第18話 『密談』
階段は狭く、自然と3人が縦並びとなる。
フランヌ王の背を追うマリーヌ嬢に続き、私もまたマリーヌ嬢の背中を追っていた。石造りの建物内に響く、3人分の足音。登山で疲れた身体に染み入るそれは、うつつと夢をどこか曖昧なものにする音色を持っているかのようだ。
視界を埋めるマリーヌ嬢の後姿に思うのは、罪悪感にも似た複雑な心境だ。申し訳なく思う必要などない。それならば重々承知しているし、マリーヌ嬢当人からもそう思わぬよう釘を刺されている。しかしそれを踏まえた上でも、どうにも割り切れない気持ちがわだかまっている。
理由ならば明快だ。マリーヌ嬢はフランヌ王と旧知の間柄にある。それもただ見知っているだけではない。マリーヌ嬢はフランヌ王の元で幼少期を過ごされており、互いに知悉の関係を築いている。ヴィクスドール公が大病を患われた際、遠縁であるフランヌ王へと一時的に愛娘を預けられたのだ。
だから、今度こそ言い訳は利かない。
私は己の目的のために、マリーヌ嬢を利用した。マリーヌ嬢の手を使ってフランヌ王へと手紙を書かせ、マリーヌ嬢を帯同して山を登り、この場を設けることに成功した。
つまるところ、このやさしく聡明な令嬢を外交カードとして使ってしまったのだ。
「……レオン様」
階段を上がりながら物思いに沈んでいると、足を止めるマリーヌ嬢がこちらを振り返るのを見る。
ああ、またか。そんな思いが胸に去来する。この万能の令嬢は、私が悩んでいるときにはいつだってその手を差し伸べてくれるのだ。
「思い煩うことなどなにもございません。そのようにお伝えしました」
「わかっている……だが済まない。あなたの口から言わせてしまって」
「うふふ、謝るのもナシですよ。さあ、フランヌ陛下がお待ちです」
「ああ」
深く頷き、廊下から室内へ至る。
暖炉の炎が部屋全体を暖め、冷えた身体に心地良い。窓の周囲には小鹿の頭部が飾られており、全体に豪奢なカーペットも敷かれている。
総じて、城砦の外観から想像される内部より整っているものの、王が来賓を迎える部屋としては心許ない感じだ。別荘の一室と言ったところか。
「質素なのが好みなわけではありませんよ? さあ、こちらに座って」
私の感想を先んじてなぞり、フランヌ王は私たちをソファへと案内した。
座して待っていると、ティーセット一式を持って再び姿を見せられる。
「……あの、紅茶ならば私が」
「構いませんよマリーヌ。あなたたちは僕の大切なお客人なのですから」
世話を焼こうとしたマリーヌ嬢を制止して、フランヌ王は自らの手で私たちのティーセットを準備し、ポットから紅茶を注がれた。暖炉の火で温められた部屋にあってなお、紅茶から立ち昇る白い湯気が、私たち自身の冷えを自覚させる。
フランヌ王はご自身の紅茶も淹れ終わると、私たちから見てテーブルの向かい側にあるソファへと、深く腰を落ち着けられた。
「それでは先に、身体を温めることにしましょう」
ティーカップに唇を付けられるフランヌ王に倣って、私たちも紅茶を喫した。
凍えた身体が芯から温まり、生き返ったような心地になる。
紅茶の時間を終えるとフランヌ王はソファに座り直され、早速話題の口火を切られた。
「マリーヌからの手紙で大方の事情は汲んでいます。レオン君、君がなんのために動いているのかも知っている。しかし一国を担う王として、僕は君にいくつか質問をしなければなりません。答えてもらえますね?」
無論のこと、断りなど入れようはずもない。
私が深く頷くと、フランヌ王もまた微笑でそれに応えられる。
「それでは単刀直入に。どうして君は、僕の元へ訪れたのですか?」
「それは……」
答えようとした矢先だった。フランヌ王が片手を挙げ、首を振られる。
「失礼しました。これでは言葉が足りていない。では改めて質問を。どうしてブリアリン王国のロイ王子の元ではなく、オスティール王国のフランヌの元を訪ねたのか、その理由を聞かせてもらえますか?」
