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逃亡人生  作者: クク
第一章 “呪われた姫君と愚かな賢者”
13/18

四面楚歌

「【火球は舞い踊――無理ですっ!!」


 詠唱を中断し、メリルは絶叫を上げながらスケルトンの群れから逃げ出した。


「ちょ、ちょっと……! 本気で死ぬっ! 本気で死にますから助けてくださいっ!」


 数にして五体。薄暗い石造りの回廊――迷宮の十八階層で、決して早くはない速度で追いかけて来るスケルトン達から逃げるため、メリルは生死を賭けて必死の形相で走る。


「あ、また魔石あったぞ」


「今日は大量だな。やはりレッドスケルトンの方がスケルトンより魔石を持っている確率が高そうだ」


 そんな少女の横で、ヒタキとヴェルマは魔物の残骸の中から見つけた小さな青い石を嬉しそうに眺めていた。


「ひ、ひどいっ! 十五年の人生でここまで綺麗に無視されたの初めてです! しかもここまで絶体絶命の状況で!!」


「それだけ話せるのならまだ余裕がありそうだな」


「鬼ですかあなたはっ!?」


 キャーキャー叫ぶメリルを見るヴェルマは、何だかとっても楽しそうだった。



*   *   *



「駄目だな。駄目すぎる。このような体たらくでは、明日にでも討ち死にするぞ」


 メリル・カナートが絶叫を上げながら迷宮内を駆けずり回ることになる十数分前、ヴェルマは憮然として腕を組みため息を吐いていた。彼女の厳しく細められた瞳は、石畳に膝をつき今にも死にそうな勢いで肩で息をしているメリルを見下ろしている。


「え、え…え? え? な、何で私怒られてるんですか? だ、だって今私、ヴェルマさんが仕留めるまでの間、群がるスケルトン達を魔術障壁を張って食い止めて、しかもその後にはレッドスケルトンまで倒したじゃないですか? え、というか私の行動完璧だったじゃないごほっ!」


 だんだんとヒートアップしてついには咳き込んだメリルを、ヴェルマはただ無言のまま冷たい瞳で見据える。


「な、何ですか…? 私の言ってること、間違えてないですよ」


 若干腰が引けてはいるがそれでも自信を持って続けたメリル。ヴェルマはそんな彼女から視線を外し、腕を組み直しながら小さく溜息を吐いた。


「お前の選択した行動は最良だったとは言えないが、確かに間違えてはいなかった。だがな、逆に言えばお前にはああすることしか出来なかっただけだ」


「…………」


「考えてみろ。もしもスケルトン達の戦力が先程の二倍だったとして、お前はどう動く? また魔術障壁を張って、私が敵を蹴散らすまでどうにか持ち堪えるか? 私が手間取り、魔術障壁を維持出来なくなることに怯えながら」


「そ、それは……」


 ヴェルマが言っていることは、圧倒的に正しい。どう言葉を繕おうとも、言い訳にしかならないほど正し過ぎた。故にメリルは、ただ俯くことしか出来ない。そんな彼女に言い聞かせるように、ヴェルマは穏やかに続ける。


「戦いにおいて仲間との連携は勿論大事だ。足りない箇所を補い合うことは、基本中の基本。その点に関して言えば、お前は自分に出来ないことと出来ることをしっかりと認識した上で動けていた。まともな戦闘訓練をうけていない割には、戦場をよく把握出来ていたと言えるだろう。まあ、あくまでも素人にしてはましだという程度だがな」


 褒められて心無しか顔を綻ばせかけたメリルだが、鋭く突き刺された牽制に再びしょんぼりと落ち込む。


「まあ、もう言うまでもなく自覚は出来ているとは思うが、お前にはどうしようもなく一人で戦う力が足りていない。はっきり言って今のお前は、仲間がいなければ何も出来ない弱者だ。敵からすれば、無力な餌が目の前を呑気に歩いているようなものだろうな」


