ミラクルステージ☆
「……うっ」
冷たいコンクリートの冷気が、拓海の意識を強引に引きずり起こした。
鼻腔を刺すのは、ツンとした薬品と錆の混じった臭い。目を開けると、薄暗い部屋の真ん中に木製の机が二つ並べられ、自分は目の前の椅子に座らされた状態で、両手首と足首を分厚い革ベルトで硬く締め上げられていた。
「……たく、み?」
掠れた声が聞こえ、横を向く。数メートル隣の椅子に、親友の圭介がいた。圭介は中学生の時からずっと一緒に過ごしてきた親友であり、お互い家族のように思っている存在だった。その彼もまた、同じように拘束具で椅子に縫い付けられていた。
「圭介! 無事か、ここは一体……」
問いかけをかき消すように、パチッと火花が散るような音が響いた。前方の教卓に鎮座した旧式のブラウン管モニターが発光し、遊園地のアトラクションで流れるような極めて陽気な電子メロディが、割れたスピーカーから大音量で流れ出す。
「……なんだよ、これ……」
画面の中央で、丸っこいフォントの文字と、歪んだ笑みを浮かべる黄色いスマイルマークがぴょこぴょこ跳ね回った。
キンキンと耳に障る、甲高く加工された合成音声が部屋を満たす。
『拓海くん!圭介くん!ミラクルステージ☆へようこそ!
これから二人には、協力して楽しいゲームをしてもらうよ。
ルールは簡単。提示されたお題をクリアするだけ☆二人でクリアしてもいいし、どちらか一人がクリアしても、二人とも次のステージに進めるよ!仲良しの二人なら、奇跡を起こせるよね!?』
画面がチカチカと点滅し、ポップな効果音とともに血のように赤いゴシック体が躍り出た。
『それではー!スタート☆』
【お題1:足の爪に1本クギを刺す】
陽気な声と共にガチャリ、と二人の目の前の机の引き出しが同時に開いた。中には数本の五寸釘と、小ぶりの金づち。右手だけは、その道具を掴める長さにベルトが調整されていた。
『ちなみに、時間内にクリア出来なかった場合は二人とも死にまーす!』
天井の電光掲示板が点いたかと思えば「05:00」と数字が表示され、チクタクと狂った早さでカウントダウンが始まる。
「な、なんだよこれ……ふざけんな! 誰かの悪趣味なドッキリかよ!?」
圭介が半狂乱になって叫ぶ。
「落ち着け圭介! ……時間切れになったら何が起きるか分からない」
「分からないって、だからってこんなの刺せるわけねえだろ!」
「……俺がやる」
拓海は青ざめた顔で言った。
「まず、俺がやるから……次はお前が何か考えろ。二人でここを出るぞ」
「俺がやるって……何でだよ!俺達が何したって言うんだよ!」
「いいから頭働かせろ!」
拓海の怒鳴り声に、圭介は唾を飲み込むと黙って拓海を見ていた。
「……分かったな圭介」
「……わか、った。拓海……すまん、頼む……」
拓海は圭介の言葉に頷き震える指先で釘を拾うと、右足の親指、生爪と皮膚のすき間に切っ先を当てる。拓海は奥歯を砕けんばかりに噛み締め、金づちを振り下ろした。
メリ、と硬い角質を突き破り、神経に直撃する鈍い破壊音。拓海の口から人間のものとは思えない絶叫がほとばしった。
『大成功☆ステージクリアです!』
画面の中でスマイルマークが拍手喝采のアニメーションを繰り広げる。拓海が脂汗と涙を流して机に突っ伏す横で、圭介は「ありがとう、次は絶対に俺がやる」と何度も繰り返していた。
しかし、その間も陽気なメロディは止まらない。
『どんどん行っちゃおう! 次のミラクル☆チャンス!』
【お題2:歯を3本抜く】
お題と共に机の引き出しに工具のペンチが出てきた。お題によって引き出しの中身が変わる仕組みになっているらしい。
