聖剣の行方アジタート(2)
王宮からの帰りの馬車の中。
どきどきしながらリュシアンが握らせたハンカチを取り出し、開く。
そこにあったのは、ブローチにもなるペンダントトップだった。
開閉のできる銀製ロケットの透明水晶の窓の中には、中央には神のイコン。そして周辺を埋めるようにプラチナブロンドの絹糸が丁寧に編み込まれ、収まっている。
「……これは絹糸じゃない……」
この繊細で透き通るようなプラチナブロンドは……殿下の、お髪……?!
「……これは護符……!」
セリアにとって、いやカレルレイスにとって懐かしい装飾品だった。
かつてアレアナも、同じようにカレルレイスを案じてこの神聖な護符を作り、持たせていた。
聖女の髪には強い魔除けの効果があり、これを身につけているだけで邪悪な悪霊は近づけないほどだった。
カレルレイスは聖剣などの希少な装備を手放しても、最後までこれだけは手放さなかった。
「……殿下も、覚えていてくださっていた」
髪を切り、誰にも悟れぬように用意してくれたのだと思うと、涙が出てくる。
「この護符があるだけで、百人力よ」
セリアは護符を胸に抱く。
ありがとうございます。殿下。
これはもう、張り切って墓荒らしをせねば!
屋敷に戻ったら、早速、北境の廃都行きを計画するのよ!
セリアは鼻息荒く意気込んだ。
……が。
当然のようにアデルバルドの許可は得られなかった。
「またそなたは10歳であることを失念しておるな?!それに、カレルレイスの墓が北境の廃都にあるとなぜ断言できる?!……は?殿下がそう述べた……?……う、うむ……それは根拠に等しいが……だ、だがならん、ならんぞ娘よ。せめて優れた従者を従えてからにせよ!」
……と、取り付く島もなかった。
「……お父様のけち!いちじわる!私の武力があれば、10歳でもどうにかなるもの!」
ぷーと膨れて部屋で悪態をつき、喚き散らしたが、ふと鏡に映った自分と目が合う。
そこには小柄な少女がこちらを見返している。
……たしかに、どこからどう見ても、10歳の子供よね……。中身はすっかり成熟しちゃってるのに。私ひとりでは、貴族令嬢という立場があっても社会的な信用は薄いかも。……うう、歯痒いわ……。
「力と体が見合ってない……」
セリアは軽く頭を抱える。
このままでは、カレルレイスの墓を暴くにしても、何年先になるかわかったものではない。
「……優れた従者ですって……?……そんな人、どこにいるっていうのよ」
首から下げているリュシアンの護符を握って、セリアはベッドに転がる。
「……ああ、殿下。あなたをお守りする剣が私には必要ですのに!不甲斐ない私をお許しください……」
葛藤はあれども、セリアはあっさりと眠りについた。
10歳の体で夜更かしはどうも無理があるらしい。
だが寝入ってすぐに、どこか遠くから声がした。
『……セ……』
リシュアンの声だ。
『…………ア……』
?
『……リア……』
殿下?
