第1話 冷たい汗
各国の精鋭で編成された魔王討伐隊の勇者アクセルと三人の仲間は、数ヶ月にも及ぶ旅の末、魔王城へとたどり着いた。
城の湿った地下迷宮を攻略し、城内に潜入する。気配を殺し、音を立てないようにゆっくりと歩みを進める。暗いエントランスと思われる広い空間に入った瞬間、床に仕掛けられていた魔法陣が発動し、まばゆい光が四人を包みこんだ。
アクセルが眩しさのあまり思わず閉じた目を開くと、そこは舞踏会場のように広く豪奢な空間に変わっていた。
「どうやら転送魔法のようですね」
女性の声がした。僧侶ホリーの声だった。戦士ゴンドウ、魔法使いレンの姿は見えない。パーティーは二組にわけられたようだ。
「大丈夫か?」
「ええ、私はなんともありませんが……」
そういうホリーの視線はアクセルとは別の方向を見つめていた。アクセルもそちらに視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
「このような形でお呼び立てして申し訳ございません。私、魔王軍幹部のヴァンプと申します。ご覧の通りの吸血鬼でございます」
ヴァンプと名乗るその男は軽く頭を下げた後、指先をパチンと鳴らしティーセットを乗せたテーブルと共に大きな姿見を出現させた。
「実は私、勇者アクセルさま、僧侶ホリーさまと交渉をしたく、この場を設けさせていただきました」
落ち着き払ったヴァンプと対照的に、アクセルとホリーは目配せをし戦闘態勢に入った。
「そんなに殺気立たないでください。先ほども申しましたが、私は交渉をしたいだけです」
敵意がないといわんばかりの笑顔を見せるヴァンプは、紅茶を注いだティーカップを差し出すが、二人は当然受け取ることはなかった。
「ここは魔王城か?」
アクセルは一歩前に出た。ホリーはその後ろで左に一歩移動し、二人が連携できる位置取りをする。今までの旅の経験から、この位置がもっとも安定した戦闘ができることを二人は知っている。
「はい。魔王城の中の私が自由にできる部屋でございます」
ヴァンプは仕方ないといった感じでティーカップをテーブルに戻した。
「ゴンドウとレンはどこにやった」
「お二方には、別の者が交渉を行ってお――」
ヴァンプが言い終わる前に、アクセルは仕掛けようと右脚に重心を移した。
その瞬間「そうでした!」とヴァンプは何かを思い出したように手を打った。タイミングを削がれたアクセルは、仕切り直しを余儀なくされ重心を戻した。
「まずは、こちらをご覧ください」
とヴァンプは大きな姿見をアクセルに向けた。
姿見は魔道具のようで、そこには植物園のような広い庭園が映し出されていた。穏やかな陽光に照らされた庭園には東屋があり、その中には読書をする若く美しい女性がいた。
「プリシラ!」
アクセルは思わず叫んだ。
「お知り合いですか?」
ホリーは位置取りを変更してアクセルの隣に立ったが、視線は前を向いたままである。
「ハジメノ王国第二王女プリシラ殿下――」質問にはヴァンプが答えた。「――『王国のひまわり』と称されるほど国民にも愛される存在。そしてアクセル様の婚約者でもあります」
ハジメノ王国はアクセルの出身国である。生まれ育った村を魔族に滅ぼされ孤児となったアクセルは、首都で剣術に励み近衛騎士団入団を果たす。その活躍により国王から勇者の称号を賜った。護衛任務などをこなすうちに、プリシラと親しくなったのだ。
「プリシラに何をする気だ」
アクセルの指は剣の柄に食い込むほどだった。
「ご安心ください、プリシラ殿下に危害を加えることはありません。ただ、殿下はご存知なのかと思いまして」
「何をだ」
「旅の途中、勇者アクセルさまが娼館通いをされていたことを」
「……えっ?」
アクセルの脇を一筋の冷たい汗が流れた。
お読みいただきありがとうございます。
同日に第2話も投稿済みです。よろしければそちらもお読みください。
本作は全10話完結です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




