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逃亡人生  作者: クク
第一章 “呪われた姫君と愚かな賢者”
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逃亡者の日常

 世の中には理不尽なことがけっこう沢山ある。生まれる家を選べないこともそうだし、いきなり神秘に巻き込まれることもそう。そして謂われのない非難を受けることもだ。


 早朝の市場で周囲の人間から冷ややかな視線を注がれるヒタキは、大地に膝をついて涙にくれる老婆を虚ろな目で見ながら溜め息を吐いた。


 もう、帰りたい……。


 心なんて、すでに折れていた。鑑定してもらおうと窓口に収穫品を出そうとして、「こ、このペンダントは孫の……!」という声が奇跡的を通り越した作為的なタイミングで横から響きわたった瞬間に。


 目に入らない程度に適当に切り揃えた黒髪を緩慢な動作でボリボリと掻き、二つ折りにして腰に巻いている、黒が強い灰色のローブのポケットの中を、面倒くさそうにまさぐる。


「孫は……孫はもう…………ああ……っ!!」


 本日の収穫である魔術師の杖や儀式用の短剣、宝玉のついたペンダントなどを両腕で抱え込み、人垣で囲まれた店先で悲痛な声をあげて泣きじゃくる老婆。


 迷宮で遭遇した死体から拾ってきたそれらは、この都市のルールでは問題なく拾った本人であるヒタキのものと認められてはいるが、如何せん観衆の冷めた目が無言で告げているのだ。婆さんに渡してやれよと。


 店の窓口をさっさと閉めて、奥に引きこもって下さった鑑定士の爺も、もうこれらの品の鑑定書は書いてくれそうにない。


「……もういいや。それ、あげるから」


 ここで粘っても埒があかないという判断しか下せないこの場は、さっさと退却するに限る。面倒事は御免、部屋に逃げ帰ってそうそうに寝るのが一番。そう自分に言い聞かせながらヒタキは、割れた人垣の間をのろのろと歩く。


 ちょっとした茶番も終わり、何事もなかったかのように再び動き出す人の流れに紛たヒタキは、じゃらりと貨幣を掴んだ手をポケットから出して、閑散としてる手のひらに視線を落としてみた。


「ひー、ふー、みー、………………みー」


 占めて三百デル。


 みーみー呟くヒタキは頭をボリボリ掻きながら、人間社会の面倒くささに溜め息を吐く。


「どうするかな……ふつーの朝飯が食えねえや」


 ああ、それにしたって金がない。





 迷宮都市と呼ばれる空間がある。来る者は拒まず、去る者を許さない空間だ。


 世界からは平原に聳える巨大な門としか観測されない入口――――その一方通行の門を通り抜けた先にある、地下に存在する迷宮の上に創られた都市。それを人々は迷宮都市と呼ぶ。


 都市などと立派な名前がついているが、その実どの国にも属せないどころか、外部との繋がりを一切持てない牢獄――それが神界とも天獄とも呼ばれる迷宮都市の実態だ。


「つまりさ、俺ってここに閉じ込められてるんだよ。五十日前に起こったっていう神秘の余波に巻き込まれて。不本意にも」


「それが代金を踏み倒す理由になるか? 金がないんなら働くか餓死しろ」


「…………」


 「憩い亭」という平凡な名称の中庸な宿屋兼酒場に戻ったヒタキは、ダメ元で十割引で朝食を頼んでみたが、やっぱりダメだった。


 足の怪我で引退したという恐ろしく似合っていないコック帽を被った中年店主は、傷だらけの凶悪な人相を更に凶悪にし、危なく光る隻眼でヒタキを脅す。「憩い亭」で唯一平凡でも中庸でも普通でもない店主の眼力は、それはもう凄まじかった。


「…………わかったよ。今日はもう寝るさ」


 くるりと店主に背を向けて、ヒタキは自室へと引き上げるべく階段を目指す。商売は商売と面倒事を恐れずに割り切ることができる店主には、これ以上何を言っても無駄だ。そもそもヒタキ自身が面倒事になるのが嫌なのだから、部屋に戻るしかない。


 逃げるように。


「おい、お前」


「ん?」


 階段をのろのろと上がるヒタキに、肉厚の包丁で野菜を切り刻む店主は憮然と訪ねる。


「今、どこまで潜った」


「今日でちょうど五十階だけど、何で?」


階段を軋ませながら、ゆっくりと登っていくヒタキは首を傾げる。店主が迷宮の話題を自分からふってきたのは、初めてだった。


「五十階を抜けたら、教会から中級認定を受ける。申請すれば報奨金と何かCランクの物がもらえるはずだ」


「え、俺、金もらえるの? どのくらい?」


「五十万、中層に入るために必要な装備の準備金の補助としてだ。さっさと教会に行ってもらってこい」


 そしたら飯を食わしてやる、と巨大な肉塊を解体しながらぶっきらぼうに告げる、味は普通なのにリピーターがやたらと多い憩い亭の店主だった。


「あー……でも、今はいいや。一回寝て、その後で取りに行く」


 途中で一度立ち止まったヒタキだが、しばらくぼんやりと何もない空中を眺めて、それから再びのろのろと機敏さの欠片もない足取りで、階段を登って行った。


 そのだらけきった青年の姿が見えなくなった後、浅黒い強面の店主は豪快にパンの種をこねながら、憮然と鼻を鳴らした。


「たった五十日で五十階を超えた奴が、朝飯も食えないなんて馬鹿げた話があってたまるか」


 毎日毎日顔を合わせている、掴み所がない青年。ヒタキは一日一階という偉業を毎日達成しながらも、常にギリギリの貧困生活しか送れない、迷宮都市五百年の歴史の中でも例のない、困った実力の探索者だった。

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