表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
123/128

武将 蒲生氏郷 第123話九州遠征軍への参加

(天正十五年〔1587〕正月 大坂 → 豊後へ)

天正十五年正月。

大坂城下には、九州遠征に向けた軍勢が次々と集まり、

街道には荷駄隊と兵の列が絶えず続いていた。

四国遠征の総括を終えたばかりの氏郷も、

秀吉の命を受け、九州へ向かう軍団の一角として出陣することになった。

大坂の屋敷では、

左馬允が早朝から荷駄の点検を進め、

兵の人数、馬の状態、武具の不足を一つずつ確認していた。

氏郷は広間に広げた地図の前に座し、

豊後へ渡るまでの行程と、

その後に続く肥後・薩摩への街道を見比べていた。

「九州は山が深い。

 街道も狭く、雨が続けばぬかるむ。

 荷駄の進みは遅くなるでしょう」

左馬允が地図の端を押さえながら言った。

氏郷はうなずき、

四国での経験がそのまま九州でも生きることを感じていた。

補給線の乱れは軍団全体の動きを止める。

その教訓は、すでに身に染みていた。

大坂城へ向かうと、

城下には黒田、蜂須賀、堀、仙石らの旗が並び、

遠征に備えて家臣たちが忙しく出入りしていた。

兵の列、荷駄の列、馬の列が交差し、

城下はひとつの巨大な軍団のように動いていた。

本丸に入ると、

秀吉は諸将を前に、九州遠征の大まかな方針を示していた。

豊後に上陸し、肥後を経て薩摩へ向かう。

島津方の抵抗は激しくなる見込みで、

街道の確保と補給線の維持が最優先とされた。

軍議が終わると、

氏郷は左馬允とともに城下へ戻り、

自軍の編成を最終確認した。

鉄砲足軽、槍足軽、騎馬、荷駄隊。

それぞれの人数と配置を確かめ、

進軍の順番を決めていく。

「豊後へ渡る船は、明日の未明に出ます。

 潮の流れが変わる前に港へ向かいましょう」

左馬允が言い、

氏郷はうなずいた。

大坂から堺へ向かう街道は、

すでに遠征軍の列で埋まっていた。

翌未明、

氏郷隊は堺の港へ到着した。

港には大小の船が並び、

兵と荷駄が次々と乗り込んでいた。

海風が強く、

帆が大きく鳴った。

氏郷は船の舳先に立ち、

まだ暗い海を見つめた。

豊後の海岸線、

その先に続く山岳地帯、

島津方の伏兵、

そして長い補給線。

これから向かう戦の姿が、

静かに形を成していく。

左馬允が背後から声をかけた。

「九州は広うございます。

 しかし、道は必ずあります。

 地形を見て、兵を動かせばよいのです」

氏郷は短くうなずき、

船が岸を離れるのを見届けた。

波が船底を叩き、

遠征軍の船団がゆっくりと海へ進み出した。

大坂から豊後へ。

九州の地へ足を踏み入れるその瞬間から、

氏郷の戦は新しい段階へ入ることになる。

軍団を動かす理を身につけた今、

その力が実戦で試される時が来ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