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売れ残り万能令嬢と怒れる銀髪伯爵 ~『氷の伯爵』、不当な婚約破棄にブチギレて公爵令嬢を攫う~  作者: ソーカンノ


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第30話 『票決のとき』

 ……票決の時は来た。


 司会役を務める私の一声で、一斉に決を取る。

 有罪と思うならば挙手、無罪ならば沈黙だ。


 結果――手を挙げたのは私のみだった。なんと言ったものか、場に集っているのはたったの3人だというのに、なんとも気まずいものがある。


「どうやら、決が出たようで」


 平然と、他人事のような声を聞く。アーノルド。我がコルラン家が誇る名物執事長は、ティータイムのようにリラックスして紅茶を口元へ運んだ。


「アウロアさんを疑っておられるのですか。サー?」


 横から顔を覗き込んでくるのはマリーヌ・ヴィクスドール嬢。かつて貴族学院一の才女と謳われた万能の令嬢だ。身分違いの執事服などを身に着けているが、こちらは今となっては彼女のトレードマークになりかけている。


 やがて、ティーカップをソーサーに戻したアーノルドも私を見た。尋常ならざる傑物に左右を囲まれては、戦場にも勝る緊張が身体に走ろうというもの。


 私は思わず、うぉっほんと盛大な空咳を放った。


「疑いなどと、そう大層なものではないのだマリーヌ嬢。私はただ状況を鑑みて、毒物を盛ることができたのはアウロアしかいないと結論したまでで……」

「僭越ながら申し上げます。それを疑っているというのではないでしょうか。サー」

「…………」


 らしくない反抗だった。マリーヌの嬢と言えば令嬢の中の令嬢。それが仮にも主君を仰ぐ人物に向かって、このような態度を取るなどあり得ることではない……。


 私は一瞬、すわいつぞやの入れ替わりかと危惧した。その疑いは思いつくだに霧散する。今朝方、洗濯メイドには遅刻常習の件で説教をくれてやったばかりだ。それに化粧による変装には膨大な時間が掛かったはずだ。


 とりあえず次善の策だ。私は先の発言を聞き逃した体で、さらっと次に話題を移行しようとしたのだが――。


「アウロアさんはそんなことしません」


 今度は無視できず見ると、なんとあのマリーヌ嬢がジト目になって私を見ていた。ほんの一瞥を受けただけで、私の背に滝のような冷や汗が滲む。


「ああ、いや、それはそのだな……」

「マリーヌ様。レオン坊ちゃまをいじるのはそのくらいにして」


 口を挟んできたのはアーノルドだが、えらくぞんざいな助け舟もあったものだ。このたった一声に、私に対するどれだけの不敬要素が入っているか、言われた側ながら測りたくもない。


 とはいえ、マリーヌ嬢も冷静さを回復したものらしい。私に向けて「主君に対する不敬な発言、誠に申し訳ありませんでした」と深々と頭を垂れる。


 その様が礼儀として完璧であるからこそ、私の背にまた大量の発汗があったのは言うまでもない。


「レオン坊ちゃま、固まってばかりいては話が進みません」

「わ……わかっている。この場では私が音頭を取る手筈だ」


 せっつかれた私は再び空咳を放ち、わずかながら沽券を回復した。


「挙手はした。しかし本意ではない。私は今もって、アウロアがあのような大それた犯罪に手を染められる女だと思っていない」


 今度はアーノルドからもジト目が返ってきた。ときに眼は口ほどにものを言うらしい。であるならば、今こそがそうであった。


「混ぜっ返すようですが、何故挙手を?」

「それは……可能性が必ずしも皆無と言い切れぬからだ」

「ふむ。先日の話し合いとは、些か意見が変わっておいでのようですな」


 オスティールの地から帰還した後、私はこの名物執事長と万能の令嬢から信じられぬ話を聞いた。


 マリーヌ嬢が失敗した茶会の真実。その背理に隠れ潜む陰謀。このブリアリン王国を揺るがす難局に立ち向かうため、私たちは見解をひとつに固めておく必要があったのだ。


 今回に先だって行われた多数決には、とある取り決めが存在した。それは満場一致の決定以外を認めぬというものだ。


 ひとりでも大局に異議を申す者が出れば、その者は残る者たちへと自分の考えを述べ立てる。その上でもう1度採決を取り、これを満場一致の目を見るまで繰り返すというというルールを適用していたのである。


