王太子のせいで、好きな人と婚約解消をされそうになりました。貴方なんて変…辺境騎士団へさらわれるがいいわ。
ラウドシア・バレスト公爵令嬢は、イラついていた。
二年前に婚約を結んだエリク・ラセル伯爵令息。
彼はそれはもう美しい金の髪に青い瞳の令息でラウドシアが15歳。エリク14歳の時に婚約が結ばれた。
ラウドシアは自分に自信がある。銀の髪に青い瞳のラウドシアはそれはもう美しかった。
勉学も学年一の優秀さ。
一人娘だったので、名門バレスト公爵家を存続させるためにも婿を取る必要があった。女公爵になる予定である。それでも子孫を作る為には婿が必要だ。
そして、婿として派閥の中から選びに選んだのがエリクである。
エリクは優秀という訳ではない。
顔がとても綺麗だったのだ。
ラウドシアは夫は顔さえよければいいと思っていた。
後、大きな問題が無ければ。
優秀でなくても、自分が全て行えばいい。
夫になる男性なんて飾りだ。
そう思っていたのだけれども。
エリクは婚約者に決まった時に、その美しい顔で微笑んで、
「光栄に思います。ラウドシア様の夫にふさわしくなるよう、努力して参ります」
そう言って花束を差し出して来た。
大輪の薔薇の花。
深紅の薔薇が10本。カスミソウも添えられていて。
ラウドシアはエリクに向かって、
「わたくしは薔薇の花が好き。特に深紅の薔薇の花が。わたくしの好みを調べてくれたの?」
「婚約者としてラウドシア様の好みを調べておくことは当然ではないかと」
もっとエリクの事が知りたい。
ラウドシアはそう思った。
エリクは優しくて気が利いて、
貴族が通う王立学園でも、学年が違うのに、毎日、朝は公爵家に行き、共に馬車に乗って学園に通う。
ラウドシアを楽しませるために、色々と話をしてくれた。
王都の流行の菓子の事や、流行している小説。最近の噂。色々と話をして楽しませてくれる。
「今度、サベル劇場で、マリリアの恋物語が上演されるそうです。とても流行っているんですよ。なんでも、屑の美男が出て来て、変…辺境騎士団へ攫われて、マリリアという女性が幸せになる物語で。皆、すっきりすると、こぞって見に行っているそうです。ボックス席を用意しますから、一緒に行きましょうか」
「まぁ、流行の劇を見に行けるなんて嬉しいわ。変…辺境騎士団にさらわれるなんて、余程、酷い男なのね」
「ええ、劇に出てくる王子様はとても酷い男性みたいですよ」
「それにしても、わたくし、貴方が婚約者でとても幸せよ。貴方はわたくしを楽しませてくれるわ」
「当然です。婿に行くのですから、婚約者であるラウドシア様を楽しませることは当然です」
ちょっと寂しかった。
エリクはわたくしとの結婚は望まれたから。名門バレスト公爵家に婿に行くことは名誉な事だからと、わたくしの事を大事にしてくれるわ。わたくしは将来、バレスト女公爵になるのですもの。
でも、エリクの心は‥‥‥
わたくしはエリクに愛されたいのかしら。
「エリクはわたくしの事をどう思っているの?」
「私は光栄に思っております。ラウドシア様の婚約者に選ばれて」
「そう‥‥‥そうなのね」
なんだかとてもサビシイ。
わたくし自身を愛してよ。
わたくしだって女なのよ。
もし、わたくしが名門バレスト公爵家の娘でなかったら?
将来のバレスト女公爵でなかったら?
