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とある極悪人面が苦労人に至るまでの物語




 両親は、城下で少女向けの小物やら装飾品を作る店を開いていた。

 その影響で、俺は、人形やら可愛らしいものに囲まれることも多かった。

 だからだろうか、似合わないとわかっていながらも、俺は子ども(健全な意味で)やら小動物などの小さくて可愛らしいものが好きだった。

 ただ、吊り上がった目にあまり動かない表情──幼少の頃から父親譲りの悪人面だった俺は、成長とともに極悪人面になり、子どもとは視線を合わせれば泣かれ、親には誘拐かと大騒ぎされ、挙げ句の果て小動物は俺の前に姿すら現さないのだが。


「ヴィシュアたいちょー」

「……何だ」


 自分の人相の悪さで味わった苦い日々を思い出していると、背後から情けない声が聞こえてきた。

 父の勧めで騎士団の入団試験を受けたのが始まりで、つい最近、上層部から実力を認められ騎士団の中でも攻撃力を重視した隊である火竜隊の隊長になったのはいいが、他隊の隊長や貴族からは『極悪人面の平民』だと陰口を叩かれ、平民出の仲間内でも『視線で人を殺せる』などと言われているらしい。

 そんな俺に臆することもなく話し掛けてくる人間など限られていた。


「ラドリアか」

「は、はいっ?」

「いや、何でもない。何だ」


 ラドリア=メイッシュ。

 一言で言えば、へらへらした男。

 もっと詳しく述べると、貴族の三男で、一族でも珍しく魔法の素養がなかったため騎士団に所属しているへらへらとした男、だ。

 ……魔法使いの家系でありながら騎士になるための努力を欠かさないことや対人技能は認めるが。

 苛立ちを籠めて睨み付ければ、面白いくらいに肩を跳ねさせた。


「ひっ、たっ、たいちょーに睨まれると寿命が縮む気がするんですけど!」

「気のせいだ」

「いや、絶対……あ、あああー何でもないです! じゃなくて、超美女がたいちょーのこと呼んでるんですけど」


 微かに頬を赤く染めるラドリア。

 美女なんて、見慣れているだろうに……珍しい。


「名前は聞いたか」


 期待なんてものは微塵もない。

 俺に用事がある人間なんて大抵が苦情か文句か厄介な頼みごとだ。

 美女──何故だか、嫌な予感がする。


「フェレシス、だったような……」

「フェレ、シス?」


 その名前を聞いて脳内に思い浮かぶのは、貴族で、女装趣味の、正真正銘……男。


「も、もしかしてヴィシュアたいちょーの彼女!?」

「違う」


 あいつの女装癖は有名で、新人というわけでもないラドリアが知らないわけもないだろう。

 からかっているのだろうかと横目で見るが、ラドリアの表情に異変は見られない。


「じゃあ家族、なわけないですよね……はい」

「……とにかく、行ってみるが……何処に行けば良いんだ?」


 知り合いであろうとなかろうと、俺に用事がある人間を待たせて置くわけにはいかない。

 そう考えてラドリアの返答を待つ……が、ラドリアは何も喋らない。


「あ、の、えーっと」


 視線で促すとやっと喋り出した……が、心なしか声が震えている。


「何だ、どうかしたのか」

「実は、気が動転してて覚えてな「ちょっとヴィシュア! 遅いから勝手に来たわよ」


 ラドリアの発言を遮るように声がした。

 嗚呼、ややこしいことになりそうだ。

 こちらに向かってくる女──女、だろう。

 だが顔は、どこかで見たことがあった。少し高くなっているようだが、声も、知っている。

 フェレシス=ゴートン。

 女装癖のある治癒術士。

 そして、不本意ながら俺の数少ない友だ。


「こ、この人ですたいちょー!」

「もうっ、人を指差しちゃダメよ」


 やんわりと手を握られ、にっこりと微笑まれ、ラドリアは照れ臭そうにうつむいた。

 おい、騙されるな。

 原因はわからないが、いや、知りたくもないが、そいつは、フェレシスは、男だ。


「フェレシス、話があるんだろう。行くぞ」

「きゃあっ」


 鳥肌が立った。

 『きゃあ』?まるで女のような声を……俺の勘違いで、これは、別の『フェレシス』なんだろうか。


「お前は、フェレシス=ゴートン。間違っているか?」

「は? 何よいきなり。アンタ、親友の顔も忘れちゃったの?」


 親友、という部分は大いに否定したいところだが、そう言っている場合でもないだろう。


「今度は何をしたんだ」

「アタシのせいじゃないわよ。エイダ……同僚がアンタとの結婚を嫌がってアタシに押し付けてきたの。それで呪いを掛けられて女の子にされちゃったのよ」

「結婚、だと?」


 フェレシスの口から飛び出した聞いたことのない話に、眉間にシワが寄る。

 また上層部の思い付きだろうか、それとも、俺を陥れるための何かか。

 無言で考えていると、フェレシスが甲高い声を上げた。


「キーッ! こっちには話が来てないわけ!? 何よそれ……わざっわざアタシがあの子の代わりに結婚のお断りをしに来たっていうのに」

「そうか、それは済まなかった。ではそれで用件は済んだな。帰ってくれ」


 注目されるのは好きではない。

 この顔のせいでただでさえ噂の的である俺が、見た目だけを見れば美女であるフェレシスを前に腕を掴みながら話し込んでいる姿を見られでもしたらどうなることか!

 面白おかしく斜め上を向いた噂を流されるに決まっている。


「いやぁん、つ・め・た・い」

「……っ」


 これは──そうだ、得体の知れない形をした魔物を目の前にしたときのような、ぞわぞわとした感覚だ。


「ちょっとぉ、そのドン引きな顔はやめなさいよ。悲しくなるでしょ」

「まだ何かあるのか」


 嫌な予感しかしないのだが、あながち間違いでもないだろう。

 その証拠に、ほんの一瞬だがフェレシスの表情に罪悪感が浮かんだのがわかった。


「実は、ね」

「ああ」

「仕事、しばらく出来なくなっちゃったから家を貸して欲しいのよ。城下の片隅にあったわよね?」

「……は?」

「休暇中は確か実家じゃなくてそっちに帰ってたでしょ。そこを貸して欲しいんだけど」


 確かに、治癒術というのは繊細なものなのだと聞いたことがある。

 フェレシスが繊細だとは認めがたいが、それは置いておく……違う、言いたいのはそんなことじゃなかった。


「宿に泊まれ」

「だって、ヴィシュアの家ならタダじゃない」

「金に困ってなどいないだろう」

「本音を言うと、あそこなら人があんまり来ないでしょ。アンタの家だって知れ渡ってるから泥棒も来ないし、最高じゃない」


 まるで俺の家だから誰も来ないと言っているような言葉に、悔しいが俺は言い返せなかった。

 確かに誰も来ない。呼ぼうとも思わないが。


「……家の中のものを壊したりしないと約束するなら貸さないこともない」

「……要するに?」

「鍵は、少し待っていろ。取ってくる。いいか、そこから動くなよ」


 これ以上騒げば、またいらない噂を立てられるだけだ。

 それが恐ろしい……他人からすれば俺の顔のほうが恐ろしいのだろうが。


「全く……」


 俺は呟いた。

 まさか──俺がこの時フェレシスに家を貸したことで、運命とも思える出会いをするとは思いもせずに。

次は現在(つまりは最初の続き)に戻ります(多分)。


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