他国の王の口から、改めて自分のなそうとする所業を聞く。ただでさえ複雑な心境が、より複雑怪奇なものへと縺れてゆく心地がした……。
「僭越ながら、私の目的は知っておられることと思いますが……」
思わず濁したのは、隠し立てしようとしたわけではない。
どう答えたものか、その方法を未だ知り得なかったからだ。
フランヌ王は、そんな私の迷いをも知っておられたように、淡々と述べられた。
「わかっています。君はいくさを止めたいのだと。しかし方法ならば他にもあったはず。君がロイ王子の元へ走り、私たちオスティールに睨みを効かす。さすれば我が国の貴族たちも、いくら血気盛んとはいえ易々と手を出せなくなったことでしょう。誰だって、負けいくさなどしたくないものですからね」
とここで、フランヌ王はいったん口を閉じて咽喉を湿された。
「しかし君は、ロイ王子の元へは向かわなかった。国境を越え、僕を呼びつけ、その足元に傅きたいという。結果ならば同じです。君が僕に臣下の礼を取れば、オスティール王国内に絶大な影響力を持つ。内側から睨みを効かせて、いくさを止めることができる。だがこの遣り口では、損なわれるものがあまりに大きい。ブリアリン王国における、君自身の立場を犠牲にしている」
真剣な瞳が私を穿ち、言い聞かせるようにフランヌ王は――。
「君はロイ王子との友情を裏切ったのではないでしょうか」
改めて言われるまでもなく、理解していたことだ。
私の行為は、ブリアリン王国に対する背信と取られてもおかしくない。事情を知らぬ者が外から見れば、裏切り行為以外の何物にも見えないだろう。
フランヌ王は知っておられる。だから断定はされなかった。
問われているのは、私が自身の行為をどう思っているのかということ。
ことここに至って嘘など吐きはしまい。私は思いの丈を口にした。
「おっしゃる通り、私はロイとの友情を蔑ろにしたのかもしれません。しかし報いたい人々がいるのです。彼らは私の過失のために苦しい思いをしました。今も苦しんでおります。これから一生苦しみ続けるかもしれない。だから私は、もう2度と眼を逸らすわけにはいかないのです」
熱意とは裏腹に抽象的な物言いとなってしまったが、鋭いフランヌ王は何事かを汲まれたらしい。
「僕に傅くことが、彼らに報いる術だと言いたいのですね」
「今はそれしか考えておりません」
「…………」
この先の沈黙は、ややもすると値踏みの時間だったのかもしれない。
私という男が信用に足るかどうか、判断するには材料が少な過ぎる。それでも王であるなら決断をくださねばならない。この御人もそうなさった。
「わかりました。それでは語ってみてください。君が僕に傅くその理由を」
「それは……」
言いかけたところで、手の甲になにやら感触がある。
見ると、隣にいるマリーヌ嬢が私の手に触れていた。
真剣な眼差しで私を見ている。理由など察するまでもない。彼らに救いの手を差し伸べたのは、紛うことなくこの淑女であったのだから。
「……レオン様、どうか私めにご説明の役を」
「わかった」
損得勘定の観点からしても、断るべくもない申し出だ。見ず知らずの若造より、かつて娘のように接した淑女の口から事実を聞いた方が、フランヌ王の胸にだって迫ることだろう。そんな薄汚い打算がはたらかなかったとは言わない。
しかしこのとき私は、純粋にマリーヌ嬢の口から話を聞きたいと思った。
いや、それも語弊がある。彼女にしか語る権利はないと信じたのだ。
「コルランの地にて、由々しき事態があったのです。実は……」
胸中を吐露するマリーヌ嬢の姿には、痛ましいものがあった。
かつてこの淑女の、これほどまでに悲しそうな表情は見たことがない。その横顔は強大な重力を放ち、私の眼を釘付けにしようとする。しかし私はフランヌ王の様子も確認しなければならない。固く口を閉ざして両者へと集中した。