貴方は他の家に望まれても同じことを言うのね。
エリク‥‥‥わたくしはエリクに愛されたいのだわ。
馬車が王立学園に着いたので、エリクがエスコートしてくれて、馬車から降りた。
「それでは、またお昼に」
そう言って、エリクは頭を軽く下げて、自分の教室に行ってしまった。
何だか寂しい女心。
ああ、でもいつか、エリクに愛されたい。
ラウドシアはそう思っていた。
いつかいつかいつか‥‥‥いつかきっと‥‥‥
そうこうしているうちに二年過ぎた。
ラウドシアはエリクと幸せな日々を送っていたのだけれども。
急にエリクの態度が冷たくなった。
避けるようになったのだ。
毎朝、バレスト公爵家に迎えに来ていたのに、来なくなった。
週に一回、休みの日に王都のバレスト公爵家に来てテラスでお茶を飲んだり、公爵家の事を勉強したり、共に出かけたりしていたのに、顔を見せなくなった。
王立学園で、ラウドシアがわざわざ、エリクの教室まで言って、どうしたのか聞こうと思った。
エリクはラウドシアが呼び出すと、教室から出て来て。
「どうしたの?貴方、最近、迎えにも来ない。昼休みも一緒に食事をしない。お休みの日にもバレスト公爵家に来ない。婚約を続ける気はあるのかしら?」
そうよ。どういうつもりなの?わたくしにこんな態度を取って。
許せない。そう思った。貴方は婿に来るのよ。わたくしの機嫌を取りなさいよ。
エリクは頭を下げて、
「婚約破棄ですか?それは困ります。せめて解消にしてくれませんか」
「訳を言いなさい。訳を。婚約者の務めを放棄した訳を聞きたいわ」
「私が公爵家に婿に行くのが嫌になったのです。どうか、婚約解消を」
その時、背後から声をかけられた。
「ラウドシア。どうしたのかね?」
ギラン王太子殿下だ。
金の髪に青い瞳のギラン王太子殿下はそれはもう美しかった。
来年には隣国の王女との結婚が控えていて、お似合いの二人だと言われていた。
ラウドシアはギラン王太子殿下に、
「ご報告する程の事ではありませんわ」
「私と君の仲ではないか。幼い頃、よく姉上の所に遊びにきただろう?私とも遊んだ」
「ええ、そういう事もありましたわね」
「もしかして、君の婚約者が何か?」
エリクはギラン王太子殿下に頭を深々と下げて、
「私はバレスト公爵令嬢の婚約者にふさわしくありません。婚約解消を申し出ていた所です」
「確かにな。君みたいな男ではラウドシアの婚約者にはふさわしくない。どうかね?ラウドシア。私と婚約を考えてくれないか?」
「え?どういう事でしょう」
「私は王太子の器ではない。もうすぐ、王太子を降ろされるだろう。隣国の王女との婚約も解消される。私は婿入り先を探しているのだ。どうだ?私はバレスト公爵になりたい。正式にバレスト公爵家に申し込みに行くつもりだ。君と私との仲ではないか。」
「仲と言いましても、幼い頃に王女様に会いにいった時に遊んだ位ですわ」
「私はバレスト公爵になりたいのだ。そこの伯爵令息も遠慮してくれたことだし」
ラウドシアは頭に来た。
きっと、この男が圧力をかけたに違いない。
エリクに婚約を解消するように。
わたくしが決めた婚約者よ。それを勝手に圧力をかけて、わたくしとエリクの婚約をなくそうだなんて。
何故、ギラン王太子が王太子を下りると言っているのか。
きっとお父様が言っていた件が原因ね。
国王陛下がギラン王太子が自分の子かどうか疑いだしていると。
もし、違う男の種だったら、王太子でいる資格はない。
多分、国王陛下の血を引いていないんだわ。
だからって、わたくしとエリクを引き裂くなんて。
「エリク。貴方は本当に婚約を解消したいの?わたくしと別れたいの?」
エリクは俯いて、
「私はふさわしくないのです。王太子殿下こそ、名門バレスト公爵家にふさわしいお方。私は婚約解消をしたいと思っております」
