第二章
「レンさんですか……私、アリアード・シェーラーと申します。アリア、って呼んでくれたら、そこはかとなく嬉しかったりします」
「知ってる」
「え? 何処かでお会いしましたか?」
「さっき、大食い大会で優勝してた……」
そう言われ、アリアードは、「ああ」と納得し、恥ずかしそうに笑った。
「えへへ……食べるのは私の趣味でして」
果たしてアレを趣味という範囲で捉えていいのかどうか微妙だが、いきなりアリアードは涎を垂らし、「うふふ」と不気味な笑みを浮かべる。
「やっぱりカマド屋さんのホットドックは絶品ですね〜。あのパンの焼き加減、ソーセージの固さ、炒められた玉ねぎの甘さ、ケチャップとマスタードの絶妙な量……どれを取っても一級品ですぅ〜」
ほっぺを落とし、キラキラ〜と輝かしい笑顔を浮かべるアリアード。
すると彼女は、クルッと振り返って言った。
「実はあの後、カマド屋のおじさんからホットドック頂いたんです。一緒に食べませんか?」
「別にいい……食欲無い……」
「ノープロブレムです! カマド屋のホットドックは食欲があろうと無かろうと自然に食べたくなります! ってゆーか、食べなきゃ損です!」
ズイッと迫って力説するアリアード。
レンは何やら異様な気迫を感じ、頷いた。
「分かりました! あ、部屋は此処ですので待ってて下さい! すぐに戻って来ます!」
アリアードは嬉々として走り出して行った。
勢いに圧されてしまったもののレンは一応、案内された部屋に入る。
部屋は窓が一つと机とベッドがあり、それなりの生活が出来るようになっている。
ザックを置いてベッドに腰掛けると、ドンドンドンと強く扉がノックされる。
「私で〜す! レンさん、ホットドック持って来ましたよ〜!」
本当に持って来たアリアードに溜息を零し、レンは扉を開ける。
彼女の両腕には紙に包まれた大量のホットドックが紙で包まれ、香ばしいニオイをさせていた。
ズカズカと部屋に入って来るとテーブルにホットドックを置き、その中の一つを手に取る。
「さぁ! どうぞ召し上がれ!」
「……………」
彼女は包装紙を捲ると、バクッと齧りついた。
レンも同じように、一口だけ食べてみる。
「(もぐもぐ)ん〜……幸せですぅ〜。どうですか?」
「…………分からん」
「(ぶばっ!)」
レンの感想を聞くと、いきなりアリアードは噴き出してしまい、食べかすがレンの顔に飛び散ってしまった。
彼女は立ち上がると、ヨロヨロと後ずさりながら信じられないものを見るようにレンを見る。
「レ、レンさん……味覚障害?」
「何でそうなる?」
「だっておかしいです! カマド屋のホットドックの美味しさが分からないなんて人間失格です! ってゆーか処刑ものですよ!」
顔についた食べカスを拭きながらレンは訳の分からない彼女の理論に呆れ果てる。
が、ふと疑問が浮かび上がったので質問した。
「お前……神官なのに、何であんな大会に出ている?」
「ほへ?」
「普通、場違いだろう?」
神官の仕事といえば、神に祈り、慈善活動を行ったり、また聖術と使える者は街の自警団などに協力し、妖獣討伐を仕事としている。
早食い大会に参加するなど神官としては失格とも思える行為だ。
彼の疑問は当然と言える。
「そうですね〜……」
が、アリアードはその質問に対し、不意に窓の外を見て答えた。
「『無の刻』に対して自分に何が出来るのか……ですね」
「?」
「皆、やっぱり、いつ『無の刻』が訪れるか不安なんです。あの『カノッサの惨劇』から……」
その言葉に一瞬、レンの目が細められるが彼女は気付かない。
「だったら、その不安を少しでも取り除いて上げる事が出来るなら、って町長さんとかにかけ合って、大会を開いて貰ったんです」
結果、このような観光名物が出来て、街は賑やかになり人々は笑顔でいられる。
「だが、お前が生きている間に『無の刻』が訪れるとは限らない……」
「それならそれで良いじゃないですか」
そう言ってニコッと微笑むアリアード。
その笑顔を見て、レンは何故か彼女から視線を逸らした。
まるで、見たくない、というような感じで。
アリアードはその態度に首を傾げるが、突然、部屋の扉がドンドンとノックされた。
レンが「どうぞ」と応えると、勢い良く扉が開かれ女性神官が入って来た。
「アリア! ホットドックのニオイがするから……こんな所にいたのね!」
「ほ? ほうはひはんへふは?」
「…………飲み込みなさい」
口一杯にホットドックを頬張るアリアードに神官が顔を引き攣らせながら言うと、ごっくんと飲み込んで再度、「どうしたんですか?」と尋ねた。
