第24話 『それは微罪か大罪か』
「……ときに、奇矯に思われるかもしれない。茶会の場に居合わせなかった者が、その場の話題を持ち出すのは」
断りを入れると、3人が真剣に見つめているのが見えた。今やこの空間の全権を掌握しているのはこの私だ。その優位性は存分に利用するとしよう。
「欠席の理由ならばあった。ああいう場が苦手だったものでな」
「そうだろうよ。『氷の伯爵様』は、貴族令嬢の間じゃあクールな御人で通っていたしな」
皮肉を言ったのはアントニーだ。やっかみと冗談交じりの一声だったが、冷めた場にはありがたい。素直に乗ることにする。
「そう言ってくれるな。遠乗りに出かけていたんだ。目的は狩りだ」
「肉は狩るもんじゃねえ、食うものだぜ」
「身体を持て余していたんだ。それに淑女と狩りはできんだろう?」
意外にも、この冗談が壺に入った。
アントニーは天を仰いで、ガッハッハと豪放磊落に笑う。
「違いねえ。茶会の場にいる連中に血を見せるわけにはいかねえしな。で? 王都をお留守にしていたレオン様が、今さら茶会のなにに文句を付けようってんだ?」
興味本位の質問を好機とし、私は本題へと立ち返る。
「問題とするのは当然、マリーヌ嬢が犯したという失態だ」
「ほう? 砂糖と塩を間違えたっていうアレか」
「間違えたのはマリーヌ嬢ではない。彼女の料理人の方だ」
細かなことだが、大事なことだ。訂正を入れると、アントニーは腕を組んだままなんとも微妙な反応を示す。
「それも監督不行き届きってやつじゃねえのか? まあいいけどよ」
良くはない。全然、まったく笑いごとですらない。しかし話題のスムーズな進展は火急の目標だった。私はわかっているとばかりに頷きを入れた。
「後になって興味が出てな。色々と情報を収集して回った。あの場で起きたことも、大まかにだが把握している」
次の対話者もアントニーだろうと思っていたが、ここでロイが身を乗り出してきた。先程見せた激しい怒りこそ静めているが、眼つきの鋭さは変わっていない。
「マリーヌが塩入りのクッキーを振る舞ったことも知っているんだな」
「ああ……何人か、体調不良者が出たらしいな」
私がことの顛末の一端を話して聞かせると、ロイも当時を思い返したのか、不快げな表情を浮かべた。
「知っているのならば話は早い。あれは重大な過失だった。もし入れ替わっていたのが塩でなく、毒であったのならば、ブリアリン王国の未来は暗澹たるものになっていただろう」
ロイの口調は、それが当然と信じている口ぶりだった。
その通りだと肯定することは容易い。本当に毒が入っていたのなら、ブリアリンの貴族子女たちは一網打尽となっていたはずだからだ。
それに料理人の過失は、それを従える主人の過失にも等しい。これを否定できる常識はない。
しかし私は、ここで自信を持って首を振った。
「現実に毒が仕込まれていたわけではない。砂糖と塩を取り違えただけだ」
「しかし、そうなる可能性はあった」
「たしかに」
いったんは相槌を打ってから、用意していた反論を続けた。
「だが塩は塩だ。人である以上、些細なミスを犯すことだってある。それを理由にマリーヌ嬢に婚約破棄を宣告するのは、些か度が過ぎていると思わないか?」
ロイの瞳を見て言った。
嘘やお為ごかしが返ってこないように。
案の定と言うべきか、ロイは本音でそれに応えた。
「料理人の失態は、仕えている主人の失態だ。マリーヌは罰されて当然だ」
「それがお前の考えだというんだな」
「……ああ」
冷静なように見えて、どこか眼が血走って見える。
この印象が気のせいでないことを、私は既に知っている。だから……。
「例えそうであったとしてもだ。犯した罪に対して罰が大きすぎると思わないか」
「まったく思わない」
こちらが訊くまでもなく、答えが先にあるのが見えた。
「わかった。だからなんだな……お前が、マリーヌ嬢の料理人に処刑を望んだのは」
一瞬で、部屋の空気が凍りついた。そんな気配がした。
ついさっきまで私に軽口を飛ばしていたアントニーも、今も夫を心配し続けているアウロアも、ともに私が口走った事実に唖然としてしまっている。
黙して語らぬ姿勢のロイを除けば、最初に自分を取り戻したのはアウロアだった。静観から一転して怒りを滲ませ、私に食ってかかろうとする。
「あっ、あんたなんてこと言ってんのっ!! おやさしいロイ様が、そんな残酷なことを願うはずがないじゃないっ!!」
