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Guard Point  作者: あっくすぼんばー
序章 護衛庁特別ナンバー
6/6

1-2 Lost Number 後

 一つの大きな家……いや、屋敷とさえ呼んでもいい建物の中から聞こえる幾つもの軽く、そして乾いた音。

 音の軽さとは裏腹に、幾つも響く小さく乾いた音は、たやすく生命を奪う事が出来る音。

 無慈悲に無感動に機械的に、容易く命を奪う。

 引き金一つで響き渡る銃声の先に存在する生命は、幾つもの紅い花を咲かせて散っていく。

 紅い花は鮮血。散るは生命。


 幾つもの命が散る屋敷内の広い廊下、比較的屋敷の出口まで近い位置の廊下をただ走り抜ける人物が四人。

 二人は男。二人は女。

 女性二人の長く艶のある髪は振り乱れ、綺麗に整えられていたであろう形は見る影もなく、額に浮かぶ汗で張り付いた前髪が、その必死さを感じさせる。

 長いドレスのスカートの裾を持ち上げ、踏まないように走るのは相当に体力を持っていかれる。

 赤いドレスを身に纏った女性は、少しツリ気味の青い瞳に長い金色の髪。

 高めの身長に長い手足、必死に足を動かし、長いスカートにその動きを阻害されながらも着いていく事が出来るのは、その長い足の恩恵。

 走る度に豊満な胸元がふるりと揺れるその光景は、下衆な男子でなくとも、異性ならばその視線を惹きつけられる光景だ。

 しかし、残念ながら今の状況で、そんな事に意識を傾ける事が出来る人物などそうは居ない。

 そして、その場でもう一人の女性も、長い栗色の髪を振り乱し、優しそうな雰囲気を感じさせる深い青の瞳を、ただ愚直に前へ向けている。

 金色の髪の女性と似たような身体のラインを持っている彼女も、他に置いていかれる事はない。

 この女性の胸元も、同じく桃源郷のような光景が広がっているが、当然注目している人物などいない。

 共通しているのは、金色の髪の女性も、栗色の髪の女性も、そんな事は気にしていないとばかりに足を動かしている事。


 そして残った男性二人も前へ進む為に忙しなく足を動かしている。

 しかし、女性陣は二人共例外なく額に汗が浮いているのに対し、男性二人の内、額に汗を浮かべているのは一人だけ。

 短めに切り揃えられた金色の髪。冷静さを失わない切れ長の青い瞳。口周りの生え揃った髭は、このような状況以外なら、十分に威厳を感じさせる事が可能だろう。

 年の経過によってどうしても出てくる目元のシワなども

 高い身長と長い手足は、今走っている人物達を置いていかないような、現在の状況にそぐわない気遣いを感じさせる。

 とは言っても、本人にそれほど余裕があるわけではなく、その形相は必死そのものであり、額に浮かべる汗の量も、段々と増えていく。

 対照的にもう一人の男、長すぎず短すぎないが、整えられた気配のない黒い髪。鋭く、威圧する気がなくても目の前にいる人物が萎縮してしまいそうな黒い瞳。

 金色の髪の男性に比べ、幾分背は低いが、その足運びには後ろに続く三人への気遣いを感じさせ、尚且つしっかりと着いてきているかと言う確認すらしてのける。

 額には汗など浮かんでおらず、表情も他の三人と比べれば涼しい表情をしている。

 その手には黒く無骨で、重量感の感じさせる物体が収まっている。

 言うまでもなく、それは命を散らすには苦労しない物であり、今屋敷の中で飛び交う物の元凶。

 拳銃と言われるそれを手に収めながらも、引き金には指を掛けていない。

 しかして、セーフティーと思われる部分はしっかりと降りており、その拳銃がいつでも発砲可能だという事を主張している。


 必死ゆえに足並みは揃わずとも、その進行速度はある種統一性を見せる四人は、アメリカに存在する世界的に有名な名家であるトリスティン一家とその護衛。

 金色の髪が人目を惹く美しい女性は、ベルナ=トリスティン。

 優しそうな雰囲気ながら、いい意味で年齢を重ねた色香を感じる女性、マリアナ=トリスティン。

 歳は重ねているものの、その顔つきには未だに威厳と精悍さを感じる男性、ダイアン=トリスティン。

 そして、黒髪に、鋭い黒の瞳が特徴的な、現トリスティン家護衛。

 正確にはベルナ=トリスティンの護衛である男性、朝霧まりも。


 その四人が、トリスティン家主催で行われたパーティー会場である別宅の出口に程近い廊下を疾走していた。

 足音は敷き詰められた上品な赤のカーペットが、音の大部分を吸収し、ヒールを履いているベルナとマリアナの足音ですら、とすとすと小さい音しか聞こえない。

 高価だという事が一目でわかる様な調度品が、廊下の両壁にポツリポツリと並べられたその雰囲気は、威圧的ではなく上品さが全面に押し出されている。

 しかしながら、それを感じる余裕はない。

 余裕があったとしても別宅とは言えトリスティン家の物であるこの廊下など、当然だがトリスティン一家にとっては見慣れたものだ。

 唯一見慣れていないのは、まりもだけなのだが、そのまりもも特に圧倒されている様な雰囲気もなく、ただ注意深く辺りへ視線を配りながら走るのみ。

 今でこそ入口付近まで走破出来ているが、そこまでの道中、曲がり角付近などで、騒ぎを起こした犯人と何度か遭遇。

 その際、まりもの持っている銃から、軽い音と共に弾丸が飛び出したのだが、トリスティン一家はそれに対して顔色一つ変える事はない。

 慣れている、と言う事だろう。

 命を容易く奪うその引き金を引くまりもにも、躊躇という物はなく、犯人を見る度に何度も引き金を引き、その命を奪っていった。


 そして出口付近になり、まりもを睨みつけるようにして視線を送っていた人物。

 ベルナ=トリスティンが、その小さな口を開く。


「朝霧! 他の人達は……パーティーの参加者はどうなるのよ!?」

「黙って走れ。今の俺はトリスティン家の護衛……いや、ベルナ嬢の護衛だ。優先順位を履き違えるほど素人じゃない。まずは自らの最優先目標の安全を確保する」


 激情に駆られたような燃え上がった声を、投げかけ、同時に切れ長の青の瞳は、自らの右斜め前を走るまりもを睨みつけるように細めた瞳。

 冷たい冷水の様な瞳と、それに反発するような感情が込められた声は、普通の生活をしている人物ならば、ほぼ間違いなく威圧と迫力に身を縮めている。

 額に汗を浮かべ、金色の髪を額に張り付かせ、無様とさえ言える程に髪を振り乱しながらも、その青の瞳は見捨てる事は許さないと言わんばかりに真っ直ぐな輝きに満ちている。

 地位、権力、それらの魅力に魅入られ、本来ならば何かを成し得るための手段であるはずのそれらを目的とし、腐ってしまう輩は多い。

 広く広大な土地、豪華な調度品に装飾品、巨大とさえ言える屋敷。

 その全てが、富、権力、地位のどれか一つでも大きな物を持っていれば、揃えるのは難しくない。

 生活水準、趣味嗜好品の収集、自らの生活を豊かにしたい。何の心配もなく人生を過ごしたい。

 当然の願いであり、当然の欲求。しかし、それらの欲求が強くなりすぎるあまり、富、権力、地位。

 本来のそれらの使い道である、個人の欲求を満たす先の事が出来なくなる。富や権力自体が目的となってしまう。

 個人の幸せが叶えば、その先、他の誰かの幸せにしたい。不幸な人を救いたい。

 本来はそれを成すための手段でしか無い筈のそれらに魅せられ、腐ってしまう。

 高潔なはずだった精神も、理念も理想も、巨大な魅力の前に醜く腐っていく。

 そんな人物は、それこそ腐る程いる世界の中で、ベルナ=トリスティンと言う女性は違った。

 どこまで行っても真っ直ぐな瞳。人を信じたい。誰かを助けたい。誰かを幸せにしたい。

 そんな輝きに満ちた真っ直ぐな瞳。

 彼女が味わってきた贅沢を、彼女自身享受しながらも、それで良しとはしない高潔な心が、今の彼女の言葉だった。


 そんな彼女の甘いとさえ言える言葉を聞いたまりもが紡ぐ言葉は、淡々とした冷たい声。

 人を魅了し腐敗させる原因となる場合が多いそれの上に胡座をかく事なく、真っ直ぐな願いを捨てない彼女の姿に、密やかな笑みを浮かべる。

 しかし、その声は冷たく感情の起伏を感じさせない。

 自らの役割を理解し、ただ淡々とそれをこなす。

 真っ直ぐで希望を捨てないベルナ=トリスティンと言う女性は、紛れもなく魅力的な人物であると自覚する。

