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再会と約束のエチュード(1)

 リシュアン王子の暮らす星見の塔は螺旋式塔型建築で、その素材は希少な月光石で作られている。

 塔は7層からなり、下層の2階に接見の間がある。

 王子と言葉を交わすのは、その接見の間でだけ許されており、彼の居室に踏み入ることは、王族の近親者だけに限られていた。

 名目上、リシュアン王子の婚約者となったセリアは、はじめての交流の日に合わせて、母やメイドたちを巻き込んでドレス選びにおおわらわとなった。

 髪飾りから手袋に靴、身につけるもの全て、上から下まで『完璧』でなければ嘘!

 縁談の席では皆が選ぶままのドレスを着用していた自分が信じられない。

 どれだけ呑気だったのかしら、今までの私。

 縁談だというのに、緊張すらせずに「美味しいお菓子があったらいいな」というくらいの気持ちで出かけていたのだから……ある意味、大物ね。

 皆が息切れしながら選び抜いたそれらを纏って、セリアは星見の塔へとやってきた。

 そわそわしながら待っていると、リシュアン王子は彼と歳の近い近侍に手を引かれて部屋へと入る。

 セリアはハッとして軽く頭を垂れ、リシュアンが王子が席に着くのを待つ。

 近侍に導かれ席に腰掛けると、リシュアンは口を開く。

「星見の塔へようこそ、セリア・エストレラ伯爵令嬢」

 澄んだ声音の12歳の少年はうっすら微笑んだ。

 伏目がちながらも硝子の眼差しは、緩やかにセリアを捉えている。

「セリア・エストレラ、お召しにより参りました。リシュアン殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」

「ありがとう。……セリア嬢、楽にしてほしい」

「はい」

 セリアから話しかけることはできないし、直視もできない。不敬だからだ。

 それでもセリアはどきどきと胸が高鳴っている。

 どうしよう、喉が乾く。バジリスクの群れを前にしても、こんなに緊張しないのに。

「…………。侍従長、令嬢とふたりで話したい」

 彼が引き連れてきた大人たちの中で、最も年長者らしき神官姿の壮年男性に彼はそのままの姿勢で声をかけた。

 一拍の間をおいて、言葉が返される。

「なりません」

 丁寧だが、明確に拒否の意思を含んだ声音だ。

「何故か」

「慣例がございません」

「令嬢は私の婚約者。何が問題か」

「たとえ殿下のご婚約者、未来のお妃様であったとしても、今は未婚のご令嬢。配慮にかけまする」

「……尤もである。ならば、そなたらはそこから一歩たりとも動かぬように」

 リュシアンは侍従長に見切りをつけるように告げると、「……は?」と彼はそっと顔を上げたがこれを彼は黙殺した。

「セリア嬢、私の手を引いてテラス沿いの窓辺へ連れて行ってほしい」

 と、彼は自らの手をセリアに向けた。

「……殿下」

 侍従長は嗜めるように呼びかけたが、彼は続ける。

「セリア嬢、私の手を引いてほしい。……そなたに命令はしたくない。お願いだ」

 静かに懇願されて、セリアはここでやっと顔をあげた。

 この部屋に入ることを許されたのはセリアだけで、彼女の連れは控えの間で待たされている。

 残るは王子と彼が連れてきた大人たち、そして近侍の少年たちだけ。

 それら全員が彼女の挙動を見守る。どこか、敵意すら感じる眼差しで。

 それと同時に、彼らはリシュアンの変容を図りかねているような節もある。王宮外に漏れ聞こえてはこなかったが、リシュアンは長く自我を持たぬ人形のような王子だったとアデルバルドから聞いていた。

 突然自分の言葉で話し出した彼に、臣下や神官たちは戸惑いを隠せないようだ。

 これまでとは異なり、安易に彼を御すことができなくなった者たちからすれば、これは苦い変化。

 セリアとの出会いにそのきっかけであるとすれば、彼女は厄介者とみなされていてもおかしくはない。

 ……殿下の取り巻きには好かれてないわね。……それはそうだわ、殿下に仕える者たちは神官や聖職者ばかり。つまりほどんどがヴァルシア家に連なる家柄。大本命のご令嬢を差し置いて婚約者の座に収まった、不穏な小伯爵家の娘への好感なんて、期待するべくもなかったわね。

