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売れ残り万能令嬢と怒れる銀髪伯爵 ~『氷の伯爵』、不当な婚約破棄にブチギレて公爵令嬢を攫う~  作者: ソーカンノ


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第28話 『リゼ (3)』

 ……拭いがたく、凝った違和感があった。


 それはあの日、あの雪山での会談の終わりに感じたものだ。フランヌ王。私をして一角の人物と思わせる御人の恋愛話を、私は聞くに至った。


 軽妙で巧みな語り口だった。苦手な種類の話と思いつつ、いつしか私はフランヌ王の話の虜となり、その内容に好奇心を刺激された。


 それはただ幸福なだけの話ではなかったのかもしれない。しかし人の身を、その一生を生きる上で、誰しもにあのような劇的な出来事が起こる可能性がある気がしたのはたしかなことだ。


 フランヌ王はまた、その先に学びを得た。

 因果は巡り、人は起こした罪の罰を受けずにはいられない。


 その教訓は、私の身にもわかりよいものだった。仮にロイの無謀な恋愛に罰が下るとして、王のおっしゃった通り、その執行者もまた私を置いて他にいなかったことだろう。


 その結論にならば賛同できる。

 だがしかし、上手く飲み込めぬ部分もまたある。


 正直に告白しよう。

 私は王の話のとある箇所にやきもきさせられ通しだった。


 それは、若きご自身について語られた箇所だ。オスティール王国が誇る伯爵家の正嫡、容姿端麗で、並ならぬ詩才を持ち、そして君主としての器にも恵まれた彼の御人が、ご自身の評価に対してのみ、あまりに不当であると考えざるを得なかったのだ。


 私には詩才がない。そんな私をして、かつてフランヌ王が辿られた悲恋は美しいと思わされた。そこには滅びの美があり、甘やかな感傷がある。だが少し、現実の位相とはズレた場所に存在している。


 その最たるものがリゼだ。私はフランヌ王のリゼ評を信用していない。私の脳裏に凝った違和感もここに由来している。


 つまり私はこう考えたのだ――いざなわれたのはどちらなのか、と。


 王は語られた。若き日の恋愛の一部始終を。ダンスパーティーの場で、光に吸い寄せられる蛾のようにリゼを見初めたこと。人目を忍んで逢瀬を重ね、乞われるがままに詩を吟じたこと。定められた婚約者との婚儀の間際に、ともに手を取り合って新しい人生へ逃げ出そうとしたこと――。


 王自身の口から、私は若きフランヌの心情を知った。だが、リゼは?

 それは彼の主観を通した想像でしか語られていない。


 そして、その一貫性の有無を、彼自身が上手く認識できていたとは言えない気がしたのだ。


 ……リゼの人生に、若きフランヌは突如として現れた。


 実家では持て余され、メイドとして貴族の家に奉公を出されていたリゼは、きっと退屈な日々を送っていたことだろう。


 貴族令嬢に仕え、親身に身の回りの世話を焼き、ときにティータイムの雑談相手にもなる。彼女の人生は常に自分以外の何物かを中心に回っていた。


 それは彼女の実家であり、仕える貴族令嬢でもあったが、決して自分自身などではなかったはずだ。


 そして――そんなリゼの眼の前に、フランヌが現れた。


 伯爵令息、それも嫡男。

 きっとリゼにとっては雲の上の人間に等しかったことだろう。


 パーティー会場を練り歩いていたのも、ともすればなにか落とし物でもしたのかと、邪推のひとつくらいはしたかもしれない。しかし彼女はメイドだ。高貴なる男性に自ら声を掛けに赴くなど、畏れ多くてとてもできたものではない。


 仮に若きフランヌの求めていたものが落とし物であって、リゼの眼が先にそれを見つけていたとしても、決して自ら声を掛けたりはしなかっただろう。


 だが、フランヌは見つけた。多くの客人の中からリゼの姿を。そして迷うことなくリゼの元へと歩み寄り、この初対面の貴族子息は落ち着きもなく、なにやら要領を得ないことを捲し立ててくる。


 青天の霹靂などという言葉に相応しい状況があるとすれば、この出会いこそがそうであったはずだ。


 リゼは、突如として眼の前に現れた貴族子息に面食らった。彼の口からは言葉が、それこそ洪水のような勢いで溢れ出てくるが、そのどれもが自分にとってピンとこないものだ。混乱の最中、リゼはこのようなことまで思ったかもしれない。



 ――ひょっとして、人違いなのでは?



