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逃亡人生  作者: クク
第一章 “呪われた姫君と愚かな賢者”
11/18

一つの夢と全ての始まり

霊薬(エリクサー)とかあるにはあるけどさー、あれ、高いよ。死ぬまで働かないで済むくらいに」


「他にないのか? もっと手頃な薬は」


「魔力が作用する状態異常って、普通は一時期なものだからねぇ。例外的に持続する洗脳にしろ呪いの類にしろ、エリクサー以外は専用の薬しか効かないんだけど、そもそも具体的な症状が分かってないんでしょ? そのうえ『神眼』とかいう特殊スキルが関係してるんなら、ジンさんが聖女さんの名前を出すのも仕方ないかなー」


 薬草専門店「森の囁き」の店内で、店の主であるラウルは天井を見上げながらゆっくりと紫煙を吐き出した。縁のない眼鏡の奥の瞳は、少し気怠げに細められている。


 ラウルはレジカウンターにパイプを置いて、メリルが置かれた状況について一通り語ったヴェルマに視線を戻す。


「まあ、薬で治すのは実質無理だと思うよ。リョウ・アカツキって子から、具体的に何をしたのかを聞き出せれば別だけど」


「具体的に聞き出せるならば、本人に止めさせた方が早い」


「まあ、そうだよねぇ」


 のんびりそう返したラウルに、緊迫した様子はまるで見受けられない。一人の少女の身に、危険が差し迫っていると知っていながら。


「……ちょっと心配しすぎなんじゃないかな? 言い訳するわけじゃないんだけどさー、探索者になった時点で命を賭ける覚悟はしてるはずだよね。君の住んでた国ではどうだったか知らないけど、この都市じゃあ自分の身の安全は自分で守るのが基本なんだよ」


「知っている。神々が定めた七法と、それに則り都市の治安を維持する教会の役割については説明を受けたし、一応教典にも目を通した。だからこそ私はこうして動いているんだ」


「七法の三《自由であれ》。己であることに誇りを持ち……、ってやつ?」


 少し驚いたような呆れたような微妙な顔で訪ねて来たラウルに、ヴェルマは「まさか」と小さく笑って返した。


「教典を読んで学んだことなど、教会も騎士団も私の役には立たないということだけだ。私が本格的に被害を受ける前に、私の手で片を付ける必要がある。メリルのことは、あくまでもついでだ」


 別にお人よしというわけではないさと肩を竦めるヴェルマに、店の入口の近くに飾られた巨大な植物を見物していたヒタキは思わず小さく苦笑する。


 そもそもメリルを心配して行動を起こしたからこそ、ヴェルマはリョウ・アカツキに目を付けられたのだ。


 十分にお人好しだよなと思いながら、ヒタキは毒々しい色合いの葉っぱを指先でつついていた。紫や赤や緑の嫌な感じのグラデーションがいい感じにえぐい。


「まあ、要件はこれで終わりだ。時間を取らせてすまなかったな」


「お求めの薬がなくてごめんね。あ、お詫びって言ったら変になるけど、今朝聞いた話聞かせてあげようか?」


 踵を返しかけていたヴェルマは、ラウルの眠たげな声に足を止めた。


「今朝聞いた話なんだけど、教会が久しぶりに異端審問をやるらしいよ。大変そうだよねー、その対象者」


 大して面白くも大変そうでもなさそうにそう言ったラウルの瞳に一瞬だけ、呑気に巨大食虫植物と戯れるヒタキが映っていた。


*   *   *



「ヴェルさん、大変だ」


 都市の東に位置する居住区の一画。その入り組んだ暗い路地裏で、ヒタキは小さな声で呟いた。何時になく真剣なヒタキの様子に、隣で壁にもたれかかって立つヴェルマは「どうした?」と首を傾げる。


「これ、とてつもなく美味い。ヴェルさんも食べた方がいいぞ」


「む、そうか。では頂こう」


 肉を挟んだパンを両手で持って食べていたヴェルマは、ヒタキが差し出した味付けが違うそれにぱくついてゆっくりと味を確かめるように咀嚼した。


「……そっちが当たりだったか」


「ヴェルさんの、不味かったのか?」


「不味いというわけではないが、まあ、食べてみればわかる」


 同じようにヴェルマのパンを食べたヒタキは、納得したように頷く。


「何か、いっつも食べてるような味だな」


 少し遅めの昼食にと、露天で買ってきた軽食を食べるヒタキとヴェルマ。彼らがもたれかかっている古いボロボロの壁は、とある宿屋の外壁だ。


 そこらに乱立する宿屋の中でも一際小さく古いこの二階建ての宿屋は、迷宮都市にたどり着いたその日にメリル・カナートが部屋を借りた宿屋である。

 

