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売れ残り万能令嬢と怒れる銀髪伯爵 ~『氷の伯爵』、不当な婚約破棄にブチギレて公爵令嬢を攫う~  作者: ソーカンノ


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第4話 『万能令嬢マリーヌ、お仕事で無双する (後編)』

 早朝の邸内を、大股で歩く。

 無論のこと、早歩きでだ。


「アーノルド! アーノルドはいるか!!」


 大声で呼びかけるも、応じる者はいない。

 何事かと使用人が私の様子を見にやってくる。


「アーノルドは!?」

「な……中庭にはおられません」

「いつもあそこでサボっている癖に、今日という日に限って!!」


 肩を怒らせて、さらに廊下を歩く。

 結局、家探しは全邸に及んだ。


 アーノルドは邸内にある使用人用の休憩室で、紅茶を嗜んでいた。


「アーノルドこれはどういうことだ!?」


 扉を開け、開口一番私はそう叫んだ。

 しかしアーノルドときたら、無作法にもティーカップに唇を付けたまま、眼だけで私を見る。


 口内に含んだ紅茶をしっかりと堪能してから、口を開いた。


「はて? 隠し立てはしておりませんでしたが?」

「それはわかっている。だから問いにきた」


 集めた書類の束を、テーブルの上に滑らせる。


「口出し無用のお約束でした」

「マリーヌ嬢の件に関してだけだ。これは別だ」

「はてさて」

「これは私の仕事だと言っている!!」


 バシバシ、とテーブルの上の書類の束を叩く。


「我が領地の収入が3倍とは、いったいどういうことだ!?」


 私は真剣だったが、この老執事は正面から受け止めていない。

 ティーカップをゆっくりソーサーに戻し、すぐにすっとぼけようとする。


「隠し立ては一切しておりませんので、書かれていることが真実かと」

「我が領で作っている小麦の種類が変わっている。ここだ」


 該当箇所を指差し、私はアーノルドの表情の変化を読み取る。

 動かぬ証拠を提示したというのに、顔色ひとつ変えない。


「初物はもうお口にされましたな。どのようなお味で?」

「天にも昇るような美味だった。だが問題はそこではない。これははっきりとした越権行為だアーノルド。断りもなしに、私の領地経営に手を入れるとは」


 きつく睨みつけるも、なしのつぶてか。

 父上の代には無論、このようなことはなかった。


 アーノルドともあろう男が執事の領分を熟知していないはずがない。となれば、知っていて横槍を入れたということだ。新任辺境伯としての私の働き振りがそんなに頼りなかったのか。それとも別の思惑があったのか。


 どうあれ、ここまで好き勝手をされたからには、私としても執るべき処置というものがある。


「責を取ってもらうぞ」

「どのような処遇で?」


 一瞬悩んだが、この名物執事長に以前から考えていたことがある。


「執事長の座を退け。お前には隠居してもらう」

「マリーヌ様のお務めはどうなさるんです?」

「そんなものは後で考える」


 悩みの種がひとつ戻ってくることになるが、そんな場合じゃない。


「屋敷はこちらで用意する。お前の面倒を見るためのメイドもだ。今まで理由を付けて受け取らなかった分の給金も全額受領してもらう。年金も満額で支払うからこっちも拒否するなよ。長年にわたって我がコルラン家に尽力してきた功績を他の連中にも示さんとならんからな……なにがおかしい?」


 気づけばアーノルドが眼を細めてこちらを見ている。


「レオン坊ちゃまは私を罰したいのか、賞したいのかわからなくなってしまいまして」

「お前が今まで欲を掻かな過ぎたのが悪い」

「しかし、このようなかたちでのお別れはつらい」

「観念しろ。お前には健やかで穏やかな老後を過ごしてもらうからな」


 きつく言い含めると、まるで懲りてない風に、アーノルドが私から見て後方を指差した。老執事お得意の遣り口だ。幼い頃から何度も見ている。


「その手は食わん。また話題を逸らして有耶無耶にするつもりだろう」

「私の指は答えを指し示しているのです」

「なに?」

「いつ私がレオン坊ちゃまの領地経営に手を入れたと申しましたか?」


 ……アーノルド、ではない?