 そうではなかった。若きフランヌの目的はリゼ自身だった。その証拠に、別れの間際に名を問いただし、自らもまた名乗った。そして次に会うことのできる場所と時間を聞き出して、後ろ髪を引かれながらパーティーの場へ戻ったのだ。


 リゼは呆気に取られたはずだ。何故ならば初対面の自分に用などあるはずがない。なのに相手は大切な用向きがあるという。いったい彼の正体は誰で、大切な用向きとはなにを差すのか。


 約束の日が来るまで、リゼはこの降って湧いた出来事に夢中になったに違いない。フランヌという名の若き貴族について、密かに調べを進めたことだろう。


 やがてその日が来た。事前に邸の上階で待機していたリゼは、馬を走らせてくる人物の姿を見咎める。謎の正体が明かされるかと思うと、いてもたってもいられなくなって、走って階段を駆け下りた。


 フランヌはリゼを伴うと、物静かな場所へと移動した。


 ここならば人目にも付かない。自らの立場を思うなら、リゼもほっとした心地だったろう。


 馬とともに足を止めると、懐から1冊の本を取り出す。

 書籍の装丁は、リゼにとって珍しいものだ。だから率直に訊ねた。


『……これは、どのような本なのですか』


 フランヌは露骨に落胆を見せた。リゼは謝ってしまうところだった。寸でのところで我慢すると、気を取り直したフランヌが口を開いた。これは君によく似た登場人物が出てくる本なのだよ、と。


 リゼはすぐ身の上話を始めた。自分の軽率な言動が原因で、高貴な御方をがっかりさせてしまった気がしたからだ。この御方は、明らかに自分になにか期待しておられる。そして自分は、あわやその期待を裏切ってしまうところだったと――。


 本の読み聞かせを願ったとき、内心では失礼かなと思った。

 厚かましいお願いだとも思った。


 しかし本の内容を知らねば、せっかく吟じてもらった詩の理解などしようがない。それに文字を読むことは苦手だった。武家のならいというべきか、教養というものを軽んじる家系の生まれだったからだ。


 驚いたことに、フランヌは快諾した。リゼが身を寄せたのは、少しでも多くの情報を彼の口に頼らず手に入れるためだ。眼を皿のようにして本を覗き込んでいると、心地良い声音の合間に、フランヌの息継ぎすら間近に聞こえる。いつしか彼と、彼の語る物語とに夢中になっていた。


 やがて日は翳った。夕日も弱まり、これ以上読み聞かせを続けることはできない。気づけば、リゼは申し入れていた。この本を貸してもらいたいと。そしてあなた様の吟じた詩もまた、借り受けたいと。


 毎夜、自室の灯りの下で、慣れない文字を必死に追った。

 そして知るに至る。物語の全貌と、フランヌが詩に込めた想いを。


 募る想いに焦がれながら、リゼはフランヌとの再会を待った。


 彼には婚約者がいる。そんなことはとうに知っていたし、それは問題ではなかった。問題は、今の自分がどうしたいのかということ。そして彼の口から、本心を聞くことだった。


 約束の日を待っていた。前回とは比べものにならないほど待ち遠しかった。やがて再会したフランヌに、リゼは詩の意図を訊ねた。思っていた通りの答えが返ってきた。フランヌはリゼを愛している。そして私もまた――。


 答えは半ばまで決まっていたのだろう。返事に時間を置いたのは、この想いが一過性の熱病に過ぎないのではないかと疑ったからだ。


 想いを募らせながら待ち至り、やがてその日がやってくる。

 運命の日、彼らは互いの想いを成就させ、晴れて恋人同士となった。



 ……私は、リゼのことを普通の少女だと感じた。


 それは彼女の境遇からも、置かれた状況からも類推したものだ。私は、いざなわれたのはリゼの方なのだと感じた。彼女は、まるで町娘が好んで読む恋愛小説のような世界に巻き込まれたのだ。


 フランヌ王の抱くリゼ像は、フェアとは言えない。不誠実な表現を許してもらえるなら、こう言い換えることができる。フランヌ王はリゼを、過大評価しておられると。


『フランヌ様……どうか、私を連れて逃げてはいただけないでしょうか……』


 彼女の願いは、果たして若きフランヌが言わせたものであっただろうか。彼が手ずから吟じた詩が、そのロマンチシズムが、リゼの口を通じて木霊のように帰ってきたものだったのだろうか。


 私はそうは思わない。リゼはただ己の欲求を口にしただけだ。若きフランヌとは別れがたかった。この先2度と、こんな情熱的な恋を経験することはないだろう。ならばいっそ、例え世間の仕組みに背いてしまっても、この非現実の続きを見てみたい。そう願っただけなのではないだろうか。


 王の話を聞くにつれ、私の中での違和感は強まっていった。

 それが最大化したのが、目覚めたフランヌとの再会のシーンだ。


 駆け落ちの最中、雨宿りのために立ち入った風車小屋で、彼らは睡眠薬の過剰摂取による昏睡を経験した。先に目覚めたのはリゼだ。リゼはフランヌの家族に無理心中を図ったと嘘を伝え、彼らに改心を促した。