「大変よ! 海岸に魔国軍の兵隊が流れ着いたの!」
神官の発言に、アリアードは驚愕しレンも眉を顰めた。
神官が慌しい様子で担架を運ぶ。
担架には、大柄な褐色肌の男性が傷だらけの姿で横たわっていた。
黒髪を逆立てた男性で、ボロボロの漆黒の鎧を着ている。
褐色の肌からして男性は魔族だという事は分かった。
魔族は南の大陸を統括する『セルジューク魔国』に住み、聖族の住むファティマ聖国とは友好関係にある。
男性の鎧にはセルジューク魔国の証である斧と鷲の紋章が刻まれており、これは彼が魔国軍に属している事を証明している。
何で正規軍の男性が、他国のこのような辺境の街の海岸で発見され、傷だらけになっているのかは分からないが、神官としてまず彼を治療する事にした。
「アリア!」
「ええ、分かってます。その方を横に」
聖堂の中に運び込まれて来た男性を長椅子の上に寝かせると、アリアードは杖を持ち、先端の宝珠を男性の体に近づける。
それを聖堂の隅で見ていたレンは、ピクッと反応する。
「聖神ノア……傷付き苦しむ者に癒しの光を」
アリアードがそう唱えると、杖から淡い光が発生し男性の傷口が見る見る内に閉じていった。
「(聖術師か……)」
聖族が秘めている内なる力――聖力。
その力を用いて癒し、浄化の術を使う者を総じて聖術師と呼ぶ。
また逆に魔族は魔力を用いて、破壊の術――魔術を使い、それらを使う者を魔術師と呼ぶ。
アリアードの聖術を受けた男性の傷は、殆ど消えた。
痛みの無くなった男性はゆっくりと目を開け、口を開いた。
「此処……は?」
「ファティマ聖国のタレスの街です。貴方は街外れの海岸に倒れていたんですよ?」
「そうか……無事に聖国に来れたのだな……」
男性はホッとした様子で呟く。
「貴方は魔国の軍の方ですね?」
「ああ。セルジューク魔国王都軍第二師団所属、ヴァルター・ユング中将だ……」
男性――ヴァルターが名乗ると、アリアードを含めた神官がザワついた。
「あの魔国軍随一の戦士であるヴァルター・ユング将軍ですか?」
「随一かどうかは分からないが……な」
何処か自嘲するかのようにヴァルターはそう言って、体を起こそうとするが傷は消えてもまだ痛みは残っており、表情を歪めた。
「ぐ……」
「あ、まだ起きない方が良いですよ。傷は治しましたが、痛みは残っている筈です。それに聖術では体力まで回復は出来ないですから」
「そうも言ってられない……私は今すぐ聖母殿に伝えなければならぬ事が……」
「? 聖母様にですか?」
「此処の長に会わせてくれ。聖母殿に紹介状を書いて貰いたい」
「生憎、大司祭様は聖都へ行っておられます。代理として私が話を聞きます」
「君は……」
「第一司祭のアリアード・シェーラーと申します。大司祭様が不在の間は私が代わりを務めています」
意外にも高位の神官であるアリアードにレンは驚く。
ヴァルターの様子が尋常でないと悟ったアリアードは、彼の向かいの長椅子に座る。
他の神官達も真剣な表情で彼の話に耳を傾けるが、ヴァルターは話しにくそうに他の神官を見る。
「すいませんが、皆さんは席を外してくれますか? 彼の話は私だけお聞きします」
彼の心情を悟ったアリアードは神官達にそう告げる。
神官達は気になりながらも彼女の言葉に従い、聖堂から出て行った。
「さて、これで誰もいませんよ。心置きなく話してください」
アリアードに促され、ヴァルターは目を閉じて話し始めた。
「魔王様が………殺された」
「!?」
一瞬、その場が静寂に包まれた。
アリアードは耳を疑った。
「魔王……様が?」
魔王……その名の通り、セルジューク魔国の王で、全魔族を統べる人物である。
セルジューク魔国には、魔神教と呼ばれる宗教が浸透しているが、神政政治で聖母が国家元首も兼任しているファティマ聖国と違い、セルジューク魔国は宗教分離で国王と教皇が別々に存在している。
が、その魔王自身も敬虔な魔神教の信者であり、教皇の発言力は王に匹敵するというのが実状である。
「一体、何処の誰が!?」
魔王の殺害、というショックがアリアードの声を荒げさせる。
「イブン……教皇だ」
その名を聞いて、アリアードは完全に言葉を失った。
教皇イブン。
聖母サラ・パウロ・ファティマ、魔王ガザーリー・ハーミド・セルジュークに並ぶ世界の三大指導者の一人。
そんな人物が魔王を殺したなど前代未聞、あってはならない事だ。
教派は違えど、聖神教と並ぶ魔神教の最高指導者。
聖母と同様、聖神教徒であるアリアードも尊敬していた人物でもある。