『セリア、目を覚まして』
「……っ」
リシュアンの呼びかけと同時に目を開くと、彼女の目の前には闇色の装束を身につけた何者かが覆い被さり、振りあげているダガーが鈍い光を放っていた。
刹那によぎる、死の香り。
侵入者だ。
セリアは考えるよりも先に、その何者かを力任せに蹴り飛ばす。
天蓋ベッドの柱に当たり、それをへし折りながら侵入者は部屋の隅に吹き飛んだ。
「……ぐ……」
壁に叩きつけられた侵入者はたまらず声を漏らす。
間髪入れずにセリアは侵入者へ駆け寄ると頭を足で踏みつけ、床に押さえつけた。腕を掴んで捻り、腹ばいにして拘束する。その手からダガーを奪い、首筋に突きつける。
ここまで僅か5秒。
「……お前、暗殺者か」
「…………」
侵入者は答えない。
セリアは覆面を剥がすと、それがまだ年若い少年であることを知り、驚くより先に感心する。
「……若いな。その歳で気配も足音も完璧に消して寝所に侵入するとは……やるじゃないか」
セリアの口調はカレルレイスのそれになっていた。
ダガーを少年の首筋に突きつけたまま、セリアは尋問する。
「……どこの手の者だ?なぜ狙った?」
さらに強く腕を捻る。
「…………っ……」
「さすがに言わないか。よく訓練されてるな。だが言った方が身のためだぞ?暗殺を生業にしているなら、知ってるだろう?拷問の苦しさを。簡単には死なせてやらんぞ」
「…………お前、なんだ?」
少年は苦悶の表情を浮かべながらも、異様なものを見る目でセリアを見上げ、はじめて口を開いた。
「世の中には、ガキの常識が通用しないことがあるってだけだ。……お前は腕もよさそうだし、何よりまだ若くて伸びしろもある。それに口も硬そうだ」
セリアはよい思いつきをした。
「……おい少年。お前のところの組織について話してくれたら、悪いようにはしないぞ。このまま日陰の暗殺者を続けるよりも、マシな生き方を用意してやる。……さて、どうする?」
セリアはぐっと少年の瞳を覗き込み、にっと笑ってみせる。
見開かれた彼女の目は、真っ黒に染まっていた。
※
この夜、ひとつの暗殺組織が闇に消えた。
いや、壊滅したと表現した方が方が正しい。
ここは王都に居を構える名門、ヴァルシア家。
その当主ヴェルナー・フォン・ヴァルシアは、依頼した暗殺が失敗したことを翌朝知らされた。
「お父様、セリア・エストレラは魔女です。間違いないわ。悪き魔術で殿下を惑わしたのですわ……!」
……と、娘のレオノーラは興奮気味に彼に訴えたが、ヴェルナーはもちろん彼女の言い分には懐疑的だった。
しかし、リシュアン王子の変容にはヴェルナーも戸惑っていた。
リシュアンは人形のような少年だった。
物静かといえば聞こえはいいが、情緒に乏しく、天より賜る予言の道管にすぎないほどに、自我を感じさせなかったのだ。
それが聖者となった者の代償なのだろうと誰も疑わなかった。
故に皇太子でありながら、星見の塔に封じられ、成人後も聖者として政には関与させぬように王政府と教会は水面下で申し合わせてきた。
ヴェルナーは王子とレオノーラとの結婚によってヴァルシア家が王家の外戚となり、王政府や議会の主導権を握る青写真を思い描いていた。
ところが、形ばかりの縁談の席でエストレラ家の娘とリシュアンが対面した時から、その計画が狂い始めている。
人形に魂と生気が宿り、人格を発露させた。
意志なき彼が、突然自分の言葉で話し出したのだ。
まるで深い眠りから覚醒でもしたように。
皆、彼の変化に困惑するばかりだった。
ヴェルナーが何度も婚約の再考を申しいれても、頑なに彼はこれを受け入れぬばかりか「そなたに何か不都合でもあるのか」と含みを持たせて静かに問い返してくる始末。
目覚めたばかりとは思えぬほど老生した口調で。
王子に意志が宿ったことを厄介に思いながら、同時に王の覚えのめでたい小伯爵家のエストレラ家が宮廷で力を持つ前に、夾雑物の始末を決定したのだったが……。
「……失敗とはどういうとか」
人目を忍んでやってきた仲介役の男が困惑した表情で答える。
「……なんでも、化け物が来たとか、二度と関わり合いたくないとか……錯乱してよくわからないことを喚き散らしてましてね。そのまま逃亡ですよ。……依頼金は倍にして返すと言って、ほら」
と仲介役は託された大金をヴェルナーの前に置いた。
「旦那、あそこはもう使えませんよ。組織そのものがダメになっちまいやした」
「ふん……所詮は下層のグズどもというわけか」
ヴェルナーは白けた顔でつぶやいた。
「暗殺の失敗は、アデルバルドに悟られただけか……」
はたまた、レオノーラが述べるように、セリア・エストレラが本物の魔女なのか。
『化け物が来た』だと?
馬鹿らしい話だ。だが。
セリアという少女の登場によって、リシュアンは変わった。ヴァルシア家の潮目も。
「探ってみねばならんか」
ヴェルナーは冷徹な眼差しでつぶやいた。
作品の認知度を上げるため、お試しで更新時間をずらしております。
現状は、成果が出てるかどうかわからないのですが。ぐぬぬ。
連載自体が久々ということもあって、作品のアピールの仕方がわからない状態になってます。
読者様にもお助けいただければ幸いです(SNSなどで拡散していただければ嬉しいです……!)。