 薬草専門店「森の囁き」を出た後、消耗品を買いつつ話し合った今後の予定に則り、宿屋の前という微妙な場所で食事をするという微妙な行動を取っているヒタキとヴェルマだが、彼らの目的は至ってシンプルかつストレートなもの。


 取り敢えずメリルを一度、教会の治療施設に連れて行こう。


 結局は何のひねりもない、一番妥当だと思われる手を実行しようというものだった。


 勿論不足の自体に備えた第二案も用意してあるが、目下二人はお出かけ中のメリルが帰って来るのを待ちながら、空腹を満たすことに忙しかった。


「それにしても無用心だな、あの子は。幾ら何でももう少しまともな場所に住まないと、後悔することになるぞ」


「まあ、泥棒もやりたい放題だろうしな。場所的にも、建物的にも」


 歴史を感じさせすぎている宿をのんびりと見上げながらのヒタキの言葉に、ヴェルマが苦笑しながら言う。


「あの子はまだ若いからな。昨日の推測にしてもそうだが、所々抜けている」


「ん? 推測って……」


「お前がリョウ・アカツキを憎んでいる、という話だ。論理的とは言えない推論だったが、まあ、ああいう柔軟な発想は見習わなければな」


 微笑ましそうにそう答えたヴェルマに、ヒタキは「あ、なるほど」と納得した。


「でも、まあ、途中はほとんど正解だったんだよな」


「途中?」


 ヒタキの呑気な声に、今度はヴェルマが首を傾げた。


「途中と言うと、ヒタキの体質の――」


「うん。メリルが言ってた魔力がない原因は魔法にあるって話、あれ、だいたいその通りなんだ」


「…………」


 なんでもないように、世間話のように告げられたその言葉に、ヴェルマは何か言おうと口を開いたが、結局何も言えずに口を噤んだ。そんな彼女の横顔を不思議そうに見ながら、ヒタキは続ける。


「まあ、魔法を求めて俺が不幸になったってのは、違うんだけだな」


「……どういう意味だ? その体質は魔法が関係しているのではなかったのか?」


「あ……。うん、えっと……」


 言うんじゃなかったと、ヒタキは少し困って頭の後ろを掻いた。


「言いたくないのなら、無理に言う必要はないぞ」


「いや、言っとくよ。何ていうか、ヴェルさん、俺に気使ってるだろ? 体質のことで」


 ヴェルマはずっと気にしていた。ヒタキに、魔力がないことを。

 

 神々の加護でさえも、受け付けることが出来ないヒタキの体。


 もしかすると張本人であるヒタキ以上に、その事実を気にかけていた。


「否定はしない。正直に言えば、魔力がないという普通ではありえないお前に、どう接すればいいかわからなかった」


「……相変わらず真っ直ぐだな、おねえさん」


 ストレートに告げられた内心に、ヒタキは苦笑する。苦笑しながら、頬を緩める。相変わらず彼女の真っ直ぐさが心地よかった。


「ついでみたいなもんなんだよな、ほんとは」


「ついで?」


 きょとんと小首を傾げる小さな彼女に、ヒタキは頬を緩めたまま続ける。遠い日のあの赤い光景を幻視しながら、それでも今は、取り乱すことはなかった。


「魔法を求めて不幸になった、っての、俺の友達なんだ。魔法なんて、あんな下らないもの追いかけたせいで、あいつ、死んじゃったんだ。魔力がないことなんて、そのついでみたいなもんだから、俺、ほんとに大して気にしてなかったんだよな。だからヴェルさんに心配されたら、何ていうか、ちょっと困る」


 心配してくれるのは嬉しいんだけどなと締めくくったヒタキに、ヴェルマは少しの間だけ目を瞑って、それから柔らかく微笑んだ。

 

「そうか。それならもう、気にするのはやめよう。すまなかったな、勝手に同情してしまって」


「む……謝れても、何か困るぞ。ていうかおねえさん、何ていうか、嬉しそうだな」


「人聞きの悪いことを言うな。私がお前の友人の不幸を喜んでいるみたいだろう」


 細めた瞳で下から睨み上げて来るヴェルマは、しかしやはりどこか嬉しそうに見える。首をかしげながら彼女の目をじっと見つめ返していると、ヴェルマは仕方がないと言わんばかりに溜め息を吐いた。


