再会と約束のエチュード(2)
リシュアンとのひと時を過ごし、星見の塔をあとにしたセリアはスキップを踏みたいほどに浮かれていた。
「また来月に」と見送ってくれたリシュアン(アレアナ)と実は両思いであったことに歓喜していたのだ。
『君は僕の唯一の婚約者になってくれるかい?』
これからこの言葉を思い出すたびに、頬がだらしなく緩んでしまうだろう。
わがまま!私が殿下の唯一のわがまま!
ああ、踊り出したい!この勢いでどこかの森へ猛獣狩りにでも繰り出したいくらいに嬉しい……!
アレアナ様を想い続け、男の純情を拗らせて生涯独身を貫いた甲斐があったわね、カレルレイス!
その執念がこの転生をもたらしたのだとしたら、それはそれでちょっと複雑な気持ちにもなるけれど……。
「ごきげんよう、セリア・エストレラ伯爵令嬢。少しよろしいかしら」
つんと鼻にかかった少女の声音が、セリアを呼び止めた。
脳内で花畑を駆けまわっていたセリアは、はたと現実に戻され、声の方へと顔を向ける。
すると回廊から質の良いロイヤルブルーのドレスを身につけた、紫紺の髪の美しい少女がセリアに視線を流しながら、姿を見せた。
「私はレオノーラ・フォン・ヴァルシア。私の父は、王都に居を構える聖職貴族と名乗れば、ご理解いただけるかしら」
「……!……ああ、あなたがヴァルシア家の……!」
ヴァルシア家は王家にも影響を及ぼす教会勢力の筆頭家門。
歳の頃はセリアよりひとつ上と聞いている。だが、年齢の割にはしっかりとした口調と佇まい。リシュアンの婚約者候補としては大本命とされていた令嬢だけあって、頭の回転も良さそうだ。
「姑息なやり口で私から殿下を奪った方が、どんなお顔をしているのか見物に参りましたの。殿下のお召しだからとのこのことやってきた田舎小伯爵のご令嬢の面の皮を、ぜひにも直に拝見したくて」
レオノーラは小さく笑う。
「見目やドレス選びは……田舎者にしてはまあまあのようですけれど、無垢で繊細なお力を持つ殿下をお支えするには、知性や教養、品性が不足していらっしゃるようにお見受けいたします。悪いことは申しません、この先宮廷で恥をかく前に婚約者の座をご辞退なさいませ」
レオノーラはにっこり微笑む。
「私の方が、何倍も……いえ、万倍もリシュアン殿下に相応しいのですから」
「…………」
セリアは瞬きを繰り返してレオノーラを見返す。
す、すごい自信よ。
もしかして、わざわざ挨拶に来てくれたの?(律儀ね)
ま、まあ……この方からすれば私は突然現れて、婚約者の立場を掠め取ったようなものですものね。
口惜しいことは理解できるわ。
とはいえ、初対面でここまで悪様に言えるなんて、さすが都会の名門貴族令嬢。面の皮が段違いに厚いわ(真似できないわ)。
感心しながら、セリアは口を開く。
「ご忠告、感謝いたします。確かに、私よりもレオノーラ様の方が家門も高く、知識教養、品性にも優れていらっしゃいますわね。レオノーラ様でなくとも、婚約の辞退を促すと思いますわ」
「あら、意外と身の程をわきまえていらっしゃるのね。もっと見た目通りの、子供っぽい方かと思ってましたわ」
レオノーラはクスりと笑う。
「ええ、ですが」
「?」
「実は先ほど、リシュアン殿下に『いかなる障害や横槍にも屈することなく、この座を死守する』とお約束したばかりなのです。舌の根も乾かぬうちに違えるわけには参りません」
セリアは小さく首を振る。
「……なんですって?」
「ですから、」
今度はセリアの方がにっこり笑って伝える。
「そのご忠告、謹んでお断り申し上げますわ。レオノーラ様」
失礼、とセリアはレオノーラに黙礼して彼女の傍を離れる。
堂々と去っていく少女の背中を見つめて、レオノーラはぽかんとし、そして苛立つ。
王都でも家格の高い彼女は今まで、肯定の言葉しか耳にしたことがなかった。反論も反発もありえなかった。
ところがどうだ。少し突いてやれば泣いて逃げるだろうと思っていた年下の少女は、にこやかに彼女の要求を撥ね退けてみせた。
リシュアンの婚約者となるべく育てられた自尊心の高い彼女が初めて味わった拒否と屈辱。
「殿下に誓ったですって?!殿下がそんなことお望みになるはずがないじゃない!つい最近までお言葉を発することもなかった方よ?!何様のあの、あの子!厚かましい!」
レオノーラはぎりりと歯軋りをする。
「あの太々しさ、浅ましい魔女に違いないわ。邪な魔法で殿下を惑わしたのよ!」
あの美しくも繊細な殿下が、あんな子に汚されるのは我慢がならない。
必ず排除してやる。殿下の妃になるのは、誰でもない。この私なのだから。
今回は区切りの問題で短いです(汗)。
令嬢たちの後ろには付き添いの使用人の方がいると思いますが、作中では透明状態(汗)。
明日以降の更新は深夜0時過ぎになります。