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逃亡人生  作者: クク
第一章 “呪われた姫君と愚かな賢者”
7/18

小さな日常

「あー…………」


 こみ上げてくる吐き気に眉を寄せて、ヒタキは憩い亭二階の一室で目を覚ました。


「…………頭いてぇ」


 腹部に感じる重みに追い討ちをかけられつつ、ベッドに寝転んだまま朝日が差し込む自室を眺める。


 部屋には自分を含めて三人の人間が寝ていた。


 数枚のローブを毛布代わりに床で死んだように眠る青髪の少女と、そして自分の危険な調子の腹部を枕代わりに眠る赤髪の幼女。


「……にじゅう……ご」


 謎の寝言を残して、すやすやと寝息を立てる見た目幼女なヴェルマだった。


 買い物を終えて、予定通りに行った晩酌。当初はヒタキとヴェルマ、そして憩い亭の店主だけで行うはずだったそれには、何故か薬草専門店「森の囁き」で出くわした二人、ラウルとメリルが参加していた。


 それぞれの店の主である二人は早々に切り上げたが、それ以外の面々は酒に溺れていた。



*   *   *



「わたひのおひゃけがのめにゃいのでしゅかひたきさん!! わたひはまほうちゅかいになりゅためにいえをしゅててまでここにきたのに!! あんにゃこというにゃんてひどいでしゅ!! さあさあさあ、おしゃけをのみなさい!!」


「いや、無理だから……」


「のみなしゃいといってるんでしゅ!!」


「が、ぐぅぅっ……………っ!!」



*   *   *



 昨晩のメリル・カナートの凶行を思い出したヒタキは、腹の上ですやすやと眠るヴェルマを、苦い顔で無言のまま激しく揺すった。


「ん……ねむい、もうすこし……」


「…………俺、吐きそう」


「…………」


暫しの沈黙。そして、


「…………っ!!?」


 ヴェルマは目を見開いて飛び起きた。


「おはよ、ヴェルさん。調子、どうだ?」


「……ああ、おはよう。最悪な寝覚めだよ。心臓に悪い冗談は止めてくれ」


「いや、冗談じゃなくてマジだって。飲まされ過ぎた」


 頭も痛いしとぼやくヒタキを、ヴェルマ疑うように半眼で睨んだ。


「メリルに飲まされてはいたが、あまり酔ってはいなかっただろう。この子がまともに喋れなくなった後は、上手に逃げていたし」


「酔うとか以前に、物理的に胃に入らない量だったんだって」


 夢を全否定されて頭に来ていたのか、ヒタキは昨晩酔っ払ったメリルに殺されかけた。酒瓶を口に突っ込まれて。


「まあ、子どもが酒を飲むと、ろくな事にはならないといういい例だ。――教訓、飲酒は大人になってから、だな」


 見た目十歳なヴェルマの言葉だが、何故か異常なほど説得力があった。この世は謎だらけだ。


 もしかすると昨晩彼女が蒸留酒を美味しそうに大量に飲んでいたからかも知れないと、ヒタキは微妙に複雑な心境でそう思いながら、すやすやと昨日知り合ったばかりの他人の部屋で熟睡する、青髪の自称「知的で冷静でクールな魔術のエキスパートの卵」な少女を、遠い目で見た。


「で……これ、どうする?」


 自分で勝手に酔い潰れた自称「卵」が目覚める気配は、それはもう見事なほど皆無だった。


「…………むにゃ……まほう……」



*   *   *



 迷宮都市には、資源がない。


 耕すべき田畑がなければ掘り起こす鉱山も、狩猟や採集のために入る森や山も、魚が泳ぐ川や海もない。


 故に迷宮都市には、農業を初めとして、酪農、漁業などを生業とする者は存在しない。


 しかし迷宮都市には、迷宮がある。


 ――そして、探索者がいた。


「――――て言うわけで、迷宮の中に溢れてる食料とかを、探索者が都市に持ち帰るんだ」


「なるほど、道理で。それにしてもここは……」


 迷宮の六十一階層、ヒタキとヴェルマの目の前には茫洋とした麦畑が広がっていた。


 波打つ金色の大海原に、ヴェルマは呆然として思わずと言った様子でため息を吐く。


「壮観、としか言いようがないな。十階層は薄暗い石造りの遺跡のような場所だったから、迷宮内部にこのような場所があるとは思っていなかった」


「他にも森とか海辺とか、色々あったぞ。まあ、ここまで食料に特化した場所はなかったけど」


「そうか。やはりでたらめだな、ここは。それにしても、レベル27の私が良くここまで来れたものだ」


「いや、それを言ったら俺なんて1だぞ。実際逃げに徹すれば、何とかなるもんなんだって。何でみんな、わざわざ倒そうとするんだろうな」


 六十一階層から七十階層は、食材が溢れている点を除けば、他の階層と大差ない。草原にも麦畑にも魔物が徘徊しているし、罠もある。


 それを身をもって体験したからこそ、ヴェルマはヒタキを呆れた目で見た。


「言っておくが、普通は無理だぞ。お前の察知能力は異常だ」


「まあ、俺の場合は魔物に見つかったら、ほとんど終わりみたいなもんだからな。生存本能ってやつだろ」

「……そういうものか」


 全く納得できていない様子ながらもヴェルマは深くは言及せずに、その瞳を再度黄金の海へと向けた。


 ヒタキとヴェルマが揃って迷宮の六十一階層にまで赴いた理由。それは、憩い亭店主ジン・リッパーの依頼を受けたためだった。


 ささやかな宴会を行なった日から数えて五日後である今日は、ヒタキとヴェルマにとっては何時も通りの日常だったが、店主にとっては違った。


 お手頃な価格を売りにする憩い亭では、少しでも原価を安くするために食材を直接探索者から仕入れている。今朝方、契約していたその探索者が、死んだという報せが入ったらしい。


