「いいかい。一滴で効き目は三日間だ。この瓶一つ飲ませれば効果はほぼ一生続く。だが、気をつけて欲しいのはリセットできないことだ」


「リセット機能などいらんわ」


 グレンは間髪いれずに答えた。


「そうは言うが、この薬の効き目はあまりにも強烈でねえ。大概、一日くらいで望んで惚れられた相手が音を挙げる」


 試したことないってさっきいったじゃん。


「この薬のレシピを作った奴が言っていたからね」


 地獄耳どころか、心まで読めるのか?!

 ジャンは震え上がった。

 ジャンの恐怖を他所に、グレンは歓喜の声を挙げた。それくらい強烈な奴が欲しかったのだ、と。


「ならいいが。で、強烈な効果をもたらす薬と言うものは、その分副作用も大きい」


 魔女は声を低くした。

 さすがにグレンも真剣な表情で聞き入っている。


「例えば、三日惚れさせたとしよう。その三日間、相手は本当にお前さんに惚れまくるだろう。死ねと言ったら次の瞬間には死んでくれる、そのくらい強烈にお前さんを信望するだろう。だが、その副作用として」


 グレンもジャンも息を飲んで魔女の次の言葉を待った。


「副作用として、その効き目の倍の時間、惚れた時の倍の強さでお前さんを憎む」


 一瞬の沈黙。


「……それだけ?」


 拍子抜けした声を出したのはジャンだった。

 グレンもなんだそんなもんか、と安心した顔をしている。

 

 魔女は、うひゃひゃひゃと癇に障る声で笑った。


「そうさ。それだけさ。腕ももげなければ、鼻も曲がらない。目も飛び出なければ、顔も変曲がったりはしないさ」


 安心したかい、と魔女は楽しそうに笑った。

 緊張が解けて、ジャンとグレンは顔を見合わせた。気が大きくなってジャンはついつい聞いてしまった。


「憎まれて、どんな報復受けんのかな。例えば一週間惚れさせた場合は?」


 そうさな。魔女は楽しそうに言った。


「女を一週間惚れさせたある男は、薬が切れた次の瞬間に女に斧で切りつけられて足一本と両腕をなくしたそうだ」


 室内は凍りついた。

 気に留めることなく魔女は続けた。


「周りがなんとかして女を取り押さえたから良かったものの、それから二週間というもの女は男の命を狙い続けたそうだ。よほど憎かったんだろうねえ、うひゃひゃひゃひゃ」


 しばしの沈黙。


「グレン! やめておけって! 絶対ダメだ! 危険すぎるって。大人しく実力でぶつかって行けばいいじゃん!」


 ジャンはグレンの肩をがくがく揺すった。だがグレンの目はジャンなんか見てなかった。


「で、どうやって使うんだ?」


「やめておっ……」


 ジャンはグレンに口を塞がれた。


「使い方は簡単さ。意中の相手にこれを飲ませて自分の顔を見せるだけだからねえ。だが、二人っきりの時に使うことをお勧めするよ。『飲んだ者が最初に見た同種族』っていうのが惚れる相手の条件でねえ。失敗して他の人間を見せてしまわないように注意するんだよ」


 グレンは意を決したように頷いた。

 魔女が薬の入った小瓶を差し出し、グレンが受け取る。


「やめておけってば! 危険すぎるって!」


 ジャンはグレンから小瓶をひったくろうとした。


「うるさいぞ、ジャン。お前には関係ない!」


 ジャンに盗られないように、グレンは腕を高く上げた。

 ジャンも必死で取ろうと手を伸ばすが、長身のグレンは平均的なジャンより十センチほど背が高いので届かない。

 部屋の中の物を壊すんじゃないよ! と魔女がしわがれた声で怒鳴る。

 だが、グレンとジャンはもみ合いになって……


 スローモーションに見えた。

 高く掲げた小瓶を誤って傾けてしまうグレン。

 小瓶の蓋が取れ、中からピンク色の液体がこぼれる。

 「やめておけって」の「や」の形に大きく開かれたジャンの口に一直線に注がれる液体……。

 そして驚いて目を見開いたジャンの視線の先にいたのは……



 魔女だった。


お時間を割いて、最後まで読んで下さりありがとうございました。

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