 しかし、その言葉を全面的に推進してやれる程まりもは子供ではないし、自らが救世主や勇者のような存在ではなく、ただの護衛である事を自覚していた。


「見捨てるって言うの!?」

「そうは言ってねぇだろ……他にもまだ護衛はいる。アンタ達家族全員の安全を確保するまではそいつらに頑張ってもらうだけだ」


 自らの真っ直ぐな主張に従った激しい声と、ただどこまでも現実を見据えている冷たい声が意見をぶつけ合う。

 まりもは鋭い視線で辺りを注意し、廊下の窓側へ向けて銃口を向け、躊躇なく引き金を引く。

 パンッと間近で聞けばそう小さくもない発砲音が廊下に響き渡る。

 銃口から解放された弾丸は、窓に貼られているガラスを紙か何かを突き破る様に容易く貫通。

 窓から見える大きな庭に幾つも植えられている木の一つに飛んでいく。

 布によって保護されたそれなりの質量の物体が、無抵抗に叩きつけられる音を響かせる。

 しかし、四人の足は止まる事はない。

 走りながら、窓の向こうを見ていた顔を、正面へと戻す直前、まりもの鋭い黒の瞳がベルナの視界に入ってくる。

 冷たい光。自分がしている事に何の感慨も感情も感じていない。

 ただ当たり前の事をしていて、その事に疑問を挟む余地もないと言わんばかりの冷徹な瞳。

 その瞳を見た瞬間、ベルナの身体は、本人の意思とは無関係に、ぶるりと大きく一度震える。

 しかしそれも一瞬の事であり、己を取り戻すようにキッとまりもを睨み、自ら足を止めてみせる。

 当然それに気がつかないまりもではなく、自らの最優先目標を放っておくわけにはいかない。


「あ? 何だ? もうすぐ出口だ。まずはそこでアンタ達の安全を確保して……」

「私は……確かに私は小娘よ。富も権力も地位も、全部お父様の物。だから私はアンタから見れば、ただの甘ったるい事を言って現実を見てない小娘なのかもしれない……」

「何だ? 急に、んな問答をしてる暇はねぇんだが……」


 まりもとベルナに釣られて、ダイアンとマリアナも足を完全に止めており、護衛である筈のまりもとしては、この上なくこの状況はマズい。

 全身を小刻みに震わせながらも、気丈なまでにまりもへ睨みつけるようなベルナを、眉を潜めて見据えるまりも。

 しかし、そんなまりもを見ても、ベルナは知った事かと言うように、でも……と言葉を続ける。


「でも、今私は飾りでも……上に立っているの! そして、相応の責任があるの! それから逃げたら、私は私じゃなくなっちゃう!」

「状況を判断し、後の事を考えて今逃げる判断をするのも、立派に上に立つ奴の責任だ」

「知ってるわよ、分かってるわよ! そうするのが最善だって、それがアンタの仕事だって! でも私は私として胸を張れなくなっちゃう! そうしたら私は今を見据えて生きてるアンタの前に胸を張って立てなくなる。だから……っ!」


 恐怖かはたまた激情か、何が原因かは予測できないが、小刻みに震える身体はそのままに、ベルナはまりもを気丈に睨みつけ、その目尻には涙の玉すら浮かべている。

 何処までも現実を見据える冷たく鋭い黒の瞳と、気丈な青の瞳が交差する。

 しかし、そこから先に視線を外したのはベルナであり、彼女は今まで進んでいたのとは逆側へ身体を向け、足を踏み出す。

 ぎゅっと何かを堪える様に握り締められていたスカートの裾はそのままに、腕を少し持ち上げ、足を動かすのに支障が出ない形へ。

 そこからの彼女の行動は素早く、踏み出した二歩目からは既に、走り出していた。


「おい! ベルナ嬢! 戻れ!」

「うっさい! 私は胸を張ってアンタの前に立っていたいの! ただそれだけなの!」


 明らかに要領を得ないが、威勢だけは良い捨て台詞を残し、ベルナは会場の方面へと走り去る。

 廊下を走っていくベルナの後ろ姿を見やり、まりもは疲れたようにため息を一つ。

 そして、ベルナの両親であるダイアンとマリアナに、その鋭く黒い瞳を向ける。

 非難の色が多分に込められた鋭い視線にも、ダイアンとマリアナは動じた様子を見せてはいない。

 それ所か、薄く笑みさえ浮かべて見せ、困った事になった。と悠長な事を言うような余裕さえ感じる表情。

 あからさま過ぎる二人の表情に、まりもは後頭部を軽く掻き、面倒臭いと身体全身で表すかの如く、重いため息。

 何も言わずとも二人の内心を推し量ったまりもは、面倒さ気に舌打ちを一つ盛大に打ち、直様気を取り直した様に表情を戻す。

 スーツの裏地に取り付けられたインカムの周波数コントローラーのメモリを弄り、その回線番号を出口周辺に待機している護衛の一人へと繋げる。

 右の耳元で鳴る小さな砂嵐がクリアになった瞬間、まりもの右手は声をしっかり拾う為にインカムを自らの耳へ軽く押し付けるように動く。

 そのまま右手は添えたままに、まりもは薄い唇を動かし、これからの指示を出し始める。


「ナンバー〇六より指示だ」

『こちらナンバー二〇五。指示をどうぞ』

「今からトリスティン家の当主とその婦人が出口付近にいる。こちらからも向かってもらうが、念の為そっちからも何人か見繕って迎えを寄越せ」

『了解しました。すぐに向かわせます』

「現在地はC3だ。人数は最低三人は用意しろ」


 インカムの向こうから聞こえた了解の声に、まりもの瞳は鋭さを保ったままに、ベルナの両親。

 つまりは、トリスティン夫妻を捉える。

 しかし、その鋭い視線に、夫妻は二人揃ってたじろいだ様子もなく、ただ薄く笑みを浮かべるだけ。

 この状況だと言うのに何も何も心配などないと言わんばかりの態度と表情。

 ダイアンなど、薄く笑みを浮かべ、口元を自らの右手で覆いながら「ベルナにも困ったものだな……」などと悠長に呟いている。

 薄く月明かりが差し込む煌びやかな廊下で、夫妻とまりもによる睨み合い……睨んでいるのはまりもだけではあるが、続く。

 結局、その勝負に折れるのは、舌打ちを打つまりもだった。


「この状況で随分余裕だな、アンタ等……」

「この状況だからこそ、だよ。何の為に君を呼んだと思ってるんだ?」

「貴方がいらっしゃるのに、娘に万が一……など、ありえませんわよね?」


 ふっと笑みを浮かべるダイアンに、おほほと軽く笑うマリアナ。

 上に立つ者が纏う傲慢さ、尊大さのよく表れた言葉だが、その裏を返すとどう言う言葉になるのか……。

 それが理解できないまりもではないし、この状況で紡がれる言葉なのだ。

 いやでもその裏にある真意を理解せざるを得ない。

 たった二人の言葉。それだけでまりもは逃げ場を塞がれたのだ。

 政界や社交界でその身を削ってきた二人にとって、この様な事は朝飯前であり、そもそもまりものフィールドはそこではない。

 職業柄、そう言った世界のマナーや振る舞いは身に付けているものの、駆け引きや腹の探り合いと言ったものに対しては、圧倒的に経験値が足りない。


「チッ、面倒臭ぇ言い回しだ。けどな、確かにアンタ達の言ってる事は間違っちゃいねぇ。俺の最優先目標はベルナ=トリスティンであり、アンタ達じゃない」

「わかっているじゃないか。では、娘をよろしく頼んだ」

「お願いしますね?」


 鼻下に蓄えた髭を歪ませ、ニヤリと笑みを浮かべるダイアン。

 逃げ場をなくした事等既に忘れ去ったかの様に、ふわりと笑うマリアナ。

 二人が同じ様に小さく頷く様は、似てないもののどちらも気品と威厳溢れる仕草であり、それを見ていたまりもは、面倒くさ気にため息を一つ。

 ばりばりと後頭部を掻く仕草は、目の前の夫婦に振り回されているという自覚の表れでもある。

 漆黒の目立つスーツ姿で、整えられていないずぼらさを感じさせる黒髪に指を絡ませているまりもは、お世辞にも気品溢れるとは言い難い。


「へいへい……了解しました。じゃあ、さっさとここから出てくれ。呼んどいた護衛ももう近くまで来てるだろうよ」

「あぁ、では朝霧くん、後は頼んだよ」

「うふふ、白馬の王子様の出来上がりね」


 無責任にすら見える信用ある言葉に、まりもはため息と共に後頭部を掻き毟り、インカムをきっちりと掛け直す。

 いい様に動かされた事への仕返しなのか、余裕あふれるダイアンとマリアナの言葉に反応を見せる事なく、柔らかなカーペットに沈む革靴の感触を感じながら二人の横を通り過ぎる。

 スラックスのポケットに両手を突っ込み、ゆらりゆらりとベルナが走っていった後をゆったりと追いかけるようにして歩くまりもの後ろ姿もまた、人の事は言えない程に余裕溢れた後ろ姿だった。