 容赦ないヴェルマの指摘に、メリルはすでに泣きかけていた。大きな茶色の瞳は、涙で一杯になっている。


「う、えぐ……で、でも、仕方ないじゃないですか…っ! だ、だって私は遠距離特化型で……そ、そうです、ひっぐ……私だって、私だってレベルが上がれば――」


「甘えるな」


 嗚咽混じりのメリルの反論を、静かに、されど有無を言わさない重たさをもってヴェルマは切り捨てる。そして彼女は、息を飲んで呼吸を止めた少女に向かってもう一度同じ言葉を繰り返した。


 通路の奥で蠢くアンデッドの群れを見据え、幾万回と繰り返し術式を綴って来たその指を躍らせながら。


「甘えるなよ、メリル。自らの力量不足をレベルのせいにするな。自らの技術不足をスキルのせいにするな。魔力が少ないのなら魔力を効率的に使えばいい。スキルがないなら技術を磨けばいい。そもそもだ、そもそもお前は勘違いしていないか? 力を与えられることを当然だと思うな。祈れば報われるなどと思うな。そのような都合のいい話があってたまるか。強くなりたいのなら自分の力を磨け。自分の力で戦え。人は神の加護などなくとも、強くなれるのだから」


 彼女の周囲で輝く魔力の軌跡。炎の赤色と大地の土色が混じり合う幻想的なヴェールのような文字列が、ヴェルマを中心に風に舞うように踊る。


 綴られたその魔術式は、表層を読み解くことすら困難に思えるほど、ましてやもう一度描ききることなど不可能に思えるほど複雑に絡み合っていた。


 緻密な演算と、精密な魔力制御。


 それは絶え間ない修練でしか得ることが出来ない、血と泥にまみれた技術。


 それは神から授かった力を何一つとして使わない、純粋な人間としての力。


 ――人が至れる、一つの極地。


 そして魔術が、猛威を振るった。


「え、な……うそ…………」


 解放されたその魔術に、メリルは二の句を継げずに放心する。


 迫ってきていたスケルトンの群れは、すでに動かぬただの屍に成り果てていた。骨の体は無差別に全身が砕けちり、数体は鋭く尖った岩の破片によって迷宮の壁に縫いつけられている。


「下級複合魔術、爆ぜ飛ぶ砂礫の陽炎包み」


 絶望的な名称の魔術は、しかしそのふざけた名前に反して性能は凶悪なほど敵を殺すことに特化していた。


 蜃気楼によって隠蔽した空間から、圧縮した強固な岩の飛礫を中心から爆散させ数多の敵を撃ち貫く。しかもそれを同時に数箇所で発生させるという、全ての要素の指向性が「殺害」というただ一点に集約された徹底的なオリジナル攻撃魔術。


「複合魔術なんて……そんな、だって家にだって……」


「神の加護を受けずとも、真剣に殺す力を磨けばこの程度の敵に遅れを取ることはない」


 一方的に蹂躙され殲滅された今はもう動かない骨の残骸に近づきながら、ヴェルマは「まあ、胸を張って誇れる力ではないがな」と苦笑する。


 日々敵を効率的に殺す術に想いを馳せた結果がこれだ。例え魔術の本質がそういうものであったとしても、誇っていい力ではなかった。誇れるような力ではなかった。


「……あ、あなた、何者なんですか、ヴェルマさん。無茶苦茶ですよ……こんな、もう忘れ去られたような魔術。複合魔術なんて、まともな人間が扱えるはず……だって、共通術式に落とすまでだけでも一体どれだけの演算が……こんな、階層における消費魔力と変換効率のバランスを、攻撃魔術の基本概念を無視するような魔術……それならまだ、神様に祈っていた方が建設的です……」


「お前がそう思うなら、そうすればいいさ。私が言いたかったことは、人間の可能性を否定するなということだけだ。他者から与えられずとも、自分で掴み取れる力だってある。先程の術式の希少性も難易度も理解しているが——全てが霞んでしまうほどに世界は広い」