電光掲示板のタイムリミットは先程と同じく『05:00』
「え、……歯を3本って……さっきは1本だったじゃねーか!」
ガタガタと震える圭介を見て、拓海は足の痛みに顔を歪めながら歯を食いしばった。
「……激痛で、俺は何も思いつかない……。タイムリミットが来る前に、お前もやれ。早くここから出るんだ」
拓海が歯を食いしばりながら声を絞り出し、拓海の足から溢れる血を見た圭介はダラダラと冷や汗を流しながら電光掲示板を見た。
残り01:23
圭介は荒い呼吸を繰り返しながらペンチで自らの奥歯を挟み、力任せにねじり抜いた。
「んぐぁぁぁぁ……っっ」
ボタボタと赤黒い血を垂らしながら叫び、身悶える圭介。
「圭介、時間がない!残りも早くやれ!!」
怒鳴る拓海の声に、圭介は残り2本も勢いよくペンチで引っこ抜いた。血と涎と涙をダラダラと流しながら、圭介は恨みがましく画面を見た。流れた血が圭介の上着を赤く染めている。
『いいねいいね!お疲れ様〜!さてどんどん行くよー☆』
「なっ……!いつになったら解放するんだよ!!」
スマイルの言葉に圭介が怒鳴ると、スマイルは笑顔のまま首を傾げた。
『……まだ1人1回しかやってないのに、何言ってるの?』
「……っ」
『……生きてここから出たいでしょ?はいっ!どんどん行くよ☆』
────────
【お題3:片方の手の甲にクギを刺してイスに固定】
【お題4:指を1本選び、3回に分けて少しずつ切り落として行く】
回を追うごとに部屋は血生臭い鉄の臭いと、嘔吐物の臭い、そして激痛の呻きで満ちていった。肉が裂け、骨が軋むたびに、二人の間にあったはずの連帯感は薄汚い疑心暗鬼へとすり減っていく。
【お題5:身体のどこかを噛み千切る】
【お題6:───────────】
「おい……次は拓海、お前の番だろ」
圭介の瞳から光が消え、濁った敵意が宿っていた。切断面を布切れで押さえ、血走った目で拓海を睨みつける。
「待てよ、俺は最初にお前を庇って足に釘を……」
「俺だって歯を抜いて指まで詰めてんだよ!次はてめえだ!俺を殺す気か!」
「……誰のおかげでここまで生き残れたと思ってんだ、恩知らずが!」
怒声が飛び交う中、スピーカーの陽気なBGMがブツリと途切れた。
ザラザラとした耳障りなノイズの奥から、くぐもった声が再生される。
『……やめて……お願いだから……』
『もっと鳴けよ。聞こえねえぞ』
スピーカーから女の懇願するような悲痛な声と、下卑た男の声が聞こえた。
『頼む、彼女には……彼女にだけは乱暴しないでくれ……!』
グチュッ
肉が潰れるような音がして、女の引き裂かれるような悲鳴が上がった。そして、それをゲラゲラと囃し立てる聞き覚えのある笑い声。
────拓海と圭介の罵り合いが、ピタリと止まった。
「この声……」
拓海の全身から血の気が引いていく。
二人の目の前のモニターに映し出されたのは、薄暗い廃工場で撮られた数年前のホームビデオ映像だった。
そこの床に転がされている若い男女。その横で、角材とペンチを片手に下卑た笑みを浮かべている二人の男――数年前の、拓海と圭介だった。
些細な口論からカップルを拉致し、鬱憤晴らしにあらゆる残虐な拷問を行った。爪を剥ぎ、釘を打ち、廃工場に落ちていた工具で皮膚を剥ぎ、徹底的に身体を破壊した。その後息をしていないカップルを廃工場裏の土に埋め、二人は罪を隠蔽したまま何食わぬ顔で親友ごっこを続けていたのだ。
当時ニュースでは若い男女が行方不明と報道されていたが、二人はそのニュースを見ても顔を見合せて笑っていた。
