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聖剣の行方アジタート(1)

 リシュアンとの交流は月に一度。

 その間を埋めるように、セリアは妃教育に励んだ。

 彼女が得物を持ち、戦うことを許可されたのは、『極めて令嬢らしく』振る舞うことをアデルバルドと約束したからだ。

 妃教育は剣の道と同じ。地道な努力の上に成り立つ。

 アデルバルドの書斎に入り浸っては本を貪り読み、家庭教師を招いて国内外の政治経済、文化や風習、宗教について学び、宮廷式の礼儀作法を身につけることにも余念はない。

 目まぐるしく日々を過ごしていると、無邪気に庭を駆け回っていた頃の自分が遠い過去にすら思えてくる。

 セリアが自分を酷使すぎていると心配するメイドたちに「殿下の婚約者として恥ずかしくない私でありたいの」と伝えると、彼女たちは「健気なお嬢様と思い人の王子様」という幼い主人の恋物語に心をときめかせた。

 その『健気なお嬢様』がリシュアンと交流する予定の日が近づくと、メイドたちは気合いが満ちる。

 完璧な装いで王子と対面したいセリアの要望に応えるべく……彼女たちは衣装部屋で作戦会議をし、作り上げたコーディーネートをセリアに披露する。

「愛らしいブーケ柄のピンクのドレスにいたしましょうか、それともレースとチュールの爽やかなアイスグリーンのドレスに?水色のリボンとシフォンのドレスも捨てがたいですわ」