 一足先にしゃがみ込んで戦利品を回収しているヒタキを横目に見ながら、ヴェルマは「私もまだまだ未熟ということだ」と微笑を浮かべて見せた。どことなく嬉しそうなヴェルマに、メリルは唇を噛む。


「……随分とヒタキさんには甘いんですね、ヴェルマさんは。私が未熟なのは事実ですけど、それでも……それでもヒタキさんになら、私だって勝てます!!」


「ほう、随分と自信満々だな。それなら、頑張ることだ。見てみろ、お前の声に釣られて敵が集まって来たぞ。ヒタキは自力でこの階層を抜けている――それなら当然、メリルにも出来るのだろう?」


「…………え?」


 口を開けたまま呆然とするメリルの視線の先で、スケルトンの群れがカタカタと骨を鳴らしていた。


 たらりーーと、嫌な汗がメリルの背を伝って落ちた。








*   *   *








「なあ、ヴェルさん」


「ん、どうした?」


「この後、どうするつもりなんだ?」


 ふむ、と一つ頷いてヴェルマは目前の扉に視線をやった。

 

 扉の向こう、教会内部にある治療室の一室のベッドの上には今、迷宮攻略の際に魔力も体力も使い果たして心身ともにぼろぼろになったメリルが横たわっている。迷宮から抜け出す前に冗談抜きで死ぬように気を失ったため、教会の治癒術者のお世話になっているのだ。

          

 そしてメリルは怪我の治療とともに、もう一つ―――ヒタキとヴェルマが当初予定していた通り、状態異常の有無について診察を受けている。


「あの子が狙われているところに居合わせて関わってしまった以上、途中で投げ出すのもどうかと思っていたが……」


 少し考えるように目を瞑って、彼女は小さく溜息を吐く。


「当初の予定通り、この検査で異常がなければ私はこの件から身を引く」


「まあ、リョウ・アカツキがメリルに何にもしてないんなら、おねえさんにも被害は来ないってことだもんな。だけど、襲撃のことはいいのか?」


「私に益があるわけでもない上に、助けを求められてすらいないのだから、首を突っ込む気はないさ。それにあの子なら、そう簡単に死にはしないだろう」


 メリル・カナートは強くない。しかし、弱くはない。命の殺り取りをするには話にならない力しかないが、迷宮に挑み神から与えられた25というレベルに裏付けられたステータスは、彼女を「か弱い少女」の範疇から逸脱させていた。


敵からの逃げ方・・・・・・・も教えた。これ以上はお節介では済まされないだろう。……それにしても、やはり神の加護というものは出鱈目だな。身体能力だけ見れば、外の世界の一般的な剣士を超えているぞ」


 こんな剣を振ったこともないような少女がだぞ、とヴェルマは半ば呆れたように笑った。


「メリルも弱くはないけど、さっきの人だってそれ以上に弱くないんだから、神様の加護があったって関係ない気がするけどな。……まあ、結局はリョウ・アカツキ次第ってことか」


「ああ。リョウ・アカツキがあの子を洗脳しているなら縁を切らせて終わり。あの子の意思で奴と共にいるのなら、後はもう二人の問題だ」


 話はそう簡単ではない。実際にはメリルの宿を襲撃した犯人、ひいては大元の原因をどうにかしない限り、完全に問題が解決することはない。ヒタキとヴェルマも巻き込まれる可能性は十分に残っている。

 

 先のことを思うと少しげんなりするヒタキとヴェルマだが、今はあえてその問題に触れずに、診察室の前に用意されたベンチに腰掛けて何時ものように静かにまったりと、診察が終わるのを待った。

 

 しばらくして、治療室の扉が開かれ、どこかで見たことがあるような気がするが、何故かやたらと目つきが鋭い金髪眼鏡の知的に見えないでもない女性が顔を覗かせる。

 

「眠らない駄馬……迷える仔羊よ、治療は終わりました。こちらにどうぞ」


 完全に何か間違えた台詞を言い切った後、何もなかったかのように澄ました声で訂正し、白いローブを纏った彼女はヒタキとヴェルマを部屋に招き入れる。未だ目を覚まさないメリルを横目に、彼女は二人を促し椅子に腰を下ろさせてから、至極どうでもよさそうにメリルの容態について語り始めた。