「……サー」


 日差しをキラキラと反射して、マリーヌ嬢の瞳がこちらを向く。


「前回の多数決でレオン様はおっしゃられたはずです。アウロアなどにそんなことができるはずはないと」


 その通りだ。あのとき自分が言ったことも、一字一句覚えている。


 あの茶会で、誰かがクッキーに毒を入れた。参加者の中でそれができたのはアウロアだけだ。状況を鑑みれば、最重要容疑者と言ったところだろう。


 だが、私はあいつの性格を知っていた。天真爛漫で、考えも浅く、我儘で気まぐれ、まさしく猫のような性根の女だ。そんな女が入念な準備をして、ここまで大それた毒殺計画を立てるとは正直考えがたい。


 これは善悪の問題ではなく、はっきり言ってしまうなら器ではないという話だ。


「撤回されるのであれば、根拠を語るのがこの場の原則であったかと」


 その言葉もまた耳に痛い。マリーヌ嬢はアウロアの身の潔白を信じている。先の場では私もそれに賛意を示した。アーノルドもまた同意見であり、つまるところ私たちは全会一致でアウロアを容疑者から外していた。


 それを今になって撤回した。

 2人からすれば内心おもしろくないことは想像に難くない。


「根拠と呼べるかはわからぬが、実感としてならある」

「それはどのような……」


 私は唇を噛みしめた。この先は、些か私らしからぬというか、流儀からズレた物言いになる。


「自衛としてならば、そうするかもしれないと感じた」

「自衛……ですか?」


 心当たりがないらしく、マリーヌ嬢が興味深げに見つめてくる。


 現在時刻は真昼をやや通り越した辺りだろうか。マリーヌ嬢の背後には高い位置に太陽が控え、燦々と強い光を放っている。ときに光が強ければ強いほど、影もまた黒く濃くなるのが道理だ。庭園のティーテーブルには、陰影くっきりとマリーヌ嬢の影絵が描かれている。彼女は、それを気に留めた様子もない。


 その光景を前に見て、私の口が半ば自動的に独りごちていた。


「人は、好きになる相手を選ぶことができんのだ」

「それはなにかの謎かけでしょうか?」

「あ、いや、その……」


 失言を聞き咎められて左右に首を振ると、何故か満面笑顔なアーノルドと眼が合う。困り果てた私に代わって、口を開いてくれた。


「実に至言ですな。ですが私にとっては、レオン坊ちゃまの口からそのようなお言葉を聞けた驚きに勝るものはありません」

「茶化すタイミングなどではない……それよりもだな」

「ふむ、なんでしょう」


 ……ほら、わかるだろうが。アレだアレ。


 マリーヌ嬢へと視線で誘導すると、この有能執事は一瞬で察したらしい。


「動機は害意ではなく、恐怖ということですかな」

「そうだ、それこそが言いたかった」

「アウロアさんはなにかを恐れていたのでしょうか?」


 おそらく弾みで言ってしまったものと思うが、このとき逆に、私とアーノルドの視線がいちどきにマリーヌ嬢へと殺到した。さしものマリーヌ嬢も、これには少し戸惑った様子を見せる。


「えぇっと、今私なにか変なことを口走ってしまいましたか……?」

「いや、そんなことはない」


 首を振ると、私とアーノルドは顎で示し合わせた。


「私はこう考えたのだ。ときに己にとってもっとも大切なものを奪われんとしたとき、人は残虐な行為にすら手を染めるものではないだろうか、とな」


 未だにピンときていない様子のマリーヌ嬢だが、ここで付け加えるようにアーノルドが口を挟んだ。


「ご無礼を承知で申し上げましょうかな。アウロア様はひょっとすると、マリーヌ様のことを恐れていらっしゃったのかもしれません」

「え?」


 万能の令嬢をして、素っ頓狂な声を聞くなどというのは珍しきことだ。

 かなりのショックだったらしく、マリーヌ嬢は人差し指で自分を指差した。


「……私、怖いですか?」


 発言者はアーノルドだろうに、何故私に向けて訊ねるのだマリーヌ嬢……。


 ともあれ、そのように悲しげな視線でこちらを見られては困る。ここで否定を入れようものなら、2人の心証を損ねてまで異論をぶちまけた甲斐がなくなってしまうではないか。


 今こそ忠実なる臣下の助けが必要だ。しかし主君に手を差し伸べるべきアーノルドはこちらを見て、ほ、ほ、といつもの笑い声を立てるのみである。薄情者め、自分でどうにかしろということだな……。


「人物評などというものは、人によって様々な見解があるものだ……」

「アウロアさんには怖がられていたということですよね?」

「ま、まあそうかもしれん」

「私、レオン様はどのようにご覧になっているか知りとうございます」


 奥ゆかしいとは、まさにマリーヌ嬢のような令嬢のためにある言葉だ。だというのに、このときの彼女はそのような形容詞など窓からポイ捨てでもしたかのように、グイグイときた。