 すべては彼女の計算ずくであるかのようにフランヌ王は語られた。だが、本当にそうなのだろうか。一介のメイドに過ぎないリゼが、貴き血族を向こうに回して、堂々とそのような嘘を口にできるものだろうか。


 リゼは威圧され、ただ口を滑らせてしまっただけなのかもしれない。子どもの悪戯の咄嗟の言い訳と同じで、当人にとっても思いもよらぬことだ。


 しかし幸か不幸か、その言い分が効果を生んでしまった。フランヌの親族たちは先んじて手を回し、フランヌとリゼの仲を取り持つ道を選んでしまった。


 目覚めたフランヌに、リゼは人生の伴侶を勝ち得た笑みを送ったと王は語られた。それがあの日浮かべた、まるで天使のような笑顔の意味であると。


 私にはそうは思えなかった。リゼは一部始終を目撃していた。若きフランヌがその背に隠した火掻き棒を取り落とし、家族を殺めずに済んだことも見て取ったはずなのだ。


 愛する人の手を家族の血に染めずに済んだ、安堵の笑みでなかったと誰が言えるだろうか?


『フランヌ様。このようなしあわせが、本当にあっていいんでしょうか……』


 リゼは、ずっと戸惑っていたはずだ。若き伯爵の妻。決して望んで得た立場ではなかった。だけどもう手放すことはできない。そうすることは、自らの命を諦めることにも等しい。


 リゼは思い詰めていた。フランヌと、彼の家族は代償を支払っている。幼い頃からの婚約者は彼の元を離れた。自分が追い落としてしまったのだ。報いなければならない。婚約者を退けてまで手に入れたこの椅子に、相応しい自分であるように。


 そして、リゼの決意は彼女を運命の場所へと導く――。


 何故そうしたのかには、ずっと答えが出せなかった。伯爵夫人の椅子は、リゼにとって神聖なものだ。それは疑いようがない。しかしそれは昼間に直に眼にしている。深夜に忍び込んで、わざわざ腰を据える理由がどこにある?


 フランヌ王の詩才は、その行動に彼女の決意を見た。


 しかし私は、彼の御方よりは実際家なつもりだ。行動には必ずそれに伴う目的がある。リゼがこのような危険を冒した目的とはつまり……。



 ――リゼは、フランヌに罰されたかったのではないだろうか。



 露見が前提の行動なら、辻褄が合う。リゼは清算したかったのだ。自らが起こした行動で、フランヌの家に迷惑を掛けた。その償いは、伯爵夫人として優秀さを示す程度では贖い切れない。面と向かって、フランヌから罰されることでしか解消されないものだ。


 禁所へ侵入したのも、伯爵夫人の椅子に座ったのも、すべては口実作り。固く閉ざされたフランヌの口を割るための、切欠にしたかったのだろう。だがその予定調和は崩れてしまった。彼女に宿る生命の火が燃え尽きてしまったせいで。


 畏れ多いことだが、私はフランヌ王とは違う結論に至った。


 王は語った。運命は己からリゼを取り上げたと。それが自分が受けるべき罰であったと。私はそうは思わない。リゼはただ、定められた命をまっとうしただけだ。それは不運であり、不幸であったかもしれないが、運命の導きでそうなったわけではない。


 超常的な存在の有無。因果による確実なる応報。フランヌ王の哲学を否定するつもりはない。ただしそれは私の得た学び、私の導き出した解釈とは違う。


 あの御方の昔語りを通して私が思ったのは、人には決して嘘を吐けない相手と、タイミングがあるということだ。


 リゼを前にして、あの御方は幾度か言葉を隠された。失礼な言い方になるが、あの御方は臆病な恋をされていたのだろう。リゼの顔に、ありもしない感情の機微を見出しておられた。この持って生まれた詩才の代償のせいで、王はリゼ自身と向き合う機会を永遠に失われたのだ。


 私は思う。彼らに必要だったのは、互いを罰し、認め合うことだったと。


 運命は若きフランヌを罰してなどいない。死は自然現象に過ぎない。彼に課せられた真実の罰は、リゼの行為を罰することだ。そして改めてリゼと向き合い、彼女のことを愛し抜くことだったのではなかったかと――。


 以上が、オスティールの雪山を出立し、コルラン別邸への帰路の間に私が考えていたことだ。


 旅程も半ばを迎える頃には、城砦に入る前には惑っていた心が、どこか吹っ切れていたように思う。私は私のすべき仕事の意義に悩み詰めていた。誰かがなさねばならぬと知りながら、それを自分だとは思いたくなかったのかもしれない。


 国のために、民のために、この手で友の心を引き裂く是非を、誰かに問いたかったのかもしれない。


 私自身の決意と結末は、既に語っている。

 物語に幕を降ろす前に、彼女について話さなければならない――。

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