 

「怪我自体は大したことありませんでしたので、ご心配なさらずに。傷一つ残らず綺麗に治っています。あとは自然と目を覚ますでしょう」


「そうですか、助かりました。お手数をおかけして申し訳ない。それで、頼んでおいた件については?」


 ぺこりと頭を下げたヴェルマに習って、ヒタキも一応頭を下げておく。何故かさっきからちらちらと胡乱げに不機嫌そうな瞳を治癒術者のお姉さんから向けられているため、少し居心地が悪い。

 

 治癒術者のお姉さんは、ああ、そのことですかと軽く頷いて続ける。


「診てみましたが、まったく異常ありませんでしたよ。健康体そのものです」

 

「……そう、ですか。一応念の為に聞いておくのですが、あなた方でも見ることができない例外、というのは考えられないことでしょうか?」


「例外、ですか。私達慈愛の女神の加護者は、状態異常や体調など、とにかくそういった情報を診るスキルを授かっていますから、実力的に干渉できないことはあっても、診ることすらできないというのは聞いたことがありませんねぇ……。何があったのかは知りませんが、考えすぎでしょう。万全を期す、というのなら、私よりも格が高い者を連れてくるしかありませんが……まあ、結果は変わらないでしょうね」


「ふむ……、そう仰るのであれば、私の杞憂にすぎないのでしょう。わかりました、ご協力感謝いたします」


「いえ、友のために心を砕くのは人として当然のこと……――って、ああ!! 思い出しました! 変態じゃないですか、変態!! どこかで見たことがあると思ったら、あの時の変態ですね!」


 敬虔な神の下僕らしそうに振舞っていた女性は、納得がいったというように何度も嬉しそうに頷きながらヒタキを指差し始めた。最初は変態変態と叫ばれて戸惑っていたヒタキも、その薄っぺらそうな敬虔さにようやく思い至って頷き返す。

 

「あ、あの時の受付の人か。ていうか、受付の人がなんでここに……」


「私だっていたくているわけじゃないんですよ。怪我人治したってお給料上がるわけじゃないのに、大遠征のせいで人手不足だってこっちの仕事も割り振られて、睡眠時間が削られて嫌になってきてるんですよねぇ。あーあ、好きに大遠征でも何でもやってくれていいんですけど、私に迷惑かけない範囲でやってほしいですよ、まったく。ですからあなた達も、できれば私がいないときに来てくださいね。ていうかこの方はこっちで預かっておきますから、もう帰って下さって結構ですよ」


 もう色々と危険なレベルな愚痴をこぼす背神者に若干引きつつ、ヒタキとヴェルマは席を立った。

 

「ならば私達はこれで失礼させてもらうことにするが、最後に一つ伝言を頼まれてくれないか?」


「ああ、それならこれに書いていってください。私、今日はもう上がることにします」


 紙と羽ペンをヴェルマに手渡し、私物を整理し始める金髪眼鏡の女性。サラサラと手紙を書くヴェルマを見つつ、ヒタキはぼそりと呟く。

 

「上がることにするって、いいのか……?」


「重症だったこの子の治療で魔力を使い果たしたため、後は他の治療室に任せることにしました。そもそも、こんな真夜中に来る探索者の数なんて大したことないので、本来なら人手不足とはいえ本職ではない私がいる必要なんてありませんし。というか――ええと、ヒ、ヒ……あなた、大丈夫なのですか? 異端者審問されるらしいではないですか」


「え? おれ?」


「法的に罪にはならない事柄に対する事情聴取って言ってますけど、要するに死刑宣告ですよ、あれ」


 至極どうでもよさそうに放たれたその言葉に、ヒタキとヴェルマは思わず目を丸くして、眠そうに欠伸をする彼女をまじまじと見つめる。

 

「あ、やば。秘密事項でした、これ」


 からん、と羽ペンの落ちる音が真夜中の治療室に嫌に響いた。

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