「わ、私だと!? 女性を品評するなど失礼の極みであろう!?」

「正直なところを語ってくださって構わないのです。私は、どこか変なのではありませんか?」


 その通り変だ、と思わず膝を打って言ってしまうところを寸でで堪えた。


「ま、まったくそのようなことはない」

「ではどのようにお考えになられているのでしょうか?」

「それは他の淑女と同様にだな……」

「同じですか? 変わるところはなにもないと?」

「……い、いや……」


 私は困り果ててしまった。何故ならばこの万能の令嬢は他の令嬢とは違う。あまりにも違い過ぎる。根っこから違うし同じ生き物とすら思えない。


 さりとて、それをそのまま口にするのはいかがなものか。先方に対する明らかな無礼であるのみに関わらず、最悪その心に一生消えぬ傷を付けてしまうかもしれないというか、実際そうなってしまう公算があまりに大きかった。


 つまり私が口にすべきは、当たり障りのない表現。かつマリーヌ嬢の納得を引き出すものであるだろう。しかし私には、女性への発言に気を遣った試しなどない。学生時代の令嬢たちも、遠巻きに私を見るばかりで進んで話しかけてこようとはしなかったのだ。


 まったくもって、どのくらいの按配か加減がわからん……。

 だが、このまま黙っているというわけにもいくまい。


「……サー?」


 催促された私は、弾みでこんなことを言ってしまった。


「か、可憐であると思う」

「可憐、ですか……それはつまり、かわいらしいという意味なのでしょうか?」


 それ以外の意味があるならばむしろ教えてもらいたい。

 私は「う、うむ!!」と半ばやけっぱちで頷きを返す。


「け、決して怖がってなどおらんので、マリーヌ嬢は安心するように!!」

「あの、ありがとうございます……怖い、んじゃなくて、かわいいん、ですね」


 やたらきれぎれに言葉を切ってきたので、気になってそっとマリーヌ嬢の様子を窺うと、ピシッと揃えた両膝に手を置いたまま、俯き加減になって茹でダコのように真っ赤になっている。


 ――恥ずかしがるぐらいなら、最初から訊かねば良いではないか!!


 などと内心で叫んでいると、人でなしの老執事長が優雅な手つきでティーカップをソーサーに戻すのを見た。


「……ふむ、ごちそうさまでした」

「紅茶ならばまだ残っているだろう。それに私はなにも振る舞っておらんが」

「そういう意味ではないのですよ」


 だったらどういう意味だ? と問おうとして、考えが脱線しかけていることに気づく。


「では、レオン坊ちゃまに先程の続きを話していただきましょうかな」

「話?」

「レオン坊ちゃまらしからぬお言葉のことですよ。『人は好きになる相手を選ぶことができない』というアレです」


 さすがの耳聡さというか、ちゃっかり記憶している辺り食えない老人だ。

 ただし私としても説明の必要を感じていた。気を取り直して続けよう。


「アウロアにとって、ロイは必ずしもベストな相手ではなかったということだ」

「ブリアリン王国の第一王太子です。私には最高の条件を持つお相手に思えますが?」


 私は首を振り、今度こそマリーヌ嬢へは気づかれぬように、そっと彼女へとアーノルドの意識を向けさせた。


「人には、持って生まれた身の丈というものがある」

「アウロア様に、ロイ殿下は過ぎた殿方だったと?」

「それに……それ以外の意味でもな」


 マリーヌ嬢のことを慮って言葉を濁したが、さすがにこれ以上は隠し切れない。彼女は無言で、どこか寂しげに私たちの話を静聴している。


 アウロアにとって、ロイとは太陽だった。その輝きに憧れて、その輝きを見つめていた。しかしロイとアウロアとの間には、とある令嬢がいる。彼女はその場に立っていただけだ。けれど太陽が送って寄越す光が強ければ強いほど、眩ければ眩いほど、彼女の影は黒く濃く伸びてゆく。


 果たして彼女の実像から遠くかけ離れた影は、アウロアの眼にどのように映っていたのだろうか。


 ここにはいない女の心境に思いを馳せていると、アーノルドが見守るように私を見ていることに気づいた。


 ……少しこそばゆいので、さっさと話を続けよう。


「もしも好きになれる相手を選べるのなら、アウロアはロイを相手にするなどという選択はしなかったはずだ。男爵令嬢としての己の立場を鑑みれば、たとえ目上を狙うにしてももっと相応しい相手がいる。幼少のみぎりからの婚約者がいるような相手を取り合って、わざわざ角を立てる必要など存在しない」