 人の声だけが響き渡り、軽く人の命を奪う銃声が鳴り止んでいる廊下。

 扉一つ開ければ既にそこは占拠されたパーティー会場へと続く廊下に立っているのは、漆黒のスーツを着込んだ多くの護衛。

 不安な表情を隠しているのか、それとも既にこの様な事は慣れているのか、それは判断がつかないが、保護されこれからの行動指針が決定されるのを待っている名家の人物達。

 そして、一枚の紙切れを片手で持ち、次々に屈強な護衛達へ怯む事なく指示を飛ばしている金色の髪を持った美しい女性。

 凛々しく引き締まった目元は、万人を惹きつける魅力に溢れた青色。

 強い意志が込められたその瞳は、人を魅了させるには十分に価値のある瞳であり、その影響か、彼女の指示に従わない護衛達の方が少ない。

 きっと彼らは、身分や権力に従っているのではなく、ベルナ=トリスティンと言う一人の人間に従っているのだ。


「リック、凛、ヤドゥルは会場を包囲してるチームの保険としてF7付近で待機。出来るだけ隠密行動を心がけなさい」


 直属の上司でもない金色の髪を持つ女性、ベルナの命令とも言える言葉に、何の疑いもなく了解の声を返す三人の護衛。

 一人は黒髪でキツ目の瞳が印象的な日本人の女性。

 一人は短く刈られた金髪に鷹の様に鋭い青の瞳が人に無意識の恐怖を与える男性。

 最後の一人も男性であるが、褐色の肌に頭に巻かれた白い布が印象的であり、その物腰は護衛とは思えないほどに柔らかい。

 人種を問わない編成に、今の護衛と言う職業がどれほど世界に浸透しているのかが理解出来る。


 三人への指示を出し終え、次の指示に取り掛かろうと手に握られた一枚の紙に視線を落としたベルナ。

 しかし、その瞬間三人の内の一人、黒髪の美人である凛が、ベルナの後ろへ視線を向け、一層引き締まった表情で姿勢を正したのが視界に入る。

 その光景を視界に入れたと同時に、ベルナの後ろから状況に似つかわしくない軽さの声が飛んでくる。


「よぉ、状況はどうなってる?」

「アンタ……今は」


 その声に反応して、後ろを振り向きつつ状況を伝えると共に、その態度も咎めるつもりのベルナの声。

 しかして、その声は振り向き、軽い声の持ち主、朝霧まりもの姿を視界に入れた途端、喉の奥から出てくるのを押し込められた。

 薄く差し込む月明かりに反射する黒の瞳は鋭く細められ、微妙な加減もあってか、軽々しく相手に口を開かせない威圧感が存在していた。

 目元に薄く掛かっている黒髪の奥からチラチラと覗く鋭い瞳には、勝手な事をさせてもらえない強制力と、冷徹にすら感じる冷ややかな光が宿っていた。


「ナンバー九六。篠里凛。答えて見せろ」

「は、はい!」


 頭部の高い位置で一纏めにされた黒く長い尻尾をふわりと揺らし、まりもの言葉と共に小さく一歩前へ出る。

 その様は絢爛かつ上品な廊下の雰囲気も相まって、中世辺りの騎士が上官に向けて行われる挨拶の姿が思い起こされる。

 一層に引き締められた表情。張り詰められた弓の弦の様な背筋。ただ上を見上げるような光を宿し、まりもを見据える黒の瞳。

 憧れ、そして緊張を伴うその姿は、何もおかしな事ではない。

 護衛という職業に就いている者にとって、番号と言うのはそれだけで特別な意味を持つ。

 護衛としての能力。それに付随する様に様々な能力の指針が、番号というわかりやすい形で表されている。

 簡単に言えば、護衛と言う職業にとって、一桁ナンバーの人間は、それだけで多大な憧れを抱くには十分なのだ。

 例え、護衛達の中でも、年齢は下から数えたほうが早そうなまりもでも、それは同じ事。

 人格、個人の能力、団体における能力の高低、それら全てを総合した序列と言われる概念の前では年齢など些細な事だ。

 そして何故か、一桁ナンバーの人物は、案外と容姿が整っている場合が多く、朝霧まりもと呼ばれる若い護衛も、例に漏れずそれなりの容姿。

 異性であり、比較的まりもと年が近い凛が緊張しないと言う選択肢は、元々無い。


 そんな憧れからくる緊張に包まれている彼女の小さな口から紡がれる言葉もまた、大きな緊張を帯びている声だった。


「げ、現在、襲撃者達は広く展開している模様ですが、その大多数は会場を中心に展開しているのか、形としては会場内に立て篭ると言う形になっています」

「成程……相手の様子はどうだ? 組織的な動きはあったか?」

「私見でよろしければ」


 少しばかり考える節を見せた凛が、絞り出すように紡ぐ言葉に、まりもは一瞬考えるように宙へ視線を泳がせる。

 しかし、それもほんの一瞬の事。誰もが気が付かない様な刹那の瞬間に、宙へ向けられた鋭い視線は、直様目の前の凛へと固定される。


「いいだろう」

「有難うございます。では、統率力の様な物は確かに存在しますが、組織と言えるほど大きな強制力とも言えるものはありません。恐らく指揮官らしき存在は存在すると思われますが、その数は極少数。人数に対して命令が末端まで正確に行き渡っていない節が見受けられます」


 凛がそこまで言い切った所で、まりもの鋭い視線は、凛と同じく並ぶ二人の男性に向けられる。

 その意図を正確に判断したのか、二人の男性の内、先に視線を向けられた短い金髪の男、リックが先に口を開く。


「自分も同じ意見です」

「私も同じ意見です。更に付け加えるならば、会場内には指揮官らしき者の影は存在しません」


 リックに続いて、ベルナからヤドゥルと呼ばれた男も、同じ意見。

 三人のブレない回答に、まりもは口の中だけで、なるほどな……と小さく呟き、両手をポケットに突っ込んだまま、静かに瞳を閉じる。

 スーツの胸元に飾られた銀色のバッジ。盾を模したような形のバッジが、光に反射して鈍く光る。

 数秒間の間、物言わぬ筈のバッジだけが、空気を飲み込む様な威圧感を発していたが、それも数秒の事。

 スッと開かれた瞳は、やはり鋭く、そこに集まった護衛達を見渡し、数人を視界に入れる。

 ピクリと眉が一度小さく動きを見せ、それに伴ってほんの僅かに瞳が細められるが、それも些細な変化であり、誰にも気が付かれる事はない。

 薄ら寒さすら感じられるその瞳に固定されるのは、護衛の数人だが、当然それが誰に固定されているかなど、周りの者は知る由がない。


「では、リック、凛、ヤドゥルの三名はベルナ嬢の指示通りの配置に付け。後は……五〇六番と六七三番を残して、この場の要人方の護衛について、避難。一人に三人はつくように心掛けろ。期待してるぞ」

「は、はい!」


 多くの者達が、まりもの言葉に対して、大きく了解の返事を返す中で、丁度まりもの目の前にいた凛達には、聞こえる様に小さく期待という言葉を投げかける。

 その一瞬、冷徹さと酷薄さしかなかった表情が小さく揺らぎ、一瞬だけ小さく笑みが覗く。

 細められた鋭い瞳に、薄い唇が小さく笑みの形を刻む。

 垣間見えた期待を込めた笑みを向けられるのは、リック、凛、ヤドゥルの三人であり、その中でも異性である凛はうっすらと頬すら色づかせている。

 当然、そんな状態の凛から発せられる声は、他の男二人よりも大きな声になるのは必然である。


 まりもから別枠で呼ばれた人物二名を残し、その場から多くの護衛と要人達が各々動きを見せる。

 その際、機嫌良さ気に黒の長い尻尾を揺らす凛を見ながらも、リックとヤドゥルの視線が呆れたようにまりもを見てしまったのは仕方がない。

 二人の視線に気がつきながらも、それを軽く流すまりも。

 男二人から向けられた視線と同じ色の視線を、ベルナから向けられている事も当然、まりもは承知済みだ。


「アンタ……天然の誑しよりタチ悪いわよ?」

「これも少し形は違うが、飴と鞭ってやつだ」

「あの凛って女の人が不憫に思えてくるわ……」


 米神を揉みほぐすように右手を当て、眉根を寄せるベルナ。

 当然そんな姿も非常に美しい彼女だが、その声は呆れの色が濃く、少し面白くないようにまりもを咎める色がある。

 瞳を閉じ、眉根を寄せるベルナから紡がれる刺を含んだ声にも、まりもは何処吹く風と言わんばかりの表情。

 しかし、その瞳は鋭く睨みつけるように、目の前に残った二人を見据えている。

 心持ち自らの身体をベルナの前へ押し出すようにして自然と位置取るまりもは、当然ながらプロの護衛だ。


「さて、現在のテロとも言える行動が起きている現在、状況的には悪くない。相手の練度はお世辞にも高いとは言えず、こちらも人数は存在している。だが、それでもお嬢には危険が及ぶ可能性が無いとは言えない。そんな中……何でお嬢がここに残るかね……」