 弾けたように背後を振り返る。

 そこには意外な人物が立っていた。


 後ろに結った長い黒髪。すっと伸びた背筋。おろして間もなくまだ新しさを残す執事服……正直に告白すれば、その人物の凛と洗練された佇まいに、数秒の間見惚れてしまった。


 がしかし、すぐにことの重大さに気づく。


「アーノルド、お前なんてことを……!?」


 老執事は悪びれもせず笑顔を浮かべているのだろう。

 呆気に取られる私へと、現れた人物が歩み寄ってきた。


「ご報告があります。サー」


 ……サー? サーってなんだ?


 首を捻って再びアーノルドの様子を窺うと、「ご自分でたしかめてみては?」とでも言いたげな表情と出くわす。癪だが、そうしないわけにはいくまい。


「その、質問があるのだが……」

「どのようなご質問でしょうか。サー」


 それは我が領地に向かう馬車の中で見たものと同じ眼差し。

 キラキラと期待に瞳を輝かせて、マリーヌ嬢が私を見ていた。


「さっきから言っているサーというのは?」

「執事はこのように主君を呼ぶものと仰せつかりました。サー」


 アーノルドのやつめ。なんて入れ知恵をするんだ。

 執事にそのような謂れなどなかろうが……。


 私はマリーヌ嬢に気づかれぬよう、横からアーノルドを盗み見た。

 アーノルドは知らんぷりを決め込み、美味しそうに紅茶を嗜んでいる。


 謎があるなら当人に問うてみよ。暗にそう語っているな……。


「単刀直入に訊く。我が領の小麦の種類を変更されたのは、あなたか?」

「おっしゃる通りでございます。サー」

「そのサーというのは……いや、こちらの話は後だ。マリーヌ嬢、勝手にそんなことをされては困る」


 私は心底困り果てた表情でマリーヌ嬢を見た。

 マリーヌ嬢は不思議そうな顔で小首を傾げる。


 額に一房垂れたアクセントの前髪が揺れたかと思うと、パアアっと太陽のような笑みが弾けた。


「ひょっとして借金のことでしょうか。それならばご心配には及びません。こたびの領地収入ですべて完済しておりますので」

「そうではないのだマリーヌ嬢。私が言いたいのは、あなたが無断で我が領の領地経営に手を入れたことで……借金!?」


 寝耳に水の文言が、私の口から自動反復された。

 自分で言って驚き、思わずアーノルドに詰め寄る。


「どういうことだ!? 我が領に借金があるなどと!?」

「はて、そのように申しませんでしたかな」

「聞いとらん! 書面上も、経営状態に問題はなかったはずだろう!!」

「そうかもしれませんな」


 いや、そうかもしれませんなってお前……。

 平然とする老執事は、余裕の所作で紅茶を口に運んだ。


「書面上に問題はなく、あるはずのない借金があった。この状況を鑑みるに、答えなどひとつしかありませんでしょう」

「なんだそれは」

「旦那様が手ずから隠しておられた」


 思わず脱力しかけ、次いで湧き起こってきたのは憤りだった。


「アーノルド、お前知っていて……」

「レオン坊ちゃまには決して口外せぬよう仰せつかっておりまして」

「またか。理由はなんだ」

「眼に入れても痛くない一粒種の御子息に、王都にて幼少から最高の教育を施すための諸費用かと」


 眼を細めてはいるが、私が半眼なのに気づいているだろう。

 うぉっほん、とわざとらしい咳をしてアーノルドが佇まいを正す。


「長きに渡って日の巡りが悪かったのです。特に南方の一部地域では」

「我が領の穀倉地帯で天候不順があったのか。しかし父上、何故教えてくださらなかった……」


 父上のことだ、借金を抱えたのは領民を飢えさせないためだろう。しかし水臭い。私に一声かけてくれれば、学業を置いてでもコルランのために尽力したというのに……。


 優れたる老執事は主君の心すら見透かす。このときも私の心中を慮って、あまりにも適切な言葉で疑問に答えたのだった。


「僭越ながら、男親とはそういうものです。子を思うあまり、つい痩せ我慢をしてしまう。心配を掛けたくなかったのですよ。特にレオン坊ちゃまは、ヒルダ様を早くに亡くされておられますので」