この部屋で行われてきたゲームは、かつて自分たちが笑いながらあの男女に何時間も行った拷問の数々だった。
『喧嘩は止めて楽しかった過去を思い出したかな?いよいよ運命のファイナルステージ☆』
合成音声のトーンは相変わらず跳ねるように明るい。
【ファイナルお題:生き残りたかったら顔の皮を剥ごう☆】
【特別ボーナス:お二人の拘束を解除します☆制限時間内に自分の顔の皮か、お友達の皮を綺麗に剥ぐことが出来た一人だけ、助けてあげる】
ガシャン、と二人の手足を縛っていた革ベルトが音を立てて外れた。
机の真ん中の床に、重たく転がり落ちる一本の解剖用メス。
二人は顔を見合わせた。
手の甲に釘を刺して椅子に固定するというお題をしていた拓海は、叫びながらその釘を貫通させ手を引っこ抜くといち早くメスを手に取る。慌てて圭介もメスを手に取り、拓海に向かって威嚇した。
「拓海……あの工場に連れて行こうって言ったの、お前だよな」
「責任を擦り付けるな。女の方で遊んで楽しんでたのはお前だろうが。馬鹿なくせに一丁前に盛りやがって!」
拓海が椅子を蹴り倒し、圭介に馬乗りになった。
血まみれの二人は床を転がり、傷口を抉り合いながらメスを奪い合う。圭介は欠けた指で拓海の喉を締め上げ、拓海は血塗れの足で圭介の腹を蹴る。かつて語り合った友情など、最初に声をかけあった二人は、もうそこにはいなかった。数十分、怒号と激しい物音が鳴り続けていた。二人は互いを罵る言葉を吐きながら、メスを振り回す。
「いつもお前は他人を馬鹿にしたような目で周りを見てた!それにどれだけムカついてたか分かんねぇだろ!!」
「馬鹿を馬鹿にして何が悪い!ろくに使えもしない欠落人間が!」
二人の叫びが部屋に響く。だが、やがてそれから更に数十分後。
静寂が部屋を支配した。
荒い息を吐きながら立ち上がったのは、拓海だった。
足元には、喉を裂かれてピクピクと痙攣する圭介が転がっている。拓海は虚ろな目でメスを握り直すと、まだ僅かに息をしているかつての親友に跨がり、震える刃の切っ先を額へと突き立てた。
生々しい肉の裂ける音、ズルリと皮膚が剥離する感触。発狂寸前の頭でそれらをやり遂げた拓海は、血に濡れた肉の塊を両手で掲げ、教卓の上にあるモニターに投げつけた。
「……クリアだ。ドアを開けろ!」
ブツン、と画面のスマイルマークが消えた。
代わりに映し出されたのは、別の小部屋からカメラ越しにこちらを見下ろす、一人の男の姿だった。
その顔は無惨に潰れ皮膚は赤黒いケロイドに覆われ、片目は抉れて黒い空洞が広がっていた。数年前、廃工場の冷たい床で、愛する女性を守れずに泣き叫んでいたあの男だった。
「……彼女は、散々屈辱的な事をされて暴行され、最後はお前たちに顔をズタズタに引き裂かれた。」
「だからなんだ!約束が違うだろ!俺はお題をクリアしたぞ!」
拓海が血まみれの顔でモニターに縋り付く。
「お前も、あの日言っただろ。最後に自分の目を抉り出せば助けてやるって」
男が手元の赤いスイッチを押し下げた。
鉄の扉が開く音はしなかった。代わりに、四方の天井の換気口からシューという凄まじい噴射音とともに、白濁したガスが部屋いっぱいに噴き出してきた。
「おい、開けろ!嘘だろ、助けてくれ!開けてくれぇぇぇ!」
拓海は爪が剥がれた足を引きずり、分厚い鉄扉を狂ったように叩いたが、その皮膚はだんだんと溶けて扉に張り付いた。
「……!?なんっ…ぐぇっ……ガハッゴホッっ」
激しく咳き込み、血反吐を撒き散らしながら床をのたうち回る拓海の頭上で、遊園にで流れるような陽気な音楽が鳴り響いた。
『ミラクルステージ、これにて終演☆お疲れ様でした〜!』