 メイドたちが考えぬいたコーディネートを前に、セリアは厳しい眼差しで何度も前を通り過ぎては見分する。

「アイスグリーンのドレスにするわ。髪飾りと手袋、靴とバッグを用意して」

「すでにご用意はできておりますわ、お嬢様」

 と彼女たちは心得ているように、すっと彼女前に並べる。

 どれを選択しても『完璧』となるように計算され尽くした輝きを放っている。

「素敵!みんなさすがね、ありがとう」

 セリアは満足げに微笑み、彼女たちを喜ばせた。

 そうして当日、題して『湖畔の木陰で読書を嗜み恋人を待つお嬢様』コーディネートが出来上がった。

「いってきます!」

 軽やかな足取りで馬車に乗り込んでいくセリアをメイドたちは微笑ましくも清々しい気持ちで見送った。



 星見の塔の接見の間。

 何度目かの交流を経て、テラス沿いの窓辺に、上品なテーブルセットが配置されるようになった。

「本当は私室に招きたいのだけれど……侍従長の妥協点が、これでね……」

 リシュアンは小さく息をつく。

 彼は見えないところで神官や臣下たちと静かな攻防を繰り広げているようだった。

「お気遣いに感謝いたします、殿下」

 どちらかといえばこの対応、セリアへの好意ではなく、リシュアンを立たせたままにしないための侍従長の配慮だろうが……。

 セリアは彼を先に座らせると、彼女も腰掛ける。

 と、近侍の少年がティーセットと菓子をテーブルに用意して距離をとる。

 これは彼が勝ち取った妥協点のひとつであった。

 終始聞き耳をたてられてはいるが、そうすればされるほどふたりは囁くように語り合うので距離は近くなる。

「セリア嬢、僕のかわりにお茶を注いでくれるかな」

「おまかせください」

 セリアは頷いて、ティーポットを手に取りカップに琥珀色のお茶を注ぐ。

 すると、甘く柔らかい香りが鼻に届く。

「お茶からお花の香りが……」

「気づいたかい?君と過ごす時間を特別なものにしたくて、僕の温室で育てた花を調合してみたんだよ」

「……まあ!私のために?!」

「うん。味わってみて」

 促されるまま「いただきます」とセリアはカップを手にとり、そっと口に含ませる。

 瑞々しさと上品さとがあいまった香りが鼻と喉をすっと抜けていく。

 花と紅茶の相性もよく、互いを引き立て合っていた。

「……どうかな?」

「……とても、とても心地よくて、美味しゅうございます」

 セリアは感動してリシュアンを見る。

「殿下は一流のティーブレンダーですわね」

 キラキラと瞳を輝かせるセリアをその目で見ているかのようにリシュアンはかにかむ。

「君に褒められると、その気になってしまうね」

 そうしてお茶を味わうと、美しく並べられた焼き菓子たちに目を向ける。

「殿下、お菓子は何をいただきましょうか」

「君が手ずから食べさせてくれるの?」

 試すように問われて、セリアはドギマギする。

「え?は、はい……もちろん、殿下のお望みとあらば!」

 思わず声が上擦った。

「では、お願いしようかな」

 セリアはレースの手袋をとり、綺麗に指をぬぐってから焼き菓子を小さく割る。

「失礼いたします」

「うん」

 リシュアンの口元に差し出すと、彼は躊躇いなく口を開く。

 その度にセリアの指はリシュアンの唇に接し、触れる。

 ……変な意図はないけれど、なんだか気恥ずかしい。

 何度かこのやり取りを続けた後で、彼は微笑む。

「君は食べさせるのが上手だね。……これは癖になりそうだ」

 ……と、呟きお茶を飲む。

「……っ?!」

 そ、それは、どういう意味かしら……?!

 リシュアンの含みのある言い様にセリアは手を引っ込めて赤面した。

 うう、巨大なサンドワームを前にしたって、こんなに動揺しないのに……!

 ままごとのようなやりとりをしばらく交わした後に、リシュアンはセリアに顔を向けた。

「ところでセリア嬢。今日は僕に、何か聞きたいことがあったのではないのかい?」

 確信的に問われて、彼女ははっとした。

「……お気付きで?」

「なんとなく、ね。実は、アレアナの記憶が蘇ったことで、今まではぼんやりとしていた幻視もはっきり見えるようになってきた」

 幻視とは周囲の情報が感覚的に読みとれる、彼にとっては常人の『視覚』に近いものだ。

「より感覚が鋭くなって、僕も前世の力を受け継いだようだよ。祈りと癒しの力を」

「さすがですわ!」

 尊敬の眼差しを向ける気配のセリアに彼は苦笑した。

「君と過ごす時間は限られている。さぁ、望みを言ってごらん」

 促されてセリアは頷く。

「殿下、私は聖剣ルヴァルティスを探しています」

「聖剣を?カレルレイスが最後に手にした剣だね。……なぜあれをまた求めるの?」

「私とルヴァルティスは、殿下の御身と御代(みよ)をお守りする剣でございますから」

 疑うことなく告げると、リシュアンは微苦笑する。

「その気持ちは嬉しいけれど、剣である前に、君は僕の婚約者だということも忘れないで欲しい」

「え、あ……う、は、はい!も、もちろんでございます!」

 前世の記憶から、つい思考の癖で忠誠心が前に出てしまう。

 セリアは気を取り直して続ける。

「我が国に残る英雄譚では、ルヴァルティスはこの王宮内で神格化されて、祀られているとか」

「……ルヴァルティス。確かにあの剣は物語通り、この王宮内……玉座の間の背面の間に封印されているよ」

「……玉座の背面間に?」

「うん。でも、あそこは厚い壁で塗り固めた小さな密室になっている。聖剣を覆い隠しているんだ。……けれど」

「?」

 リシュアンは少しだけ、眉を寄せた。

「……あそこにあるルヴァルティスは、本物ではない」

「え?」

 思わぬ言葉にセリアは目を見開く。

「本物ではない?」

「そう。今の僕が近づいて幻視するまでもなく、あれは見た目だけそっくりな模造剣(レプリカ)なんだ」

 模造剣?!

「ど、どういうことでしょうか」

「これはたぶん、僕しか知らない。いや、正しくはアレアナの記憶が教えてくれているのだけれど、カレルレイスが没したのち、あの剣はひとりでに姿を消した。献上された聖剣が消えたとあっては王権が揺らぐ……当時の王、アレアナの弟はレプリカを密かに造らせ、神格化を隠れ蓑にして、部屋ごと封印してしまったんだ」

「……そ、そんなことが……」

「あの剣には意志がある。だからルヴァルティスは、主人のもとに還ったのだとアレアナは判断した。……つまり、ルヴァルティスは亡きカレルレイスの棺の中にあると僕は考えている」