それはもっともな怒りだったとは思う。事前に調べを入れて真相を突き留めていなければ、私とてアウロアに加勢していたことだろう。
だがしかし、これは質問じゃない。確認しているだけなのだ。
ロイが頭を上げた。そしてアウロアに向けて語りかける。
「いいんだ、アウロア」
「でもロイ様!! こんな不当な疑惑を掛けられたままでは!!」
「事実だ。本当のことなんだよ」
「……え?」
アウロアが絶句する。夫の姿を眼に入れたまま。
その横顔を見つめたままで、言葉を失う。
対する夫は首を戻して私を見る。どこか憑き物の落ちたような表情は、爽やかに澄むからこそ逆に恐怖を煽った。
「その話、誰から?」
「マリーヌ嬢だ。彼女きっての頼みで、鞭打ちだけで済ませたそうだな」
ゲストルームに入る直前、マリーヌ嬢が語ってくれたことがある。かつてロイに求められたこと、その顛末を。彼女の必死の嘆願の甲斐あって、料理人は死の運命こそ免れた。しかしその身には代わりの刑罰が下されることとなった。
私がマリーヌ嬢に渡した軟膏は、鞭打ちの傷を癒すために用いられたのだ。
「やさしいマリーヌらしい、手ぬるい処罰だった。あのような手合いは、1度失態を犯せばまた同じことをやらかすというのに……」
額に手を当てるロイの顔から、苦悩と悲哀が見てとれる。
さりとて、いつまでも浸らせてはおけない。私は断固として言った。
「たしかにその可能性はある。だが、たかが砂糖と塩を間違っただけだ」
ふっと、鬼のように変貌した形相が私を睨みつけてきた。
「――たかがだとッ!? 人の口に入るものだぞッ!!」
ダァンッ!! という激しい音が響いた。固めた拳を、まるで槌のようにしてテーブルに打ち付けている。
アウロアもアントニーも、人が変わったようなその剣幕に思わず腰を引いた。
私とて、正面切って受け止めるのに苦労を要する。しかし臆するわけにはいかなかった。幽鬼のように変貌したロイの面相から、決して眼を逸らすわけにはいかなかったのだ。
「ロイ、お前の怒りに心当たりがある」
「…………」
「それはお前の周囲に起こった出来事に兆しているんじゃないのか」
ここで初めて、語りかけるような、同情を誘うような口調を用いた。
私の心もまたそれに準じている。ロイが頑なに隠していたこと、それ自体が今のロイの心を象っているのだ。
それがどのようなものかにも、うっすらと気が付いている。
ロイは、フッとひどく自嘲的な笑みを湛えた。
「随分と察しがいいと思っていたよ。僕のことまで調べ上げていたとはね」
「私はただおかしいと思っただけだ。それを信頼の置けるさる人物が勝手に調査した。それに友を心配するのはおかしなことではない」
どの口が、と自分で言っていて思う。
厚かましいにも程がある私の発言を受けて、ロイもまた皮肉げな笑みを浮かべる。
「その友の懐を勝手に探っておいて、よく言える」
「私とお前の仲だ。謝罪はしない……だが確認だけは取らせてくれ。お前の姉君は毒殺されたのだな?」
事実を確認して、素早く視線を巡らせる。眼を大きく見開き驚きを示すアウロアと、神妙に腕を組んだまままんじりとも動きを見せないアントニー。
対照的な反応からは、それぞれに違った意味を見つけることができる。
一連の確認作業を終えて、即座にロイへと向き直る。
ロイは逆に、私から逃げるように下方に視線を逸らしていた。
「あれは毒殺じゃない」
「しかし、お前は姉君を失っている。それも、公にはできない方法で」
「…………」
逡巡を見せたのは、打ち明ける勇気を探してのことだろうか。
どの道隠し通せはしないと悟ったか、渋々といった風に口を開いた。
「最後に念を入れて断っておく。あれは毒殺なんかじゃなかった。だけど毒殺の方が遥かにマシだったんだ……」
「聞かせてくれ。お前の姉君に、そしてお前になにが起こったのかを」
懇願すると、ロイは私を見た。その願いに嘘はないかを判断するように。
しかして嘘など存在しない。私の願いは心からのものであったのだから。
「大まかな調べは付いているんだろう?」
「ああ、だがお前の口から聞くことに意味があるはずだ」
「ふふ……今になって昔の君を見ているようだよ、レオン」
悲哀に満ちた笑みを浮かべると、ロイは覚悟を決めたらしい。
「わかった。それが望みならば聞かせよう。学生の身空であった頃、僕の家で起こった出来事を。そう、僕は――2人の姉を、喪ったんだ」