 ……ここで母上を持ち出すのは反則だろう。


 しかし同時に納得もする。今アーノルドが私になにを求めているのか。長年仕えてきた父上のしたことを、どうか許してはもらえないかと暗に問いかけてきている。


 借金は、結果として残っただけだ。それがわからぬほど私も子どもではない。負い目だってある。父上はきっと、借金返済のために東西奔走している最中に命を落とされた。私はその死に目にすら会わなかったのだ。


 固く握り込んでいた拳を、ふっと緩めた。


「許すも許さぬもない。父上の遺されたものは、負債であろうと引き継ぐ。それしきの覚悟を決めずしてコルラン辺境伯を名乗れるか」


 顔を上げると、アーノルドの目尻が垂れ下がっているのが見える。


「それでこそレオン坊ちゃまです。しかしもうご心配には及びますまい。借金は完済しておりますので」


 そうだった。俄かに生えてきた悩みの種が、それを知る以前に解消されていたのだ。皮肉にも、新たなる悩みの種によって。


「……ご安心ください。サー」


 新たなる悩みの種は私に歩み寄り、胸元に手を当てて恭しく言上する。


「今回使用した小麦は、元々はコルラン領のもの。王国随一の麦所として名高いコルラン領の小麦を取り寄せ、密かに品種改良を重ねていたものなのです。雨にも冬の寒さにも強く、生育も元の種より早いのです」


 主語こそなかったが、それはマリーヌ嬢が密かに、手ずからされていたことなのだろう。知的好奇心の強さなら、コルランの家臣たちとともに私も見てきている。この令嬢はそのくらいのことはやる。


「麦種変更による障害も出ておりません。なにより、この由緒ある地の魂を継承したものなのです」


 ……作物は我が領地の魂、か。


 昔どこかで、そんなことを言った気がする。マリーヌ嬢の小麦を継続して採用することは、我がコルランの魂を穢すものではない。むしろそれを一歩進めたものだと主張されている。自然ではなく、人の手によって進化が促されたのだ。


 悔しいが、私とて同じ想いを持っている。これで民が豊かになるならばと。


「領地を治める上でもっとも重要なのは民を想う心、しかし先立つものもまた同じくらいに重要です」


 どこから取り出したやら、借用書の束を見せつけるアーノルドの言葉が耳に痛い。


 日々の執務に振り回されて、隠された借金にすら気づかなかった。領地を持つ君主として、一角の仕事くらいは果たせていると思っていた。その驕り、自惚れ、高慢。まったく私ときたら、未だに青二才もいいところではないか。


「……まだまだ父上の足元にも及ばない、か」


 ふう、と気疲れの滲んだ吐息が漏れる。

 そんな私を見て、2人が続く言葉を待っている。



『父を喪い、我が領地は危機的な状況にある。今こそ優れたる者の導きが必要だ。あなたになら、それになれる』



 卒業記念パーティーにて、私がマリーヌ嬢に告げた言葉。


 根っからの出まかせが、まさか真を突いていたとは。嘘から出た真。いや、これは天に唾する行為というものか。そうであるならば、責任はこの私にこそある。


「……マリーヌ嬢」

「はい」

「断りになしに我が領地に手を入れたこと、今回は不問とする」


 女執事として恥ずべきところのない美しい礼を眺めやり、頭を上げた頃合いを見計らって続けて口を開いた。


「領地の危機を救った者には、相応しき恩賞が必要だ。どのようなものでも構わない。希望を言ってみてくれ」

「恩賞など、そんな大それたものは必要ありません。サー」


 ピクリと私の片眉が動く。老執事はこれを見逃さない。私が心底困っているのを横から見て、ニヤニヤと口の端を歪めている。


 道理として、私が貸し借りを好まぬことを知っているのだ。


「なんでも構わない。ともかく言ってみてくれ」

「しかし……」

「私を助けると思って」


 半ば懇願するように情に訴えかけたことで、この無欲な令嬢はようやく重い口を開いた。


「そういうことでしたら……」


 おずおずと告白された望みに、私の眉の角度がさらに急なものとなる。

 なんとも言えぬ表情で老執事を見るも、満面の笑顔のままだ。


 どうやら私は、またしてもアーノルドのやつにしてやられたらしかった……。

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