第9話 お守り
剣を握るアクセルの手から力が抜け、剣先は床を指した。
――あの勇者ロレンスが懐柔されている今、自分に何ができるのだろう。
そんな思いが浮かんだとき、金属片が床に落ちる音がした。
親指ほどの大きさの錆びた金属片と、鈍く光る安物の指輪であった。それはアクセルの腰に括り付けていたお守りだった。その紐が切れて落ちたのだ。
アクセルは膝をついて、それを拾い上げる。
錆びた金属片はアクセルの過去である。
幼いころ、アクセルは村を魔族に襲われ両親と弟を亡くしている。
その日、両親と五歳の弟は近くの畑に出向いていたが、風邪気味のアクセルは隣のおばさん家に預けられていた。
突如、大きな爆発音とともに激しい揺れが村を襲った。おばさんが窓の外を見たあと、アクセルの手を引いて外に連れ出した。焦げ臭いにおいが鼻を突いた。あちこちで黒煙と炎が立ち上がり、悲鳴が聞こえている。
異様な光景に泣きそうになるアクセルを「大丈夫、大丈夫」と落ち着かせたおばさんは、公衆洗い場の井戸まで来ると向き直った。
「今、この村は魔物に襲われている。でも、ここにいれば大丈夫だからね」と、アクセルを抱えあげ井戸の中へと放り込もうとする。
「いやだ、怖いよ。父さんたちは? ねえ」
「みんな大丈夫だから、まずは自分の身を守るんだよ。絶対に声を出すんじゃあないよ」
それだけを言い残すと、おばさんはアクセルを放り込んだ。
腰まである冷たい井戸水に浸かりながら、アクセルは頭上にある丸い穴を見上げた。
そこから見える空は黒煙に覆われていたが、やがて悲鳴が聞こえなくなり、何かを破壊するような振動もなくなり、魔族たちの声も聞こえなくなっていった。王国軍が来たのは、それから二日後であった。
唯一の生き残りとなったアクセルは、亡くなった村人の身元確認をすることとなった。兵士たちは止めたがアクセルは買って出た。
いくつもの亡骸が並ぶなかには助けてくれたおばさんもいた。
両親と弟の亡骸は畑近くの納屋で見つかった。
話を聞くと、両親は弟をかばうように抱き合って亡くなっていた。だが、弟の首には金属片が刺さっており、その時にはすでに亡くなっていたらしい。
あの日の怒りや悲しみ、後悔といった過去がこの金属片には詰まっている。
それに対して、安物の指輪はアクセルの未来であった。
王都の孤児院に預けられたアクセルは青年へと成長し、剣術を磨き王国軍へと入軍した。そこでの活躍により第二王女プリシラ付きの近衛兵へと抜擢された。
天真爛漫なプリシラは何が気に入ったのか、ことあるごとにアクセルを困らせては楽しんでいた。
そんなある日、城下町の祭に行きたいとプリシラがわがままを言い出した。
最初はなだめていたアクセルだったが、夜中に一人で抜け出すと言い出し始めた。
「でしたら力ずくでも止めます」
「夜中にパジャマ姿の私を力ずく。私が悲鳴を上げたらどうなるでしょう」
楽しそうに笑うプリシラに根負けし、一緒についていく方が安全と判断したアクセルはプリシラと城を抜け出した。
一時間にも満たない時間だったが、あらゆる物に目を輝かせ子供のように笑うプリシラと一緒に回る祭は、アクセルのあの日以降の人生でもっとも楽しい時間であった。
その小さな冒険の終わりに、露店で買った安物の指輪は、お互いを想い未来を誓って贈りあった代物である。
アクセルの中で過去と未来への思いが想起された。
――そうだ。俺はプリシラと一緒になるために魔王討伐に来たのではない。俺は世界を平和にするために、ここに来たのだ。プリシラにすべてを話しての婚約を破棄してもらう。彼女が暮らす世界の平和なら、それでいい。
折れそうになっていた心に、再び炎が灯った。
アクセルは剣を握る手に力を込めた。
「ヴァンプ。お前を倒し、魔王も倒す。その後の世界で俺がどうなるかは、そのとき考えるさ」
アクセルは一気に間合いを詰めると、ヴァンプに向けて剣を振り下ろした。
第10話最終回も、同日投稿済みです。