マリーヌ嬢が話し終えたとき、フランヌ王は厳めしい顔をしておられた。
私たちへの友好の念が消え去ったわけではない。コルランで起こった痛ましい悲劇の数々に、ひどく胸を痛められているようだった。
「……茶肌族がそんなことを」
「お信じになれないのも無理はありません。彼の者たちは、オスティール貴族との間に交易すら行っているのですから」
茶肌族。オスティールの地ではそう呼び称される。
その正体は、我がコルラン領を攻撃する北方遊牧民に他ならない。
かねてより間欠的な侵入を受けながら、大々的な征伐に乗り出せなかったのには理由がある。
やつらの根拠地がコルラン領内ではなく、ここオスティールの地に存在していたからだ。
征伐のため兵を向ければ、それは即ち内政干渉となり、両国間に火種を撒き散らす結果となっただろう。
だからこそ私は動けなかった。被災遺児の救出すら、危ない橋を何度も渡ってようやく成し得たことなのだ。秘密裡に終えられたから良いものの、もし露見していれば国際問題に発展していた。
「…………」
私は無言でフランヌ王の顔を注視する。
もし今、私がロイの元へ走っていたならば――。
たしかにいくさを阻止することはできただろう。
しかしそれではブリアリンとオスティール、両国間の緊張を高めてしまう。国交は希薄化し、現状にも増してオスティールの地へと干渉を行うことが困難となってしまったはずだ。
北方遊牧民には手を出せない。やつらは今以上に勢力を伸長させる。これでは被災遺児たちの想いに報い、悲しみの芽を根絶することが不可能となってしまう……。
ゆえに私は、ロイとの友情に背を向けた。
しかしこれもまた線の細い賭けでしかない。
何故ならば利するところがない。フランヌ王がコルランの事情を知っても、北方遊牧民はオスティール貴族との間に交易関係を結んでいる。それは事前に入手した情報で承知していたことだ。
加えて、フランヌ王は絶大な権力を持つ王ではない。例えマリーヌ嬢の話に胸打たれたとしても、力不足を理由に協力を拒まれる可能性だってある。
建前上目下である貴族たちを律する力までは持っていないからだ。
「……も……申し訳ありません……」
熱弁を振るうマリーヌ嬢の頬を、一筋の涙が伝い落ちる。
それを拭い慰めたいという気持ちは、私自身の心が制動を掛けた。
今、私は自領の民草のために、乙女の涙すら利用している。
その役割を担ったのは、ソファの対面に座られているフランヌ王だ。
曲げた人差し指を瞳に沿わせ、こぼれんばかりの涙滴を拭う。
「……フランヌ王陛下」
「気持ちは痛いほど伝わってきましたよ。君はコルランの地で、実に様々なものを見てきたようだ」
腰を戻す際、私へと視線を移される。
「レオン君もよくぞ報告してくれました。僕たちが手を結んでいた相手が誰で、どのような者たちだったのか、これではっきりと理解することができました」
今、フランヌ王は私へと笑顔を向けておられる。
しかし笑顔の意味ならば幾通りもある。
私は緊張を切らすことなく心して問うた。
「……ご決断を、お聞かせ願えますか」
私とマリーヌ嬢が注視する先で、城門のように重苦しい口が開く。
「茶肌族と僕たちの間には今、商取引が成立しています。彼らはオスティール王国の民草と友好的な関係を築いている。例えそれが彼らの生存戦略であったとしても、除く理由になどならないでしょう。しかし僕は一国の王として、非人道的な残虐行為に手を染める彼らとの関係を考え直さざるを得ません。当然、彼らと直接取引のある貴族の猛反対に遭うでしょう。僕は非力な王です。貴族らは結託し、王冠の挿げ替えすら狙ってくるかもしれません。しかしこの件を僕はマリーヌと同じく、極めて由々しき事態だと考えます。茶肌族の牙が、いつ内側に向くかわかったものではないからです」
口から流れ出る言葉は、王たるものの責任の重さを帯びる。