「私は主催者なのよ? 参加者の安全を見届けるまで私が避難するわけにはいかないわ」

「実に立派な意識なのは間違いないが、それは護衛の仕事であってお嬢の仕事じゃねぇよ」

「でも!」

「デモもストもねぇ……ったく、より面倒な事態になった」


 一人の人間として、そして、高い身分に居る者として十分な器が垣間見えるベルナの態度に、しかしてまりもはバリバリと後頭部を掻く事でそれに応える。


 自らの家が中心になり開いたパーティーと言う事はつまり、責任の所在がトリスティン家にあるとも言える。

 この事態が起きたのはトリスティン家の責ではないが、その所在が明らかになっていなければ、事後処理に多大な影響を及ぼす。

 その上で、仮としての責任をトリスティン家の一人娘であるベルナが自ら負い、またそれを負う覚悟もある。

 高い身分にいる者のお手本であり、理想とも言える姿である事は間違いなく、ベルナがトリスティン家を正式に継げば、更なる繁栄は約束される。

 その評価は誇張でもなんでもない。ただの事実だ。

 しかしだからこそ、現段階でベルナを危険の中に身を置くのは得策ではなく、もし失う事などあれば、トリスティン家にとってどれほどの損失か……。

 想像するだけで頭が痛くなる程。


 だからこそ、今の状況はまずい。

 面倒臭気に頭を軽く掻き、冷静に頭の中を冷やしていくまりもだが、結局今の状況を維持するわけにもいかない。

 既にここから要人達の姿が消え、番号を指名してまで二人の護衛をこの場に残した時から賽は投げられている。

 仕方ねぇ……と小さく呟いたまりもは、軽く落としていた目蓋を引き上げ、その鋭い黒の瞳でもって、自らの前にいる護衛二人を視界に入れる。


「さて……五〇六番と六七三番。二人に残ってもらったのは他でもねぇ」

「何でしょうか?」


 まりもの言葉に、五〇六番と呼ばれた青年が答える。

 引き締まった体付きに、表情も精悍さが漂ったプロである事は間違いないが、上官とも言える存在であるまりもの言葉に、困惑の雰囲気を漂わせている。

 数多くいる護衛の中で、確かに上から数えた方が早い序列ナンバーではあるが、今集められている護衛達の中では、特筆して能力が高いわけではない。

 そんな二名が番号指しでこの場に止められたのだ。困惑もあると言うものだろう。


 二人の表情には現れないが、困惑したような雰囲気など、まりもは知った事ではないと言わんばかりに、その鋭い視線を投げかける事はやめない。

 それどころか、黒の瞳に浮かぶ光は、どんどんと冷たさを帯びていく。

 艶がなく短く刈られた黒髪の男性。こちらも艶がなくクセが強い長めの黒髪の男性。

 その二人を見据えるまりもの態度は、間違っても部下に向ける態度ではない程に冷たく、容赦がない。

 当然、そんな雰囲気のまりもから発せられる言葉もまた、容赦も温度もなかった。


「お前等……誰だ?」

「…………え、えーっと、一体何を?」

「意図を把握しかねるのですが……」


 まりもの前に並ぶ二人は、口々にまりもの発言の意図が掴めないと困惑した態度。

 あまりにも唐突といえば唐突な発言に、まりもの後ろに居るベルナでさえ、その表情は驚嘆の表情を浮かばせている。


「そのままの意味だ。誰だ? お前等」

「……」

「まぁ、正体は予測出来るから、態々聞くのは只の確認だ。答えてもいいし、答えなくてもいい。どの道指揮官の場所を聞き出した後、お前等は死ぬか捕まるか、そのどちらかだしな」


 唐突すぎる話の始まりでありながら、只の事実確認をしている様に淡々と言葉を紡ぐまりもの態度。

 その態度があまりにも平坦過ぎる上に、自分が言っている事に疑問すら抱いていない声から、状況を朧気ながら察したベルナは、苦々しい表情へと自らの表情を変化させる。

 小さく舌打ちすら打っているベルナの態度は、今正しくこの状況を理解出来たと言う事にほかならない。


 まりもの発言以降、数秒に渡って絢爛且つ上品な広い廊下に、沈黙が舞い降りる。

 その沈黙を破ったのは、主導権を握っていたまりもでも、このパーティーの責任を負おうとしていた優秀な女性でもない。

 まりもの目の前に並ぶ二人の男が、数秒に渡る沈黙を破る物であり、破った内容は低い笑い声。

 ただそれだけだった。


「クフッ……クッハハ」

「くっふふふ……ここにいる雇われた護衛を束ねる立場にある人間は、若いと言ってもやはり優秀、という事か」


 先程までの無表情が嘘だと言うかの様に、その表情は二人共醜い笑みの形に歪められる。

 笑い声には嘲るような色が混じり、殺伐とした世界で生きてきたのか、その瞳は濁りきっている。


「生憎とここにいる護衛の顔と名前は全部頭に入ってるんでな」

「へぇ……いやはや、純粋に驚いた。お前さえ居なければそこに居るトリスティン家のお嬢さんを何の苦もなくやれたって事か」


 殺意と下劣な光が宿った二つの視線が、ベルナの身体を舐め回すように這い回る。

 その視線に不快感を覚えたのか、恐怖を覚えたのか、それは予測出来ないが、まりもの後ろに居るベルナの身体がぴくりと一度震える。

 視線から逃れるように、自らの身体を完全にまりもの身体で隠れる位置へ移動。

 ベルナの心情を理解したわけではないが、それも含めて自らの仕事だと理解しているまりもは、その位置を動く事はなく、ただ冷酷な瞳で二人の男を見据えるだけ。

 左手をポケットに突っ込んでいるのはそのままに、右手は頭を掻いた時にだらりと下ろしたまま。

 およそ警戒しているとは言い難いまりもの姿だが、ただ冷ややかなまでの黒の瞳だけが、その場を止めさせる抑止力となっていた。


「確かに優秀、だが……お前は今一人、こちらは二人。ついでに言わせてもらえばお前達の装備をそのまま頂いてる」

「つまり、お前が持ってる物は俺達も持ってるって事だ。わかるよな?」


 要は銃の事を言いたのだろうが、恐怖感を煽るためか、敢えて遠まわしに言って諦めさせるためか、それはわからないが、二人が余裕を崩す事はない。

 それに、男達が五〇六番と六七三番と呼ばれる護衛に成り代わったと言う事は、それに付随して他の事実も浮き彫りになっている。

 つまりは、その二人の死亡は、ほぼ確実、という事実だ。

 その事実に気がついていない訳が無いまりもは、しかして淡々としたもので、自らの右手を少し持ち上げ、掌を眺めるようにして見下ろす。

 部下の死という事実にすら、心動かされた様子のないまりもが、余裕を崩さない二人に投げかける言葉もまた淡々としたもの。


「まぁ、理解はしてるが……どうでもいいな。それにごちゃごちゃと五月蝿い。こっちとしては指揮官の場所を聞く一人だけ残ってればそれでいいんでな」

「はぁ? お前……」


 淡々と言葉を投げかけるまりもの様子は、明らかに焦った様子はなく、ともすれば現実が見えていないのかもしれないと思うほど。

 その様子に、短く刈られた黒髪を持つ方の男が声を上げるが、その台詞は最後まで続かなかった。

 何故ならその男の意識は、台詞の途中で闇へと呑まれ、二度と浮上する事は無かったからだ。


「……は? なん……何、だ? お前」

「護衛だ」


 呆然と言った表情のもう片方の男の疑問に、やはり淡々と言葉を紡ぐまりもだが、声が聞こえてくる位置が、先程とは全く違う。

 聞こえてくるのは男のすぐ傍。

 疑問を投げかけた男の正面約二メートル程の位置にいたまりもの姿は、既に無く、その姿は男の隣。

 仲間であったもう片方の男が居た位置に、その姿はあった。


 短く刈られた黒髪の男が話していた途中で、なんとも形容し難い不快な音。

 丈夫な皮の下で肉が無理矢理ねじ切られる音。

 そして本来有り得ない形に無理矢理形曲げられ、その耐久値を超えて無残にも折られる骨の音。

 その二つが同時に響いた時には、既にまりもの姿はなく、クセの強い長めの黒髪を持つ男の前には、驚いた様に青の瞳を見開きながらも、その顔色を青褪めさせているベルナの姿のみが存在していた。


