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売れ残り万能令嬢と怒れる銀髪伯爵 ~『氷の伯爵』、不当な婚約破棄にブチギレて公爵令嬢を攫う~  作者: ソーカンノ


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第27話 『心の在り処』

「……うぁっ!?」


 穏やかな微笑みすら湛えていたかもしれない。

 愁嘆場の終わりには決まって、誰もがそうするように。


 だからその瞬間はきっと、私も眼を見開いたに違いない。


 零れんばかりの愛情が溢れる瞳で、夫の顔を見つめていたアウロアの頭が、強かにテーブルへと叩きつけられた。剣呑な音を立て、横合いから突き出された手によって再び前を向けさせられたアウロアの鼻から、夥しい血液が流れる。


「アウロアッ!!」


 弾けたような夫の悲鳴。

 次いで届いた野太い声が、一言でこの空間を掌握する。


「……おっと、動くなよ。そうすりゃどうなるかくらい、ちゃんとわかってんだろ?」


 巨人のように大きな手が、アウロアの後頭部を鷲掴みにしている。あいつは――アントニーは、まるで戦場で上げた首級を見せつけるように、それを高々と掲げて見せた。


 しかして、アウロアの首は身体と繋がっている。半ば意識を失くした状態で足を縺れさせながら、無理矢理その場に立たされることになった。


「この……痴れ者がっ!!」


 我を取り戻して私もまた叫ぶ。アントニーの巨躯はそれしきで揺らがない。自らもこちらに向き直り、伴ったアウロアを私たちへの盾にしながら、ニヤニヤと下卑た笑みを送って寄越す。


「たしかに叫ぶなとは言ってねえよなぁ……じゃあこうすっか、黙れ」

「今すぐにその手を離せっ!!」

「あぁん? 聞こえなかったのかよ。黙れっつったんだよこっちはよぉ」


 つまらなさそうに言って、掴んだままのアウロアの頭を手荒く左右に振って見せた。


「レオン!!」

「わ、わかっている……」


 ロイの懇願を受け、私は口を噤んでアントニーたちの姿を凝視した。


「かぁ~、そうこなくっちゃな。人質ってのはこうやって使う。自分の身の守りを固めながら、相手の咽喉元に無理難題をぶち込む。どんなに強がっててもこっちの要求を飲まざるを得ない。まったく最高の気分だぜ!!」


 ギリ、と音を立ててアントニーの掌がアウロアの頭を握り込んだ。

 アウロアは「うあっ」と短い悲鳴を立てて苦しがる。


「アウロアッ!! ……アントニー!! 何故君がこんなことを!?」

「そう焦んなって王子サマ。さっき勉強したばっかだろ? 交渉ごとに焦りは禁物だってよぉ」

「こ、交渉だと!?」


 私もロイも、眼を眇めてアントニーを伺っている。だが、こちらの魂胆も相手には筒抜けだ。武芸一般に関してのみ他の追随を許さないこの男は、実力によるアウロア救出の隙をどこにも見せはしない。


 私はロイを庇うよう片腕を伸ばした。素直に2人を会話させればアントニーの思う壺となる。話者ならば私の方が適役だ。


「アントニー、貴様……自分がなにをしているのか知っての狼藉だろうな」

「あぁん? 口を開いたと思えば、まだそんな寝惚けたこと言ってんのかよ?」

「今ここで、ことを起こす意味を知っているのかと問うている。私たちは今しがた、アウロアの容疑を外したばかりなのだぞ」


 含みを入れた文言だった。アントニーの理解度を測るためだ。こいつの迂闊極まる行動が、私の想像の埒外ならばまだしも対処はしやすい。


 学生時代より、短慮ならばこの男の専売特許。だが当ては外れた。アントニーは下卑た笑いを口元に湛えると、いかつい眼を細めて楽しげにする。


「湿っぽいラブシーンは好みじゃねえんでな。もっとも、王子サマがこの女を殴る様なら見物だったかもしれねえけどよ」

「貴様、なにを楽しそうに……!!」


 私がどんな思いであんな役を演じたと思っているのか。


「だがまあ、上手い遣り方だったと褒めてやる。俺も臆病風に吹かれちまったからな。あのクッキーに、マジで毒が入ってるかとビビっちまった。見たんだろ? 俺が食った振りで済ませてたところをよ」

「…………」


 じっと口を噤むのを、相手は肯定と見て取った。


「今じゃねえかもしれねえ。でもいつかは捜査の手が伸びる。ここっつう勘所での直感にはちょいと自信あってな。待つのは嫌いだし、だったら先手必勝で行っとくのが俺の主義ってわけだ。わかったか?」


 さて、と説明責任を終えたとばかりに、アントニーがロイを見た。


「交渉ごとの続きだぜ、王子サマ。愛する王太子妃サマを無事に帰して欲しかったら、下に馬と……」


 語りの最中に、バチッ、という破裂音がした。

 横を向いたアントニーが驚いたようにゆるりと首を戻す。


「身重の女性を人質に取るとは何事ですか……恥を知りなさいっ!!」


 刃物のように鋭い声音の持ち主が誰か、私には一瞬わからなかった。


 それがよもや、穏やかでやさしく、いついかなるときも慈愛の心を忘れないマリーヌ嬢であったなどとは、直に眼にするまで頭の片隅にもなかったのだ。


 あのアントニーをして、不意を突かれた。私とてそうだ。マリーヌ嬢が頬を打つなどという光景にあまりに現実味がなさすぎて、駆け寄って危険から引き離すという最も重要な選択肢が、頭の中から抜け落ちてしまっていた。


