第4話 心の底からの喜悦
「ところでアクセルさま」とヴァンプは話を続けた。「道中、解毒薬を多量に購入していましたが、どうしてでしょうか」
戦う気力を失ったアクセルは力なく頭をもたげた。
「……それは解毒魔法を使える者がいないからだ」
「解毒魔法でしたら僧侶であるホリーさまが――」
その瞬間、まばゆい光線がヴァンプを穿いた。ホリーの光魔法だった。
「アクセル、しっかりしなさい。ここから出てみんなと合流しましょう」
その場に倒れたヴァンプの体は、無数のコウモリへと変わると、再び集まって一つの塊になりヴァンプを形成した。
「ひどいですよ、ホリーさま」ヴァンプはそう言って体のホコリを払った。「私はただホリーさまが、なぜ解毒魔法を使わないのか。それをアクセルさまは、ご存知なのか気になっただけでして」
「ホリーは解毒魔法が使えないんだ」
アクセルが答えた。
「いいえ、ホリーさまは解毒魔法を使えます――」
再びホリーの光魔法が走り、ヴァンプはひらりと飛んでかわした。光魔法は床、壁、天井と一直線に亀裂を作った。
「――それどころか強度の解毒魔法だって使えますよ」
呆けた顔のアクセルは思わずホリーを見た。
ホリーは次の光魔法の詠唱を始めている。しかし、その表情は明らかに動揺しており、詠唱も上滑りしていた。いつも冷静沈着なホリーが、これほど取り乱しているのを見るのは初めてだった。
「アクセルさまは、お人好しが過ぎます。これほどの光魔法を扱えるのに、解毒魔法が使えないなんて怪しいと思いませんでしたか?」
魔法の使えないアクセルにはピンとこない話であったが、ホリーの様子を見るに、ヴァンプの言い分は案外外れていないようだった。
「では、なぜ解毒魔法を使わなかったのか。気になりませんか?」
アクセルは心を読まれたような気になった。
「アクセルさま。道中、一度でもホリーさまは毒状態になりましたか?」
「アクセル、戦いに専念してください。敵は一人です」
詠唱に集中しきれないホリーが声を張った。しかし、アクセルは「あぁ」と返事をしつつも無意識に記憶をたどってしまう。そして思い起こされたのは、瘴気漂う沼地の時も、猛毒の蜘蛛に囲まれた時も、毒魔法を使う魔物と対峙した時も、ホリーは毒にかかっていないという事実だった。
「では、毒状態になったみなさまを、誰が介抱していましたか?」
「それは、みんなで持ち回りで……」
そう答えながらアクセルはホリーの様子を伺った。
ホリーは光魔法の詠唱を続けているが、明らかに焦りによってミスを続けている。
「夜はどうでしたか? 全員が起きて介抱していたわけではないでしょう」
「……アクセル――」ホリーの消えそうな声が聞こえてきた。「――これは罠です。ヴァンプは私たちを動揺させようとしています」
どこかで聞いたセリフだった。
「夜、介抱していたのはホリーさまが多かったのではありませんか?」
ヴァンプの話に、アクセルの記憶はぼんやりと呼び起こされる。
「確かに『自分は後衛で、それほど疲れていないから』と言って、買って出てくれたこともあった。だが、毎回そうだったわけじゃない。俺やゴンドウやレンが介抱したときもあったぞ」
「それは主に、アクセルさまやゴンドウさまが毒状態になったときではありませんか?」
「何が言いたいんだ」
回りくどいヴァンプに、アクセルの声には苛立ちが混じった。
「レンさまが毒状態になったとき、介抱していたのは常にホリーさまだった、ということです」
魔法使いレンは、魔法国家マシュルム国出身の十四歳の小柄な少女である。
魔王討伐隊の中で最年少で、みんなから可愛がられていた。しかし魔法に関しては天才と表す以外に思い当たらないほどの逸材である。
ホリーは何かとレンを構い、レンもホリーを頼る。傍から見ると、しっかり者の姉と勝ち気な妹のようにも見えた。だから、ホリーが毒状態のレンを心配することに違和感などなかった。
「それがどうした」
眉をしかめるアクセルに対し、ヴァンプは一拍おいてから続けた。
「熱に浮かされ、汗をかき、苦しそうに息をする。そんな生死の間をさまようレンさまの姿に、ホリーさまは心の底から喜悦を感じておられたのです」
「はぁ?」
アクセルにはヴァンプの言っていることが理解できなかった。言葉の意味は理解できているが、辛く厳しい旅を共に続けてきた仲間が苦しむさまを見て喜ぶ姿など、妄言にしか聞こえなかった。
「なにをバカなことを言って――」
そこまで言いかけたアクセルの言葉が止まった。
ふと見たホリーが青ざめた顔で引きつっていたからだ。そればかりか額からは冷や汗を流し、目は明らかに泳いでいて、杖を持つ手がありえないほど震えている。どう見ても、異常事態だった。
アクセルは力強く否定しづらくなった。
次回更新は11月12日(水)朝 予定