「あ、あ、あ、あ、あ、あぁ……うあぁぁ!」


 まりもの声が聞こえてきた自らの左側の足元。

 そこに視線を向けた男の視界に入ったのは、男を見ておらず、ただ下を向くまりもの後頭部。

 そして――首を無理矢理一回転させられた様な、くしゃくしゃになった首を持つ自らの味方だった男の姿。

 瞳は首からの血流が一気に止まった事でくるんと上を向き、口元からは赤い物が含まれた泡が吹き出している。

 鼻からは少量の血が垂ており、その表情は正に人とは思えないような、この世のものとすら思えない程におぞましい表情。


 ――死んでいる。


 その事が誰の目にも一目でわかる純然たる事実として、その場に転がっている。

 思わず悲鳴を上げてしまった男も、死体など幾らでも見てきているし、今更それぐらいで驚く程ではなかった。

 しかし、これは違う。この表情は男が知るどの死体とも表情が全く違う。

 苦悶、安寧、狂気、それらを浮かべた死体は腐る程見てきた。

 だがこれは違った。何もない。無の表情。それがまりもの作り出した死体に張り付いていた。


 そして、ゆっくりと顔を動かし、くるりとその鋭い瞳で悲鳴を上げた男を見上げたまりもの瞳は、冷徹で残酷でありながらも、何も感じた様子がない。

 無を宿す鋭い黒の瞳を見た瞬間、男は考えるよりも早く自らの利き手が動き、懐に手を入れ、黒光りする拳銃を取り出す。

 そして躊躇なく、考える事もなく、ただ目の前にいる化物に無我夢中で、引き金を引いた。


「うぉあぁぁぁ!」

「っ!? やめっ……」



 ――パンッ


 男の追い詰められた叫び声と共に、ベルナからも切羽詰ったような声が響くが、それが言い切られる事はなく、響いた音は無機質で、あまりに軽い音だった。

 命を軽く奪う重いのに軽い音が広い廊下に木霊し、至近距離で解き放たれた弾丸は、狙いを外すわけなくまりもの身体へと当然の様に着弾する。

 発砲音以外の音はなかった。ただまりもの身体が力なく吹き飛び、廊下の赤いカーペットの上をごろごろと転がる音が、この上なく現状を認識させる。

 拳銃の銃弾如きでは、人の身体を大きく吹き飛ばす事など出来ない。

 弾の大きさ、拳銃の大きさで撃ち出せる衝撃、それらに対して人の身体はあまりにも大きすぎる。

 だからこそ、まりもの身体が少し吹き飛ばされただけで、すぐに地面を転がり、二、三度転がっただけでうつ伏せのまま力なく横たわる。

 ともすればただ遊んでいるだけではないのか、そう見えてしまっても仕方がない程にあっさりした光景。

 しかし、誇張の含まれていない味気ないリアルの光景など、こんなものだ。

 誰しも想像する現実離れした光景が、目の前で繰り広げられ、呆気ない程の味気なさで再現される。

 想像と現実のギャップという物は、どのような場面であれ起こりうる。


「ちょっと……ねぇ? 何、してんのよ?」


 感情の色を失った言葉を紡ぎ、ふらふらと現実を認識できていない足取りで、赤い絨毯の上を歩くベルナが、その視界に入れているのはたった一つ。

 ぴくりとも動きを見せず、廊下の赤い絨毯の上に伏せるまりもの姿だけ。

 まりもを撃ち、化物を倒した等と笑っている黒髪の男も、まりもが作り出した死体も、ベルナの視界には入っていない。

 うつ伏せのまま、力なくだらりと倒れているまりもの顔は、よく見えない。


「冗談はやめなさいよ……ねぇ?」


 まりもを撃った男の哄笑と、感情の色が見られないベルナの声が、広い廊下に響く。

 力のない声でまりもに話しかけ、現実を見ていないような足取りで、まりもの傍へ寄る。

 呆然としながらも、今までの経験からくる危機感だけは働いていたのか、ベルナは自然と笑い続ける男に背を向けないように位置取っていた。

 しかし、無意識の危機感もそこまでだったのか、まりもの傍までなんとか歩いた所で、急激に力が抜けた様に、ストンと膝を折るようにして座り込む。

 両手は自然と横たわるまりもの身体へと伸び、身体を包む漆黒のスーツの生地に指先が触れると、何をしていたのか思い出したかの様に、ベルナの両腕はまりもの身体をゆさゆさと揺さぶるのだ。


「ねぇ……ねぇってば! アンタ私の護衛なんでしょ!? 私の許可なく死ぬなんて許さないわよ! 起きなさいよ!」


 徐々に力が篭っていく言葉と共に、揺さぶる動きも大きくなり、最後にはまりもの身体を抱き起こすように自らの腕の中に抱え込む。

 そこには気丈で凛々しいベルナの姿はなく、ただ一人の護衛に向けて、涙を流す女性がいた。

 許可なく何処かに行く事は許さないと言う様に、抱え込んだまりもの身体をぎゅっと強く抱き込み、青の瞳からは止めど無く雫が流れ出る。

 叱り付ける声も、声帯が上手く動かないのか、震えた声。

 開けば鋭い瞳を静かに閉じるまりもの顔を見る視線は、責めるような鋭い視線、しかして、その瞳は涙に濡れ弱々しい。


「は、はは、はははっ! トリスティンのご令嬢! 残念ながらその化物はもう死んでる! それにアンタには幾らでも代わりの護衛位居るだろ? ん? まぁ、アンタにはこれから護衛なんざ必要のない世界に行ってもらうがな!」


 そう言って耳障りな笑い声を廊下に響かせる男に向けて、ベルナは涙に濡れた青の瞳を、ギッと睨みつけるようにして向ける。

 拭う事をしないその瞳からは、次から次へと雫が流れ出るが、その瞳にはまりもを見ていた時のような弱々しい光はない。

 ぎゅっと抱き寄せたまりもの身体を一瞥し、これ以上まりもに何かすれば噛み付くと言わんばかりの強い瞳でもって男を睨みつける。


「私の護衛に朝霧の代わりなんていない! 私の護衛は朝霧だけ……アンタ、絶対に許さない。死んでも許さないから……」


 ぎりっと奥歯を噛み締め、男を睨みつけ、怒りによって震える声で許さないと言ってのけるベルナ。

 そんなベルナに、当然ながら絶対的優位に立っている男が怯む訳もなく、嘲るような笑い声を上げる。


「くっははは! その威勢は認めてやるが、あんたに何が出来るってんだ? 後はもう俺に殺されるだけだ。その前にその身体を味見してやろうかと思ったが……予想外の事が起きたんでな、ここでサヨナラだ」


 心底残念そうにため息を吐いた男は、無慈悲にもその銃口をベルナへと向ける。

 すぐそこまで死が迫っているにも関わらず、ベルナの青の瞳は男を睨みつける事をやめない。

 ベルナの位置からでも、男が引き金に掛けている指へ力を込めた事が理解出来た。

 その瞬間、ベルナの口が開き、何かに押し出されたような声が漏れる。


「……んっ」


 ベルナの声と同時に、乾いた銃声が廊下に響き渡り……。


 男が持っていた銃が宙を舞い、銃を持っていた右腕から鮮血が飛び散る。


「いっ……ぐぅぅっ!」


 今の今までベルナへ銃口を向けていた男が、乾いた銃声と共に血を流し、その後も立て続けに三回、銃声が響き渡る。

 その度に男の両足、銃を持っていた腕と逆の腕、その全てから鮮血が舞う。

 男が痛みに悶える暇もなく、その両手足は使い物にならない物へと変貌を遂げる。


 何が起こっているのか、理解が追いついていないベルナの瞳が捉えたのは、自らの視界の下の方に映る一つの銃口。

 細く煙を上げている事から、そこから弾丸が飛び出し、その銃弾が男の両手足を撃ち抜いた。

 そう理解した瞬間、ベルナの口からまたしても押し出されたような声が漏れる。


「ぁぅん……って」

「流石のボリューム。感度も良好。言う事なしだな」


 自らの身体が告げる感覚のままに、視線を下に下げる。

 ベルナの声とは違った声が聞こえたのも、正しくベルナの顔があるすぐ下であり、果たしてそこには片目を開いたまりも顔があった。

 右手にはいつの間にか銃が握られており、左手はあろう事かベルナの豊かな胸に置かれている。

 いや、置かれていると言うより寧ろ、掴んでいると言った方が正しいのかもしれない。

 事故でもなんでもなく、明らかな故意と言える程に明確な動きで指をその膨らみに埋没させている。

 その手は明らかにまりもの手であり、男であるまりもの手を持ってしてもまだこぼれ落ちるボリュームでありながらも、意志を持って動く指の動きに対して、ふにゃりふにゃりと柔軟性と張りを持ってしっかりと形を変えていく。