その視野は王国の現在のみならず、未来までも見据えるものだ。
領地を治める君主として眼を逸らせない。固唾を飲んで見守るばかりだ。
「彼らを完全に除くのは、きっと困難な道となってしまうことでしょう。何故なら冒す危険に対し、得るものがなにもないのですから……しかし僕には頼もしい協力者たちがいる、そうですね?」
こちらへと水を向ける最後の言葉は、ここを訪れたとき初めて聞いたやさしい声音だった。
私とマリーヌ嬢は思わず顔を見合わせ、首を戻すと同時に深く頷く。
「はい!!」
隣にいるマリーヌ嬢の声が、毬のように弾んで聞こえる。
彼女は内なる願いを成就させたのだ。
「それでは、私たちに協力してくださると」
「『私たち』、ですか。いかにもと返答しましょう」
相好を崩されるフランヌ王の姿に、訊ねた私の肩の荷も降りた。ここを訪れた最大の目的をこれで達したことになる。私たちは賭けに勝ったのだ。
「フランヌ王陛下……本当に、本当にどのような感謝の言葉を述べたらいいか……!!」
胸の前で両手を合わせ、感極まった風のマリーヌ嬢の頭がくらりと揺れて、隣に座る私の肩に向けて一直線に降ってきた。
「マリーヌ嬢!! どうなさったのだ!!」
「あれ……申し訳ありません、私ったらなにを……?」
起き上がり額に指を当てるものの、依然としてふらふらと頭を揺らしている。
対面から様子を静観されていたフランヌ王が、ここで口を開かれた。
「恐らく、疲れと冷えによる一時的な眩暈でしょう。十分に休息を摂れば明日には回復します。隣室にはベッドを準備してありますので、少し早いですが今日はもうお眠りなさい」
いつもなら素直に申し出を受けるマリーヌ嬢が、ふらつきも込みで、子どもが駄々を捏ねるように首を振った。
「ですけど私、まだ陛下に感謝の言葉すら申せておりません……!!」
「元々必要のないものです。しかし……もし君にその気持ちがあるのなら、どうか僕のことを昔のように呼んではくれませんか」
このとき私は見た。父親の瞳でマリーヌ嬢を見るフランヌ王と、娘の瞳でフランヌ王を見るマリーヌ嬢の姿を。
「……お休みなさい、フランヌおじさま」
「はい、お休みなさい」
穏やかな笑顔を浮かべて、腰を上げて扉の向こう側へと歩み去ってゆく。
そんなマリーヌ嬢の背を、フランヌ王が眼を細めて見送られた。
私はそんな2人の姿を見て感じ入る。マリーヌ嬢がかつてフランヌ王の元に身を寄せていた頃、彼らは本物の父娘のように日々を過ごされていた。一連の遣り取りは、私の胸にかつてあったはずの光景を思い起こさせた。
マリーヌ嬢の背を見送ったフランヌ王は、そちらの方向を向いたまましみじみと独白された。
「……マリーヌ、まだそうやって笑えるのですね」
意味深な呟きの意味はわからない。訊ねることはしなかった。それより先に、フランヌ王が再び私へと向き直られたからだ。そして――。
「レオン君、どうもありがとう」
ご自身の両膝に手を置かれ、深々と頭を下げられる。領地を預かる貴族として、その頭の重みならば知っている。慌てて声を出す他なかった。
「どうか頭をお上げください!! 私に感謝する謂れなどないはずだ!!」
こちらが頼みに上がる立場だった。フランヌ王に手ずから歓待を受けた。
感謝は私の口から述べ立てられるものであって、その逆ではあり得ない。
正体不明の感謝という居心地の悪さに冷や汗を掻いていると、フランヌ王はゆっくりと頭を戻して私に正対された。
先程とは違うただならぬ雰囲気に、思わず生唾を嚥下してしまう。
穏やかな瞳の奥にある王の眼光が、私の内奥の真実を見透かしている。
「そのような言い方は感心しませんね。君は、あれの価値を知っていたはずだ」
あれ――言うまでもなくマリーヌ嬢のことだ。
彼女がこの場から去った今、この御人もまた、私への隠し事を止めようとしているわけか。
「それは」
「僕とマリーヌが、父娘のような間柄だと知っていた」
「…………」