ギラン王太子に向かって、ラウドシアは睨みつけて、言ってやった。
「ラセル伯爵家を潰すと脅しをかけたのでしょう。もし、そうだったら、バレスト公爵家は王家を見限って帝国と手を組みます。帝国と領地は接していますし。わたくしの母は帝国から嫁に来ておりますからいつでも、この王国を見限る用意は出来ているわ。我が派閥の貴族たちも王家に見切りをつけるでしょう」
エリクに向かって、
「ラセル伯爵家は我が名門バレスト公爵家が守ります。ですから、婚約解消なんて許さない。貴方は本当に我が公爵家に婿に来るのは嫌?わたくしの事が嫌いなの?」
「わ、私は‥‥‥」
エリクはまっすぐラウドシアの方を見つめて。
「ラウドシア様のまっすぐな所が好きです。貴方を見ていると、力が湧いて来る。前へ前へ進みたくなる。貴方の輝いている所が大好きです。私は貴方と別れたくありません。ずっと貴方と一緒にいたい。どうか‥‥‥お傍にいることをこれからも許して下さいますか?」
ラウドシアは嬉しかった。
エリクに愛されていたのだ。
ずっとずっと欲しかった愛の言葉。
「ええ、許すわ。これからもわたくしの傍にいて頂戴」
ギラン王太子を睨みつけて、
「そういう訳ですから。今回の事は父に報告して、バレスト公爵家の方から王家に苦情を入れさせて頂きます」
「それは困るっ」
「貴方はわたくしとエリクの婚約をなくそうとしたわ。貴方なんて変…辺境騎士団へさらわれるがいいわ」
「ひいいいいいっーーー」
ギラン王太子は悲鳴を上げて、その場を去って行った。
エリクの手を取り、ラウドシアは、
「安心して頂戴。貴方の事はわたくしが守るわ。ラセル伯爵家も」
エリクは手を両手で握り返して、
「情けない。私がラウドシア様を守らなくてはならないのに。私は男だから」
「いいのよ。これからも困難を共に乗り越えていきましょう」
エリクが顔を寄せてきた。ラウドシアに口づけをしてくれて。
初めての口づけはとても甘かった‥‥‥
ギラン王太子は国王陛下の血を引いていないということが解ったので、廃嫡され、離宮に行かされた。
バレスト公爵家から、ラセル伯爵家との婚約を無くそうとした苦情が王家に寄せられたのて、国王陛下から謝罪の手紙と豪華な品が届いた。
貴族に影響力を持つ名門バレスト公爵家を怒らせたくないのだろう。
ギラン王太子はその後、離宮から消えて行方不明になった。
人々は、国王陛下に殺されたのか、それとも変…辺境騎士団にさらわれたのか、どっちにしろ、ろくでもない行く末だなと噂した。
後にギラン王太子の姉のマリー王女に会う機会があった。
ラウドシアはマリー王女とお茶をしていた時に、
「ギランは王妃であるお母様が近衛騎士と浮気をして出来た子だという事が解ったのよ。
お父様はものすごく怒って、お母様は王妃のままだけれども、お母様の事を愛しているから。でも、ギランとギランの父である近衛騎士は離宮へ行かされたわ。行方不明になった?きっとお父様が殺したのよ。わたくしはお父様の子でよかったわ。王太子は第二王子のセルドが継ぐ事になったの。貴方にはギランが迷惑をかけたわね」
と謝られた。
エリクとの仲を引き裂こうとしたギラン元王太子。
でも、必死に自分の行先を探していたギランの事が少し気の毒になったラウドシアであった。
彼が生きてせめて変…辺境騎士団にさらわれていればいいのだけれども。
離宮の裏庭に埋められていなければよいのだけれども。
過ぎた事は過ぎた事。
今は、向こうから深紅の薔薇の花束を持って来る愛しいエリクに駆け寄って、今ある幸せを満喫するラウドシアであった。
変…辺境騎士団
「それにしても食事も与えないとは酷いな」
「まぁいいだろう。これから我らがたっぷりと栄養をつけさせて」
「触手をウネウネ」
「三日三晩だ」