 私をして、らしくないことを言っている自覚がある。


「恋愛というものは、合理的にできてはおらんのだ」


 脳裏に過ぎるのは、若きフランヌとリゼの身に起こった出来事。

 彼らはさながら引力のように互いに惹かれ合い、破滅を迎えた。


 ロイとアウロアもまた彼らと同じ轍を踏みかけているとすれば、私は――。

 物思いに沈みかけたとき、静観を貫いていたマリーヌ嬢から声がかかる。


「それは経験則からでしょうか。サー」

「経験……? いや、私は女性に懸想したことなどないが?」

「左様でございますか」


 ――今、笑った?


 私は驚きをもってマリーヌ嬢の顔を注視するところだったが、そうはならなかった。今度はアーノルドが口を開く番だったからだ。


「随分とアウロア様に歩み寄られたご様子で」

「ひ、人の弱さに寄り添えと言ったのはお前だろう!!」

「ほ、ほ、これはレオン坊ちゃまに一本取られましたな」


 楽しげに笑った後、眼光に鋭い光を宿す。


「……して、どうのようになさるおつもりか、お聞かせ願えますかな?」

「恋愛の狂熱がアウロアを犯行に駆り立てたとすれば、私はあいつを再び容疑者とせねばならん」


 今回は先程のように茶々を受けることもない。マリーヌ嬢もアーノルドも、私の言葉に真剣に耳を傾けている。


「万が一にも、あいつがブリアリン貴族子女の全滅を狙った国敵であるならば、ロイの隣に置いておくことなどできんからな」


 それが私の導き出した答えだ。2人からも深い頷きが返ってくる。


「事情は了解いたしました。ところでアウロアさんのその容疑、どのように確認されるおつもりでしょうか。サー」

「毒物の精製過程で作られた副産物があっただろう。あれを使う」


 私が言うと、マリーヌ嬢とアーノルドは顔を見合わせ、今度はアーノルドが代表して口を開いた。


「甘味を塩味と誤認させる成分ですな。どうなさるおつもりで?」

「私は学んだ。人には嘘を吐けない相手と、そのタイミングがあるのだと」

「アウロア様から自白を引き出すと? しかしどのようにして……」

「ロイにアウロアを責めさせる。その役は、この私にしかできん」


 雪山を下山してからこの方、ずっと考えていたことだ。私もまた心情的にはアウロアのことを信じたい。しかし信じるだけでは解けぬ疑惑もまた存在する。


 ……信じているからこそ、疑い、たしかめねばならぬのだ。


「私のフランヌ王への臣従、その弁明を求めてロイたちがやってくる。その席で私が一芝居打つ。ロイを追い詰め、アウロアを責め立てらせる役だ。さぞや過激な芝居となるだろうな」


 脳裏に未来の情景を思い描いて、あまりの気鬱さにげんなりとする。さりとて、これはブリアリン王国の守護者である私を除いて誰にもできぬ仕事だ。


「マリーヌ嬢、あなたにも見定めてもらいたい」

「私ですか? しかし、私が同席して構わないものでしょうか……」


 アウロアとの浅からぬ因縁を心配しての発言だが、私は即断した。


「無論だ。第一これは推理などではない。もっと粗雑で、乱暴なものだ。それに平時のアウロアを知る者は私とあなたしかいない。あいつのことを見定められるのは私とあなたを置いて他におらんのだ。頼まれてくれるな?」


 マリーヌ嬢は胸に手を当て、正しい作法で深々と一礼する。

 私とマリーヌ嬢が覚悟を決めたことで、残る見届け人も微笑を浮かべた。


「やれやれ、仮にアウロア様が容疑者でなかったら、今後が大変なことになりますな。茶会の場で毒が盛られたのでなければ、誰にでもチャンスはあるということなのですから」

「追って調べるさ。それに私には、お前という優秀な家臣もいる」

「この老骨をまだ扱き使うおつもりで?」

「私が任せなくとも、お前ならば勝手に調べを進めるだろう。さて――」


 私は一同に向き直り、再び司会役としての威厳を見せる。


「話も終わったところで、今一度決を取りたいと思う。条件は前回と同じく全会一致の原則に則る。私の意見に賛同し、アウロアを見定めねばならぬと思う者は挙手を、そうでない者は沈黙を返してくれ。では、決を取る!!」


 速やかに3つの手が挙がる。こうして私たちは一致団結を見た。すべてはアウロア・ブリアリン、この事件の第一容疑者の無実を信じるがために……。

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