 そこで次の探索者が見つかるまでの繋ぎとして、つい先日俗に迷宮の食糧庫と呼ばれる階層に入ったヒタキに白羽の矢が立ったのだ。


「ところでヒタキ」


「ん?」


「とりあえずの繋ぎとして、と言われて安請け合いしていたが、そう簡単に次の探索者が見つかると思うか?」


「あー……、普通なら難しいんだろうけどな」


 相変わらず鋭いヴェルマの指摘に、ヒタキは少し考えて頭を掻きながら続ける。


「あんまりいないんだろうしな、わざわざこの階層に留まってる人って。探索者の過半数が六十階を超えるまでに死ぬか探索者を辞めるかだって話だし。だけどまあ、店長って人脈あるらしいから」


「ふふ、なるほどな。それなら、問題はない」


 何故か微笑むヴェルマに、ヒタキは首を傾げる。微笑まれる理由が全くわからなかった。


「まあ、いいや。そろそろ行くけど、ヴェルさん、準備できてるか?」


「何時でもいいぞ、私は」


 緊急時に何時でも使えるように左腕の篭手に貼り付けた、店主から支給された一枚二百万デルという超高級魔術具・転移符に苦笑と共に視線を落とした後、ヴェルマは腰の細身の剣の柄に一度触れて頷いた。


「じゃあ、作戦通りによろしく」


「任せろ」


 大地を蹴り駆け出したヒタキを、ヴェルマが後ろから追う。波打つ黄金の麦畑に飛び込んだ二人は、手当たりしだいに麦を引きちぎり背負った袋に詰め込んで行く。


 無尽蔵とも言える天然の食糧を抱えるこの階層に、活気はあまりない。収穫に夢中になるばかりに、麦畑に潜み獲物を狙う魔物に何時の間にか周囲を囲まれ、命を落とす探索者が多くいるからだ。


 中堅所の実力者には危険で、しかも地味な作業の割りには、実入りがよくない。


 多くの者に敬遠されるには、十分過ぎる理由だった。


 視界の悪さで忌み嫌われる広大な麦畑の中を、しかしヒタキは迷うことなくジグザグに折れ曲がる軌道を描き疾走する。


 黄金の稲穂の下に隠れ潜む魔物を的確に察知して回避し、二人は走り続ける。


 ――だが、幾ら敵を避けて通ろうと、何時までも気づかれずにいられるはずがない。


 ヒタキの見据える先、黄金の稲穂の下に、一体の魔物が潜んでいる。


 しかし、迂回するわけにはいかなかった。今道を逸れれば、他の魔物を引き寄せることになる。


「前方、一点集中」


 右の人差し指で前方を指し示しサインを送り、ヒタキは上体を更に前に倒し込みながら地を蹴り、加速した。同時に足を止めたヴェルマの左手が踊り、宙に魔術文字を描く。


 二人の行動開始より三秒。残り十数歩の距離まで近づいたその時、敵が二人の接近を知覚した。


 黄金の海から、漆黒の大鎌が飛び出す。次いで現れるのは、額に一本の角を持つ純白の体毛に覆われた小型の獣。


 ホーンラビット・サイズは、自らの身体の数倍はある生体武器である大鎌を大きく後ろに構えながら、凄まじい跳躍力を発揮してヒタキに迫る。


「……っ!」


 一瞬で消失した間合いと、黒い影に切り裂かれる稲穂に強く目を見開きながら、それでもヒタキは全身の筋肉を瞬時に稼働させた。


 頭から飛び込むようにしてホーンラビットの上に逃れたヒタキの下で、稲穂が綺麗な円形に刈り取られていた。


 付加スキル《魔術補助・強化(中)》


 クラススキル《魔術付加》


 ヴェルマによって編まれた中級術式と二つのスキルが発動し、右手に持つ細身の剣「祝福の旋律」に強化された中級魔術が宿る。


 そして彼女は魔術によって帯電したその剣を、助走をつけ全力で大鎌を振るったばかりのホーンラビットへと投擲した。


 本来ならば指定した座標の上空から幾条かの雷撃が降り注ぐ魔術は、しかし一本の剣に収束され、一条の光となって敵を射抜かんと空を駆ける。


 キィィィィイイ――――ッ!!


 しかし雷の剣は、ホーンラビットが咄嗟に大鎌から放った魔力の刃と凄まじい高音を奏でながら衝突し、その勢いを失う。


 ランクFのヴェルマとランクDのホーンラビットの間にある力量差は、例え魔術を使いスキルの補助を得ようと、決して覆るようなものではなかった。


 不意打ち気味に放たれた魔術を破ったホーンラビットは、ヴェルマを鋭い野生の瞳で睨み据える。


 そしてその特化した速度で敵の命を刈り取ろうと、大地を蹴った――――その瞬間、背後からヒタキの蹴りを食らい、目標であるヴェルマを大きく超えて飛んで行った。


 何とか無事に怪我することなく着地した後、気配を殺してホーンラビットに近づいていたヒタキは、ほっと一息吐いて安心する。


 ああ、死ななくてよかった。


 そしてヒタキとヴェルマは、素早く剣と刈られた麦を回収して、再び走り始めたのだった。



*   *   *



Party name : No name


Name : ヒタキ

Guardian : 慈愛の女神ライア

Rank : F

Level : 1

Class : ウォーリア



Name : ヴェルマ

Guardian : 天秤の女神アリア

Rank : F

Level : 27

Class : マジックナイト

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