「ん、んっ……って何してんのよ!」

「っとと、役得だな」


 事態をしっかりと把握したベルナは、文句と同時にまりもの身体を抱きしめていた腕を離す。

 いや、投げ捨てたと言った方が正しい。

 それに対しても特に姿勢を崩す事はなく、それ所か、投げられた反動を利用してしっかりと立ち上がってみせる辺り、朝霧まりもと言う男は普通ではない。


「悪びれもなく乙女の胸を……ってそれはいいわ、アンタ撃たれたんじゃ……」

「護衛が銃に対しての対策をしてねぇわけねぇだろ?」


 素早く思考を切り替えたベルナの質問に、軽く返答しつつ、まりもはスーツの上着を脱ぎ捨てて見せる。

 丁度胸部辺りの生地に小さな穴が開いた上着を脱ぎ捨てた身体に現れたのは、黒く分厚いベストのような装備。

 腰や腹の部分にいくつかホルダーが存在し、その中にはナイフが収納されたベストがしっかりと着込まれていた。

 所謂防弾ベストと呼ばれる装備、所々改造された節はあるものの、装備の名称は防弾ベストで間違いない。

 衝撃吸収材が幾つも放り込まれている事が一目でわかる形状に、光を吸収するような黒色の生地も相当厚い生地である事がわかる。

 総合的に見てわかる事は単純。

 拳銃如きでは、その防弾ベストを貫く事が出来ないと言う事。


 激痛にのたうち回り、自らの武器である拳銃を拾う事すら出来ない男の悲鳴をBGMに、まりもはベルナへ種明かしをしていく。

 当然、ベルナもまりもも、男の悲鳴などまともに聞く気はない。


「そういう事……心配して損したわ」

「俺は心配されて得したけどな?」


 ため息と共に疲れたような声を押し出すベルナに対し、まりもはニヤニヤと笑みを浮かべながら、握っていた感触を確かめる様にニギニギと指を動かしてみせる。

 当然、そんな事をされてベルナが噛み付かない訳はなく、目尻をぎゅっと釣り上げて、余裕の笑みを浮かべているまりもを睨みつける。


「指を動かすな!」

「忘れろとは言わねぇんだな?」


 がーっと怒鳴るように叱り付けるベルナの声。

 その声に怯む事なく、睨む付けてくる青の瞳を悠然と見返し、ニヤニヤと切り返してみせる。

 予想もしない切り返し方に、一歩後ずさり、ガードするように腕を引き上げながらも、さっと頬を紅潮させる。

 突かれるとまずい所を突っつかれた様な、なんとも言い難い表情のベルナは、しかしてまりもの切り返しに否定をする事はなかった。

 ただ視線を宙へ投げ、頬の紅潮はそのままに、あー、うー……えっとぉ~等と要領の得ない声を上げるのみ。


 結局明確な否定をする事なく、宙を泳いでいた視線は、廊下の床で呻く男へ向けられる。

 現在のベルナからすれば、話題を変える為の格好の餌が転がっていると言った所だ。


「ぐっ、うぅっ……」

「あ、アイツはどうするのよ? 放置する訳じゃないでしょ?」

「……まぁ、いいか。敢えて何も言わねぇよ」


 あからさますぎるとさえ言える方向転換に、にやっと笑みを浮かべ、まりもは追求の手を退却させる。

 しかし、その言葉にベルナは、うっさい。と最低限の突っ込みを一言入れておくのは忘れてはいない。


「ま、俺の今限定の主に手を出そうとしたんだ。死のうが何しようが知った事じゃねぇが……指揮官の居場所吐いてもらうまでは死なせるわけにゃいかねぇな」

「今限定とか態々言わなくても……」

「あん?」


 床を這い蹲る男へ向き直りながら、処遇を決定するまりもには見えていないが、ぼそぼそと愚痴を吐き出しながら、ベルナはその小さく可憐な唇を、ちょんと尖らせる。

 その様は非常に可憐でありながら、美と言う意識は掠れもしていない。

 しかし、残念ながらその可愛らしい仕草も、男へ向き直り、これからの行動指針を決めたまりもは見る事はない。

 今現在しなければならない事は、テロを起こしたメンバーである男に指揮官の居場所を吐かせる事。

 間違っても、凛々しく美しい青の瞳と豊かで艶やかな金色の髪を持ち、蠱惑的な肉体を兼ね備えた美女、ベルナ=トリスティンの相手をする事ではない。


「よく聞こえなかったが、まぁいい……ベルナ嬢はこのまま外へ向かいながら会場を包囲してる奴らに指示を出してくれ。10分後制圧に踏み切れってな」


 露払いは済んでるから、安全に外へ出れるぜ?

 そう言ってにやりと笑みを浮かべながら、顔だけでベルナを振り返るまりもに、ベルナは素直に従い、廊下を走っていく。


 ここで素直に従うベルナの態度に、まりもは改めてベルナの優秀さを再確認。

 言葉を重ねる事なく速やかにこの場を後にしたという事は、これからこの場で行われる事に対し、ベルナへ向けたまりもなりの気遣いを理解出来たという事だ。

 それを言葉少ないやりとりで察する事の出来るベルナは、やはり優秀なのだ。

 上流階級の世界とは、優美で華麗ながらも幾つもの黒い陰謀や考えが横行する世界。

 そう言った世界の中で汚れすら飲み込んでしまう程に眩しく輝く事が決まっている彼女は、正しくこんな詰まらない事で失う事はあってはならない。

 その事を理解しているまりもは、床に蹲る男へ歩を進めながらも、これ以上ない程に凶悪に、不敵に笑みを浮かべて見せるのだ。

 右の口元の口角を釣り上げ、チラチラと見える尖った八重歯は、狼の犬歯にすら見える。

 鋭い瞳は笑みの形を描きながらも、その黒の瞳はひやりとした光が揺れる事なく宿っている。


「さて、口割ってもらおうか……時間を掛ける気はねぇ、沈黙は無意味。喋らないと思ったら、死ぬだけだ」


 簡単なルールだろ?

 そう言って笑みを浮かべ、黒光りする革靴を絨毯に沈ませながら笑みを浮かべて近付くまりもは、白と黒しかない衣装も相まって、何処までも現実感のある死神にすら見える。

 ズボンのポケットに両手を突っ込み、ゆらりゆらりと近づきながらも、しっかりとした足取りで歩くその様は、不気味さを煽るのに一役買っていた。

 足音もなく血の様に赤い絨毯の上を歩き、見える姿はゆらりゆらりと揺らぎ、凶悪な笑みを浮かべた死がゆっくりと男へと歩み寄る。


 撃たれた衝撃で手放した拳銃はすぐそこ、しかして正確に関節を撃ち抜かれている手足は、男の命令に従う事はない。

 床に這い蹲り、顔を青褪めさせている男に出来る事はただ一つ。

 ガチガチと歯を鳴らしている口をしっかりと開き、死から問われる質問に答える事だけだった。




 終わってみればあっけないもので、会場を包囲していた護衛達が突入した数十分後、状況は終了。

 その後の事後処理も迅速に終了。

 得られた結果は、死者四人、重軽傷者合わせて十一人という結果だった。

 爆弾や重火器を持ち込んだテロを鎮圧した結果として見れば、上々の結果と言えるが、しかし、それで納得出来るものではない。

 護衛とは護る者であり、死者が出ては意味がないと言える。理想を追うならば怪我人すらも出させない。

 それこそが護衛として理想であり、完璧な結果だ。

 しかし、悲しいかな完璧で理想的な結果など、現実に生きている限り有り得ない。

 追い求める事はやめないが、それが有り得ない事は既に知っている。

 そんな矛盾を孕みながら、護衛達は日々を過ごしているのだ。


 滞りなく処理が済み、一夜明けた現在。

 朝霧まりもは空港へと足を運んでいた。

 言うまでもなく帰国を目的としているのは言うまでもなく、見送りにはトリスティン一家全員が揃っている。

 ガラガラと黒のスーツケースを引き、チケットと電光掲示板を見比べ、場所が間違っていない事を確認したまりもは、スーツケースを立て、後ろを振り返る。

 当然そこにはトリスティン一家が並んでいる。

 パーティーでの堅苦しい服装ではなく、現在はいくらかカジュアルな雰囲気の服装。

 ブラウンの革靴に、黒の飾り気ないスラックス、涼しげなグレーのシャツの下には黒のTシャツと言う、上流階級の人物にしては落ち着いた服装のダイアン。

 高身長の上に体格がガッシリとしている為、落ち着きの中にも違った魅力が同居している辺りは人種による所が大きいのかもしれない。

 栗色の長い髪を、品の良いバレッタで纏め上げ、白のシャツに淡い青色のロングスカートと言うこれまた落ち着いた服装のマリアナ。

 シャツの薄い生地を、これでもかというように押し上げ、止めてあるボタンが既に限界にすら見える胸元に目が行く男性は多く、顔の造形もかなり若々しい上に、優しげな目元が魅力的な美人。

 空港に存在する男性の多くは、このマリアナと言う女性に多くの視線を集めているのは間違いない。

 そんな二人に共通するのは、二人共穏やかに笑みを浮かべているという事だ。


「しかし、俺が担当する奴らが特殊なのかは知らんが、プライベートの服は地味な雇い主が多いな」

「はっはっは、そういう朝霧くんも地位に見合っていないと思うがね?」

「よく似合っているので問題ないと思いますけどね。うふふ」


 やれやれと言う様に肩を軽く竦めるまりもは、黒の革ブーツに細身の黒の綿パン、グレーのシャツの上に薄い生地で出来た黒のベストと言う出で立ち。

 全体的に落ち着いた雰囲気を感じる服装でまとめ上げている。

 粗暴な印象があるまりもだが、マリアナの言ったように、これが案外とよく似合っている。


「それはさておき。今回は私達一家が世話になったね、改めてお礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

「娘を守っていただいて……私からも御礼申し上げますわ」


 そう言って頭を下げる二人に、まりもは苦笑でもってそれに応えてみせる。

 何故なら、護る事がまりもの仕事なのだ。例を言われる筋合いは無いに等しい。


「礼なんざいらねぇ。仕事だからな。当然の事だろ?」

「ふっ、まぁそうなのだがな……これ以上は無粋と言うものだ。後は娘に任せるとするよ」

「うふふ、もしよろしければ、プライベートでもあの子を守って下さると私も安心なのですが」

「さてな、商売上がったりにならない範囲なら考えるさ」


 何かを仄めかす様な言葉と共に、ダイアンとマリアナは後ろへ下がっていき、まりもは肩を竦めて残った一人。

 目尻が下がり、少し浮かない表情をしたベルナを見据える。

 白のロングブーツの下には黒のニーソックス、ブラウンのショートパンツに黒のシャツ、少し開けられた胸元からは白い肌が除き、そこに形成される白い谷間には小さなネックレスが見えている。

 シャツの生地を大きく押し上げる胸元や、小さく可憐な唇はマリアナ譲り。

 少しシャープな輪郭に、凛々しくツリ気味な青の瞳はダイアン譲り。

 そして、首の後ろで一纏めにしてある豊かで艶やかな金色の髪は、両親の特徴を受け継いでいる。

 凛々しくツリ気味の瞳は、珍しい事に目尻が下がり、少し残念そうな、拗ねている様な光をその青の瞳に宿している。

 そんな彼女は間違いなく可憐で優美であり、この空港の中で間違いなく一番男性からの視線を集めている人物。


「正直に言っちゃうけど、アンタが帰っちゃうのは残念だわ」

「ふーん、またえらく気に入ってくれたんだな」


 眉を潜め、目尻を下げたベルナから飛び出た言葉は、まりもとの別れを惜しむ声だった。

 残念そうな表情の彼女も非常に美しいが、まりもはそれに対して気のない返事と共に意外な顔すらしない。

 まぁ、そういう事もあるか、と言うのがよく表れている。そんな表情だ。


「気を遣わなくていいし、何よりアンタといると楽なのよ」

「何だ? 俺ってばマイナスイオンでも出てんのかね?」

「フフッ、それだけはないわね」


 やれやれと肩を竦めるまりもの言葉に、ベルナは小さく笑みを浮かべる。

 まりもの言葉を冗談交じりに否定する声と共に、コツッと一歩距離を縮め、そのしなやかな足が動く度に、黒のニーソックスとブラウンのショートパンツの間から見える健康的な白さの肌が眩しい。

