プロローグ
今日は何の用だい。
ああ、痺れ薬はどうだい。
いい蜥蜴の尻尾が手に入ってね。
よく効くよ。
おやおや。
痺れ薬はいらないのかい。
じゃあ、この安眠薬はどうだい。
ぐっすり眠れるよ。
もう二度と目が覚めないくらいぐっすりね。
うひゃひゃひゃひゃひゃ。
◇◆◇
からん、と音が鳴った。扉につけた呼び鈴が来客を告げる音だった。
家の主のお気に入りであるこの呼び鈴は、頭蓋骨の傘の中に大腿骨が入っており、動かすと頭蓋骨に大腿骨が当たりからからと鳴る代物だった。
入るなり、客は苦虫を噛み潰したような顔をした。
何度見ても嫌悪感を感じずにはいられない部屋だった。
壁一面には蜥蜴や蝙蝠のミイラがつるされており、棚には茶色の液体に浸かった蛇の瓶が何十本と並んでいる。
小さな部屋に所狭しと並べられた悪趣味なモノ達。中央には小さな木の机があり、その上には……髑髏が当然のようにこちらを向いていた。
髑髏と目が合うのと同時であった。奥の方の扉が開いた。真っ黒い影のような人物が扉の隙間からするりと現れた。
「久しぶりだな、レイザン」
「おやおや、あんたかいゴウファ。今日は何の用だい。安眠薬かい?」
気味の悪いしゃがれた声がローブの隙間から漏れてきた。
「……あんたんとこにあるのは『安眠薬』ではなく『永眠薬』だろう」
「言い方が悪いねえ。『永遠に安眠できる薬』だよ」
真っ黒いローブはうひゃひゃひゃひゃと笑った。ゴウファと呼ばれた男はさらに顔をしかめて言う。
「風邪薬が欲しいんだ。息子が熱を出してね」
「おお、それならいい薬がある」
店の主人は言うなりまた奥の扉に引っ込み、そしてすぐに戻ってきた。
手には試験管のようなものを持っていた。蛍光緑の色をした液体からは、こぽこぽと音を立てて白い煙が出ている。
「……それは?」
嫌な予感が心の中でふつふつと沸くのを感じながら、ゴウファは尋ねた。
「風邪薬だよ」
相変わらず不気味なしゃがれた声が黒いローブの下から漏れる。真っ黒いローブで顔は一切見えないのに、店の主が笑っているのがわかった。
……絶対ウソだ。ゴウファは直感でわかった。
「疑っているようだねえ。だが、飲んだら楽になるよ。あっという間に、熱の苦しさから開放される薬さ。二度と熱が出ることも、頭痛に悩まされることも、咳が出ることもなくなる」
店の主人はうひゃひゃひゃひゃと笑って
「まあ、動くこともなくなるがね」
とんでもないことをさらりと付け足した。
この店主と話していると頭が痛くなってくる。ゴウファはごつい指で自らの額を押さえながら懇願した。
「頼むから死なない薬をくれ」
「あんたも失礼な男だねえ。せっかく出来立てほやほやの新薬を一番最初にお前さんにやろうっていうのに」
この白い煙を吐き続ける怪しい液体はまだ実験さえもされていないのか。そしてそんなものを風邪薬と言って渡そうとしたのか。もう何も言わずにこんな店出て行きたいところだが、あいにくこの村に薬屋はこの怪しい店主しかいない。
「息子の風邪『だけ』を治す薬をくれ」
『だけ』の部分を強調し、ゴウファは凄んでみた。
ゴウファは村で一番ガタイのいい男だ。筋骨隆々でなおかつ喧嘩っ早い。
面倒見がよい兄貴として村では慕われているが、決して怒らせてはならない人間としても知られている。
気の弱い奴などゴウファが睨みつけただけでも逃げ出すであろうが、店主はうひゃひゃひゃと不気味な声で笑うだけであった。
「冗談のわからない奴だねえ。仕方ない。これを持って行くといい」
長いローブに隠れた手から出てきたのは黒く小さな丸い玉だった。
ここの店主がくれる風邪薬はいつもこの形でこの色だ。
ゴウファはやっと安心してその薬を受け取った。礼を言って立ち去ろうとすると、後ろから声がかけられる。
「ああ、ちょうどさっき目が良くなる薬を作ったんだが、どうだね」
ゴウファは振り向きも、歩調を遅らせることもしなかった。
「まあ、少々目玉が飛び出るという副作用はあるんだがね。飛び出るといっても眼球が三十センチくらい垂れ下がるだけだから生活に支障はないと思……」
独り言のような店主の言葉がゴウファの厚い背中にあったって砕けた。
お時間を割いて、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。