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第6話 看病

「わ、私はそんなことしません」

 ヴァンプに、レンの寝息を嗅いでいたと指摘されたホリーは、ようやくの思いで声を上げた。

「アクセル、彼の狙いは私たちの動揺を誘うことです」

 ホリーは気丈に振る舞った。だが、同意を求められたアクセルの顔からは困惑が見て取れ、ぎこちなくうなずく仕草も一拍遅れだった。

「ですが、私どもの記録には、こうあるんです」

 ヴァンプはそう言って今度は姿見をホリーに向けた。

 そこには夜の森で野宿するホリーたちが映し出されていた。


 焚き火に背中を向ける形でアクセルとゴンドウは眠っている。その反対側には大粒の汗をかき、毒によって辛そうに呼吸するレンが寝ていた。

 ホリーはそんなレンを愛しそうに見つめ、汗でおでこに張り付いた髪をかき分ける。そうやってから赤ん坊を愛でるかのように、さまざまな角度からレンを眺めたあと、自らの鼻をレンの口元へ近づけた。

 そうしてしばらく――カップからのぼっていた湯気が消えたころ、ホリーはレンから顔を離した。

 うっとりとした表情で夜空を見上げるホリーは甘い息を漏らした。


「あ、あ、あれは違います。呼吸、そうです。呼吸の状態を確認しただけです」

 両手をせわしなく動かしながらホリーは釈明した。特にアクセルには「ホントですよ。ホントですよ」と何度も念押しした。

「呼吸の確認にしては、ずいぶんと長い時間だったように思いますが――」

 ヴァンプの指摘にホリーは毒の入った人体の反応についてまくし立てたが、ヴァンプは意に介さず続けた。

「――では、こちらの記録はどうですか? 熱に浮かされたレンさまの寝言を記録されていたようですが」

 次に姿見に映されたのは、砂漠地帯での野宿だった。


 前回同様にアクセルとゴンドウは焚き火を背に眠っており、反対側ではレンが苦しそうに寝ている。その隣にホリーは座っていた。

 レンが弱々しく寝言を漏らしていた。どうやら故郷に残した母親を恋しく思っているようだ。魔王討伐隊に参加しているとはいえ、レンは十四歳の少女である。

 ホリーはそれに相槌を打ちながら、その言葉を手帳に書き込んでいた。一通り書き終えたのかペンを置いたホリーは、レンと添い寝をするように寝転んだ。

 レンの柔らかな頬を撫でると「大丈夫、ママがそばにいるからね」と優しく微笑んだ。


「あれは――」耳まで真っ赤にしたホリーの声が裏返った。「――レンを安心させるために言ったことです。それと、毒に侵されたときの心理状態を知るために記録していただけです」

 早口で必死に訴えるホリーの表情は鬼気迫るものであった。

 それを見たアクセルは、普段、比較的口数が少ないホリーを知っているだけに、逆に冷めてしまい、どこか他人事のような気分になっていた。

「では、次の記録を――」

「まだあるの!?」

 姿見に映し出されたのは、熱帯地域での野宿だった。


 アクセルとゴンドウは焚き火を背に眠っており、反対側ではレンが寝ている。

 高温多湿な地域なだけあって、レンは体中から滝のように汗をかいていた。

 布を手にしたホリーは、ゆっくりとレンの体を拭いている。始めはおでこ、頬、首筋の汗を拭き取る。そしてホリーは舌なめずりをすると、胸元から腹、さらに下へと手は進めた。


「ど、毒状態での大量の汗はそのままにしておくと体温調整を妨げるから拭いていたのです。れっきとした医療行為です。こんなのは言いがかりです」

 早口でそう言うとホリーは姿見に近寄ろうとした。だが、ヴァンプが右手をホリーに向けると、その歩みは止まった。拘束魔法だ。

「もう少しご覧ください」

 ヴァンプが再び姿見へと視線を促した。


 姿見の中のホリーは、レンの全身を拭き終えるとカバンから小瓶を取り出した。それにレンの汗を拭き取った布を入れると、瓶に鼻を近づけて深く息を吸い込んだ。

 目をとろんとさせたホリーの身体は小刻みに震え出した。だらしなく開いた口からよだれが垂れそうになり、ホリーはそれを袖で拭う。その姿はまるで貧民街にいる違法薬物中毒者のようでもあった。

 ホリーの視線が再びレンへと戻った。レンの枕元に座ったホリーは、レンの首に巻かれたスカーフを外した。それはレンが旅立ちの日に母親からもらったものだった。

 ホリーはそれに顔を埋めると深呼吸を始めた。しだいにホリーの目は焦点が合わなくなり、空間のどこかを彷徨い始めた。

 しばらくして一通り満足したのか、ホリーはスカーフを小瓶に追加すると、きつく蓋を締め、大事そうに両腕で抱えて、身をくねらせた。


「ホリーさま。あの小瓶は医療に関係する物ですか?」

 拘束魔法が解除された瞬間、ホリーは力が抜けたようにその場に崩れ落ち、がっくりと両膝をついた。

 体の自由を取り戻したはずなのに、心がまるで抜け落ちたように沈んでいた。

 どれだけ弁明しても、覆せないあまりに生々しい記録。

 両手で顔を覆ったホリーの耳は真っ赤に染まり、羞恥と絶望が入り混じった沈黙が、場の空気を支配していた。

次回更新は11月26日(水)朝 予定

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