 纏う服装の色との対比で、さらに白く見える肌は、異性にとって何よりも危険物である事は間違いない。


「そう言えば今更だけど、アンタ、一桁ナンバーなの?」


 話を変えるようにまりもへ問う内容が差すのは、護衛の序列としてのナンバー。

 そして、コツッとまた一歩。


 ベルナから問われた質問に対し、まりもは一つ頷くと共に、綿パンの後ろのポケットに手を突っ込む。

 そして目的の物を手に持ち、スッと引き出し、ベルナに見せるように掲げたのは一枚の金属で出来た黒のカード。

 護衛が護衛である為の身分証明として、世界に広まっているカードであり、通称GNカードと呼ばれるそれは、全時代からそう変わらぬ技術力の中で、明らかに突出した技術力で作られたカードだ。

 これ一枚で身分証明から金融までこなすスグレモノであるが、護衛庁に登録されている護衛しか持つことは許されず、護衛の数だけしか存在しない。

 そんな見た目真っ黒い金属プレートの一部、右端の部分を摘むようにしてまりもが持った瞬間に小さな起動音。

 ディスプレイが起動するような低い音と共に、浮かぶのは空中にしっかりと投影されている文字列。


 ――白歴155年 5/8

 ――朝霧 まりも

 ――男

 ――護衛ナンバー〇六


 それらの文字列がしっかりと空中に投影されており、その文字達は手による僅かなブレにさえブレる事なくしっかりと読める。


「護衛ナンバー〇六。それが俺の肩書きだ」

「ロスト、ナンバー……」


 まりもの返答と、カードの空中投影型の小型ディスプレイに刻まれた文字をしっかりと読み取り、瞳を見開くベルナ。

 それも仕方がない。

 規格外の実力を持つ一桁代の護衛の中で、特異中の特異ナンバーとして語られている〇六番。

 その最たる理由として、不透明であるという事が一番の理由として上がる。

 〇六番が何故特異なナンバーなのか、何故ロストナンバーと呼ばれているのか、いつしか呼ばれるようになったその呼称だけが独り歩きし世界に知られた。

 世界から見れば、それらの理由がわからぬ内に、〇六番が特別であるという事とロストナンバーと呼ばれている事実だけが定着してしまった。

 そう言う理由から、一桁代のナンバーの中でも〇六番は特異中の特異ナンバーとして世界に知れ渡っている。

 にも関わらず、今まで〇六番を見たという人物は、異常なまでに少ない。

 そんな〇六番であるロストナンバーと呼ばれた護衛が、今自分の目の前にいるのだ。

 驚かない理由がない。


 そして、驚きの後に来たのは、納得の表情と少しのため息。


「お父様が何でアンタの地位がどうたらとか言う理由がわかったわ」

「一桁ナンバーはそれだけでそこそこの地位だからな」

「アンタが妙に態度が大きい理由も、ってそれは性格だったわね」


 自分で言っておきながら、ないないと即座に自らの発言を否定し、コツッとまた一歩ベルナはまりもへと踏み出す。

 やれやれと肩を竦めながらも、自らの大きな胸を下から支えるように腕を組むベルナと、ディスプレイを消し、カードをポケットへ仕舞うまりもとの距離はもういくらもない。

 二、三歩ベルナが歩を進めれば、すぐにでもお互いの身体が触れ合う程に近い距離。

 それ程までに距離を詰められながらも、まりもには警戒の意思も、戸惑いも感じられない。

 距離を詰めるベルナは、呆れ、驚き、感心、感情の推移によって瞳に変化はあるものの、どんな変化の中でもただまりもの姿だけをその瞳に捉えていた。


「そう言えば、一人逃がしたんだって?」

「あぁ、これまた厄介そうな奴を逃がしちまった。まぁ、次はねぇが」

「アンタがそう言うなら、ホントに次はないわね……ちょっと同情するわ」


 ため息と共に、コツッとまた一歩。

 無数の足音が聞こえる空港の中でも、それに紛れずハッキリとベルナの足音がまりもへと届く、そんな距離。

 ベルナの青の瞳は、未だ外れる事なくまりもを映しており、その目元はうっすらと赤く染まっているようにさえ見える。


「そこまで酷い事するつもりはねぇが……」

「なんにしても、今回はありがと、助かったわ」

「仕事だからな」

「仕事じゃなくても守ってくれない?」


 少しばかり下から覗き込むような姿勢を取り、その際に窮屈なシャツに押し込められた豊かな胸がふるりと揺れる。

 小悪魔的な魅力に溢れたベルナの表情に、まりもはフッと小さく笑みを浮かべる。

 少し小首を傾げ、下から覗き込むベルナに、まりもとは別の男性が何人か胸元を抑えて蹲っていたが、ベルナの瞳にはまりもしか写ってはいない。


「仕事として動くからこそ、俺には責任が掛かるもんさ。無償の護衛なんざ、いつでも手を抜けるって言ってるようなもんだ」

「案外と不器用なのね? アンタ」

「曖昧な気持ちのままで誰かを、何かを護る事なんざ出来ねぇ。だからこそ気持ちを仕事として明確にする。ただそれだけだ」


 小さく笑みを浮かべたまま、そう言い切るまりも。

 そんな男の姿に、ベルナはまたしても青の瞳を見開き、それが収まった時には何かに陶酔したような柔らかい視線でまりもを見つめる。


「……今のアンタ。かっこいいわ」

「だろ?」


 フフン、と笑みを浮かべてみせるまりもに対して、ベルナは表情を崩す事なく、コツッとまた一歩。

 既にベルナとまりもに距離と言えるものは存在していない。

 多くの人々が行き交う中でも、互いの息遣いさえ聞こえてきそうな程に近い距離。

 そんな距離でベルナは、まりもにしか見せないと言わんばかりの距離で、ふわりと笑みを浮かべてみせる。

 嬉しそうに楽しそうに細められた青い瞳の形は、母であるマリアナにそっくりとさえ言える程に柔らかい。


「じゃあ、私からのお礼。護ってくれて、ありがと」


 ゆったりと、しかして気が付けばと言うようなタイミングで、ベルナは自らの左手をまりもの右頬に優しく添える。

 そして、自らの身体をまりもにもたれ掛かる様に動かしながら、自らの顔をまりもの顔の左側へ。

 肉付きの少ない男性的な頬を視界に入れ、それが近づく度にゆっくりと瞳は閉じられ、完全に瞳が閉じた時には、ベルナの可憐な唇がまりもの頬へと触れていた。

 肉付きの少ない頬に軽く吸い付くような、それでいてただ唇を触れさせただけのような、そんな優しく柔らかいキスは数秒。

 ちゅと言う軽い音と共に、ベルナの唇はまりもの頬から離れ、左手をまりもの頬に添えたまま、ベルナは柔らかく笑みを浮かべ、まりもを正面から見詰める。

 優しく柔らかなベルナのキスは、感謝の感情と、それ以上の淡い感情をまりもへ伝えるには十分すぎた。


「ありがたく思いなさいよ?」

「ありがたく貰っとくが、どうせ礼ならこっちの方がいい」


 柔らかく笑みを浮かべ、少しばかり高圧的な言葉ながらも、その声はこれ以上なく優しい。

 そんなベルナに対し、まりもはいつもの様に、にやりと笑みを浮かべてみせる。


「んっ!? ……ん、ふ」


 ベルナが気がついた時には既に、まりもの右手は彼女の後頭部へ添えられており、そして重ねられたのは唇。

 少し顔を傾け、完全に重ねられた唇の感触に、ベルナは青い瞳を限界まで見開くが、それもすぐさま細められ、完全に閉じる。

 感じ入るように、感触を刻み付けるように、彼女から漏れる吐息混じりの声は、何処までも現実を感じさせる。

 まりもの頬へ添えられていた手は、驚きと共にだらりと垂れ下がっていたが、それもまりもの身体を軽く抱き寄せるようにして背中に添えられる事によって落ち着く所を見つけた。