 周囲は敵ばかり。ただの少女であれば、この空気に怖気付いてしまうだろう。

 セリアは緊張こそしているが、彼らに対してではない。

 彼女はすっと息を吸った。

「はい、リュシアン殿下。私でよければ、喜んで」

 若干声が震えたが、年齢相応の少女の挙動だった。

 そっと近づき、差し伸べられた手を取った。

 繊細な白い指がセリアの手袋越しの手と重なる。

 リュシアンは腰を上げた。

「……そちらの窓辺へ」

「はい殿下」

 言われるがままにその手を引いて、重厚なカーテン生地が大きくドレープを作るステンドグラスの美しい窓辺へと王子を誘った。

 彼はここで声を潜めてセリアに尋ねる。

「……緊張しているの?」

「は、はい」

「実は僕もだよ。同時に楽しみでもあった」

 リュシアンは私的な口調で微笑み、続ける。

「可愛らしく着飾ってくれたのだね。君の周りだけ、花が咲いたように色づいているのがわかる」

「……っ!も、もちろんでございます。殿下にお会いするのですから!」

 気づいてくれたことが、ただ嬉しい。

 そしてやや間を置いて、リシュアンは口を開く。

「……やっと会えたね、カレルレイス」

「……っ……」

 かつての名を呼ばれて、やはり、とセリアは胸を震わせた。

「……アレアナ様……」

「うん」

 リュシアンは嬉しそうに瞳を細めた。

「……不思議だね。またこうして、新しい僕と君で会えるなんて……」

「はい。ですが、縁談の席でお会いするまで、すっかり忘れておりました」

「それは僕も同じだ。あの瞬間、僕は生まれ直し、この盲た目にも、かつての君と僕が見えた。……君の言葉で確信した。……けれど、過去を思い出したことを、君は疎ましく思っていないかい?」

「……なぜそんなことを聞かれるのです」

「僕は王族のまま、あまり立場を変えていないけれど、君は全てを忘れて、ただの伯爵令嬢で在った方が幸福なのではいかと考えてしまった。僕と交わることはなく。……こうして、君を婚約者とすることも随分と迷った」

 リュシアンはそっと瞳を閉じる。

「……殿下……」

「神より賜った予言視の力を持つ僕は何も望んではいけないのに、大人たちが定めた結婚をした方が君が平安に暮らせると理解しているのに、君との未来を望んでしまった」

「…………」

「これは僕のわがまま。……ごめんよ」

 見えないはずの目が開かれて、セリアを見つめる。

 セリアは迂闊にも泣きそうになってしまった。

「…………私のことを、あなたのわがままと、おっしゃってくださるのですか」

 ただの、随行者であった勇者の男のことを。

「僕はかつての君と長い旅をして、厄災を終わらせた。君が寿命を終えて僕より先に天に召された時……ひどく後悔した。……なぜ、囲いの外から出て、君と共に生きようとしなかったのかと。たったひとりで、逝かせてしまったのかと」

 聖女であったアレアナは王女であっても婚姻など最初から許されていなかった。彼女は神の花嫁として、聖女のまま生き続けた。

 そしてカレルレイスもまた、生涯独り身のまま隠遁し、ひっそりと息を引き取った。望めば富豪令嬢や千紫万紅の美女を妻とし、この世の栄華を独り占めにできたというのに。

 棺の中で抜け殻になった彼の手に握られていたのは、かつて彼女がカレルレイスに手渡した手作りの護符だったのである。

 そこに秘められた想いに気づかぬほどアレアナは物知らずではかった。

 一番近く、最も長く、苦楽さえ共にした仲だったというのに、本心だけは最後まで口にできなかった。

 同じだったのだ。同じように互いを思い合っていたのに。

 老いたアレアナは、人目も憚らず、少女のように泣いた。泣き崩れた。

 二度と還らぬ、ふたりの尊き時間に慟哭して。

「アレアナは心のどこかでカレルレイスが囲いの外へ連れ出してくれるのを待っていた。自分から求めに行くことをせずに、ただ彼に期待をした。……待つことしかしなかった愚かな自分を嘆いた。けれど……こうして再び君に会えた」

「……」

「僕は、君との時間をやり直したい。セリア嬢、君は僕の唯一の婚約者(わがまま)になってくれるかい?この塔から出ることさえままならない僕の、ただひとりの女性に」

「……リシュアン殿下……」

 こんなに嬉しい問いかけ(プロポーズ)はない。

 セリアはリュシアンの言葉に胸がいっぱいになる。

 彼の望みは、私の絶対。生きる意味。

 あなたの唯一のわがままになれるなら、私……何も後悔などいたしません。

「はい、殿下。あなたのお望みのままに」

 セリアはしっかり頷いた。

「……よかった」

 リシュアンは安堵の笑みを浮かべた。

 セリアは溢れそうになる涙を隠して身をかがめ、この場にいる者全てに聞こえるよう、声を張って誓いを立てる。

「私、セリア・エストレラは、殿下の婚約者として、いかなる障害や横槍にも屈することなく、この座を死守することをお約束申し上げます」

 けれど私の手は、あなたを守るために。

「……うん、僕も君を諦めたりはしないよ。君に、祝福あれ」

元聖女の王子様、登場しました(王子様は現在12歳です)。

明日の更新もよろしくお願いします!(23時半頃更新予定です)

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