「へぇ……こんな辺鄙な城にゃ似つかわしくねえ美人だと思ったが、あんた肝っ玉も座ってやがったんだな」

「王太子妃を解放しなさい!!」


 威圧されても臆することなく、ピシャリと自分の主張を押し通す。

 その気の強さが、眼の前にいる悪党の琴線にも触れたらしかった。


 アントニーの口元に浮かぶ笑みが、さらに邪悪さを増す。


「まったく大したお嬢さんだ。けどまあ、これでわかった。あんたただの女中じゃねえな? さぞや……レオンにとって大事な女なんだろうなあ?」


 左手で頬を打った方の手首を素早く掴むと、力ずくで持ち上げた。


「気が変わった。あんたに免じて、ここで遊びの続きをしてやる」

「……なにを」

「人質交換だよ。この女は解放してやるから、あんたが付いてこい」


 マリーヌ嬢はすかさずアウロアを見た。鼻からの出血はひどく、未だ意識は朦朧としている。このままでは命に関わるかもしれない。


 私が制止の声を上げるより、マリーヌ嬢の決断の方が早かった。


「わかりました」

「……じゃ、決まりだな」


 左手でマリーヌ嬢を内に巻き込み、それと同時に、まるで軽量物でも扱うかのように逆の手でアウロアを宙へ放り投げる。


 受け身も取れず落下するアウロアを、間一髪滑り込んでロイが抱き留めた。


「アウロア!! しっかりするんだ!!」

「……うぅ……」


 感極まったロイがアウロアを抱きしめる。いじらしい友の姿を視界の端に捉えながら、私は悪化した状況へと対峙する。


「今ならまだ容赦してやる。その女性を離せ」

「おぉ~こええ、こええ。上手く隠せよ。さっきとは怒りっぷりが違ってるぜぇ?」


 安っぽい煽りだが、一理あった。マリーヌ嬢を人質に取られて、私の心中はさらに穏やかならぬものへと変貌している。


 赤熱する頭脳を冷やしたのは、他ならぬマリーヌ嬢だ。虜囚とされているにも関わらず、平時と変わらぬ落ち着きで口を開いた。


「レオン様、どうかコルラン辺境伯として相応しき行いを」

「……承知した」


 私の心にも平静が戻る。その変化が、アントニーの気に入らない。


「あー、とうの昔に通じ合ってたっつうことか……辺境伯サマも手がお早いこって」

「アントニー、繰り返す。今ならまだ温情を掛けてやる。その女性を解放しろ」

「ピーピー喚くんじゃねえよ。主導権はこっちだって言ってんだろうが」


 掴んだままのマリーヌ嬢の手首をきつく握り込む。本来なら我慢ならぬほどの痛みが走っているだろうに、マリーヌ嬢は眉ひとつ動かさない。


 私もまた、その心意気を無下にはしない。


「これ以上の迂闊な行動は慎むことだ。命が惜しいならな」

「チッ、おもしろくねぇ……」


 挑発に乗らぬのを見て、アントニーは唾棄して付け加えた。


「……けどまぁ、お前は昔っからそうだった。やることなすことすべてが俺の癇に障りやがる。闇討ちでもして、ぶっ殺してやろうと思ったのも1度や2度じゃねぇ。実家が辺境伯だなんてデカい看板をぶら下げてなかったら、とっくにその鼻っ柱を折って、元に戻らなくしてやってたところだっつうのによ」


 ふー、と長い吐息を漏らして、再び愉悦極まる顔で私を見る。


「どうやら、過去の因縁はどこまでも付き纏うらしい。いいぜ、お前の思う通りにしてやるよ。溜め込んだツケを清算してやる。大きく10数えてから俺の背を追ってきな。それまで絶対に動くなよ。禁を破ったらどうなるか……わかってるよな?」


 握ったマリーヌ嬢の手首を後ろに回しながら、アントニーは私を見据えて後退する。私はぴくりとも動けない。迂闊な動きを見せようものなら、その瞬間にこいつはマリーヌ嬢の手首をへし折る。その確信があった。


 後ろ手にまさぐるようにして扉を開き、半身を外に出したところで、アントニーはマリーヌ嬢の身体を高々と担ぎ上げた。


 腹部を支点に、まるで荷物でも担ぐように肩にかけると、信じ難い膂力でそのまま走り出す。


「……く……」


 即座に追いすがればマリーヌ嬢の身が危ない。

 私はきつく歯噛みして、脳内で数字のカウントを進める。


「……ごめ……なさ……」


 掠れる声の出所を見ると、ロイの腕の中にアウロアの姿があった。


「いいんだ、アウロア。僕こそ済まない。君のことを疑ってしまって」

「ずっと、こわかったんです。あなた……どこかに、行ってしまいそうで……」


 アウロアの視線は覗き込むロイを透過して、どこか遠くを見ていた。

 妻たるものの手を取り、力強く握って、涙ながらにロイが頷く。


「あんな……つもりじゃ……お姉様のことも……私、知らなくて……」

「違う。言わなかったのは僕の方だ。君に知られて、心配を掛けたくなかった」

「危うく、マリーヌにも……あんな、ひどいこと……」

「もうしゃべらなくていい!! 眼を閉じて、ゆっくりと呼吸をするんだ!!」

「……はい……ロイ様……あいして、います……」


 意識を失ったアウロアの首が横に落ちる。まるで手折られた花のように。

 しゃがんで、その身を支えながら、泣き顔のロイがこちらを向いた。


「……レオン」

「多くは言わん。全部終わった後で、殴られでもなんでもしてやる」


 3、2、1……私は屹立した状態から両足に力を込めた。そして――。


「だから今はこれだけを言い残す……騙して済まなかったロイ。私の心は、お前とともにある!!」


 すべての元凶を追い詰めるため、扉の外へ向かって全力疾走を始めた。

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