「あの子を悲しませるような真似はしないと信じていた」
「そうです」
逃げ道を塞がれた今、素直に肯定する他ない。
私はフランヌ王にとってのマリーヌ嬢の価値を熟知していたし、最初からその効果をも狙っていた。すべて計算尽くの行動だ。
「ですが信じていただきたい。彼女の口から語られた話は真実です。マリーヌ嬢は我が領で起きた惨劇を発見し、深く胸を痛められていた。これ以上悲しみを繰り返さぬようにと、八方手を尽くしてこられたのです」
マリーヌ嬢の話に、私は当初取り合わなかった。だから彼女は禁を破った。ベーヘンの街へと赴き、孤児院創設のために身を粉にして働いた。
その想いにも、行動にも、嘘偽りはひとつして存在しない。
これしきの言葉で思いの丈が伝わったとは思わない。だがフランヌ王は紅茶を一口嗜まれると、決定事項のようにおっしゃった。
「もちろん信じます。君のことだってそうです」
「しかし私は、これまで面識のない他国の貴族でしかなく……」
「レオン君、重ねてそのような言い方は感心しません。何故なら君は、マリーヌが連れてきた男なのだから」
はっと顔を上げると、フランヌ王は柔和な笑みで私を見られている。
「僕は試し行為を嫌います。マリーヌは教えてくれませんでしたか?」
「……それは」
「最初からですよ。手紙をもらったときから、僕は君のことを信用していた」
右手の掌をこちらへ向けて、促される。視線の先には紅茶の入ったティーカップ。私にも飲めとおっしゃられているのだろう。
そう言えばここに来てから一口しか飲んでいない。
せっかくの申し出に甘んじて、私は一息に紅茶を飲み干した。
「……美味い」
品のない言い方となって気後れするも、眼の前の御人は嬉しげに私を見るばかりだ。
「オスティールの地で手に入る最高の茶葉です。紅茶の味なら、ブリアリンにだって負けていない自信があります」
「私がこれまで飲んだ中でも最高の味です」
世辞ではないと見てとられたのだろう。フランヌ王は、ソーサーに戻した私のティーカップへと手ずからお代わりを注いでくださった。
「大切なお客人には最大級のもてなしを。それもまた王の務めですよ」
「お言葉に甘えます」
半分ほど飲んで、身体が普段通りの体温を取り戻したのがわかった。
雪山登山の疲れは出ていない。逆に頭の中が明瞭になってゆく。
私が完調したと察されたのか、フランヌ王はより一層ソファに深く腰を落とされ、低い位置から私の様子を観察される。
「では話の続きをしましょう。ときに、僕は君という人間に興味がありました。マリーヌが心より信頼し、連れてくるような男性とはいったいどのような人物なのか……ああ、そんな深刻な顔をしないで。ここでの僕たちは良き友人同士であったはずです。そうでしょう?」
とは言われるものの、緊張するなという方が無理な話だ。
この会談で話すべきことはすべて話した。色よい返事も受け取っている。かといって、フランヌ王と膝を突き合わせる緊張がなくなるわけではないのだ。
「そ、そうですね。友人同士でした」
「まだ固さが残っていますよ。やはり髭と呼びますか?」
「申し訳ない。そのご提案だけは却下させていただけないだろうか……」
ふはあっと盛大に溜息を吐く。らしくなく酒気が恋しくなった。紅茶の中に幾滴でも垂らせば、この気まずい状況も少しはマシになるだろう。
話させるばかりでは気まずくなる一方と思い、先制して口を開く。
「どのようなお話をお望みなのだろうか」
「そう肩肘に力を込めないで。君はなにも話さなくていいんです」
話さなくていい?
「聞き役として座っていてもらいたいのですよ。これから始まるのは僕の思い出語りです。遠い昔、まだ僕自身が若者と呼ばれていた頃の」
テーブル上の紅茶が立てる湯気に過去の映像を見たかのように、フランヌ王はそこからわずかなりとも眼を逸らさず続けられた。
「……僕の、愚かな恋のお話です」