 しっかりと筋肉が覆う胸板に密着した柔らかく大きなベルナの胸が、ふにゃりと潰されるが、それさえもベルナは気に入った様で、身体を離す事はない。

 それ所か、しっかりと深く唇が重なるように、顔の角度をゆっくりと変えていく中で、ますます身体をまりもへと押し付けるように、まりもの身体を抱き寄せている。


 ゆっくりと、重ね、少し離れまた重ね、それを何度か繰り返し、たっぷりと堪能した唇同士は、小さな湿った音と共にゆっくり離れていく。


「どうするのよ、余計離れたくなくなる上に、私のファーストキス……こんな事して私から逃げようっていうの?」


 目元と頬を紅潮させるベルナの言葉に、まりもは一度小さく肩を竦めながら瞳を閉じ、息を吐く。

 軽く閉じられた鋭い瞳が再度開いた時には、やはり、にやりとした笑みが浮かんでいた。


「自分で言うのもなんだが、俺はやめとけ。気に入った女で脈ありな女は躊躇なく抱くし、色街にも行く。正直な話、ロクでもないぜ?」

「別にいいわよ、きちんと私も愛してくれるなら」


 互いの身体を離し、自らの欠点を並べるまりもに対して、考える時間もなく答えるのはベルナであり、その口調と声はなんともあっけらかんとしたもの。

 しかし、その内容は中々に豪胆と言うか、さばさばとしたもの。

 これには流石のまりもも驚いたのか、鋭い黒の瞳を見開き驚いている。

 後頭部を軽く右手で掻きながら、ベルナを見据える瞳は、少しばかり呆れが浮かんでいる気もする。


 衝撃的なキスシーンによる、空港内の男性達の断末魔の叫びなど、ベルナには聞こえていない上に、まりもとしてはそんなものよりも目の前のベルナの方がよっぽど興味深い。


「俺が言うのもアレだが……都合いい女だな? お前」

「失礼ね。違うわよ。惚れた男には都合がいいように出来てるの、私。ちなみに惚れっぽいタイプじゃないわよ?」


 明らかに面白い事を言っているベルナだが、腰に両手を当てる彼女の姿は堂々としたもので、まりもは結局ベルナの後ろにいる彼女の両親へ視線を送るしかない。

 しかし、そこにいたのは満面の笑みで、二人揃ってサムズアップを決めている馬鹿二人しか居なかった。


「娘が納得しているならば一向に構わんよ」

「護衛庁一桁代の方は変わり者の方が多いと聞きますし、これぐらいなら許容範囲だと思いますわ」


 満場一致と言わんばかりのダイアンとマリアナの弾んだ声を聞き、まりもは改めてベルナへと視線を戻す。

 そこには、一纏めにした金色の尻尾を揺らしながら、豊かな胸もふるりと揺らし胸を張っているベルナがいた。


「どう?」

「じゃあ、こうするか。また縁があって再開したらって事で」

「ゲームみたいなものね?」

「そうなるな」

「じゃあ、その時こそきっちり愛してもらうわよ?」


 ベルナの言葉に、へいへい、と軽く返したまりもは、スーツケースの取っ手を握り、飛行機のチケットをベストに付いている胸ポケットから取り出す。

 そこでタイミングよく電光掲示板の発進時間が進み、アナウンスでもまりもの乗る飛行機の時間が来た事を知らせる。

 ゴロッと軽くキャスターが回る音と共に、まりもはベルナを最後に一瞥し、背を向ける。


「んじゃ、またな」

「えぇ、またね」


 別れではなく、再開を見据えた挨拶をまりもから使う辺り、ベルナがまりもと再開しないとは、まりも自身思ってもいないという事だろう。

 その小さな事実に、ベルナの表情は嬉しそうでいながら、凛とした美しさを感じさせる笑みへと表情が変化していく。

 ダイアンとマリアナも、自らの娘の嬉しそうな様子に、柔らかな笑みが浮かんでいる。

 多くの人々が行き交う空港の中で、ベルナが見つめるのは、朝霧まりもと言う一人の男の背中だけ。

 背を向け歩き出したまりもの歩みは、当然の事ながら止まる事はなく、ブーツによる重厚な足音を響かせ、後ろ手にチケットを振り回しているその姿に、見えていないとわかっていながらも、ベルナは小さく手を振る。

 まりもの背が完全に人ごみへと消えた時には、穏やかに笑みを浮かべるダイアンとマリアナ。

 そして、よしっと小さく意気込むベルナが残った。


「待ってなさいよ……絶対アンタとまた会ってみせるわ」


 そう呟くベルナは、まりもの背が消えた方向を見つめていたが、すぐさま両親へと振り向き、こうしてはいられないと、一家揃って慌ただしく空港を後にするのだ。




 気圧の変化による耳鳴りにも慣れ、独特の浮遊感も落ち着く。

 飛行機の狭いシートに落ち着き、自らの席が窓際である事に小さく舌打ちをしてから数時間。

 もくもくと何処までも続く雲と空を、飛行機独特の小さな窓からじっと見据え、狭いながら足を組み、頬杖をついてぼんやりとした表情の朝霧まりもが考えるのはただ一つの事。

 それは数時間前に分かれたベルナの事ではないし、その両親の事でもない。

 つい昨日の夜の事。テロを起こした者達の一人から、指揮者の居場所を聞き出した後の事。

 ただそれを思い出していた。


「居場所は予想通りだったが……」


 思い出す切っ掛けとして、あまり重要ではない事を小さく呟き、それを基点として記憶を想起させる。

 近い記憶だ。ハッキリと思い出せる。

 指揮していた者は、パーティーの主催者の娘であるベルナに宛てがわれた部屋にいた。

 暗がりで、ベルナの部屋がどのような部屋か、ハッキリとはわからなかったが、そうゴテゴテした印象はなかった。

 スッキリとした部屋なのは、あそこが別宅だからかもしれないが、そんな部屋の開け放たれた窓の先、部屋個別のベランダに指揮していたものの姿はあった。


 性別は男。艶のある黒髪と、無邪気そうに歪められた柔らかな目元。済んだ黒い瞳。柔らかい輪郭に、各部のパーツは確かに男と言える形をしている。

 しかし、顔だけ見てみれば非常に中性的な顔立ちをしており、スラリとした細身でありながら、高い身長を持っている。

 百七十センチ後半はありそうな高身長に加えて、無邪気で純粋、尚且つ甘いマスクでふわりと笑みを浮かべる美男子。

 そんな男が、ベランダに差し込む月明かりの下、ゆったりとベランダの柵に身を預け月を見上げていた。


「随分と早いね? これはまずいタイミングだったかなぁ」

「さぁな、どうもお前は面倒くさそうだからな、おとなしく捕まってくれるとありがたいんだが?」


 男にしては高めの声に、柔らかい口調。

 パーティー会場でまりもに視線を送っていた仮面の人物に間違いない。

 それはつまり、まりもの目の前の人物が、冗談でもなんでもなく護衛が多くいるこの屋敷の中を掻い潜って、ここまで来た事を指している。

 有数の名家主催で開かれたパーティーだけあり、まりもを筆頭に優秀な護衛が集められている。

 護衛ナンバー二桁代のナンバーが比較的多く、まりも一人の上に、トリスティン家にまりもが掛りきりであったとは言え、一桁代のナンバーもいる。

 そんな状況でここまで来れる者が、普通の人物でない事は明白であり、それはつまりまりもからすれば非常に面倒な類の人物である事は確定。


「あはは、そう言って大人しく捕まる奴が何処にいるのさ」

「それもそうだな……じゃ、実力行使って事でいいか?」


 目の前の人物の笑い声と共に紡がれた言葉にまりもは、にやりと笑みを浮かべながら、首の後ろへ右手を回す。

 首に引っ掛けるように自らの手を首の後ろに当てたまりもは、ゆっくりと首を回し、コキッ、コキッと小気味良い音を鳴らしながら、小さく一歩踏み込む。


「そうだね。それしかないかな……と言いたい所だけど」


 まりもを迎え撃つ体制を取る為に、ベランダの柵から身体を離した。と思いきや、目の前の美男子は軽く肩を竦め、ため息を一つ吐く。


「相当戦力に開きがあるみたいだし、その上君の相手はただで済まなさそうだし、ここは逃げる事にするよ。僕もまだ狼に喉笛噛み千切られたくないしね」

「……てめぇ、そういう事かよ」

「おや? 犬のくせに頭も回るんだ? そうそう、そういう事だよ」


 軽く手を叩きながら、純粋に驚いたと言う様に瞳を見開くが、その声音はどう聞いても馬鹿にして嘲笑っているようにしか聞こえない。

 その程度で感情を爆発させるまりもではないが、自らの考えに間違いが無い事を目の前の美男子自ら証明してくれた。

 自然と眉根が寄り、眉間に皺を刻むのは仕方の無いことだ。


「ちっ、それを聞いてますます逃すわけにはいかなくなった。幸い今日は満月だ。逃げられると思うなよ?」

「残念。今日が満月だからこそ、僕は真っ向から君を相手にせず、全力で逃げるんだよ?」


 まりもの失態は、まずこの部屋に入った時点で距離を詰めなかった事にある。

 言葉の応酬が終わった瞬間、踏み抜いた床がひび割れる程の力で、地面を蹴り出し、常人にはその姿が消えたようにしか見えない程の動きで、目の前の美男子へ迫った。

 にも関わらず、その手は数センチ届かず、美男子の身体は既にベランダの外。

 そして、ベランダから落下したにも拘らず、危なげなく着地。

 その後の行動に躊躇はなく、屋敷を囲う外壁へまりもに近い速度で走り寄り、外壁の傍に植えられた木の頂上へ、一度の跳躍で到達。

 着地後即座に外壁の外へと姿を消し、そこからは飛び上がる事もなく、ただひたすら地を走り移動したのだろう。

 すぐにその姿は見えなくなった。


 恐らく、まりもが部屋へ入ってきた時点で逃走の手段と経路をシュミレートしていたのだろう。

 でなければあの鮮やかな逃走は実現できない。

 それも、朝霧まりもと言う男を目の前にして、である。

 一通り思い出した所で、頬杖をついて、ぼぅっと小窓の外を見ているまりもの口を突くのはただ一つだ。


「あー、面倒なやつ取り逃がしちまった……」


 後悔でも反省でもなく、ただ面倒な者を逃してしまったと言う、小さな怠惰心。

 そんなまりもの瞳には、住み慣れ、慣れ親しみ、自らの職場の本拠地である国。

 日本の形が小さく捉えられていた。

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