「随分と、心を開いてくれたなと思ってな。お前が自分のことを話してくれたのは、今回が初めてだっただろう?」


 ――内容とは関係なしに、その事実が嬉しかった。


 そう語ったヴェルマは、少しだけ申し訳なさそうに、そして少しだけ恥ずかしそうにヒタキから視線を逸らしたのだった。


 ヴェルマの小さな赤い頭を見ながら、ヒタキはぼんやりと思う。


 そういえば、あの場所から、彼女が死んだあの場所から逃げたしてから今まで、誰かに昔のことを話したことなんてなかったかもしれない。


 彼女を失って七年、ヒタキは独りで生きてきた。


『ねえねえ、ヒタキ! 大きくなったら、二人でたびをしよ!それでねそれでね、レイファリスを見つけてそこでくらすの。そうしたらヒタキだって、きっとしあわせになれるよ! ヒタキのことしってる人もいないし、あのおじさんもみんながしあわせになれる所だっていってたでしょ!』


 まだ幼い頃、彼女と共に聞いた一人の吟遊詩人の歌。その中に出てきた、『楽園都市』の存在。彼女は誰もが幸せに生きるその都市を想い、夢を見た。


 だから彼女を失って七年、ヒタキは独りで生きてきた。『楽園都市レイファリス』を探して、一人で世界を歩いてきた。彼女の、最期の言葉を胸に。


 ――幸せになってね、という最期の言葉を。


「すまなかった。気分を害したか?」 


 何時もと同じようにぼんやりしているが、しかし何時もとどこか違うヒタキを、ヴェルマが少し気まずそうに下から覗き込む。


「え、何で?」


「いや。違うのならいいさ」


 柔らかく微笑んだヴェルマに、よくわからなかったけどヒタキも気の抜けた笑みを返していた。よくわからなかったけど、彼女が嬉しそうに笑っていたら――ヒタキは幸せになっていた。


 ヴェルマは、あの人じゃない。あの人は、もう死んだ。


 だから、ヴェルマと一緒にいても、あの忘れ得ぬ日々が戻ってくるわけではない。あの忘れてはいけない日が、消えるわけではない。


 だけど――それでもよかった。それでも、今はヴェルマとこうして過ごす日々を、幸せな毎日を大切にしたかった。


「なあ、ヴェルさん」


「何だ?」


 小さく首を傾げるヴェルマに、大切な二人目の友人にヒタキは言った。素直に思うがままのことを、伝えた。


「俺、ヴェルさんに死んでほしくない」


 驚きに目を見開くヴェルマに、頬を緩めたままヒタキは想いを言葉にする。


「友達が死ぬのは、嫌だ。だからさ、ヴェルさん。俺と一緒にここから出よう。ここから出て、一緒にレイファリスに行こう」


 ヴェルマが何故死に場所を求めているのかを、ヒタキは知らない。だけど楽園都市に行けば、誰もが幸せになれる。だからヴェルマもきっと――


「レイ、ファリス……」


 見開いた瞳を困惑で揺らし、呆然と楽園都市の名を呟くヴェルマ。珍しくも動揺する彼女に、ヒタキは少し慌てて謝る。色々と急すぎた。


「えっと、何か、急にごめん。レイファリスって、楽園都市って呼ばれてるとこで、あー、えっと――」


 まったくもって自分らしくないと、頭の片隅でそう思いながら言葉を続けようとしたヒタキは、しかし次の瞬間ヴェルマを抱え上げて地を蹴った。


 大気に漂う魔力が、僅かに乱れる。


 硬直は一瞬。ヒタキの腕の中で事態を悟ったヴェルマの指が踊り、宙に魔術文字が描かれる。


 そして二人が細い路地から飛び出したその瞬間――爆炎と轟音が世界を満たしたのだった。



*   *   * 



 ――――こうして、物語は漸く始まりを迎える。


 友を失う悲しみから逃げ続けた愚かな少年と、全てを失い続けることに絶望した呪われた少女。


 物語の開幕を告げる音は、夢の墓場で出会ったかつての少年と少女が奇しくも真の意味で向かい合った今日この日に、誰に知られることもなく、されど盛大に世界に響き渡っていた。


 ――――これは、いつか世界の果てに至る二人の物語――――

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