「……棺の中に……」

 セリアは呟くと同時に、カレルレイスの墓の所在を考えたが……浮かばなかった。

「……そういえば、私はカレルレイスの墓がどこにあるか知りません。王都にはございませんよね」

 英雄の墓の話など聞いたことがなかった。

「彼は民衆の人気も高く、アレアナと共に影響力がありすぎた。死してなお、彼を慕う民は多かったからね。英雄は死して伝説となり、神となる。……彼の民衆人気を危惧した教会神官勢力は、影響力を削ぐために彼の胸像や立像を作ることを許可せず、墓も遠方に作らせた」

 リシュアンは寂し気に瞳を伏せた。

「アレアナは反対したのだけれど、その声は黙殺されてしまってね。彼は痕跡を消され、勇者は物語の中の人になってしまった」

「で、では、彼の墓は今どこに?」

「北境の廃都、ベル=サリエル。前世の君は、そこにひとりで埋葬された。厄災や魔王同様に、この記録は歴史書には記されていない。アレアナの記憶の中だけだ」

「アレアナ様が記憶してくださっていて助かりました。……北境の廃都。大昔、帝国が崩壊する前の首都ですわよね。……昔、アレアナ様と立ち寄りました」

「懐かしいね。あそこには銀鈴花が群生していて……ふたりで見たね。とても、美しい眺めだった」

「……はい」

 銀鈴花は夜に発光する鈴蘭種で、ベル=サリエルの城門の外に群生し、満月の夜は幻想的な光景を作り出していた。帝都の代名詞ともされていたが……。

「あのベル=サリエルも……今は無人で、亡霊や魔獣の棲家になっていると聞く。けれど、亡霊や魔獣によって国境ばかりか、彼の墓は盗掘からも守られてきたとも言える。……皮肉だけれど」

 一瞬考えるそぶりをみせたリシュアンは、はっとして瞬きを繰り返す。

「……もしや、行くつもりかい?ベル=サリエルに」

 セリアは至極当然とばかりに「はい」と頷く。

「亡霊や魔獣ごときにやられる私ではございませんので。王都からは距離がございますが……支度が整い次第、カレルレイスの墓を探して掘り返して参ります」

 セリアの楽しそうな口ぶりに、リシュアンは苦笑する。

「……まあ、君が掘り返すのであれば、盗掘にはならないの……かな。だとしたら、僕はこれを用意したのは正解だったようだ」

 と、リシュアンは広く開いた袖口に手を差し込むと、ハンカチを取り出しセリアに握らせた。

 ハンカチの中には、硬い膨らみがある。

「これは?」

 ハンカチを手のひらに包んだまま問いかけると、彼は微苦笑する。

「君への贈り物だよ」

「わ、私に?!」

 セリアは胸が高鳴った。

「うん。もうすぐ誕生日だろう?公に贈り物のひとつもできない我が身がもどかしい。……不甲斐ない婚約者でごめんよ」

 彼の周辺はヴァルシアの家門だらけで、セリアのために何かしようとすれば、秘めやかに流される。

 現状、この婚約の反対派を懐柔することは今の彼では難しい。

「……勿体無いお言葉でございます。私はこうして殿下にお会いして、お話できるだけでもとても幸せでございますのに」

 微笑んで告げると、彼は頬を緩める。

「ありがとう、セリア嬢。君の言葉に、僕はいつも救われているよ。……それは彼らに見つからないように、隠して持って行って」

「はい殿下」

 さりげなく小さなバッグに仕舞い込む。

「殿下のハンカチ、刺繍をいれて次にお会いする時にお返しいたしますね」

「それは……今度の逢瀬が今からもう待ち遠しい」

「お、逢瀬……」

 セリアはどきりとした。

「ふふ。……君に、祝福を」

 リュシアンは小さく微笑んだ。

彼女にお菓子を食べさせてもらうリシュアン様ですが、手元にあるものは自分で食事できます。

さりげなく(?)接触を楽しんでいます。そうです、わざとです(苦笑)。

でも、見た目10歳と12歳の交流としてみると、可愛らしいやりとり……なんじゃないかなと(?笑)。

このエピソードタイトルが終了するまで毎日更新です。あと2回(26日まで)。

27日からカクヨム、エブリスタで追掲載が開始します。

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