第7話 新たなる”力”
「ホリーさま。最初にも申しましたが私は交渉に来たのです。ホリーさまにも利のある話をお持ちしております」
ホリーは両膝をついた状態で、両手で顔を覆い肩を震わせている。泣いているようだ。
ヴァンプはホリーに近づくと片膝をついて目線の高さを合わせた。
「もし、レンさまのすべてをホリーさまの自由にできるとなれば、いかがでしょうか?」
ホリーの肩の震えが止まった。顔を上げたホリーは泣いていなかった。
「私が提供できるのは、複製人間を作る魔法です」
「……複製人間?」
「そうです。見た目だけではなく声や匂いや思考パターンといったもの、すべてが同じ複製人間です」
「……すべてが同じ」
「ホリーさまが集めたレンさまの汗、爪、髪の毛、唾液、下着、使用済みのちり紙、使用済みのスプーンなど、それらがあれば可能です」
その収集物の種類の多さに、アクセルは喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
「これなら本物のレンさまに気兼ねすることなく、さまざまなことをお試しになれるかと思います。しかも素材があれば何人でも複製できます」
「……いろんなことを……何人も……」
ぽつぽつとオウム返しをするホリーの表情がわずかにほころんだ。
「ホ、ホリー。惑わされるな」
アクセルが話に割って入った。手にした剣はヴァンプの首筋に当てられている。
「冷静になれ。こいつの話は文字通り『悪魔のささやき』だ。ホリー、君のレンに対する思いは、人としての倫理に外れるものなのか? 仮にレンの複製を造り、それに対して君が自分の好奇心をぶつけたとする。それを本物のレンが知ったらどう思うか、考えてみたか? それ以前に複製を造られただけでも、レンは恐怖し、悲しむんじゃないか?」
「この魔法は欠損部位の再生にも利用できます。――」ヴァンプは剣先を指先でつまんで、首筋から遠ざけた。「――腕や脚といったものだけではなく、視力や聴力、内臓機能までも再生できます。それは多くの人に希望を与えることだと思いませんか?」
「その欠損はお前たち魔族との戦闘によるものだろう」
「仮に我々が戦闘を止めたとしても、すでに欠損した部分は再生されません。その方たちの残りの人生を豊かにする方法の一つが、この魔法です」
「ホリー、惑わされるな。魔族の魔法を使うことは、君の国では禁忌に値するんじゃないか」
「この魔法でホリーさまは、欠損部分を治癒できる唯一の僧侶となります。その優位性を使えば、あの国にいてもわがままを通すことができるでしょう。ホリーさま以外立ち入り禁止の研究施設だって造れるでしょう。これはあなたを自由にするための魔法です」
語気が強くなりつつある二人を遮って、ホリーが口を開いた。その声はとても穏やかであった。
「アクセル、ありがとう。あなたの言う通りです。どのような道理があろうと、人の道に外れるべきではありません」
ホリーはアクセルに微笑み、最悪の事態を回避できたとアクセルは胸を撫で下ろした。しかしホリーの話は終わっていなかった。
「ただ、そんな魔法があると知った以上、私はどんなことをしても複製魔法を調べ上げると思います」
「えっ?」
「私の国では戦闘によって多くの負傷者が出ています。彼らの残りの人生が少しでも豊かになるのであれば、私は人の道に外れようとも、異端者と後ろ指を指されようとも、甘んじて受ける覚悟です」
先程まで、両手で顔を覆い耳まで真っ赤にして肩を震わせていた人物とは思えないほど、ホリーの顔には希望のような物があった。
「言っておきますけど、決して自分の好奇心を満たしたいとか、あの国で権力を持ちたいとか、その権力であの国を変えたいとか、そういったものではありません。ただ単純に、戦闘で多くの物を失った方たちを癒やしたい。その一心です」
そう言ったホリーの目は爛々と輝いていた。
ヴァンプは右手を差し出し、ホリーはそれに左手を乗せた。ヴァンプにエスコートされるように二人は立ち上がった。
次回更新は12月3日(水)朝 予定