また教皇イブンは、魔国最高の魔術師である他に医学、哲学、科学などにも造詣深く、深い信仰心と優れた知識を持つ賢人で、人々の信心を一身に集めている素晴らしい人物だと、ファティマ聖国でも有名だった。
「それは……本当なのですか?」
「ああ……」
膝に乗せた拳を震わせながら問うアリアード。
ヴァルターは頷き、その時の事を語った。
セルジューク魔国・首都ナーガルジュナ。
魔王の城があり、聖都ミレートス、魔都シャンティデーヴァと並ぶ都市の一つである。
その象徴である魔王城の玉座の間に、ヴァルターと複数の将軍、大臣、そして魔王ガザーリー・ハーミド・セルジュークがいた。
ガザーリーは聖母との交流も多く、互いに国の技術交換、貿易、他国での商売など広く開放し、両国からの人望厚い王であった。
そんな彼の下にある日、魔神教の教皇イブン・ファラビーが側近である六司教を引き連れてやって来た。
「おお、イブン。今日は、どうされた?」
ガザーリーは膝を突いて頭を垂れるイブンと六司教に向かって穏やかに話しかける。
その様子をヴァルターのみが違和感を感じていた。
六司教……イブンの側近であり、またその実力は魔国軍の将軍以上とも言われる魔国教の6人の司教である。
いつもならイブンが謁見に来るとしても彼の護衛をするのは2人、多くて3人だ。
それが6人全員やって来るのはヴァルターも初めて見る光景だった。
それが彼の感じる違和感でもある。
「陛下。実は本日は陛下にお願いがあって参りました」
「願い? はっはっは。魔神教の最高指導者である貴方から頼み事とは。これは断る訳には参りませんな」
穏やかに笑うガザーリーに、イブンは冷笑を浮かべて言った。
「魔宝具を渡して頂きたい」
「!? イブン、今何と?」
イブンの発言にガザーリー、そして臣下達の顔色が変わった。
イブンは笑みを浮かべ、立ち上がって再び告げた。
「魔宝具を渡して頂きたい、と言ったのです」
「イブン、貴方は何を言っているのか承知しているのか? アレは……」
ガザーリーは信じられない様子で問い返す。
魔宝具……創世の頃より伝えられし伝説の秘宝で、その力は世界のバランスを崩すと言われている。
その在り処は代々、魔国の王位継承時にのみ口伝でみ教えられ、世界でも唯一人、魔王のみが知っているのだ。
「どうしても渡して頂けぬのなら……」
そうイブンが言うと、彼の周囲にいた六司教が動いた。
「かっ……」
その中の一人の剣が一瞬でガザーリーの腹部を貫く。
「陛下!」
「イブン様、血迷ったか!?」
ヴァルターが真っ先に斧を持つと、別の六司教がダブルセイバーを持って攻撃して来た。
「ぬ!」
その間に他の六司教は、他の兵士、将軍、大臣などを己の武器で始末していく。
「ぐ……イ……ブン」
ガザーリーはゴフッと血を吐きながら、イブンを睨み付ける。
が、イブンは笑みを浮かべ、魔術の詠唱に入った。
「魔神アダムよ。汝の前に立ちはだかるものを全て滅せよ」
魔力が彼の手の間に集約され、光り輝く。
「な……イブン!?」
「陛下!! やめろ、イブン!」
ヴァルターの制止も聞かず、イブンの手から一条の閃光が放たれる。
閃光はガザーリーを呑み込み、玉座ごと消滅させた。
「陛下……っ! イブン、貴様ぁ!」
「やれ」
イブンの命令で六司祭が一斉にヴァルターに向かって襲い掛かって来た。
「爆破斬!!」
が、ヴァルターは床に斧を叩き付けると、足元を砕き、そのまま下の階へと落下して行った。
「…………追え」
「そんな……イブン教皇がそんな事を……」
アリアードは呆然と呟き、驚きを隠せないでいる。
こんな国の端っこの街に、いきなり国家間レベルの問題を掲げられてどうしたら良いのか混乱してしまっている。
「その事を国民に告げたのですか?」
「いや……イブンは、私が逃げたのを理由に、陛下殺害の容疑者として私に追っ手を差し向けた」
結果、追っ手にやられながらも何とか海に出てファティマ聖国に辿り着いたとヴァルターは苦々しげに言った。
「では、既にセルジューク王国では貴方はお尋ね者なわけですね」
「ああ。イブンがいつこの国にも私を指名手配するよう聖母殿に言うのか分からん」
「聖母様は聡明なお方です。貴方のような有名な武人が魔王様を殺害したと聞いて、素直に受け入れる方では無い筈です」
「だが、陛下が死んだのは事実。一刻も早く、この事を聖母様にお知らせせねば……!」
鬼気迫る様子のヴァルター。
魔王が教皇によって殺された。
それが事実なら、これは異常事態である。
何かが動き始めている……アリアードはそう感じずにはいられなかった。




