とある治癒術士がお姉さんになったりお兄さんになったりするに至るまでの物語
ヒロインを拾ったお姉さん……かと思いきやお兄さんだった!?な人間のお話です。※過去
「今度はそう簡単には戻れませんからね!」
アタシの趣味は、アタシ自身を着飾ること。
それには女の子の服のほうが都合が良かっただけで、アタシは別に、女の子になりたかったわけじゃない。
確かにアタシは美しいから女の子の服のほうが似合う。それに、男にだってモテモテだし、その上数少ない戦える治癒術士だ。
だけど女の子とイチャイチャしたり、一緒にお風呂に入ったり、あーんなことやこーんなことをしたいとは思ってる普通の健全な男だ。
この胸部にある膨らみ……と、生まれたときから一緒だった下半身のものが行方不明なのは──またか、ドヤ顔をしている同僚に向かって、護身用に持っていたナイフを投げた。
当たらなかったけど、パラリと髪の毛が落ちたからかすりはしたんだろう。
「ひゃわっ!? あ、危ないじゃないですかぁ!」
エイダ=フランシーズ。アタシの学生時代の後輩で、人の外見を変える呪いに特化した呪術士兼治癒術士。
治癒術士の素養を持っていることが発覚しなければ、呪術士として活躍していただろう。
もっとも、そうだとしても、彼女が掛けられる呪いは嫌がらせとしか言えないような種類しかないけど。
「エイダ、早く元に戻しなさい」
「やーですよぉ、フェレシス先輩が女になればわたしが騎士様に嫁ぐ必要ないじゃないですかぁ。あの人と先輩、仲良いですし」
「それって例の、治癒術士と騎士をくっつければ戦える治癒術士になれる才能を持った子どもが生まれるかもしれないとかいう計画のこと?」
解呪士、呪術士、治癒術士、すべてをひっくるめて『魔法使い』だとか『魔女』と呼ばれる中でも、治癒術士は数が少なく虚弱体質も多い上にそのほとんどは女の子。
男であり、虚弱体質どころか騎士にだってなれるアタシや、至って健康で呪術も操れるエイダみたいな例外もいるけど。
「わたしが呪術士兼治癒術士だからって、酷いですよぉ。それに、子どもを産むために結婚なんて古くないですかぁ?」
「結婚が嫌なら嫌って言えばいいじゃない。わざわざ人の性別を勝手に変えるよりはマトモよ」
「フェレシス先輩みたく上司に逆らうなんて出来ない可哀想な後輩を助けると思って、あの騎士様と結婚してくださぁい」
「大体ね、ただ結婚しただけじゃ子どもは生まれないの。わかる? 鳥が運んでくるわけでもなければ薔薇の中からいきなり現れるわけでもな・い・のっ!」
「知ってますよぉ。性教育くらい受けてますからぁ」
間延びした口調にイラッとしながら、エイダの頭をわしっと掴んで指先に力を籠める。
「ふざけるんじゃないわよ。アタシは男に興味ないの、結婚するなら可愛い女の子しか認めないんだから。ヤられるなんて認めない」
「い、いたっ痛いですぅ!」
「イチャイチャとあーんなことやこーんなことはアタシがするの、しながら暮らすのが夢なんだからっ!」
涙目でアタシを見上げるエイダ……に更にイラッとした。
「あっ、いたっ、フェレシスせんぱぁい、女の武器にコロッとやられてくださいよぉ」
「女の武器? ハッ」
「……鼻で笑うとか、極悪非道なんですけどぉ」
こんなやりとりは初めてじゃない。
今までも何度かこんなことがあっては『綺麗なほうのフェレシス』だとか『帝国の変人の双子』だとか不名誉な呼び名をされながら、同一人物だとは思われていないから驚きだ。
ていうかアタシは『帝国の戦える治癒術士』で有名なハズなのに綺麗なほうの、とか何なのよ。
アタシはいつでも綺麗だっていうのに。
「極悪非道顔したやつと結婚したくないからって先輩の性別を変えるよりは極悪非道じゃないわよ」
「先輩ーっ、じゃあせめてあっちから断るようにしてくださいよぉ」
「じゃあ、早く、アタシを、元に戻しなさい」
いや、待って。
もしかしてこのままなら女風呂に入れる……?
幼女から淑女まで、見放題?
「ちょ、フェレシス先輩、鼻血……」
「あらやだ」
「何を想像してるんですかぁ、やらしー」
「やっぱりいいわ。楽しめそうだもの。で、いつ頃元に戻るのかしら」
「さぁ」
アタシは悪くないわよね?
エイダの頭がミシッていったけど、悪くないわよね?
「いつも、言ってるわよね」
「へ?」
「『へ?』じゃないわよ。呪いを掛けるときはあらかじめ、いつ頃もしくは何をしたら解けるのか把握しておきなさいって」
「えーっと、えへへ……」
「笑って誤魔化しても許さないわよ」
まさか死ぬまで女の子の身体で生きていくなんてことになったら、いくら女風呂入り放題でも無理。
でも、女同士という手もありかしら……いや、なし、ないわ。
「ええー……」
「それにこのままじゃ仕事が出来ないでしょ!」
治癒術を使うのには、細かな制御が必要とされる。
呪いを掛けられて干渉されているままじゃ、ろくに治癒術を使えやしない。
複雑骨折を治せるくらいから擦り傷を治すので精一杯なくらいまで使えなくなったら、給料が!減るじゃない!
「アンタ、今すぐ長期休暇の申請してきなさい」
「誰のですかぁ?」
「アタシのに決まってるでしょ! アンタが休暇とってどうするのよ、アンタは馬車馬のように働きなさいアタシの代わりに」
「ええー……」
不満そうなエイダの背中を、本当なら蹴り飛ばしたい気分だったけど、自重して見送った。
そうして向かうは『騎士様』というよりも『死神』のほうが似合いそうな友人の元。
「ねえちょっと、ヴィシュア=バイルシュミットを呼んでくれないかしら」
「はっ? ヴィシュア隊長に客……しかも超美女……ウワァアアッこれは夢? 幻覚っ? オレ働きすぎ!?」
「フェレシスが呼んでるって伝えてくれればわかるはずよ、よろしくね?」
適当に微笑んで見せれば顔を赤くして小動物のように走り去っていった。チョロいわね。
「エイダに合いそうなタイプね……」
そんなことを考えながら待つ。
……あんまり気が長くないアタシにしては待ったわ。だってもうあの子の姿が見えないじゃない?
よくよく考えてみればここに来るのも初めてじゃないわけだし、ヴィシュアは極悪人面のくせに生真面目だからフラフラさまよい歩いてたりしないだろうし。
「さっきの子には失礼かもしれないけどアタシが自分で捜したほうが早いわよねぇ」
アタシは呟いた。
まさか、この時掛けられた呪いが原因で思わぬ拾いものをするなんて思いもせずに。
どうしよう、一覧に表示するように戻そうか……でもまた書けなくなったら困るし……。